マイケルとハワード・ヒューズ[4]I'm not a paranoid

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ヒューズの人生を「神経症」で埋め尽くしてしまったのは、
この映画を製作・総指揮し、彼の神経症を見事に演じることで、
オスカーを取りたかったレオ様のせいなのか。

自分にオスカーをもたらせてくれた主演俳優のプランに乗った、
スコセッシの罪は…

脚本に使われた資料の不正は、制作を急いだためなのか(笑)

ヒューズの描き方について、なにか圧力があったのか(笑)

名匠と言われる監督や、ベテランスタッフなど、
映画界の先輩たちが見守っていながら、どうしてこんな結果になったのか(笑)

いったいどこが捏造なのか、今回は画像で検証します!(笑)

ヒューズは、リンドバーグと同世代で、飛行機の操縦は、身体的能力や、勇気だけでなく、科学的頭脳も有しているような人々による未来への挑戦で、リンドバーグも、人工心臓の開発をするなど、当時の飛行家はまさしく「英雄」でした。

リンドバーグの大西洋単独無着陸飛行は、ビリー・ワイルダーによって映画化(邦題『翼よ、あれがパリの灯だ』)されていますが、ヒューズは飛行家であるだけでなく、世界最速の記録をつくった飛行機を制作する会社を経営し、実際の飛行機が空を飛ぶ姿を、初めて映像におさめた映画の制作・監督までつとめました。

また、その映画の主演は、ヒューズ自身ではありませんが、彼を見た誰もが、主演俳優よりも、華やかな美男子ぶりに目を奪われた。

世界一の億万長者で、飛行の世界記録樹立、制作・監督した映画の記録的な大成功、数多くの女優たちとの交際…

下記は、人々に、彼がやることすべてが羨望のまなざしで受けとめられていた1930年代のヒューズの写真です。


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1930年、監督も兼ねた『地獄の天使』が記録的な大ヒット。写真はヒューズが見いだした主演女優ジーン・ハーローと。


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1935年9月、自社で開発したH‐I機に試乗したヒューズは、時速567キロの世界新記録を樹立。


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1936年1月、単身大陸横断無着陸飛行の新記録樹立。翌37年、その記録をさらに短縮。


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同年、のちのトランス・ワールド航空(TWA)の実質的なオーナーとなる。買収金額は700万ドルとも1500万ドルともいわれている。

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1938年8月、世界一周早まわり飛行。従来の記録を半分に短縮する記録を樹立。TWAの国内線、国際線の拡充の布石とする。


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ひげ剃り中に電話をうけるヒューズ。

ここからは、『アビエイター』では破滅の序章のように描かれた1940年代のヒューズ。


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1941年、映画『ならず者(The Outlaw)』のロケ現場を訪れる(36歳)


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1946年、女優エヴァ・ガードナーとボクシング観戦(41歳)


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1946年、親友ケーリー・グラントとTWAの飛行機内で。


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1946年、XFー11機のテストフライを終えたところ。


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1946年7月、XFー11機試乗中大事故をおこし、五週間入院。


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体の状態はわからないものの、顔の損傷はそれほど激しいものではなさそう。


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1947年、受注契約上の不正をめぐって公聴会に召喚される。(42歳)


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1947年、少年ファンに握手でこたえるヒューズ


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1948年「TIME誌」の表紙を飾る。(43歳)


若い頃から、病的な潔癖性に描かれていた、映画『アビエイター』ですが、自分から握手を求めていることも多い彼は、このあと必死で手を洗っていたのでしょうかww

また、エンジニアたちと一緒になって、油まみれになることも厭わず、いつもゴミと間違えられそうな作業着を着用していたとも言われていますし、ロケ現場の厩舎でも落ち着いて見え、細菌への恐れなど特に感じられないのですが...


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事故で顔におった傷を隠すために、髭をはやすことになり、徐々に人前に出なくなったと言われていますが…


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こちらも公聴会と同年の1947年。



映画では、公聴会(上院調査委員会)のあと時を経ず、破滅していったような描き方でしたが、翌年、1948年、ヒューズ工作機械、ガルフ醸造所、ヒューズ航空機は順調に発展し、同年赤字の映画会社RKOも買収。またヒューズ航空機の重要部門としてエレクトロニクス企業をおこし、カルヴァーシティに大研究施設も建造しています。

タイトルの「I'm not a paranoid」は、彼が言ったとされる下記の言葉から。

I'm not a paranoid deranged millionaire. Goddammit, I'm a billionaire.
私は誇大妄想の狂った百万長者なんかじゃない。いいか、私は億万長者だ。

彼がいつどこで言った言葉なのか、本当にそう言ったのかもわかりませんでしたが…、次は、ディカプリオではなく、リチャード・ギアが主演した、ヒューズに関する映画について。



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by yomodalite | 2014-04-14 08:28 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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