仁義なきキリスト教史/架神恭介

仁義なきキリスト教史

架神 恭介/筑摩書房

undefined




全然「着物」についてあれこれしてないやん!というツッコミだけでなく、もはや、どこが「読書日記」やねん!というあり様に、自分でも困惑しているのですが、

今日は2ヶ月ほど前に読んだ、類書がないほど素晴らしい本を紹介します。

今まで、キリスト教に関する本を、山ほどとは言いませんが、それなりに読んだ経験から言うと、まず、どんなに「面白」とか、「よくわかる」とか書いてあっても、キリスト教の宗教者が書いた本は、信者でない人間が読むと、疑問に感じる点への言及がなかったり、絶対に納得できない説明がしてあって、起こったことの背景も理解できないので、重要人物に関しても、感情移入できないことがすごく多いんですよね。

中でも、私たちが理解しにくいのは、

なぜ、「愛の宗教」と言われるキリスト教において、多くの人が処刑されたり、戦争が起こったりという、血で血を洗うような歴史が積み重ねられているのか?という点ではないでしょうか。

本書では、そういったキリスト教の血の歴史を、日本の偉大なヤクザ映画『仁義なき戦い』と同じような抗争の歴史であることに気づき、大親分「ヤハウェ」の下、様々な「組」がうごめき、内輪揉めや派閥抗争を繰り広げていった様子が生き生きと描かれています。

第1章 やくざイエス
第2章 やくざイエスの死
第3章 初期やくざ教会
第4章 パウロ ー 極道の伝道師たち
第5章 ローマ帝国に忍び寄るやくざの影
第6章 実録・叙任権やくざ闘争
第7章 第四回十字軍
第8章 極道ルターの宗教改革
終章 インタビュー・ウィズ・やくざ

少しだけつまんで紹介します(第1章「やくざイエス」より)

「兄貴、今日はどぎゃあな御用で…」

「いやぁ、なんちゅうことはないわい。シナゴーグの帰りじゃ。近くまできたけえのう、こんなぁの顔を見に来ただけじゃ」

とイエスは快活に答える。シナゴーグ、と言われても読者諸君には馴染みはなかろうが、これは極道用語であり、要は地域共同体の集会所のことである。隠語では会堂とも呼ばれる。この集会に集まった民衆を前に、ユダヤ組の筋モンや、もしくはやくざに近いものたちが、ヤハウェ大親分の生き様や伝説などを語り聞かせる、一種の極道教育機関であった

(中略)

「なんじゃ、あの外道、ヤハウェ大親分のこと馬鹿にしくさりよって。大親分以外の誰が許すいうんじゃ。許すも許さんもそぎゃあなこと決めれるんは大親分だけじゃろうが」

すると、これを耳ざとく聞きとめたのか、

「おどりゃあ、何をちびちびいうとるんじゃ!」

イエスはパッと立ち上がると啖呵を切って言った。

「ええか、こぎゃあことはのう、人の子が許してもええことじゃ」

この時にイエスが言った「人の子」というのは、極道用語で、、、


という具合に、すべて「極道用語」で説明されるんですね(笑)

もう少し、つまんで紹介します(第2章「やくざイエスの死」より)


イエスとて、ヤハウェ大親分の子分であるからには、親分のシノギに文句をつける道理はない。彼が怒りを覚えたのはサドカイ組のシノギであった。

「あン? おい、なんじゃこりゃ。偶像じゃないの。おどりゃ知らんのか、ヤハウェ大親分は偶像が大嫌いなんじゃ。このばかたれが、出直してこんかい」

貨幣には当地の支配者であるローマ皇帝の肖像が描かれていたのだが、これが偶像であるから受け入れられぬ、と突っぱねるのだ。そして困り果てている民に対し、神殿内で商いをしている両替商が「お客さん、うちで両替すりゃええんよ」などと声をかけてくる。こうして民衆の貨幣は両替商により特殊な貨幣へと交換され、それでようやく納付が認められるわけだが、もちろん両替商は手数料を取るし、そのアガリは、サドカイ組へと流れるわけである…

(中略)

「先生、教えて欲しいんじゃ。わしら、カエサルに税金を払うことは許されとるんかの、許されとらんのかの」

その言葉を聞いた瞬間ーーー、イエスは微かに顔をしかめていた。(中略)イエスはこの言葉の裏に秘められた彼らの罠を瞬時に見取ったのだ。

(中略)

