マイケルと読書[4]Sala Książęca….

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MJが本を持っている写真を見ると、異常に食いついてしまう癖があるのですが、ものすごく集中して見てみても、本のタイトルが解読できることってなかなかないんですよね。

上の写真は、そういった中では、なんとか解読できそうな部類で、タイトルっぽい4行の一番上は、SALA KSIAZECA かなぁ、、と。でも、このスペルは英語じゃないし、ドイツ語でもないし、ロシア語でもない… と頭を抱えたんですが、、

ポーランド語の「Sala Książęca」ではないかと散々粘って解読しました。

ところが、この言葉、ポーランド語のGoogle翻訳で見てみても、さっぱり意味がわからない。でも、、英語が母国語のMJが、他国語の本を見てるとすれば、おそらく「美術書」でしょう?

しかも、ドイツ語でもフランス語でもスペイン語でもなく、ポーランド語の本を。。と思ったら、ちょっとビリっと来たんですね。

何がって、、んーーと、ハプスブルグ家とか、神聖ローマ帝国とか、なんかそんな感じのがww

そうなると、ますます、どんな感じの本なのか興味が尽きなくなって、さらに、粘って、検索を続けたところ、

こんな記事が、、
http://www.lubiaz.republika.pl/anpolo.htm

(下記は、上記のページを下にスクロールして隊長の写真が出てきたところ)


King of pop music

On 28 May 1997 on a football pitch in Lubiąż the helicopter with Michael Jackson has landed. The singer were interested in Lubiąż after seeing a picture of Monastery. Jackson were in Monastery only 20 minutes. Children had greeted him with bread and salt. He has visited the Monastery which has a roof surface over 330 thousand m3 in express speed. He went into raptures in Sala Książęca, got a watercolour of . After visit he boarded to helicopter and flied off.

1997年5月28日、Lubiąż のフットボール競技場の上に、マイケル・ジャクソンを乗せたヘリコプターは着陸しました。歌手は、Lubiążで修道院の写真を見て興味を示しました。ジャクソンが修道院にいたのは、わずか20分の間ですが、子供たちは彼をパンと塩で歓迎し、彼は33万㎥以上の屋根をもつ Sala Książęca を駆け足で見て回り、すっかり魅了され、水彩画を買って、それからヘリコプターで飛び去っていきました。

(引用終了)


1997年ということは、ヒストリーツアーでポーランドに行ったときに、ここにも立ち寄ったのかなぁと思ったんだけど、ヒスツアーがポーランドで行なわれたのは、1996年の9月で、1997年5月28日というと、1997年1月4日のハワイと、同年6月3日のドイツ公演の間なので、その間を利用したプライヴェートのエピソードなのかな?

◎HIStory World Tour (1996-97) SECOND LEG

となると、

わずか20分とはいえ、MJは「Sala Książęca」に、かなり惹かれるものがあったから、出かけているような、、「Lubiąż」というのは、おそらく地名で、ドイツ語表記では「Leubus」らしい。

というところまで何とか解明できたら、ポーランド語と違って、ドイツ語検索は少しは楽になったんだけど、、どちらの単語も、ポーランド地図で見ても、なかなか探せないぐらいの地名なので、たぶん、ここを訪れる人の大半は「Sala Książęca」に関連した建物を目当てなのかな。。

で、写真に写っている本のタイトルを、再度、目を凝らしてみてみると、

2行目は、たぶん、ポーランド語の「OPACTWA」で、これは修道院(大寺院)という意味らしく、3行目は「CYSTE RSKIFGO」とか「CYSH RSKIEGO」などに見えるけど... 不明。4行目は、最初の文字はわかんないけど、、後は「LUBIAZ」に見えるので、

やっぱり、Lubiąż にある Sala Książęca という大寺院の写真集ではないかと。。

同ページの「History」の内容からも Sala Książęca は修道院(大寺院)の名前のような気がするのだけど、Silesian Baroque 建築で有名な Lubiąż Abbey(Lubiąż大寺院)の中でも、特に有名な「Prince Hall」のことをポーランド語で「Sala Książęca」というのかもしれません。( → 後述)


なので、、妄想推理としては、


写真のMJはヒストリー期の感じだけど、乗ってる列車は、90年代後半の欧米先進国のものでは無さそうなので、

ヒスツアーで、ポーランドを訪れたときに立ち寄った書店で見つけた「Sala Książęca」の本が素晴らしかったので、それで、あとから再度、実物を見に行った。。。

MJが見ていた本の中身は、こんな感じだったのではないでしょうか。。



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確かに、MJが行ってみたくなるような場所ですよね!

