マイケルとハワード・ヒューズ[7]ふたりの相似点

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ハワード・ヒューズのことは、アウトラインの把握で精一杯ではあるのですが、「こんな男はじめて!」とすっかり夢中になって短期間で調べた範囲で、MJとの相似点について、少しだけまとめておきたいと思います。




まずは、ふたりの相似点を、彼らを評した人の側から。

ジョー・ジャクソンが「息子はハワード・ヒューズのように扱われてきた」と言ったのは([1]参照)、当時のマイケルが家族とあまり行き来していなかったという話を司会者から振られ、「マイケルの周りの人間が壁をつくって取り囲んでしまい、家族が近づけないようにしてしまった」というような意味だったのですが、

マイケルをヒューズのように扱ったのは、側近だけでなく、
彼らを話題にした人々の多くもそうでした。

マイケルの側近たちも、様々なことが言われましたけど、彼らのように会いたがる人々が多過ぎる場合、不自由に感じることがあっても、側近たちのせいにしたいことは多かったでしょうね。

また、映画『アビエイター』で、随分とクローズアップされていた「細菌恐怖症」について、マイケルも同じように言われていたことを覚えている人も多いでしょう。

「THIS IS IT」とほぼ同時期に進行していた、クラシック音楽のアルバムを一緒に制作していた、ディヴィッド・マイケル・フランク氏は、MJと始めて会ったとき、「彼が細菌を心配していたと聞いていたため、握手することが気が重かった」と語っていましたし、


対談本を出版した、ラビ・シュムリーも、そういった報道を知っていました。ふたりのようなゴシップ紙を読むタイプではないような人にさえ、広く知れ渡っていたMJの細菌恐怖症の「元ネタ」も、ヒューズだったようですね。

MJがそうでないことは、ファンの多くが知っていましたが、ヒューズに関しては、私がこれまでに駆け足で見た資料のすべてでその記述がありました。(年号は本国での出版年)

◎書籍
ジョン・キーツ『ハワード・ヒューズ』(1966)
谷崎一郎『ラスベガス物語』(1999)
ノア・ディートリッヒ、ボブ・トーマス『ハワード・ヒューズ』(1972)
クリフォード・アーヴィング『ザ・ホークス』(上・下)(1981)
藤田勝啓『ハワード・ヒューズ ー ヒコーキ物語』(2005)

◎映像
TVスペシャル『ハワード・ヒューズ物語』(1977)
映画『アビエイター』(2005)
映画『ザ・ホークス』(2006)
映画『地獄の天使』(1930 ヒューズ監督・制作)
映画『暗黒街の顔役』(1930 ヒューズ制作)

(その他、ニクソンついて、ジョン・ディーン著「陰謀の報酬」(2006)とか、永年、ヒューズの映画を創ることに情熱を燃やしていた、ウォーレン・ベイティの制作・監督・脚本・主演作である『レッズ』を観るなどの迂回や、ネット検索も大いにしましたが、ヒューズの英語資料は、MJ関連の何倍もむずかしく、重要な著作でも日本語では読めない本も多い。1999年の谷崎一郎氏、2005年の藤田勝啓氏の著作は、いずれも、その時代までの英語資料の多くが、巻末に記されている真摯な本でしたが、

特に、谷崎一郎氏の『ラスベガス物語』で、

筆者は、多くの過去の文献を読み、自分なりにハワード・ヒューズという人間像を理解したつもりであるが、その人間像からは巷で噂されるような「マフィアと対決するためにラスベガスに乗り込む」ようなイメージは湧いて来なかった。

という「巷の噂」が記されているものは、まったくヒットしませんでした。

大勢の人が興味を抱き、これだけ多くの資料が、50年近く出版されていても、未だに1人の人物に対して、光が当てられていない部分や、忘れられている部分があることに驚きますが、おそらく、MJに対しての興味が尽きないのも、同じ理由によるものだと思います)


