エドガー・アラン・ポー(2)“For Annie” ポオ詩と詩論 (創元推理文庫)

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☆Edgar Allan Poe “For Annie”(1)の続き

MJの愛読書の中で、全集(Complete Works)の所有が確認されている作家は、O・ヘンリー(1862年9月11日 - 1910年6月5日)と、ラルフ・ウォルドー・エマソン(1803年5月25日 - 1882年4月27日)と、エドガー・アラン・ポー(1809年1月19日 - 1849年10月7日)の3人で、「For Annie」は、彼が所有している『The Complete Stories and Poems of Edgar Allan Poe』に収められています。

また、「ポォーーーー!」という叫びが印象的な『Smooth Criminal』のショート・フィルムは、ポーが創造し、その後ホームズ等に受け継がれた探偵やトリックなどのスマートさ以外にも、ポーからの様々なインスピレーションが感じられる作品だと思います。

『Smooth Criminal』の “アニー” に関しては、様々な解釈がされていますし、MJの作品の要素は概ね「てんこ盛り」なので、ひとつのテーマに集約するなんて、幕の内弁当の中で天ぷらだけを食べているようなものだと思いますが、 MJが計画していた映画「The Nightmares of Edgar Allan Poe」は、ポーの晩年に焦点をあてたもので、アニーは、ポーの最後のときを彩った女性でした。そんなわけで、

“アニーの謎” が、ポーへの入口に繋がるのは、いずれ、MJと文学談義を交わす際には有用なのではないかという目論み(笑)なので、夜露死苦っ!

◎[関連記事]http://yourockmyworld829.blog88.fc2.com/

☆ ☆ ☆


「For Annie」は、1848年に発表された詩で、アニーとは、何年も病床にあった妻(ヴァージニア)を、1847年を亡くし、深い失意にあった頃、つきあっていたナンシー・リッチモンド夫人(アニー・リッチモンド)のことだと言われています。(この頃、彼には他にも婚約したり、詩を捧げたりという複数のロマンスがあるのですが)

この詩の「私」は死後の独白のような内容ですが、実際、ポーは、このころ自殺を図り、詩が発表された翌年、原因がわからない変死により人生の幕を閉じている。

しかし、そういった「物語」よりも、もっと複雑で興味深いのは、やっぱり、彼の作品であり、詩であると。そんな風にようやく感じられ始めたので、(1)とはまた別の訳書を読んでみました。

◎[Amazon]ポオ詩と詩論 (創元推理文庫)

こちらは「ユリイカ」など長文の散文詩を含めすべての詩が収められて、
1979年に出版されたもの。

下記は、福永武彦氏による「まえがき」

エドガー・アラン・ポオの詩の全部を、現代口語に翻訳しようなどという試みは無謀というほかはなく、私はひたすら固辞したのだが、遂に出版社の熱意に押し切られて引き受けざるを得ない破目になった。

そこで私は条件をつけて、詩集のうちのわずか十篇ほどで勘弁してもらい、残りの五十三篇は入沢康夫君の手を煩わした。同君は何よりもまず詩人であり、詩の翻訳は訳者もまた詩人でなければ語感の美しさを移植できないと信じる。

ただ私にしても入沢君にしてもフランス語の方が本業なので、語学的に間違いを犯した点がありはしないかと恐れている。(中略)

勿論私たちは二人とも、ステファヌ・マラルメ及びレオン・ルモニエの仏訳を参照したが、これは文字通り参照したというだけで、実を言うと、仏訳にも怪しい点が少なからずある。

[仏語が読めない私にはわからない参考資料]マラルメ訳「Pour Annie」

ただ語感という点では、マラルメの散文訳は見事なものであり、私たちも亦その語感に学んだと言うことが出来る。この邦訳は、その大部分を入沢君に頼んだが、頼んだのが私である以上、全体に関しては、勿論私が責任を持つものである。

(引用終了)

と、このまえがきから、マラルメのポーの翻訳詩が見てみたくなっただけでなく、福永武彦氏のことも一瞬で好きになってしまいました!(私は存じ上げなかったのですが、作家としてもとてもファンの多い方で、三島由紀夫より7歳年上)。


下記は本書から、福永氏ではなく、入沢氏が翻訳された “For Annie” の訳詞に
英語原文を加え、各スタンザの冒頭に番号を付記しました。

こちらは、答えあわせのつもりだったのですが、

残念ながらそうとも言えないというか、
しつこく(呆)疑問がのこった点に関しては「太字」にしてあります。
ご意見やご指導をお寄せくださいませ。




For Annie
アニーのために


1)
Thank Heaven! the crisis 一
The danger is past,
And the lingering illness
ls over at last 一
And the fever called “Living”
ls conquered at last.