で、これぐらいで、満足してもよかったんだけど、


本のタイトルについて、さらに、しつこくww 粘ってみた結果(呆)、ちょっぴり驚く意外な事実もわかりました!


この建物は、ドイツ表記では、Kloster Leubus in Schlesienで、英語だと、Cloister Leubus in Silesia らしい。。

◎[参考記事・ドイツ語]Kloster Leubus in Schlesien
◎[参考記事・英語]Silesian_architecture
◎シレジア(Silesian)Wikipedia


Cloister Leubus in Silesia → シレジア(地方)Leubus(の)修道院

Kloster Leubus in Schlesien → Lubiążu klasztor na Śląsku(自動翻訳)→ 
Klasztor Cystersów w Lubiążu もしくは、Lubiąż - klasztor Cystersów
Klasztor Cystersów w Lubiążu → Cistercian monastery in Lubiąż(自動翻訳)

本のタイトルの4行目の最初の文字はたぶん「W」で、これは英語の「IN」らしく、後は「LUBIAZ」に見えるので、

3行目を飛ばして繋げると、Sala Książęca Opactwa w Lubiąż

これを、英語に自動翻訳してみると、Prince Hall Abbey in Lubiąż

*ただし、英語からポーランド語では、Książęca = Prince ではなくて「Principe」。

不明の3行目は「S」から後が異なるものの、たぶん「Silesia」(シレジア)という意味の、ポーランド語の「Cystersów」に近い言葉で、

Sala Książęca
Opactwa
Cystersów
w Lubiąż

これだと「Prince Hall Cistercian abbey in Lubiąż」(シレジア地方、Lubiąż 大寺院のプリンスホール)で、ちょうどいいんだけどなぁ。。






上記のような動画をしつこく検索しているうちに、

MJの2度目のポーランド訪問の動画を発見!!!

Sala Książęca の中にいるところも映っているのだけど、この様子だとプライヴェート訪問とはほど遠いみたい。。



(Warsaw '97 - The Second Visit)



下記は、上の動画に付けられていた待望の英語文!

The second visit of Michael Jackson in Warsaw, Poland. Some extracts from TV news about this event.
During various meetings with polish officials, MJ revealed the plans of building 'Jacksonland' (a theme park similar to Disneyland) in Poland. MJ was extremely astonished by the previous year' warmthly welcome (during his HIStory World Tour Warsaw'96), so he decided to erect the park in Warsaw and also buy the Lubiąż castle for his european residence.
Unfortunately the castle was not for sale, and the complicated law regulation caused entertainment project failure.

ワルシャワでのマイケル・ジャクソンの2回目の訪問。このイベントに関するテレビ・ニュースからの抜粋。当局との様々な会談の間に、MJは、ポーランドで『Jacksonland』(ディズニーランドに類似したテーマパーク)を造る計画を明らかにしました。MJは前年、ワルシャワを「HIStory World Tour」で訪れ、大変歓迎されたことに驚き、そこで彼は、ワルシャワでテーマパークを建設し、彼のヨーロッパの住居として、 Lubiąż 城を買うことを決めましたが、城は売りに出されてはおらず、また、複雑な法律規制は、エンターテイメント・プロジェクトの倒産をも引き起こしました。

(引用終了)

まさか、ここに住むつもりだったとは・・・

プリンスが生まれて間もない頃で、「プリンス・ホール」だし。。みたいな?(笑)


この頃から、最晩年まで、あらゆるプロジェクトを頓挫させてきたMJなので、、
あちこちの国でこれに似た計画があったような気もしますが、

チャンドラーのことが騒がしかった頃から、誰もが、他人を批判し、審判をすることに熱中し、被害者になりたがる米国を離れ、自分の愛がシンプルに伝わり尊敬された、この地で世界中のこどもたちのための新たな「ネヴァーランド」として『Jacksonland』を建設しようとしてたのかなぁ。。。


追記(6.17)

コメント欄で、みっちさんが、同じタイトルの本を見つけてくださいました!
http://allegro.pl/sala-ksiazeca-opactwa-cysterskiego-w-lubiazu-i3309333262.html

MJが読んでいた本のタイトルは、
SALA KSIĄŻĘCA OPACTWA CYSTERSKIEGO W LUBIĄŻU

で、間違い無さそうです。
みっちさん、どうもありがとうございました!