ただ、多くの資料で繰り返し言及されていても、それは、単に情報として受け継がれているだけで、何度も検証されたわけではありません。

私がそれらを鵜呑みには出来ないと思うのは、アイゼンハワーが軍産複合体を批判し、ケネディが暗殺され、ニクソンが盗聴事件で失脚した、そんな時代に、軍事機密に関わる最先端の飛行技術に関わり、ライヴァル会社と熾烈な戦いをしながら、個人主義を貫こうとする世界一のお金持ちが、盗聴や、暗殺を怖れるのは当然にも関わらず、

そういったことにはほとんど触れず、
様々な彼の決断を「彼の病気」を原因とするものが多いからです。

彼が強迫性障害で、不潔強迫だったと断定的に書かれているものは数多くあります。またその原因は、

・幼いころの潔癖症の母親の影響
・墜落事故のとき痛み止めとして使われた麻薬中毒による精神衰弱

であるとされています。

トラウマはフロイトが用いたことで有名になった用語ですが、私は、こういったことを原因と断定し、医学的・科学的といった断定の仕方をする人ほど、フロイトの本など読んでおらず、自分と同じように読んでいない人や、科学的思考のできない人を騙ます人ではないかと疑いますね(トラウマ理論が大好きな割には、現代心理学ではフロイトの評価は低い、、とか、何でも受け売りで済ませているくせに、エラそーなことだけは言いたいタイプw)。

偉人を「病気」や「症例」として語るようになったのもヒューズの時代からでしょうか。精神医学や心理学といった、今では「疑似科学」として疑われるようになった分野はこの頃から大いに発展し、信じている人も多いですが、それで精神病の治癒率が上がり、人の心が癒されましたか? どれだけ他者を理解できるようになったんでしょう? 

多くの普通の人に「病名」や「症例」を与え、薬の消費量を上げ
社会全体を病気にしただけではないですか? 

分類しただけで、なにか解ったような気になって、
その方法をあてはめることが流行しているだけではないですか?

それらは、歴史上の偉人たちを「等身大」として理解する物語に寄与し、マイケルが尊敬していたチャップリンや、ピーターパンの作者のJ・Mバリは、いつしか幼児性愛者に「分類」されるようになり、マイケルも同様の疑いをかけられるようになりました。

また、ハンサムな青年として人々の注目を浴びて、(MJの場合、幼少時からですが)お金持ちになり、多くの女性にもて、大成功をおさめたあと、社会から身を隠し引き籠もった。ということも、一般的なイメージでは、ふたりに共通していますが、MJの場合は、TV出演やステージを行なわなくなっただけで、後輩のミュージシャン達とのレコーディングも続けられていますし、晩年親しくつきあいがあった人は大勢います。

ヒューズに関しては、自分の会社をまかせているような人物でさえ、彼とのミーティングは困難を極めたという話は確かに多く、上記の本の中で、唯一ヒューズの側近であったノア・ディートリッヒの本にも、それは記されています。

でも、ジョン・キーツ本で、「ヒューズの事業は、80%がノア・ディートリッヒの才能、20%がハワード・ヒューズの賭博師魂」と評された、ヒューズ帝国のNo.2だったディートリッヒ本を読むと、その20%の重要さや、また、永年近くにいたからと言って、知っている部分は極限られるということもよくわかりました。

それは、よく考えてみればあたりまえのことで、結婚して10年以上一緒に暮らしている夫婦だって、相手のことを「よく知っている」なんて言えませんし、それは仕事現場での評価や見られ方とは正反対の場合も多いですよね。

ディートリッヒが話した内容は、公認会計士として、ヒューズがどれだけ損失を出したかについて、おそらく正確なのでしょうが、彼が世界一のお金持ちになったのは、自分のおかげだと終始言わんばかりの内容で、日本版の翻訳者あとがきには、

著者のノア・ディートリッヒは、ヒューズを奇人・変人・矛盾人間で片付けているが、読む人によってそれぞれ異なるのではなかろうか。訳者の印象では「ヒューズ帝国」の80%は自分が築いたと自慢しないとはいいながら自慢している著者より1枚役者が上であり、ひょっとすると、30余年間ディートリッヒが悩まされ続けた、ヒューズの矛盾だらけで、支離滅裂で無軌道な行動の陰には冷徹な計算ーーまで行かぬまでも、本能的な勘もしくは判断が働いていたのではないかと思われる。。。