有難いことだ! 危機は ーー
危難は すぎ去った。
長びいたわずらいも
とうとう終った ーー
「生存」という名の熱病が
ついにとどめをさされたのだ。

2)
Sadly,l know
l am shorn of my strength,
And no muscle l move
As l lie at full length 一
But no matter ー l feel
l am better at length.

私は知っている、悲しいことだが、
私の力は奪われている。
筋一本も 動かばこそ、
長々と横たおったままなのだ ーー
だが、かまわない!ーー 私は感じる、
やっと心地がよくなったのを。

3)
And l rest so composedly,
Now,in my bed,
That any beholder
Might fancy me dead 一
Might start at beholding me,
Thinking me dead.

こうして私がいかにもゆったりと 今
ベッドにやすらっている姿を
見る人はだれであれ思うだろう、
私が死んでいるのだとーー
私を眺め 死んでいるものと思いこんで
おそらく身ぶるいをするだろう。

4)
The moaning and groaning,
The sighing and sobbing,
Are quieted now,
With that horrible throbbing
At heart : 一 ah,that horrible,
Horrible throbbing !

かなしみの声 呻きの声、
溜息も すすり泣きも、
今は静かになってしまった。
あのいまわしい心臓の
鼓動も消えた ーー ああ あのいまわしい
いまわしい鼓動の音も!

5)
The sickness 一 the nausea 一
The pitiless pain 一
Have ceased,with the fever
That maddened my brain 一
With the fever called “Living”
That burned in my brain.

むかつき ーー 嘔き気 ーー
なさけ容赦もない痛み ーー
みんな 終った。私の頭を
狂わせていた熱病も終った ーー
頭の中で燃えていた
「生存」という名の熱病も。

6)
And oh! of all tortures
That torture the worst
Has abated 一 the terrible
Torture of thirst
For the napthaline river
Of Passion accurst : 一
l have drank of a water
That quenches all thirst : 一

そして ああ! ありとある
責苦のなかでも一番むごい
あの責苦 ーー 呪われた「熱情」の
瀝青の河に渇き苦しむ
おそろしい責苦
それも今やおさまった ーー
すべての渇きをいやす水を
私はごくりと飲みほしたのだから ーー

7)
Of a water that flows,
With a lullaby sound,
From a spring but a very few
Feet under ground 一
From a cavern not very far
Down under ground.

子守唄のような音を立てて
流れて来た その水、
地下 ほんの数尺の
泉から流れ出る水 ーー
ほど遠からぬ地の下の
洞穴から流れ出て来る水を。

8)
And ah! let it never
Be foolishly said
That my room it is gloomy
And narrow my bed;
For man never slept
In a different bed 一
And, to sleep, you must slumber
In just such a bed. 

だから ああ! この私の部屋が暗く、
私のベッドが狭いなどと、
そんな愚かしいことは
言わないでいただきたい。
人はみな これと同じ
ベッドに就いてきた。
眠るというならば 人はまさに
このようなベッドでまどろまねばならぬ。

9)
My tantalized spirit
Here blandly reposes,
Forgetting, or never
Regretting its roses 一
Its old agitations
Of myrtles and roses :

タンタロスのように渇きに喘いだ私の魂も、
ここでは さわやかにやすらっている。
薔薇の花のことも ーー
その昔のミルトや薔薇のさやぎも、
忘れて ーー それをくやむことも
絶えてなく。

10)
For now, while so quietly
Lying, it fancies
A holier odor
About it,of pansies 一
A rosemary odor,
Commingled with pansies 一
With rue and the beautiful
Puritan pansies.

それというのも 今 こうして静かに横たわって
私の魂は さらにさらに神聖な
思い(パンジー)の香りが身をとりまくのを
夢みているからだ。
美しく清らかな思い(パンジー)や
侮い(ヘンルーダ)にまじった
追憶(ローズマリー)の香り
が身をとりまくのを
夢みているからだ。

11)
And so it lies happily,
Bathing in many
A dream of the truth
And the beauty of Annie 一
Drowned in a bath
Of the tresses of Annie.