とすると、、、

Cysterskiego は、英語だと「Cistercian」(シトー修道会の)なので、

◎シトー会(Wikipedia)

本のタイトルを、なんとか日本語にすれば、
Leubus(にある)シトー修道会寺院のプリンスホール みたいな感じかな。。。


追記(6.21)

Lubiąż(Leubus)は、ポーランドの Województwo dolnośląskie(ドルヌィ・シロンスク県)にあり、県都であるヴロツワフ(Wrocław。ドイツ語:Breslau)から54キロほど離れた、人口およそ2000人ほどの村みたい。

◎Lubiąż(Wikipedia)

◎ドルヌィ・シロンスク県(Wikipedia)

◎ヴロツワフ(Wikipedia)


プリンスホールと言われるのは、おそらく、シレジア王子ボレスワフに関連していて(違うかなぁ。。)

王子ボレスワフというのが、ボレスワフ何世なのかはわからないんだけど、Lubiąż にある、最初のシトー修道会の寺院が出来た1163年と年代があうのは、ボレスワフ1世ヴィソキで、彼は、神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世の従兄弟みたい。。

◎ボレスワフ1世ヴィソキ(Wikipedia)


みっちさんが、ここまでの経緯(コメント欄参照)などをまとめてくださいました(感謝!)みっちさんのおかげで、この件について、さらにしつこく追っかけようという気になってきました043.gif



みっちさんによる、プリンスホールの詳細なレポート
これで、主要人物はすべて揃った!



その他、本文中には書ききれなかった探求の経緯については、
コメント欄をご覧ください。



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Commented by chino at 2013-06-16 19:59 x
お久しぶりです。
yomodaliteさんには いつも本当に感心させられます。
よくぞ ここまで調べて下さいました。 さすが!

最近の私は あまり深く考えずに マイケルの残してくれた音楽や
映像を満喫しています。
とは言っても やっぱり 泣いちゃいますけど、、、、、。

ところで yomodaliteさんは 6月25日は どう過ごすか決めてらっしゃいますか?
私は何も決まってないので ちょっと 聞いてみたいな と思って。

それでは 次回も楽しみにしてます。
Commented by yomodalite at 2013-06-16 21:23
chinoさん、カンバンワーー!

>どう過ごすか決めてらっしゃいますか

うーーん、特にイベントとかはないんですが、、
その日にアップしようと思ってるエントリがあります。
これと同じく「マイケルと読書」のカテゴリです!
Commented by kuma at 2013-06-16 23:17 x
yomodaliteさん

いつもながらの、綿密かつ大胆な探求に感動。一枚の写真から浮かんだ疑問を、細い糸をたぐり寄せるようにして追求していく様子は、読んでいる方もわくわくして、この記事、立派な作品ですね。

そしてyomodaliteさんにそこまでさせるMJの魅力って、すごいんだなぁ。
Commented by mitch_hagane at 2013-06-17 00:55
初めまして。みっちと申します。

MJがらみの探索が面白くて、つい読みふけってしまいました。
こういう詮索は楽しいですね。

みっちも一応探索して、下記リンクを探しました。
すでにご存じなのかもしれませんが、念のため書き留めておきます。
(当該の本の販売ページです)

http://allegro.pl/sala-ksiazeca-opactwa-cysterskiego-w-lubiazu-i3309333262.html
Commented by yomodalite at 2013-06-17 09:44
みっちさん、はじめまして!

