J.M.バリの「勇気」(“Courage” 日本語訳の紹介)

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名スピーチとして名高い、J.M.バリの「Courage(勇気)」の翻訳を紹介します。
日本語訳はこれが初めてだと思います。

バリは、英国・スコットランドの作家で、マイケル・ジャクソンが心から演じたいと願い、こどもたちに暗記するほど読め。と言っていた「ピーターパン」の作者です。

その物語に登場する「ネヴァーランド」は、現代では「マイケル・ジャクソンの家」として有名になり、MJのネヴァーランドの門には、“DIEU ET MON DROIT”(神と我が権利)や、”Honi soit qui mal y pense” (*邪推する者は侮蔑されんことを)という言葉もそのままに、英国の紋章が掲げられていました

MJの人生は「ネヴァーランド」を現実化するために大金を稼ぎ、そして、その夢のために誤解を受け、大きな犠牲をはらったともいえるのではないでしょうか。

わたしはこどもの頃『ピーターパン』を読んだこともなく、彼が、疑惑の渦中に「60ミニッツ」に出演し、「おとぎ話」の重要性や、こどもの心について語り、番組出演時の奇妙なメイクとはまるで違う、夢見る少年を演じている『Childhood』のヴィデオが流れたときも、冷ややかな目で見ていました。

彼の少年虐待について、疑ったことはなかったものの、当時、社会の厳しさの真っただ中にいた私は「おとぎ話」を、心のよりどころにすることは出来なくて、MJは、ますます私たちとは違う世界に行ってしまったと感じていたのです。

正直にいえば、今も『Childhood』のヴィデオを見て涙することはないのですが、ただ、「おとぎ話」を繋いできた文学者たちの系譜には、まったく違った思いをもつようになりました。

そのきっかけを作ってくれたのが、J.M.バリです。

『小さな白い鳥』を読んで以来、私はバリに夢中になったのですが、バリ作品で今読めるのは『ピーターパン』ぐらい…

そんな中、『ロストボーイズ』や、芹生一氏訳の『ピーターパンとウェンディ』(石井桃子訳に不満だった方は是非!)で、バリの有名なスピーチ「Courage(勇気)」のことを知りました。

ネットで探し出したものを見ながら、時間をかければ、自分にも訳すことが。。というような無謀な努力をしなかった自分を、今は褒めてあげたいと思います。それは、私にはめずらしく賢明な判断だったと思うのですが、これを読まれた方は、もっとそう思われるでしょう。

バリの精神を日本語にしていただくのに相応しい方にお願いすることができました!

語学に興味がある方は、ぜひ、原文と照らし合わせて読んでみてください。

原文は、直訳ではまったく意味がわからないぐらいの上級レベルの英語なので、はじめて、これを日本語で読んだときは、わたしは魔法を見たように感動しましたが、より行間を読むために、そこから半年以上の時間を費やしました。このブログでも何度もお世話になった「If you must die, die well」のみっちさんに助けていただけなかったら、途中で挫折していたかもしれません。

日本の若い人にも読んでもらいたい。

というのが、私と訳者に共通する思いでした。そのためには、伝える側が深く理解していなければ。と考え、少しずつ調べているうちに、当初、感動した地点から、少し遠くまで思いを馳せられるようにはなったものの、

現代に生きる、日本を愛する若者に、これを伝えるにはどうすればいいのか悩み、

調べられないことや、理解しきれないことで、迷ったことも何度もあったのですが、私たちができる精一杯のレベルということで納得することにしました。ページによっては、幾分「注釈」が多いと感じるかもしれませんが、何度か読まれるうちに、

バリの「勇気」とは、どのようなものなのか、
より深く理解するために、少しは役立てることもあると思います。

第一次世界大戦は、1914年~1918年。
バリがこのスピーチをしたのは、終戦から4年後の1922年です。

1930年に書かれた『小さな白い鳥』の序文でも、彼は「ブロードウェイを通るにしても、左右どちらの歩道の肩を持つと思われても困るので、危険は承知の上で道の真ん中を歩かせた」というほど、中立に慎重だったバリは、

このスピーチでは「若者に戦う勇気を持て」と煽動しています。

バリは何のために戦えと言ったのでしょう?


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スピーチには、現代の日本人にはなじみの薄い、英国、スコットランドゆかりの人物が多く登場しますが、彼らは、近代の日本人が熱心に学んだ人々です。

私たちの先人が、欧米の文化に接して、何を学び、何に悩んだか、現代の日本人は、もう一度振り返るべきなのではないかと思います。

英国史における、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの関係についても、わたしたちはなかなか理解することができませんが、中国、韓国・朝鮮と日本の問題と近い部分も多く感じられます。明治以前より、日本の上層は「英国」の影響を色濃く受けてきていますが、今に至るまで、「英国」にはなれず、中国にその地位を奪われつつある今は、特にそう思えてなりません。

また、バリが語っている数々の戦いの中には、第一次世界大戦だけでなく、
宗教対立という部分もあります。

世界の戦争において、わたしたちが一番理解しにくいのは「宗教」に絡んだ部分ではないでしょうか。現代日本で知識人を自認している人の多くも、「一神教」は、世界で起きている対立の原因であり、平和の妨げになっているというような意見を口にします。

しかしながら、「一神教」を理解しなければ、世界に「思想」を語ることも
世界からの批判をかわすこともできません。

バリのスピーチには、宗教、国、民族、郷土愛、母校愛、友情、愛する者の死…といった、わたしたちの「戦う理由」になるようなことが、すべて詰め込まれていて、それらの犠牲になったり、勇気を発起して散っていった人々の魂、ひとつひとつに語りかけているようです。