こうして 私の魂は 幸せに
やすらっているのだ、
アニーの 真実と 美との
数知れぬ夢にゆあみしながら ーー
アニーの髪の中に
深々とゆあみしながら。

12)
She tenderly kissed me,
She fondly caressed,
And then l fen gently
To sleep on her breast 一
Deeply to sleep
From the heaven of her breast.

彼女はやさしくキスしてくれた。
心をこめて愛撫してくれた。
やがて 私は彼女の胸で
穏やかに眠りにおちるのだったI
天国のような彼女の胸から
深い眠りへとおちるのだった。

13)
When the light was extinguished,
She covered me warm,
And she prayed to the angels
To keep me from harm 一
To the queen of the angels
To shield me from harm.

ともしびが消えた時、
彼女は私を暖かく覆ってくれ、
天使たちに祈ってくれた、
この人を危難から守って下さいと ーー
天使たちの女王のマリアに祈ってくれた
この人を危難から守って下さいと。

14)
And l lie so composedly,
Now,in my bed,
(Knowing her love)
That you fancy me dead-
And l rest so contentedly,
Now in my bed,
(With her love at my breast)
That you fancy me dead 一
That you shudder to look at me,
Thinking me dead: 一

今 私がベッドの上で
(彼女の愛情を思いながら)
ゆったりと横だわっているのを
人は死んでいると思うのだ ーー
今 私がベッドの上に
(彼女の愛情を胸に抱いて)
こころ満ち足りて やすらっているのを
人は死んでいると思うのだ ーー
死んでいると思えばこそ
私を見てふるえるのだ。

15)
But my heart it is brighter
Than an of the many
Stars in the sky,
For it sparkles with Annie 一
It glows with the light
Of the love of my Annie 一
With the thought of the light
Of the eyes of my Annie.

だが 私の心は 天国の
あまたの星をことごとく合せたよりも
もっともっと輝いているのだ。
アニーといっしょにきらめいているのだ ーー
私のアニーの愛の光で
あかあかと燃えているのだ ーー
私のアニーの限の光を思って
あかあかと燃えているのだ。


(訳:入沢康夫)


下記は、上記の訳への疑問と(1)の私訳への「言い訳」ww

7)
泉から流れ出る水 ーー not very few Feet で、not very far Down の地下から流れ出てきた水は「泉」ではないと思いました。

地獄があるはずの地下から、子守唄のような音が聞こえ、清らかな水が流れてくることや
光が射さない暗闇の中にも、春が訪れる…

冒頭の「Thank Heaven!」から、棺桶の中で休んでいる “私” は、教会の教えに反したことや、死に感謝するなど、人々の感情とは異なることを述べていると思います。

9)
myrtles(ミルト)や roses(薔薇)のような女たちによって、タンタロスのように、永遠に止むことのない飢えと乾きを感じていた “私” が、安らいでいる理由は…

10)
パンジー(思い)や、ヘンルーダ(侮い)や、ローズマリー(追憶)の香りが
身にとりまくのを夢みている...

悔いに混じった追憶...

ヘンルーダの香りに、ローズマリーの香りが混じった香りに身を包まれることを夢みる...ポーが「花言葉」で詩を書くことが変ではないとしても、この文章は「変」ではないでしょうか?

花言葉の意味で感情を表現するのに「odor」を用いていることにも違和感を感じるのですが、

くやむこともなく、忘れて… と言っている、myrtles(ミルト)roses(薔薇)など、誘惑的で香りを身にまといたくなるような花は複数形で、

両方とも薬草系で、夢ごこちで身にまといたくなる香りではない「rue」と「rosemary」は単数形ですよね。だったら、A holier odor と、A rosemary odor が、Commingled(混じっている)のは「Puritan pansies」の方なんじゃないでしょうか? そして、それは、美しくもあり(beautiful)、残念(rue)でもあると。

私には、どうして、この部分をわざわざ「花ことば」の意味で考えなくてはならないのかがわからないんですが、、この時代の人々が、すぐにこういった「花ことば」を思い浮かべる習慣があるなら、この詩全体に流れる、反社会的な基調を和らげているというか、ポーの巧妙な仕掛けなんじゃないでしょうか。

11)
棺桶の中で幸せを感じている “私” は、アニーの夢に安らいでいる。この「アニー」が、リッチモンド夫人だとすれば、アニーは生きていて、 “私” は、死によって安らいでいる。

12)13)
やさしくキスをし、愛撫し、 “私” のために祈ってくれたのは、アニーの思い出でしょうか?