リンクの紹介ありがとうございますっ!全然ご存知じゃなくて、もう力尽きておりましたので、書名が判明して、やったぁーーーーー!!!! って感じです。本文の方にも追記しておきますね。本当にありがとうございました。

お名前リンクから、みっちさんのブログにもお邪魔して、素敵なブログタイトルの意味とか、
http://mitchhaga.exblog.jp/18796433/

あと、私もダンテに食いついてるwところなので、タグの「インフェルノ」を駆け足でみたりして、うーーん、やっぱり、ダン・ブラウンの読んでおいた方がいいかなぁとか、楽しく悩んだりしてみました。

また今後とも、色々と教えてくださいませ。
Commented by yomodalite at 2013-06-17 12:37
kumaさんも、コメントありがとーーーーーー!!!

>立派な作品ですね。

んな、大げさなww。
だって、、知りたかったんだもん!

やっぱ、MJは相当な読書オタクだから、ホント知らないことが多いんだけど、にも関わらず、彼の選択眼は決して「マニアック」ではなく、王道を行くものだから、なんとか世界の歴史を大雑把にとらえたいと思う人には、もっとも無駄のないチョイスをしてくれる「先生」のように思えるんだよね。

この本も、こんなにスゴい世界遺産級の建物なのに、このきっかけで調べるまで、全然知らなかったし、、つくづく「ハズレ」がないから、掘れば掘るほどっていう気持ちに毎回させられちゃう。
Commented by mitch_hagane at 2013-06-24 09:37
yomodaliteさんにつられて、この修道院のことをもう少し調べてみました。
問題:「プリンス・ホール」のプリンスとは誰か?
どこを見ても名前の由来が載っていない。(泣)
そこで考えたのは、このホール内の絵や彫像に「プリンス」がいるのではないか、ということ。
壁に掛かった絵画は、Elisabeth Christine皇后の生涯をテーマにしたのと、10人のオーストリアの支配者だって。これは違うなぁ。
彫像は12で、内3つはハプスブルクの皇帝、残り9つは色々な「徳」の象徴。これも外れ。天井のフレスコ西側部分に、修道院の創立者Boleslaw I the Tall(1127-1201)が書かれていました!他には人物の像や絵はなさそうなので、これが「プリンス」ですかねぇ。どうもすっきりしないなぁ。(疑)

実はこの修道院には、14世紀に建った「プリンス・チャペル」があります。
これも「プリンス」の由来は、はっきりしない。(泣)
ただ、このチャペルの中央に古いフレスコが残っていて、それはBoleslaw III the Generous(1291-1352)だそうです。この人もDuke止まりなんで、「プリンス」ですねぇ。さあ、分からなくなってきた。(汗)
Commented by yomodalite at 2013-06-24 23:28
>「プリンス・ホール」のプリンスとは誰か?

そう、そうなんですよ。みっちさん!セレブはよくお城を買ったりしてますけど、マイケルという人は、「わぁーー素敵な場所だな。じゃ、ここに住んじゃおっと!」なんて人ではないんですよ。

絶対に、ここにかつて誰が住んでいたとか、その人の歴史についても知ったうえで「買おう!」ってことになっているはずだと、私は思うんです。それで、調べたいと思っているんですが、なかなかわかんないですよ(泣)

>このホール内の絵や彫像に「プリンス」がいるのではないか、

ナイスアイデア!
それについては、全然手をつけていませんでした。どこで調べられたんですか?
Commented by yomodalite at 2013-06-24 23:29
私も、画家とか彫刻家の名前から探ってみようと思っていたんですが、ざっくり見てみたのは、本文でのLubiążsへのリンクにある「History」にある名前、Michael Leopold Willmann、Peter Brandl、John Liszka、彫刻家&建築家のMathew Steinl 、Konstanty Bauer、reflektarz、、で、

天井画は、Christian Philipp Bentum(もしくは、Filip Bentum、F. Bentum)で、彼のドイツ語のウィキによれば、彫刻家 Franz Joseph Mangoldt(F. J. Mangoldt、Mangold)と、Leubusの修道院のために働いた。。とか、まだ、そんなあたりをウロウロしてました。