わたしたちは、近隣諸国への謝罪が足らないという批判を何度もされていることに、うんざりしていますが、国のために犠牲になったわたしたちの先祖の無念さや、未来に託してくれたこと。。そんな魂の声を本当に聞いているといえるでしょうか。

その他、何度読んでも、読み返すたびに、新たに、バリの思いに気づき、歴史に遺る文学者の深さに少しだけ触れられたような体験を味わいました。

長くなりましたが、最後に、マイケルファンの方に付け加えると、
わたしは、MJは、バリがここで語っているさまざまなことに忠実だったように思います。

ですが、スピーチの名手としても有名だったバリは、
この歴史に遺るスピーチを「堂々と」行ったのではなかったようです。

(スピーチ読了後「訳者あとがき」をお読みくださいませ)

MJも「Courage」という詩を書いたときはステージに上がることに勇気はいらなかった。でも、『THIS IS IT』のとき、彼は不安を隠しきれなかった。

ヴィクトリーツアーの頃のMJは、まるで、ミケランジェロの「ダビデ像」のように見えましたが、『THIS IS IT』を成功させようとしていたMJは、ミケランジェロが晩年まで創り続けながらも未完に終わった「ロンダニーニのピエタ」のイエスのように、雄々しさとは違っていた。


歴史をふりかえってみれば、偉人の「勇気」というものは、
常にそういうものではなかったでしょうか。


____________

(*)通常は、「思い邪なる者に災いあれ」と訳されていますが、
下記のサイトの訳を使用させていただきました。


スピーチに関連している文学者とMJの関係について

シェイクスピア
MJが映画を撮っていくことの芸術的価値について彼が抱いている想いに畏怖の念を抱き、彼がどれほどのことを教えてくれたか説明できない。と語った、反抗する若者像を初めて演じ、後のロックスターの源流でもあるマーロン・ブランドは、MJと同年代の俳優、ジョニー・デップに、シェイクスピアを演じることの重要性について、強く語っていました。欧米で映画や物語を創造するひとにとっては当然ですが、もちろんMJの書棚リストにも。


サミュエル・ジョンソン
バッドツアー中、メディアに宛てて書かれた手紙の中には、ジョンソン博士の言葉が引用されていました。
If a man could say nothing against a character but what he can prove, his story could not be written.


ロバート・バーンズ
30周年記念コンサートのプロデューサーでもあったデイビッド・ゲストは、MJはバーンズの大ファンで、彼の詩に曲を書いたと語っています。


ウィリアム・アーネスト・ヘンリー
アーネスト・ヘンリーの有名な詩「インヴィクタス」は、MJが尊敬し親交があった、ネルソン・マンデラの獄中を支えた詩としてよく知られています。


ライマン・フランク・ボーム
オズの魔法使いの作者。MJは自作の詩にも引用し、そのリメイク作ともいえる『ウィズ』はMJの初映画出演作。

スティーヴンソン
『ジキル博士とハイド氏』『宝島』で有名なスティーヴンソンは、フロイト研究者にして、冒険物語の愛好者である、MJの「先輩」といえるかも。。



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Commented by jean moulin at 2014-02-14 18:03 x
Yomodaliteさん、
バリの貴重な講演のご紹介ありがとうございます!
マイケル・デイヴィスが亡くなった1年後にこんな講演をしていたとは、知りませんでした。
早速読ませていただきました!「小さな白い鳥」で心掴まれたバリの世界観も感じられ、本当に魅力的で奥深い講演です。
英文学者を始め、いろいろな人々が登場する講演ですが、それぞれの人がまさに目の前に現れ、語りかけてくれるようです。
英文も見てみましたが、Yomodaliteさんがおっしゃるように、魔法のように素晴らしい日本語に表現されていますね。
ただ、言葉を置き換えるだけでなく、バリの思考を深く理解していないとできない翻訳だと思います。
また、巻末にある注釈もすばらしく、ここだけ読んでも、ひとつの物語が感じられます。
本文、注釈を行き来して、読む度にまた新しい発見ができそうです。
翻訳された山形さん、注釈を付けて下さったみっちさん、また、企画して下さったYomodaliteさん本当にありがとうございます。
Commented by yomodalite at 2014-02-14 22:58
moulinさん、コメントありがとうございます!お手伝いの私には、翻訳者の先生を代弁することができないんだけど、、

>言葉を置き換えるだけでなく、バリの思考を深く理解していないと…

通常の英語から日本語にという部分以上に背景がわからないと、訳せない部分がいっぱいあって、本当に大変だったと思います。私は、この場所にいた学生のように、バリの言葉を聞きたいなぁと。そして、それは、私も、今の若者も経験したことのないような素晴らしい言葉に違いないと想像していたんだよね。

それで、翻訳してくれた先生も、困難なときを生きる若者にできることはないかというお気持ちで、これに取り組んでくださったんだけど、

英国や英文学を、今の日本の若者が自分に引き付けて読める。というところまで、私たちが辿り着くのが困難で。。なかなか「完成」できなかったの。

>本文、注釈を行き来して、読む度にまた新しい発見ができそうです。

ありがとう!でも、ホントにそうなの。私もここまで何度読んだかわからないんだけど、そのたびに気づくことがあって驚いたことが何度もあったんだよね
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by yomodalite | 2014-02-13 15:13 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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