と書かれていて、私は大いに共感しました。

ディートリッヒは、個々の取引においての損得を、年間の会社収益として見ていただけで、多くの人がヒューズに感じた「魅力」については悉く覆すような内容なのですが、それなら、なぜ彼が理不尽な要求に永年耐えてきたのか。という読者の疑問については、最初は魅力的だったけど、後年の彼からは魅力が消え失せ、耐えがたいものになったと、彼の容姿が衰えたことなどが書き連ねてあって、そこからわかるのは、ディートリッヒが極普通の嫉妬深い男だということだけです(笑)。

歴史を書き変えようとする天才たちの日常は、普通の人にとって理解しがたいことの連続で、親しい人間や、その場にいた関係者ほど見誤るというのは、マイケル研究で何度も経験したことです。

読者の多くは、天才のことを知りたくて、こういった本を手に取るものですが、それに相応しい書き手というのはほとんどいません。

1977年のTV番組『ハワード・ヒューズ物語』には、ヒューズが操縦する飛行機の中で、彼が自分の映画の脚本家と話をするシーンがあります。


脚本家 「主人公が最後に憂き目に遭うという話です」

ヒューズ 「その結末は気に入らない。主人公は仕事も恋人も自信も失う。

脚本家 「人生は甘くないですから」

ヒューズ「彼は浅はかで根性なしだ。映画の結末にはふさわしくない。変えてくれ。この世は特異なものだ。大抵の人間は他人に興味を示すものだ。でも、僕は他人には興味がない。興味はもっと他にある。

我々を取り巻くすべてが興味深い。地球とその神秘さ。空、そしてその先に広がる宇宙。隣人を理解したいという気持ちより、なぜ季節が移り変わるのか知りたい。退屈な人間が多すぎるんだ。

でも、どの人間にも価値がある。古臭いかもしれんが、真実だ。どんな人間にも価値がある。これが真実でなければ、僕は失業している」


このセリフは、実際にヒューズと仕事をした脚本家からのものではなく、「創作」なのかもしれませんが、世の中の多くは、スコセッシの映画『アビエイター』のように「人生は甘くない」方の真実を描こうとして、成功者の人生の最後を寂しいものにしたがります。それが自分の人生以上の悲哀でなくても。。

また、歴史を創ったような天才たちに対しては、彼らを尊敬している人でさえ、壁を築いたり、王座の孤独を「勝手に」想像するものですが、それらは例外がないほど「類型的」で、共演者たちを死ぬほど笑わせていた、マーロン・ブランドも同じように見られていたことを思えば、ヒューズが表に出ようが出まいが、おそらく言われたことは同じだったでしょう。


青年時代から、女にモテ尽くし、食べることにも興味がなく、様々なことに挑戦してきたヒューズが、60代から、さらに大事業を成し遂げようとしたとき、社交にかける時間の一切を切り捨てる決断をしたとしても、彼が実際にそれを成し遂げたことを思えば、それは病気ではなく「合理的」だったのではないでしょうか。

天才とは、そういった現実に反抗しようとする人への称号で、
真の天才とはそれを本当に成し遂げた人のことでしょう。

安定した普通の幸せに満足し、その価値観で天才たちを見ると、彼らが苦しんでいる姿に耐えられず、理解もできないものですが、天才たちには、それが退屈にしか見えず、そのような日常に埋没して生きることを徹底して嫌う。

多くの人を自分の人生に巻き込む力があったヒューズや、MJには「どんな人間にも価値がある」ことは、わかっていたでしょう。

人生は甘くない。と何度も言いたがる人々は、
自分に見える現実以外は認めようとはしませんが、

真実は、選び取る人の目によってどうにでも見えるものです。



下記に続きます。。






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by yomodalite | 2014-05-15 09:46 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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