書き出し「世界文学全集」/柴田元幸(編集・翻訳)[2]

書き出し「世界文学全集」[1]の続き

本書は、世界文学全集などでよく目にする作品の、書き出し部分だけ新訳を作って並べてみた」という本なのですが、「書き出し部分」は1、2ページなので、続きが読みたいと思うよりも前に終わってしまうことも多くて、ちょっぴり残念な部分も。。

でも、既読本の場合は、柴田訳と比較してみたくなりますよね。

本書には昨年ハマりまくってたポーの作品が3作も収録されていて、それも、あの『ユリイカ』が選ばれていたので、既読本の八木敏雄訳と比較してみることにしました。


He who from the top of AEtna casts his eyes leisurely around, is affected chiefly by the extent and diversity of the scene. Only by a rapid whirling on his heel could he hope to comprehend the panorama in the sublimity of its oneness. But as, on the summit of AEtna, no man has thought of whirling on his heel, so no man has ever taken into his brain the full uniqueness of the prospect; and so, again, whatever considerations lie involved in this uniqueness, have as yet no practical existence for mankind.


エトナ山の頂から悠然と下界を見やる者は、その眺めの広がりと多様性に主として思いが行く。踵を軸にしてすばやく回転でもしない限り、パノラマをその全体性の崇高さにおいて把握することは望めない。けれども、エトナの頂きにおいて踵を軸に回転しようと思った者はまだ誰もいないから、その眺望の無二性を十分に脳に取り込んだ者は誰もいない。したがって、さらに、この無二性をめぐっていかなる問題が隠れているにせよ、それらはまだ、人類にとって現実に存在してはいない。(柴田元幸・訳)

柴田氏は「oneness」を「全体性」「uniqueness」を「無二性」と訳されていますね。

エトナの山頂で漠然とあたりを見わたす者は、主としてその眺望の広がりと多様性に心うばわれる。踵でくるりと一回転してみないかぎり、その荘厳なパノラマを純然たる全一(ワンネス)としてとらえることはできない。ところが、これまでエトナの山頂でそのような旋回をこころみようとした者がいなかったので、その展望の完全な全体(ユニークネス)を頭に刻印した者はいなかった。したがってまた、その全体のなかにいかなる考察にあたいする知見がひそんでいようと、それは人類にとって、事実上、これまで存在しなかったも同然なのである。(八木敏雄・訳)

八木氏は「oneness」を「全一(ワンネス)」、「full uniqueness」を「完全な全体(ユニークネス)」にされていて、私もこれ以外ないと思ってたんですけど、、、

「oneness」は「全体性」か。。。

全一とか、ワンネスって、特殊というか、スピリチュアル業界用語みたいだからでしょうか?(苦笑)

で、このあと、individuality を、柴田氏は「不可分性」、八木氏の訳では、「全体性(インディデュアリティ)」となっていて、八木氏は「GOD」を意識して宇宙を考えていることがよくわかるのですけど、、



英米詩では、これまた、ハマっていたウィリアム・ブレイクの「The Marriage of Heaven and Hell」も、原文と照らし合わせて読んだり...

とにかく、海外古典のテキストは、今は簡単に探せるので、
いろいろ、勉強になりますねっ!





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Commented by mitch_hagane at 2014-02-28 18:20
>柴田氏は「oneness」と「uniqueness」を「無二性」と訳されて...
いや、柴田氏は「oneness」を「全体性」、 「uniqueness」を「無二性」と分けて、訳されているみたいですよ。
Commented by mitch_hagane at 2014-02-28 18:39
みっちの意見はこうです。
「oneness」は、プロティノスあたりの哲学(新プラトン主義)でいう、『一者』『一なるもの』を意味しているんじゃないでしょうか。
『一者』は大体において、神と同一の意味と捉えていいでしょうから、ここに「sublimity」(崇高)という単語が使われたと思います。
だから、八木敏雄・訳の「荘厳なパノラマ」は誤り。荘厳なのは一者であって、パノラマではないから。

みっち訳↓
『かかとで素早く回転でもしない限り、パノラマの景観を崇高なる一なるものとして、理解することはできないだろう』
Commented by yomodalite at 2014-02-28 21:20
>柴田氏は「oneness」を「全体性」、、

みっちさん、ありがとうございますぅーー
ホントですね。すぐに本文訂正しなきゃ。。(大汗)
Commented by yomodalite at 2014-02-28 21:36
>「荘厳なパノラマ」は誤り。荘厳なのは一者…

うーーん。でも、パノラマも「God made」なので、間違いってことは、ないのでは?(笑)

>かかとで素早く回転でもしない限り、パノラマの景観を崇高なる一なるものとして…

みっちさんの訳も素敵です!あのね、基本的にこの部分が大好きなんですよ。
だって、MJのことを言ってるみたいでしょ?(結局そこかw)