15)
“私” は死によって、「アニーと一緒に」なる夢をみることができ、
天国よりも星よりも、きらめくことができる…

私のアニーの愛の光で、あかあかと燃えている…

アニーの愛の光で、私の魂が燃えている。なら、ふつうに意味が分かるんですが、「私の」を強調しているのは、現実のアニーではなく、夢の中にだけ存在する「アニー」が、 “私” が、死んだことにより、永遠に “私” の中に生き続けることになる。

そして、それはアニーという固有の女性への愛情ではなく、彼女を見つめる “私の眼の中” に「thought of the light」があるのだ。ということだと思い、「ぼくのアニーを見つめる目の奥には輝くような思想があるから」にしました。


Annie, are you ok?
So, Annie are you ok?
Are you ok, Annie?



Smooth Criminal(HIStory World Tour Live In Gothenburg '97)




☆エドガー・アラン・ポー(3)「破壊と創造」に続く



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Commented by mitch_hagane at 2013-08-04 23:33
福永武彦さんには、半世紀近く昔に(笑)「海市」「幼年」などで、お世話になりました。
しかし、みっち的には、もう乗り越えてしまっていますねぇ。(何が-笑)
この訳文は(この前の岩波もだけど)ぜーんぜん、納得いきません。(大笑)
くどいようですが(汗)、繰り返します。
1:For now, while so quietly
2:Lying, it fancies
3:A holier odor
4:About it,of pansies 一
5:A rosemary odor,
6:Commingled with pansies 一
7:With rue and the beautiful
8:Puritan pansies.
まず形式的に、12行、34行、56行、78行はペアになっていると思います。
そして、34行、56行、78行はいずれもpansiesで終わっているんです。
(続く)
Commented by mitch_hagane at 2013-08-04 23:33
(続き)
「聖なる香の...パンジー」
「ロースマリー混じりの...パンジー」
「ルー混じりの...パンジー」
こう3回連続で、パンジーを叩きつけてくるんです。
そして、最後のパンジーになって、初めて、ピューリタンの、清教徒の、パンジー、とこう来るんですね。
このリズムが、まず表現されないと、いけませんね。
それに、花言葉はyomodaliteもおっしゃっているとおり、全く無意味と思います。
意味あるのは、ただルー(悲嘆、悔い、何でもいいが)のみ、それが「ピューリタン」(アニーと彼女を取り巻く、ある種クローズドな社会を象徴)に結びついてくる所、ここに意味があると思います。

長文失礼しましたぁ。<(_ _)>
Commented by yomodalite at 2013-08-05 10:06
みっちさん、またまたありがとうございます!

(続き)から以降で言われていることは大変よくわかるのですが、

>まず形式的に、12行、34行、56行、78行はペアになっていると思います。
>そして、34行、56行、78行はいずれもpansiesで終わっているんです。

この詩の行、すべてに通し番号を追記してみてみたのですが、この「行」の数え方がわかりません。また、通し番号は、見た目にウザいのでやめたいと思います。

お手数をおかけしますが、
各スタンザの番号と、その何行目という表現でお願いできないでしょうか?

よろしくお願いします。m(_ _)m
Commented by mitch_hagane at 2013-08-05 11:02
すみません、書き方が悪かったです。m(__)m
この引用したスタンザで、
1行目と2行目がペアになっている。3行目と4行目が...というつもりでした。
ですから、3行目と4行目を続けてひと続きと見て、その行末はpansiesで終わっている、以下同様、というただそれだけの意味です。
分かりにくいことを書いて済みません。
Commented by yomodalite at 2013-08-05 17:18
みっちさん、お手数をおかけして、何度もありがとうございました!
では。。

>意味あるのは、ただルー(悲嘆、悔い、何でもいいが)のみ、それが「ピューリタン」(アニーと彼女を取り巻く、あ>る種クローズドな社会を象徴)に結びついてくる所、ここに意味があると思います。

ここに関しては、みっちさんと概ね意見の一致が確認できた。と思いました。ですが、存じ上げなかったとはいえ、Bigな存在らしい福永氏を乗り越えられた。と聞いてしまっては、、チビなせいか、私はデカいものには、つい絡みたくなるタイプなんですからね!

>この訳文は(この前の岩波もだけど)ぜーんぜん、納得いきません。(大笑)

納得いきません。に同意です!ですが、そのあとの(大笑)に関しては、私は(マジ)です!(本気!とお読みくださいませ。本当に長文です。m(_ _)m)
Commented by yomodalite at 2013-08-05 17:18
(1)で頂いたコメントも合わせみて、みっちさんの訳では、fancies - pansies - pansies - pansies という英語の詩のリズムを重要視した訳なのだと思います。詩の世界では、音韻の重要性をとても重んじていて、それは日本の詩でも同様ですが、

英語から日本語という変換作業において、英語の音韻に気を配った点を、そのまま日本語に移植することは不可能だと思います。そして、それを重視すると「必ず」といっていいほど日本語の意味を軽視することになり、おかしな日本語になってしまいます。

なので、(1)の岩波訳の註で、Puritan pansies を訳しようもない。という意見には同意です。だって、そうでしょう?「清教徒たちのパンジー」って何ですか?その日本語はアリかナシかを考えるまでもなく「ナシ」ですよ。

だって、パンジー、パンジー、清教徒のパンジーでは、デブ、デブ、百貫デーブーぐらいの意味しかないですし、、日本では、なぜ「清教徒」がパンジーに結びつくのかということも、「清教徒」の「匂い」を感じられる人もいませんし、翻訳者のような英語研究者ですら、ポーが「Puritan」にどのような感情をもっているかを想像できないぐらいなんですから。
Commented by yomodalite at 2013-08-05 17:32
パンジー、パンジー、パンジー、、でも、香り、香り、香り、、でも、その日本語を重ねても音の美しさも表現できないばかりか、そこを強調することで、この詩の意味の重要な部分がズレてしまいます。

日本の外国文学研究者は、英米での詩の評論において、音韻を重要視していることに囚われ過ぎていて、むしろ日本語のリズムを無視し、意味すらも取り違えてしまっていることが多くないでしょうか。

詩はそれぞれの単語の音韻を考えて、選び抜かれていますから、どうしてその単語を使ってるかを考えるうえで、まずは音韻を把握することが重要だと思います。でも、それがわかったなら、一旦、英語の詩のリズムを放棄して、文章として、日本語に変換するべきだと思います。だって、読むのは日本語なんですから。日本語のことばとしてのリズム感が重要ですし、意味を日本語にしなくては、詩の「魂」が伝わりません。

そんなわけで、福永氏が「ポオの詩を、現代口語に翻訳 … 無謀」と「詩人でなければ…」にも同意します。

音韻は英語を見ればわかりますし、今はオーディオで聴くのも簡単ですから、英語の詩を翻訳する場合、対訳を必須条件とするという法律を、まずは、作るべきですねw
Commented by yomodalite at 2013-08-05 17:33
この詩は冒頭の「Thank Heaven!」から相当皮肉っぽい内容ですよね。地上で乾ききった喉を、地面の下から潤され、人々が忌避する死によって、これまでにない安らぎを得て、薔薇のような花々に悔いはないと言ったあと、教会のような場所の抹香臭い感じを「a holier odor」と言い、神聖で、清らかさのみを例えているように見せかけ、ヘンルーダ(rue)やローズマリーの匂いを想像させたうえで、純粋なスミレに混じる「悪臭」をも、みっちさんが言われるように「三段落ち」でぶち込む。(砲ーー!!! ww) 

(1)では問題提起の意味もあって、名詞に疑問を投げかけましたが、ルーというカタカナから、ルーという花をイメージできる日本人は極少ないと思いますが、(2)の創元社訳の「ヘンルーダ」なら、あの「五角形の花の形」を思い浮かべる人がいそうで、、それならば、そんなところにも、ポーの意図があるかも。という想像ができるかもしれません。
Commented by mitch_hagane at 2013-08-05 22:01
おおっ、これはまた長文のご返事がぁ。(汗)
すでに、ブログ記事のコメントの範囲を大きく超えている気がしますが、ここまで力の入ったご返事を頂いて、おざなりな挨拶だけでは済ます訳には参りますまい。
みっちなりに、本気の意見を述べます。
yomodaliteのお考えと異なる点があるのを、承知の上で書いております。どうかご容赦下さい。

