「虚報」とは何か

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山本七平著『私の中の日本軍(上)』より
要約のため大幅に省略して引用しています。

「虚報」とは、発表された部分と事実とにどれだけの誤差があったかという問題でなく、入手した情報のうち、どれを発表し、どれを隠し、その隠した部分をどう処置したか、発表部分をどれだけ粉飾したか、という問題である。

虚報と報告の正確度は別だという事は、極端な例をひけば誰にでも理解できる事である。例えば前線から「敵に与えたる損害左の如し」というような報告が来る。そして戦後、この報告を調べてみたら一分一厘の誤差もなかったとする。

しかし、もし報告がこれだけなら、誤差がゼロでもこれは虚報なのである。

なぜなら「我が方の損害」がきれいに脱落しているからである。

従って発表された部分をどれほど丹念に事実と照合しても、虚報の証拠の何一つ出て来ないのが当然なのである。

問題の焦点をこちらへすり替えれば「見たまま、聞いたまま」であることは確実に証明できるから、絶対に「虚報の責任」は免れうる。

入手した情報の一部を故意に欠落させ隠蔽するだけでなく、その部分を、情報の受け手に無意識のうちに創作させるのである。

その時代には、その時代の常識と社会的通念とがある。当時の日本人には連合艦隊というイメージがあり、また近海まで敵艦をおびきよせて一挙にこれを全滅させた「日本海海戦」という記憶があった。

そしてこの常識や通念が、潜在的願望や希望的観測といっしょになると、情報のうち隠された部分を、無意識のうちに創作しておぎなってしまうのである。

「虚報」とは

「入手した情報の一部、特に最も重要かつ不可欠の部分を故意に欠落させて発表し、その部分を、情報の受け手が無意識のうちに創作して捕うよう誘導する報告もしくは報道をいう」と定義してよいと思う。


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by yomodalite | 2014-04-05 10:01 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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