でも、30年戦争で一旦破壊されていたり、元々、この場所に修道院が出来たときも、プロテスタントと、カトリックの熾烈な争いがあったりしてるし、、

それと、たぶん、MJが惹かれたのは、皇帝フリードリッヒに関係しているはず、、と思うのは、彼が「王」にも詳しくて、自分も「KING」だからなんですね。

ああ、プリンスと、その父のことが知りたいよぉ。。(泣)
Commented by mitch_hagane at 2013-06-24 23:50
みっちが参照したのは、Wikipediaのドイツ語版です。
なぜか、Polish版よりも充実しています。
プリンスチャペルも写真入りで載っています。
みっち自身は、英語に自動翻訳させて、読んでいます。(日本語に翻訳させるよりも正確で読みやすい)
ここです↓
http://de.wikipedia.org/wiki/Kloster_Leubus

なかなか核心の情報は得られませんが、まあ気長に行きましょう。(笑)
Commented by yomodalite at 2013-06-25 00:34
プリンスの時代を考えれば、ポーランド語ではない資料の方が多そうですものね。

>まあ気長に行きましょう。

プリンスのこともそうですけど、シレジアにも翻弄されてて、あちこち気になって気になって、、という状態でした。気長につきあっていただける方がいると思うだけで、大変心強いです。
Commented by mitch_hagane at 2013-06-25 15:25
さらに、しつこく、プリンス・ホールの謎に迫るのだった。(笑)

yomodaliteさん、みっちの現時点での意見を述べます。すなわち、
『プリンス・ホールのプリンスが誰か、何を指すのか、明確でないのは、もともと意図的なものである』と。
その理由は、芸術的なことではなく、純粋に政治的なものであると考えます。

①プリンス・ホールが出来たのは、第一次ポーランド分割の少し前の頃である
②プリンス・ホール内の装飾は、すべてハプスブルク家の栄光を称えるものばかり
③特にElisabeth Christine皇后の事績が大きく顕彰されているが、この人は女帝マリア・テレジアの母君である
④マリア・テレジアはポーランド分割に消極的であったと伝えられる

ですから、ハプスブルク家に媚びを売りつつ、しかしながら敢えて、名前だけは、曖昧なプリンス・ホールとしたのではないかと。
ポーランドの愛国者が、ここだけは譲れず、かってのポーランドの英雄を偲んで命名したのではないでしょうか。
(しかし、その意図もむなしく、数度の分割でポーランドは消滅するのだが)

以上ですが、相当みっちの想像が入っております。(汗)
Commented by yomodalite at 2013-06-25 22:28
>さらに、しつこく、プリンス・ホールの謎に迫るのだった。(笑)

嬉しいっーーーー!これ書いたとき、どうして、こんなに気になって仕方ないのか、わかってくれる人なんているのかなぁって思ってたので、私と同様に、ドイツ語とか、ポーランド語に自動翻訳して読んでくれるひとが現れるとは思ってもみませんでした。

このコメントを見る前に、ようやく、Kloster Leubusのドイツwikiと、Lubiąż Abbeyの英語wikiを、ざっくりと読んだところなんですが、

みっちさんが、挙げてくれた1~4について、まだどれも確認できていませんし、

私は、あの本のタイトルがポーランド語だとわかったときに、想像したことの裏付けがまだ何も出来ていないんですが、でも、明らかに「お城」にみえる、この場所が「修道院」の中にある理由は、みっちさんが言われるように「政治的」なものだと思います。宗教=政治ですから。
Commented by yomodalite at 2013-06-25 22:29
それと、前のコメントの「プリンスとは誰か?」という問題ですが、これは「王子」ではないかもしれません。この時代のヨーロッパですから、Princeという言葉には厳密な適用がされていて、Książęcaの英語翻訳、Principe(君主)の方が相当かもしれません。

また「Duke」と翻訳されるのも、ローマ帝国内のことですから、国なのか、州なのか、または王国なのか、共和制なのか、ということにも、建前と実体がありますし、、「ナントカ公」なら、Dukeということになるでしょう。

>修道院の創立者Boleslaw I the Tall(1127-1201)が書かれていました!他には人物の像や絵はなさそうなので、これが「プリンス」ですかねぇ。どうもすっきりしないなぁ。(疑)