イエスは(デナリ貨幣)を高々と掲げてこう言ったのだ。

「顔が彫られとるじゃろう。これは誰の顔じゃい」

「・・・カエサルじゃ。」

「ほんなら話は簡単じゃのう。カエサルのものはカエサルに返しゃえかろうがい」

それから、イエスは、柱の陰に隠れる男たちをキッと睨みつけて、こう付け加えた。

「もちろん、ヤハウェ大親分のモノはヤハウェ大親分に、じゃ・・・」

オオッ、とヤクザたちが驚きの表情を見せる。見事な切り返しであった。イエスはローマ当局への反逆の意志を明示せず、それでいてヤハウェ大親分の顔も立てたのである。

それだけではない。この言葉の含む意味に気づき、歯がみした者たちがいた。柱の陰にいたサドカイ組のやくざたちである。「ヤハウェ大親分のモノはヤハウェ大親分に」これはヤハウェ大親分への上納金を集めるという名目で、体よく民衆から搾取を繰り返していたサドカイ組に対する皮肉でもあったのだ。

(引用終了)

このあと、サドカイ組とパリサイ組の違いや、初期やくざ教会が様々に分裂していく様子や、また、イエスが亡くなった後の、パウロの人物描写は秀逸で、ローマ帝国とキリスト教の関係もわかりやすいのですが、

下記は、第6章「実録・叙任権やくざ闘争」から(かなり省略しています)

グレゴリオス7世はキリスト教任侠道における3つの改革に着手していたのである。それは、シモニアでありニコライスムであり、俗人叙任であった。この3つの問題は、まるで違うことのように見えながらも1本の線で結ばれている。

シモニアは日本の極道用語では「聖職売買」と言われる。一方ニコライスムの語源はよくわからない。どうやらこの時代には姦淫とほぼ同じ意味で使われていたようだが、司祭などのやくざが妻を持ったり妾を囲ったりすることを問題視した言葉である。最後に、俗人叙任である。これは、司祭や司教などの組長の地位を「プロフェッショナルなやくざ」以外の王や資産家などが任命することである。この「プロフェッショナルなやくざ」を極道用語で「聖職者」と言う。なお、プロフェッショナルでないやくざは「信徒」である。。

と、ここから、さらに詳しい説明があるのですが、

こういった感じで、やくざ口語ではない部分も、簡潔にまとめられ、巻末には参考図書も提示してあるだけでなく、物語を脚色した部分についても説明があり、作者の頭の良さだけでなく、真面目な仕事ぶりに感動し、大いに笑いました。

最後に、

ラビ・シュムリーと、マイケルの会話をより深く理解したい人のために、
私のテキトーで大雑把な情報を補足しますが、

シュムリーはユダヤ教の中でも「Orthodox(正統派)」と言われる宗派なので(今はそういう言い方はしないんだけど)一応「パリサイ派」と言える。

で、パリサイ派とサドカイ派とエッセネ派が、本書でどう説明されてるかというと、

当時、ユダヤ地方を支配していたやくざには3つの代表的な組があった。いずれもユダヤ組本家から枝分かれした二次団体であり、サドカイ組、パリサイ組、エッセネ組といった。

サドカイ組は都市エルサレムにエルサレム神殿という巨大な事務所を構え、そこで民衆からヤハウェ大親分への上納金を集めてシノギとしていた。(中略)現状のシノギで十分懐が潤っているため、彼らは体制維持を志向しており保守的である。ヤハウェ大親分の言いつけも違わず守ろうとした。

サドカイ組が世襲的な「やくざ貴族」であるのに対し、パリサイ組はより庶民的な立ち位置に近く、ヤハウェ大親分に熱烈な忠誠を誓ったゴロツキたちの集まりである。ヤハウェ大親分の言いつけを厳しく守ろうとするのは同じだが、大親分の言いつけに人為的な解釈を加えることもあった。(中略)この点でサドカイ組とはソリが会わず、彼らは対立関係にあった。

エッセネ組は特殊なヤクザ組織であり、彼らの中の一派は、社会から距離を置き、独自の共同体を作って暮らしていたとされる。

で、、イエスの兄弟子であるヨハネも、イエスも「エッセネ派」だったと言われていて、MJが元信者だった「エホバの証人」もエッセネ派の影響が強いと言われています。。

そんなわけなので、

新約聖書で、イエスの宿敵のようなパリサイ派のシュムリーと、MJが深く対話し、その後決裂したことは、歴史の必然であり、MJにもその意志があった。

みたいなことも、もしかしたらわかるかもしれません(笑)

超おすすめ!(私は「Kindle版」で読みました)



[PR]
トラックバックURL : http://nikkidoku.exblog.jp/tb/21936125
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by yomodalite | 2014-05-01 11:21 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite