エドガー・アラン・ポー(3)「破壊と創造」

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☆Edgar Allan Poe(2)“For Annie”の続き

つい最近になって、エマソンを読み始めたら(MJ研究のためにねw)、彼がポーを散々な言葉で批判しているのを発見して、それでエマソンよりも、ポーの方に夢中になってしまって、これまで、私がイメージしていた人とは別の「ポー」が現れはじめました。

それは、またしてもイメージだけが膨らんでいくようなものだったのですが、ラッキーなことに「私のポー」を、適確に著してくれた日本一のポー研究者・八木敏雄氏の本に出会うことができ、ポーにハマったとほぼ同時に、八木敏雄氏に夢中になってしまったので、八木氏の著作の中から、『エドガー・アラン・ポオ研究 ー 破壊と創造』を紹介します。


◎1964年から『成城文芸』に連載された論文をまとめ、1968年初版....
[Amazon]エドガー・アラン・ポオ研究 破壊と創造


下記は、本書の「序にかえて ー ポオの評価をめぐって」を全文引用。

(下線は著者による傍点。太字は私のアンダーライン)



序にかえて ー ポオの評価をめぐって


その死後百有余年をへた今日、いまだにエドガー・ポオの評価は定まりかねているようである。それが定まりかねているのは、ポオが論じられることのすくなく、攻究されることの稀な作家であったからではない。彼がスフィンクスの如く巨大で謎めいた人物であったからでも、またむろん、彼が評価にあたいしない文学者であったからでもない。

事情はむしろ逆で、ポオに関しては、あらゆる種類の評価や好悪の意見は出つくし、その技法態度を蘇活すると否とにかかわる後世の意図は十分以上に果たされてしまった観がある。伝記的研究は旅役者であったポオの父母のレパートリーの研究からポオ自身の借金の額の詮索にまで及び、二巻よりなる書箇集は刊行をみ、彼の作品の精神分析学的研究はポオについてのいちばん部厚い本を生んでいるありさまで、普通なら、いまではこの作家について言いふるされていないようなことは言えぬのではないかと絶望するなり、安心するなりしてよいはずであるのに、事実はそうではない。

ポオがシェイクスピアの如き汲めどもつきせぬ偉大な作家で、各時代、各世代があらたな発見をしつづけてゆくであろうような作家であるなら、この事情に不思議はないのだが、ポオが偉大な作家ではないということ、彼の文学技法上の使命は終ったということには定説があり、しかもそれはどうやら動かしがたいようにみえる。

ポオの評価をめぐるこのような逆説的事態は、ポオがその生国アメリカでは永らく顧みられず、しかしフランスでは、ボオドレールやマラルメやヴァレリーなどの世界第一級の詩人たちによって高く評価され、そればかりか、彼らの創作の大いなる糧となり、したがって世界の近代詩のみならず、近代の文学全体に大きな影響をあたえた人物であったという文学史上の逆説によく象徴されている。 

むろん、かかる事態を招いた責任の一半はポオ白身にもあった。ヴァレリーの理解ある言葉を皆りれば、ポオが「自分自身の発見について、それが有する弱点を知悉していながら、その美点のすべてを強調したり、特長の一つ一つを宣伝したり、欠陥を隠したりし、いかなる代償を払ってもそれを彼が欲するものに似せようとして自分の発見に取り組む」たぐいの人間でもあったからだ。

「しかし、ポオの思想はその根本においてやはリ深遠で、偉大なのである」ともヴァレリーは保証する。知性の悲喜劇の愛好者にとって、ポオは依然として魅力ある人物たるを失わないであろう。が、いましばらくは直接にポオを対象にしないで、ポオの評価をめぐる後世の事態を観察してみたい。それがかえってこの作家の本質を解く鍵を提供してくれるかもしれないからだ。
 
ところで米国においては、ポオの評価はその百年忌にあたる1949年頃には、比較的低いところで定まりかけていたのである。そして、ポオを見なおし考えなおそうという風潮が起ってきたのも、この百年忌を境とする。手はじめに、1949年前後にポオについてなされた、目だった論者の発言を拾ってみよう。百年祭を記念して、ポオの詩と散文のアンソロジーを編んだモンタギュー・スレイターは、そのはしがきの枕に、「その死後百年になるが、ポオの作家としての位置を決定するのは容易なことではない」と書く。

V・S・プリチェットは『ポオ百年祭』というエッセーで、やはり開ロー番、「その死後百年になるが、いったいわれわれはポオをどう理解すればよいのか? われわれはこの作家から模糊として曖昧なものを読みとるだけだ。しかしこの作家から数々の文学上の重要な事柄が摂取されてきた。二流の作家、だがしかし示唆に富んだ発言者。ポオの天分は気まぐれで狭隘であったが、影響するところ甚大」と述べ、当惑を示す。

偉大なアメリカ文学の再編成者F・O・マシーセンでさえ、1948年という時点では、「ポオの最終的評価は、彼の作品がその原動力となった多くの文学的伝統を別にしては下しえないであろう」という目算を述べるにとどめた。T・S・エリオットの『ポオからヴァレリーヘ』は米国でのポオ再評価のきっかけのIつとなった論文だが、その冒頭の一節でエリオットは次のように述べる。
 
私がここでこころみようとしていることはエドガー・アラン・ポオの裁断的評価ではない。彼の詩人としての位置を定め、彼の本質的独創性を抽出してみようとは思ってはいない。まさしくポオは批評家にとって蹟き石である。彼の作品を詳細に検討してみると、ずさんな筆運び、広範な読書と深い学識に支えられていない未熟な思考、主として経済的な逼迫のせいだろうが、細部にまでわたる完璧性に欠けた、さまざまなジャンルでの気まぐれな実験といったものしか見出せないようにみえる。

が、これでは公正を欠くだろう。ポオの作品を個々別々に見ないで、全体として遠望するなら、たえず目をそこにやらずにはおれぬような、特異な姿と印象的な大きさを有する全体として、われわれの目にうつる。ポオの影響という問題もまた、われわれをとまどわせる……。
 
ここでエリオットは、ポオを「全体として」、つまり『大鴉』の詩人、『アッシャー館の崩壊』の短篇作家、『アーサー・ゴードン・ピムの物語』の長篇作家、『詩作の哲学』の詩論家、『ユリイカ』の宇宙思想家などと個別的に見ないで、それらが微妙に絡みあって構成されているポオを全体として眺めることを提案している。が、エリオットがここで示している当惑も単なる修辞的ポーズではなかろう。

たとえば、同じ論文で、エリオットは「ポオに欠けているものは頭脳力ではなく、人間全体としての成熟をまってはじめてもたらされるところの知性の成熟であり、彼のさまざまな情緒の成長と調整なのである」と指摘することを忘れない。そして注意していただきたいことは、これが米国におけるポオ再評価のきっかけとなった論文の口調だということである。
 
それ以前の米国におけるポオ評価はどうであったか。ヘンリー・ジェイムズ(「ポオを熟愛できるということは幼稚な思考の段階にあることのあきらかな証拠である」)からポール・エルマー・モーア(「ポオは未熟な少年と不健全な大人のための詩人」)をへて、今日のアイヴァー・ウィンクーズ(「ポオは、彼の讃美考たちの主張するところによれば、理論と実際とをみごとに合致させたそうだが、その理論も実際も、ともにお話にならぬほどひどいものである)に至るまで、アメリカの各世代の代表的作家、批評家がポオを高く評価したためしはなかった。
 
しかし真摯なポオ讃美者の群がフランスに見出せる。ポオを発見しポオをあがめたボオドレール、ポオとボオドレールを尊敬したマラルメ、ポオとボオドレールとマラルメを尊重したヴァレリーなどの面々。このポオ崇拝の系譜がそのままフランス象徴主義の系譜を形成していることは、すでに何事かでなくてはならぬと思わせる。

たとえばボオドレールは、はじめてポオの作品を読んだとき、そこに「私が順に思い描いていた主題ばかりか、私が考え抜いていた文章さえも見出した」と告白している。この告白に嘘がなかったことは、ボオドレールはポオの『詩の原理』をほとんどそっくりそのままフランス語に移しかえ、それを自分の詩論尚として発表していることからもうかがえる―「われにもあらず自分によって作られたと思ってしまうほど、ぴったりと自分のために作られていると思えるものは、これを自分のものとせざるを得ません」とはボオドレールに対するヴァレリーの美しい弁護だが、同類にのみ許される剽窃の事例というわけか。

だがボオドレールがいかにポオに傾例していたかの傍証としてなら、『悪の華』という詩集を一冊出しただけの彼が、またけっして着実な性格の持ち主ではなかった彼が、ポオの散文作品ばかりは生涯休みなく仏訳しつづけたという事実に如くものはあるまい。クレペ編のボオドレール作品集12巻(書簡その他を含めて全19巻)のうち、じつに5巻がポオの翻訳によって占められている。これをボオドレールの詩才のために借しむのは勝手だが、彼にとってポオの散文作品の翻訳が畢生の事業の一つであったことをこれは物語る。
 
若き日のマラルメは「もっとよくポオを読めるようになりたくて」英語を勉強した、とある手紙にしたためている。そしてマラルメのポオ崇拝の念は生涯変ることがなかった。詩(“L’Azur”)をカザリスに献じたさいに添えた手紙に、マラルメは「この方向に進んでゆけばゆくほど、私はわが偉大なる師エドガー・ポオの示した厳格な理念に忠実になってゆくでありましょう」と書いている。またポオの詩をはじめてフランス語に訳したのはマラルメであった ー おそらく、ある畏敬の念からでもあろうが、韻文訳をあきらめ、散文に移すにとどめたけれども。
 
完璧という病いにとりつかれていて、誤謬を犯すことがなによりも似つかわしくなかったポール・ヴァレリーは、「ポオは唯一の完璧な作家である。彼は誤ちを犯したことはなかった」とまで断言する。またヴァレリーは、英米にあってはまったく顧みられることがなかった『ユリイカ』について美しいエッセーを書いた。それがヴァレリーの批評に堪えたということが、すでに何事かであることをわれわれにしのばせる。ヴァレリーはまた独立のポオ論を書いているけれども、『ボオドレールの位置』というエッセーはボオドレール論であると同時にポオ論でなければならなかったほど、彼はポオに深い関心を寄せていた。ここでしばらくヴァレリーの雄弁に耳を傾けてみるのも無駄ではあるまい。
 
明晰の魔・分析の天才、また、理論と想像、神秘性と計算のもっとも樹齢でもっとも心を惹く総合の発明者、例外の心理家、芸術のあらゆる資源を極め利用する文学技師、これらはエドガア・ポオの姿をとってボオドレールの前に現われ、彼を驚歎させます。これほど多くの独創的見解と非常な約束とは技を魅了します。彼の才能はこれによって変容され、彼の運命は華々しく一変されます。(佐藤正彰訳)
 
これらフランスの詩人たちのポオを語る語り口と英米人のそれとを較べてみるがよい。その違いようは怪しむにたる。だがボオドレール、マラルメ、ヴァレリーなどが高い知性と鋭敏な感受性の持ち主であり、すぐれた批評家であったことは紛う方なき事実なので、彼らのポオ讃美が、ヘンリー・ジェイムズの言うように、彼らが「幼稚な思考段階にあることのあきらかな証拠」とはならぬことはたしかである。

これらのフランス詩人たちの「過大な」ポオ評価を彼らの英語力の不足のせいにする意見はなかなか有力である。英語を母国語とする者ならすぐそれと気づくポオの詩の未熟な語法や不正確な韻律に、彼らは気がつかなかったとする意見だ。それはありえたことである。しかし彼らの栄光は英米の読者がポオに見落していたものを見出したことにあった。
 
それでは、比較的低い評価しかあたえなかった英米の評家たちが完全に間違っていたのであろうか? すでに引用した英米の評家もいずれ劣らぬ一流の作家、詩人、批評家たちであってみれば、そういうことはありそうにない。彼らのポオに対する不満は、詮ずるにポオが成熟することを知らぬ文学者であったところに向けられていたのだ。「未熟な少年と不健全な大人のための詩人」というモーアの評は彼らのポオに対する最大公約数的な意見であったと言ってもよい。
 
「成熟する」とは、簡単に言って、この世の現実とかかわりあいながら人生観を形成することであろうが、ポオは現実を、そこに身を置き、生き、かつ人格を形成する場とは見なさず、ただ観察し、分析し、自己の知力によって綜合する対象としてしか考えていなかった、と英米の文学者たちに感じられているのである。一方、フランスの詩人たちは、ポオの観察し、分析し、綜合する意識的な態度に感心したのであった。所詮、両者の目のつけどころが違っていたのであるから、感心の仕方も違ってくるわけである。
 
教養ある英米の人士にとって、ポオの詩や短篇のいくつかは、少年の日にはある感興を覚えながら読んだことがあるけれども、長じて自然な欲求に駆られて再読してみたいとは思わぬていの読みものであるに相違なく、そのことがまたポオの未熟さを裏づけているように思いなされるのも自然なことでなくはない。たしかにポオの作品は、一度読めば生涯忘れえぬほどの印象を、われわれの意識下の記憶に刻みつけるけれども、そしてこれはポオが凡庸な作者ではなかったことの有力な証拠ではあるけれども、一方、一度読めば足リるということがあるのも事実である。

もし世界第一級の文学作品たるの資格が、まず再読に堪えること、読むごとにあらたな発見を読者に強いずにはおかぬこと、われわれを心底から震撼し、その震撼がある種の普遍的な質に到追していることなどであるとするならば、ポオの作品の多くがそのような資格に欠けていることを認めないわけにはいかない。
 
もっとも、われわれはそうしようと思えば、ポオの詩を幾度でも読むことができる ー 耳に快いから、野暮でないから。彼の短篇小説を再度たのしむことができる ーー ありうべからざることが現に眼前に展開されているかに錯覚させる短篇の技巧にすぐれているから、そうと知っていながらそのように進行してゆく筋や、そのように反応していく自分の精神の動きを確認するのにはある種の愉悦があるから。

しかしポオの詩は、それが一個の純粋な芸術作品でありながら、同時に人生や世界の不条理をしのぼせ、人間実存の姿を垣間見せるという世界第一級の詩が持たねばならぬ逆説的構造を有するまでには至っていないと感じさせる。

短篇小説の場合なら、たとえば『アッシャー館の崩壊』でのように、嵐の晩にいったん死んだはずのマデラインが生身で生きかえってくるような話に、もはやわれわれは心から驚かされることはない。要するにポオの諸作品はすでにわれわれを心から痛ましめず、傷つけず、人間性についてのあらたな発見を強いることもないように思える。

が、それにしても ーー とわれわれは思うわけだが、それというのも、純粋に芸術作品でありながら人生の多様性をはらみうるような短篇小説の原型を後世に示したのがポオであり、いまではすでに異常ですらなくなってしまったほどに「異常心理」の普及に力をかしたのがポオであり、サンボリストたちの仕事によって実証されたように、厳密と精緻の度を加えるに堪え、しかも世界の不条理を盛りこむに堪えるほどの詩の理論を最初に編み出したのがポオであったからである。

普通でないことを始めた当時には、それが普通でないという理由からうとまれ、それが普通になってしまう頃までには、それが普通でなかった当時の状態や発明者の独創は忘れ去られており、しかもそれにつきものの弱点や欠陥は出つくしてしまっている ーー という破目になるのが発明者や創始者の辛い運命なのかもしれない。が、議論を前に戻せば、決して後世によって凌駕されない仕事を残す文学者が存在する ーー たとえばシェイクスピアの如き。
 
だがアングロ・サクソン世界で、比較的低い評価しかあたえられなかったのはポオの詩や小説ばかりではなかった。いや、英米でいちばんうとんじられているのは、フランスの詩人たちに珍重され、彼らの財宝とまで見なされた『詩の原理』や『詩作の哲学』や『マージナリア』の断章に含まれていたポオの詩論のたぐいだった。

英米人には、ポオの詩論の有効性が彼自身の詩作によって実証されていないと感じられているからであろう。『詩作の哲学』が自作の詩『大鴉』を材料にポオが自己の詩作の態度と意図を開陳してみせた文章であることは周知のことであるが、これが英米ではことさらに評判が悪い。

詩の長さに対する考察、詩の純粋性の主張、詩作にあたっての意識的な分析と計算と綜合の必要性の強調、やがてサンボリストたちの合言葉とすらなった「音楽」の観念 ーー それらはすべてこの論文に見出せるわけだが、たとえば「この詩(『大福』)のいかなる些細な一点といえども偶然や直観のおかげを蒙ってはおらず、作業は数学の問題を解くときのような正確さと厳密さをもって、一歩一歩完成されていった」という作者の言明をその実作が裏切っていると見えるらしい。いかなる点がそれを裏切っているかを、エリオットは『大鵬』の次の一行をあげて指摘する。
  
In there stepped a stately Raven of the saintly days of yore.

不吉な福は、その逆ではないにしても、いささかも “stately”(気高い)なところはないはずなので、なぜこの鴉が “saintly days of yore”(気高いむかし)に属するのかわかりかねる、とエリオットは言う。また、“stately”(堂々たる)とここで形容されている鴉が幾行か先では “ungainly fowl”(見苦しい鳥)と呼ばれているが、これなど矛盾でしかない、とも。

この詩は主人公の意識の変化をたどる詩なので、その鴉の容姿も主人公の意識の変化とともに変化してもおかしくないと思えるけれども、この現代の代表的詩人の指摘はそれなりにわれわれを納得させるにたる。しかしポオが一篇の詩を書き、かてて加えて、その詩の意図から技術問題にまでわたる解説文を書いたことで、英米ではうとんじられる結果になり、フランスでは重んじられることになったのは、なお怪しむにたる。
 
要するに、英米の批判者たちの見たポオがポオのすべてでもなく、フランスの詩人たちが見た彼がポオのすべてでもなかったのである。ポオはそれらのすべてだった。この簡単な事実に気づかれるまでに、ポオはその死後百年を待たねばならなかったようである。

(引用終了)

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『破壊と創造 エドガー・アラン・ポオ論』の一部は、こちらで読めます。

http://www.seijo.ac.jp/pdf/falit/043/043-04.pdf

ここの49ページ「養父ジョン・アランと養子エドガー・ポオとの関係は、しばしばポオに好意的な伝記作者たちによって加害者と被害者との関係として述べられている……」「アランとポオとの関係が加害者と被害者のそれであったとするならば、ポオには、その関係の温存をはかっていたと思えるふしがある……」「“子” の客観性のかなりの部分は “父” によって与えられるものであるから “子” は自分の自分の客観性に対してそれほど責任を持たなくてよい …… 

と続く文章にも、MJを描こうとする凡庸な伝記作者に飽きた。と思う方なら「ビビビッ」と来ませんか?(この文章は、このあと「アニー」も登場します)

☆エドガー・アラン・ポー(4)おすすめ文庫2冊!

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Commented by mitch_hagane at 2013-08-07 10:31
ええっ~、みっち的に、ポーとのお付き合いの最初は、『黄金虫』です。(半世紀前だぁ-笑)ご存知かどうか、『黄金虫』では、単純な換字式の暗号が使われ、これを解読して秘密の財宝を探しあてる、という話です。
ポーは、暗号解読に自信を持ち、雑誌だか新聞だかに、暗号を送ってくれれば解読してみせると、読者に挑戦しました。(確か失敗して解読できなかったはず)
みっちも、暗号解読に興味を持ち、生まれて初めて丸善に洋書を、Cryptographyの解説書を、取り寄せ注文したのです。丸善の洋書フロアは、しんと静まり返り、お客は一人もおらず、図書館の司書みたいな感じの、眼鏡をかけたお姉さまが、タイプライターを叩いているという、別世界みたいなところでした。1ドル360円の時代です。
中学生のお小遣いで、代金が支払えるか、大汗をかきました。(笑)
yomodaliteさんの記事を読んでいて、そんな昔のことを、ふと思い出しました。(^o^)
Commented by yomodalite at 2013-08-07 23:07
ええっ~っとですね、半世紀前には、私は存在してないんですけど、、その当時に暗号解読の本を英語で読まれるなんて、少年時代から、ものすごく語学好きだったんですね。『黄金虫』を最初に読んだのは、私も中学生ぐらいだったかも。

でも、彼の詩は、それとはすごく印象が違ってて、こーゆー人があのような短編を書いていた。と思うと、もう俄然興味が湧いて来ちゃって、、

老獪な完璧主義者の面をもちつつ、未成熟で不安的な少年が同居しているように見える彼の実在の人物像が、未だに想像つかないんですけど、、彼のアメリカでの異常なほどの嫌われ方とか、様々な分野の専門家がこぞって分析しまくって、人々に下世話な興味を与え続けているところなどは、やっぱり誰かに似ているようにも思えたり。。
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by yomodalite | 2013-08-07 09:30 | 文学 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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