ポーランドのその後の政治体制は、プロテスタントも、カトリックも、王も、ハプルブルグ家のような貴族も、すべてがNGだったり、迎合したり、の歴史だと思いますし、みっちゃんさんも、よくご存知だと思いますが、描かれている人物を別の人間だと解釈したり、修復のときに偽装するということも多いですよね。
Commented by yomodalite at 2013-06-25 22:29
なので、本当にどうなんだという点は、ドイツ語やポーランド語が堪能だとしても、難しいとは思うのですが、、(汗)

こういった大建築の場合、建築期間も長いですし、歴史の中で形を変えている部分も多く「Sala Książęca」にMJが心を惹かれたのが、修道院の創立時のものなのか、もしくは、プロイセンの激動の中で果たした役割によるものなのか。とか、想像も尽きないのですが、、

私の想像では、やっぱりElisabeth Christineの夫、フリードリッヒ2世が気になります。
Commented by sa at 2013-06-27 16:29 x
こんにちは!
Sala Książęcaというのは「王子室」なんです。

ポーランドの旅行を楽しめるように!
Commented by yomodalite at 2013-06-27 17:22
saさん、コメントありがとうございます。

Sala Książęcaというのが「王子室」というのは、わかっているつもりで、
またポーランド観光の際に素敵な場所ということもわかっているつもりなのですが、、

時を経て存在する「有名な場所」は、大抵がそこで流された血の歴史を、薄めたり、現代にあわせて改変したりして「観光」として成り立っているものでしょう。NHKの大河ドラマのように。

読書家は、歴史の「嘘」から、真実を探し当てようとするものなんです。
Commented by mitch_hagane at 2013-06-27 22:17
yomodaliteさん、グッド・ニュースです。
プリンスが誰かが分かりました!!
実は、みっちは、ポーランドの Fundation of Lubiążに、問い合わせのメールを出していたのです。
その返事が先ほど来ました。
プリンス・ホールは、やはり、Prince Boleslaw I the Tallです。
プリンス・チャペルのプリンスは、Prince Bolesław IIIです。
返事をくれた方に、今からお礼のメールを打とうと思っています。
日本から、こんな問い合わせがあったことに、向こうの人は驚いているみたいです。(汗)

いずれ、拙ブログに今回の経緯をまとめようかと思っています。yomodaliteさんの記事のことも、記載してよろしいでしょうか?
Commented by yomodalite at 2013-06-27 23:46
>ポーランドの Fundation of Lubiążに、問い合わせの…

じぇじぇじぇぇーー

みっちさん!ハグしてもいいでしょうか? おばちゃんですけど。。(^_^)
あまりの感激で、どうお礼を言っていいものか本当に本当にありがとうございます!

Prince Boleslaw I the Tall = ボレスワフ1世ヴィソキ。やっぱりフリードリッヒと濃密に関係がありますね!「ポーランド語」だとわかったときに、神聖ローマ帝国来たーーっ!って感じだったので、なんだか、金鉱を探り当てた気分です。

ヨーロッパの歴史って宗教がらみで、なかなかすんなりわかんないんですけど、MJに導かれると、すこしづつ映像化されてみえてくるような気がするんですよね。

>yomodaliteさんの記事のことも、記載してよろしいでしょうか?

えっと、それはもう、おまかせします。それと、MJ関連のプチお礼を受け取ってもいいという場合は、右側「このブログについて」に記載のアドレスにメールください。
Commented by mitch_hagane at 2013-06-28 09:25
>みっちさん!ハグしてもいいでしょうか?...
うぁ~い、やったぁ~~~光栄ですぅ。('◇')ゞ

ポーランドからきた返事、yomodaliteさんも興味おありでしょうから、メールしておきます。その内容は、拙ブログにて紹介の予定です。
今回は、ひょんな事から、愉しい知的探索に参加させていただき、ありがとうございました。
おかげで、思わぬ宝物を知ることができ、感謝しております。また、面白いテーマがありましたら、探索メンバーにお加えください。
それでは、今回はとりあえず一件落着case closedといたします。
Commented by jean moulin at 2013-06-28 18:43 x
yomodaliteさん、みっちさん、お疲れ様~~。
(みっちさん、初めましてなのになれなれしくてすみません。)