このような英詩に対して、みっちの考えは、こんなものです。
①直訳の必要はない。原詩の志・趣を汲んで、日本語の訳詩に置き換える、これが訳詩者の腕の見せ所と思います。英語の音韻が模倣できないのは、もちろん承知。
②ただし、それは、原詩の意味を正しく読んだ上でのことです。そうでなければ、全く原詩の心と離れて、訳詩者の2次創作だと言われても仕方ありません。

今回の入沢康夫さんの(そして福永武彦お墨付きの)訳詩で、①についての不満は感じません。
しかし、②については、大いに不満です。

『美しく清らかな思い(パンジー)や
侮い(ヘンルーダ)にまじった
(続く)
Commented by mitch_hagane at 2013-08-05 22:02
(続き)
追憶(ローズマリー)の香りが身をとりまくのを
夢みているからだ。』

具体的には、ここが不満です。入沢さんは、正直な話、詩の心云々以前に、ここの英文を(文法的に)正しく読んでいないと思います。
つまり、rosemaryを主語と取り、これにpansiesとrueが混じり合う、と解釈しています。(with pansiesとwith rueを並列させた読み方)
こうすると、最後のPuritan pansiesがどうしようもなくなるはずです。それでもって、これを訳詩から省くというのは、最悪です。ポーが墓場から、ガバッと起き上がると思います。(笑)

また、yomodaliteさんがおっしゃるように、『清教徒のパンジー』なんて日本語になってない、というのは、誠にごもっともです。全くその通りだと、みっちも思います。
ただし、待って下さい。原詩の『Puritan pansies』はどうでしょうか?この句、英米人にとって、普通の言葉でしょうか?いえいえ、この句は、彼らにとってもvery unusualです。『こんなの英語じゃねぇよ』と言うと思います。
(続く)
Commented by mitch_hagane at 2013-08-05 22:02
(続き)
結局、ポーの生い立ち、南部の出身で、北部の清教徒マジョリティの社会で認められない、そして恋人のアニーはその清教徒社会の人間で、人妻で、手が届かない、こうした背景をある程度知っていないと、分からないフレーズです。
訳詩においては、こうした知識は、解説でも注釈でも、何かの形で補えばよいのです。
みっちは、この詩を訳す時に、この句を省くのは、大反対です。
Commented by マイ at 2013-08-06 11:34 x
yomodaliteさん はじめまして!

Lana Del Reyの「Ride」の訳を探していて このブログにたどりつきました。
最近この曲のことを知ったのですが、聴いているうちにどんどんはまってきて、Lana Del Reyの魅力に心酔してしまいそうです。(笑)

そして私もマイケル・ジャクソンのことも大好きで、好きというより 崇拝にちかい感じです(笑)

とても興味深いブログなので ゆっくり読まさせていただきたいと思います♪
Commented by yomodalite at 2013-08-06 15:23
>ブログ記事のコメントの範囲を大きく超えている

いえいえ、私はこれまでも頂いた長文コメントに鍛えられてきましたし、コメントは「倍返し!」はわが家の家訓(大嘘)というか、MJの教えなんです(霊言w)。

>みっちなりに、本気の意見を述べます。

私はすっごく英語が苦手なので、もっとも強い疑問を感じた「rosemaryを主語と取り、これにpansiesとrueが混じり合う」に対し、みっちさんのような方に、このように言って頂けるなんて、予想以上の満足感でいっぱいです!

>入沢さんは、… ここの英文を(文法的に)正しく読んでいないと思います。

そうですね。岩波訳はすべてにイライラして(笑)、第9スタンザまでのイライラに対しては、多少癒された感(笑)のある創元社訳の方を全文引用したのですが、第10スタンザに関しては、岩波訳の方が正しいですね。でも「美しいパンジーの清さにまじるローズマリーの香りとルーや美しくて清いパンジーの香り」では何がを言いたいのか、さっぱりですから、みっちさんが言われるように「清教徒のパンジー」を採用した方が「清いパンジーの香り」よりも数千倍正しいと思います。
Commented by yomodalite at 2013-08-06 15:23
いずれにしても、特に難しいとも思えない箇所なのに、、、ポーの評価が低い英米の文学研究者ならいざ知らず、ポーの崇拝者であるマラルメ訳をも参照しているのに、、そして、日本語よりはずっと英語に近いフランス語を母国語とするマラルメの翻訳を、福永氏が怪しい点があると感じていることなども含めて、紹介できたことも「自分で自分を褒めてあげたい」ぐらい、満足しちゃいました。

「清教徒のパンジーなんて日本語になってない」は、みっちさんの本気を引き出すための「煽り」であって、詩の翻訳のときに、音韻のことばかり言っている、そんなことを言うのは100年早いと感じる人々への不満を、話を聞いてくれたみっちさんに、ぶつけてしまったようです。

>ポーの生い立ち、南部の出身で、北部の清教徒マジョリティの社会で認められない、そして恋人のアニーはその清教徒社会の人間で、人妻で、手が届かない

という背景に関しては、アニーのモデルとされる人妻との交際を、その夫も認めているということもあり、私も、この詩が実在の人物への詩とは思えない部分もあります。ですが、それこそ、コメント欄では無理なので、またいずれ。。
Commented by yomodalite at 2013-08-06 21:19

マイさん、はじめまして。コメントありがとうございます!

>Lana Del Reyの魅力に心酔してしまいそうです。(笑)

訳詞は怪しいおそれがありますが(汗)、私も彼女が大好き!そしてマイケル・ジャクソンのことも好きと言うよりは、やはり崇拝のほうが近くて、それは、彼が行なった誰が見ても良いことよりも、彼が自分の最高傑作をつくった後の悩み方とか、永年にわたる人類史上誰も経験していないレベルのプライヴェート侵害を、驚くべきタフネスによって耐えたことの方が大きくて、

彼のような人と同時代を共にできたことによって、これまで歴史の中にいた人物が、常にタラボレッリのような優秀な(その時代の標準に受け入れられる程度に凡庸という意味)伝記作家によって、現在に伝わっている。ということがよくわかり、MJからは本当に様々なことを教えてもらっていると感じます。(つづく)
Commented by yomodalite at 2013-08-06 21:20
マイさんのブログで初めてビアンアーティストのヴィデオを見たのですが、以前仕事でたくさんゲイ・レズビアン映画を見たことがあります。(例の映画祭関連)、石原郁子氏が紹介されていた映画だったんですが。。ちなみに、MJはもちろんゲイに差別感情はないのですが「みんながゲイになってしまう」という危惧は抱いてはいたようです。( http://nikkidoku.exblog.jp/17922344/ )

差を認めあったり、自由に繋がれば素晴らしいことですが、性嗜好を重要視しすぎるあまり、多くの人々が「同じ人間どうし」だと思わず、分断意識をもたされてしまうことはつまらないことですよね。
Commented by マイ at 2013-08-07 18:29 x
yomodaliteさん お返事ありがとうございます。

Lana Del Reyは ルックスはもちろん声もいいし、MVも美しく本当にはまってしまいますね。
これから彼女の曲を いろいろ聴いてみたいなと思っています。

マイケルのことは 実は彼の死後にファンになりました。
もちろん生前にも彼の曲などは聴いたことはありましたが、そこまでピンとくるわけでもなくて、特に意識することはありませんでした。

でもマイケルの死後にTVで流れた「This is it 」 の中のダンスシーンのステップに魅了されてしまって、
もうマイケルは踊れないのでは・・なんて思っていた私は そのステップにマイケルの才能と本気度を見て魅了されてしまい それからいろいろな映像をみるようになって、どんどん彼の才能にはまっていきました。

続きます。。
Commented by マイ at 2013-08-07 18:30 x
先ほどのつづきです。


マイケルの曲やダンスはもちろん、彼を知るほど、彼の知性や人間性にも驚かされて感動してしまいます。
彼は本当に愛に溢れ 純粋な心の持ち主で、天使なのではないかと思ってしまいますね。。
私にとっては今では神に近い存在です。

でもマイケルのことについても まだまだ知らないことがたくさんあるので こちらのブログを読んで勉強したいなと思います!

そして私のブログは、セクマイ傾向があり音楽大好きな私が 好きな曲や動画を貼ってあるだけのブログで、
、yomodaliteさんのブログと比べられないような能の無いブログなのでお恥ずかしいです。。

私はバイセクシャルですが、最近では世界で同性婚も認められつつあり少しずつ変わってきているとは思いますが、まだまだ差別はありますよね。

ジョディー・フォスターやアンジェリーナジョリーが カミングアウトしたり、セクマイの人も特別な存在ではないのだということが もっと根付いてくれて一つの個性として認識されるようになってくれるとうれしいなと思いますね。
Commented by yomodalite at 2013-08-08 12:21
マイさん、、たぶん、暑さのせいで、普段よりもさらに「オカシく」なっていて、それで、うっかり「余計なこと」とか「噛みあわない」なことを言ってしまうけど、、

マイさんはクールに受けとめてね(わがままなお願い)!

えとね。。バイセクは、日本古来から極ふつうの感覚で、男女共に恋心を抱くのは、現在の日本でも差別されることではないよ。だから、私は、マイさんを「セクマイ」だとは思わないし、マイさんにも差別されているなんて思ってほしくない。

その感覚を「セクマイ」だと言うのは、アメリカ流の考えであって、なぜなら、米国はその成り立ちから宗教国家だから「性に対してこうあるべき」という規範がある。だから、主流でなければ「マイノリティ」なのね。

それは、人種に対しても同じで、黒人の人たちが、人種差別撤廃を求めて、命懸けの戦いをしてきたことは、マイさんもよく知ってると思うけど、マイケルはそういった運動のあと「黒人差別をなくせ」ではなく「人種なんて本当はない」ということを表現した初めてのアーティストだったのね。(つづく)
Commented by yomodalite at 2013-08-08 12:21
それで、最初は黒人からも、強い反発にあったんだけど、徐々に黒人指導者にも、MJ支持が拡がった、、という流れがあるんだけど、米国は自由の国というイメージをもちつつ、人種に対しても、性に対しても、他の国よりも「差別」が激しい。その理由は「差別」を利用するという仕組みが社会に出来ているからなのね。

分断して統治せよ。というのはすでにローマ帝国時代からの支配層の方法論だけど、米国のように面積広くて、移民の国は、国内統治にもそれを有効だと考えていて「個性が大事」というスローガンによって、できる限り、支配される側を「ひとつにしない」ように、様々な「個性」を盛り上げて、国民を分断している。

少年少女への性的被害を防ぐという「運動」のために、大人の男性が、少年と同じベッドで寝てあげることができなくなり、その行為に「性的目的」しか感じなくなった社会が、マイケルの人類愛を傷つけたことを思うと、(つづく)
Commented by yomodalite at 2013-08-08 12:28
私は、現在のところ、性嗜好を「個性」として主張しすぎることの意味を、あまり感じないし「バイセク」は、多くの人が生まれたときからもっている感覚だけど、「セクマイ」だと思うのは、その人が生まれながらにもっている個性ではなくて「宗教」に近いものだと思う。

宗教には人に規範を与えたり、癒しを施したりといういい面がたくさんあって、特定宗教を「カルト」と蔑んだ言い方をするのも、同じように、わたしは大嫌いなんだけど。

宗教のもうひとついい点は、同じ考えをもった人々と繋がれるという点だと思うけど、いいところと悪いところは、なんにでもあって、同じ考えの人たちどうしで過ごしているうちに、「愛がせまくなる」こともあるし、なんだか自由がなくなったなぁと思ったら、そんな個性は脱ぎ捨てられると、どこかで思っておくのもいいかも。
Commented by マイ at 2013-08-08 19:40 x
こんにちは!

お返事ありがとうございます♪

バイセクシャルって、、日本では古来から 普通の感覚だったのですか?
ちょっと驚いてしまいました ^^;

けっこう昔から 知されていることなのでしょうか・・^^

それはバイセクシャル限定で 同性愛はまた違うのでしょうかね。。?

周りにも女の子も好きってこは なかなか普通の世界では巡り合えないですし・・
日本で差別されるとは思ってはないですが、やっぱり人に堂々と女の子も好きだよ・・なんて気軽に言えないですね ^^;

でも日本では古来から そんな異質なものではないと知ってうれしいです。
今もし周りにカミングアウトしたら やっぱり奇異な目で見られてしまうかもしれないですが、気軽に話題にできるようになれればうれしいなと思いますね!

あとアメリカではやはり宗教的なことで、まだまだ差別的な目で見る人も多いようですよね。
でもオバマ大統領は同性婚賛成主義みたいですし、、アメリカもどんどん変わっていってくれるといいなと思いますね!
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by yomodalite | 2013-08-04 19:23 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(22)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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