なので、

そーゆー意味では、みっちさん訳が、もっとも「MJらしさ」が出てます。(そんなつもりはなかったでしょうがw)
Commented by mitch_hagane at 2014-02-28 21:56
あはは、また余計なコメントをしてしまった。(汗)

まあ、しかし、どうせ書いちゃったついでに、もう一つ付け加えれば、柴田元幸・訳は、onenessの解釈はともかく、文法的に正確な訳になっています。

八木敏雄・訳は、文法的に不正確な点が随所に見られます。『荘厳なパノラマ』以外にも、例えば、最後の『事実上、これまで存在しなかったも同然』なんて、全く不正確。
他にも、『刻印』って何?とか、『完全な全体』って何じゃらほい?とか、『くるりと一回転』が次は『旋回』になったりとか、これは膝詰めで小1時間ほど、問い詰めないとぉ(笑)
Commented by yomodalite at 2014-02-28 22:27
八木氏は、私にポーを教えてくださった方なので・・τ( ̄X ̄;)

>柴田元幸・訳は … 文法的に正確な訳になっています。

原文の方も今回初めて見てみたんですけど、「oneness」の勘違いがわかってから見直してみたら、ホントにそう思いました。やっぱり柴田氏は「スマート」ですね!

>『くるりと一回転』が次は『旋回』に…

同じ単語なのに訳が変わっているのは、翻訳者の飽くなき探究心ではないでしょうか

それでは、MJのワンネス・スピンをご覧ください(笑)

http://www.youtube.com/watch?v=xo1A4wpATPQ
Commented by mitch_hagane at 2014-02-28 23:21
>それでは、MJのワンネス・スピンを...
観ました。凄い(笑)

それでね、もうお亡くなりになった大先生に向かって、『文法的に不正確』なんて、図々しいやつなんですがぁ。
例えば、MJのスピン、くるくる何回も回ってるじゃないですか。
原文は、a rapid whirling on his heel でしょ。1回転なんて、どこにも書いてない。
そのくせ続くwhirling on his heelでは、「旋回」とだけして、かかとはどっかへやっちゃってるし。(ちなみに、柴田さんは地道に、正確に訳してます)
そのくせ、「純然たる全一」なんて、全一はまあ置くとして(日本語にはなってないが)、どこから「純然」なんて持ってきたの?「いかなる考察にあたいする知見」って、「あたいする」にあたる原文全くないじゃんとか、よくこれだけ短い文章に、これだけ沢山疑惑の表現を織り込めたもんだと。(汗)

すみません、みっちは今日はあんまり機嫌が良くないみたいですぅ。
もう寝ます。m(_ _)m
Commented by yomodalite at 2014-03-01 20:34
なんか、不思議なんですけど、今回みっちさんが気になった部分、私は全然気にならないなぁ。それよりも、やっぱり、「全体性」と「無二性」が気になってて、、その言葉では『ユリイカ』が、、私の『ユリイカ』がぁーーーみたいな感じなんですよぉ(笑)
Commented by mitch_hagane at 2014-03-01 21:46
はい、ポーの『ユリイカ』にあっては、「oneness」の意味は、色々議論の余地があると思いますね。「oneness」は『ユリイカ』全体で7回出てきて、わざわざイタリック体の表記となっています。

みっちの書いた(『一者』『一なるもの』との関連)はそうした兼ね合いです。

なお、「uniqueness」は、単なる地の文であって、『他にはあまりない珍しい景色』を示しているに過ぎないと思います。「uniqueness」は『ユリイカ』全体で、ここしか出てきません。
Commented by yomodalite at 2014-03-02 18:32
>「oneness」は『ユリイカ』全体で7回出てきて、

全文で数えちゃうとは。。さ、流石! 
みっちさんの凄さは、バリと格闘した日々で充分わかっているつもりですが、私には『ユリイカ』原文で読通すなんて、全然ムリで、、本書の「書き出し」部分への、それも、ほぼ一カ所から、不安というか、違和感を覚えるばかりで。。

前回の詩集と違って、今回、私が怒りを覚えないのは「ユリイカ」に関しては、八木訳だったからわからなかったんだとか、勘違いしてたとは、あんまり思わないからだと思うんです。柴田訳は書き出し部分だけなのでわからないのですが、なんとなく、このまま読んでいくと、ポーが、米国でめちゃくちゃ批判されたように読めてしまいそうな予感がして。。

翻訳の巧さとは関係なく、宗教用語と哲学用語に関しては、そもそも、日本語にない(日本人が考えたこともない)という概念のせいで、日本語にしにくいというか、まだ、日本語にはなっていないものさえあって、古典の新訳作業は、今後ますます重要だと思います。

みっちさんが今後片っ端から翻訳してってください!
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by yomodalite | 2014-02-28 09:28 | 文学 | Trackback | Comments(10)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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