この記事を読み始めた時は、まさかこんな結末を迎えるとは思っていませんでした。
お二人のすばらしい知的探索を、どきどきしながら、読ませていただきました。
初めは、ぼけっと、「プリンス・ホール」綺麗だなと見ていたのですが、よく読むと、「シトー修道会」?
確か「シトー会」って、質素を旨として、聖人達の絵画や彫像も良しとしないじゃなかったけ?と思ってると、みっちさんの「芸術的なことではなく、純粋に政治的なものであると考えます。」以下のコメントがありました。
確かに見てみると、ここの絵画や彫像は宗教的なものは、少ないみたいですね。
修道院や、礼拝堂の建物内には、絵画や彫刻はないようですしね。
Commented by jean moulin at 2013-06-28 18:45 x
それにしても、「シトー会」が最も否定するような、こういう建造物を、修道院に隣接して造ってしまうって、ここが複合施設的に使われていた事を鑑みても、この土地のあまりに奥深く、混沌とした歴史や宗教を物語っているようです。

ボレスワフ1世ヴィソキ一人の歴史を見ても、なんか凄すぎ・・。
でも最後はこの場所に眠っているんですね。

お二人のお陰で、あらためてヨーロッパ文化の背景をもっと認識しなければ、と思いました。

それに、この本ほしい、ここ行ってみたい。

みっちさんのブログ記事も楽しみにしてます。
yomodaliteさん、みっちさん、いろいろ教えていただき、本当にどうもありがとうございました。
Commented by yomodalite at 2013-06-28 21:09
みっちさん!

>ポーランドからきた返事 … メールしておきます。
>また、面白いテーマがありましたら、探索メンバーにお加えください。

ぶちゅーーーーーーっ!!! あっすいません。もうガマンできなくて(^_^;)

みっちさんのブログ楽しみにしてます。
本文への追記はそのあとにしようかな。

とりあえず、基本ラインは押さえたので、ゆっくりと長い旅にはなりそうですが、なんとか出発できそう。という感じでしょうか。。

ストランド書店の人も言ってるけど、MJのヴェルサイユへの興味って、これまでもイマイチわからなかったんですけど、これは「きっかけ」になりそうです。ワクワク。。Sala Książęca….[2]も、まとめられるといいな♪
Commented by yomodalite at 2013-06-28 22:01
moulinさん!

>この土地のあまりに奥深く、混沌とした歴史や宗教を物語っているようです。

そうだよねぇ。MJがカトリック?っていうのも、ん?なのに、このバロック建築がシトー会?とかね。。

あきらかに歴史に翻弄されたであろう建物の主は? 王子とは誰か? その王子に託された一族の思いとは? 彼が、この地で守ったものとは? そして王子のその後は…

王子が亡くなった後、主は何度も移り変わり、、そして、1997年。

ミケランジェロがその才能を育み、開花させたフィレンツェを離れなくてはならなくなったように、MJを育て、成功へと導いたアメリカは、自由を捨て、彼の創造の翼をもぎとろうとする魔都に成り果て、追われるように、この地を訪れたMJは、そこにルネサンスの魂の最後の夢を背負った王子の魂と出会ったのだった。。。

というような「あらすじ」で、ざっくり間違ってないよね。超ざっくりだけど。。w
Commented by yomodalite at 2013-06-30 15:30
自己レス。

みっちさんのブログに「Sala Książęca」の
経緯とまとめと参考リンクつきの記事がアップされました!

http://mitchhaga.exblog.jp/20428680/
Commented by mitch_hagane at 2013-06-30 22:57
あーっ、みっちです。こんばんわ。
yomodaliteさん、過分なお言葉、ありがとうございます。
本当に、大したことはしておりません。

jean moulinさん、初めまして。
おっしゃっていることは、みっちの印象と同じです。
みっちも、ポーランドの過酷な歴史の重みを感じます。

おや、本文中にも追記が。(驚)
重ね重ね、丁寧な対応恐れ入ります。ありがとうございました。
Commented by jean moulin at 2013-07-01 18:26 x
みっちさん、お声掛けありがとうございます。
また、いろいろお教え下さいね。

yomodaliteさん、
>あきらかに歴史に翻弄された
うん、素敵な「あらすじ」だね。
MJがこの場所に立った事の必然性や、本当の意味での、歴史の物語性を感じるね。
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by yomodalite | 2013-06-16 11:11 | ☆マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(27)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite