クインシー・ジョーンズ自叙伝[3]Damita Jo

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☆クインシー・ジョーンズ自叙伝[2]のつづき

自叙伝からのメモからもう少しだけ。。。

(引用開始)

私はフランク(シナトラ)と仕事をともにしつつ、マーキュリー・レコードでオーケストラや女性歌手のレコーディングに関わっていた。たとえばサラ・ヴォーン、ムスクリーニ、ダミタ・ジョー、ニーナ・シモンといった歌手を扱った。そして “キング・オブ・ストリングス” の異名をもつアレンジャー、ロバート・ファーノンとサラ・ヴォーン、それにストリング・セクションに16人の合唱団のスヴェン・サービー・クワイヤーを組合せてアルバムを制作し、ビリー・バイヤーのアレンジによるジュリアス・ワトキンズのアルバム『フレンチホーンズ・フォー・マイ・レディ』を手がけた。

(引用終了)


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サラ・ヴォーンは、女性ジャズ・ヴォーカリスト御三家の一人で、ムスクリーニ(ナナ・ムスクーリ)も世界的に有名。

ニーナ・シモンは「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」に於いて第29位で、ジャズやソウルが苦手な私が、唯一自分でCDを買って何度も泣きながら聴いたほどハマっていた方(ニーナ自身は、どうしても何かのジャンルに分けられなければならないのなら、自分はフォーク歌手とされるべきだと思うと言っている)。

☆特に好きだったアルバム!(視聴可)
◎And PIANO / Nina Simone

でも、現在ダミタ・ジョーと言って思い浮かぶのは、ジャネット・ジャクソンのアルバムタイトルや、彼女のミドルネームという人が多いのではないでしょうか。

本書は、この記述以外に、ダミタ・ジョーとの関わりについての話は特にないのですが、
なんとなく「彼女」のことが気になっていて、、

彼女の容姿は、歌手になりたかったキャサママにどことなく似ているようで、ジャネットが生まれたとき、ダミタのような歌手に。という思いがあったかどうか、母の著書の記述には記憶がなく、ジャネットの自伝は読んでいないのですが、彼女が、女優でコメディアンでもあったという部分は、幼少時のジャネットと重なって見えたり、、


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私はダミタのことを、まったく知らなかったのですが、Wikipediaによれば、彼女には、ドリフターズの "Save the Last Dance for Me" 、ベン・E・キングの "Stand By Me" というふたつの曲のアンサーソングによるヒット曲があるようです。


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Damita Jo - I'll Save The Last Dance For You





Damita Jo - I'll Be There





この2曲のヒット後の、1966年にジャネットは誕生し、1970年にはジャクソン5の "I'll Be There" が全米No.1ヒットになり、ジャネットはダミタより遥かに大きな成功をつかんだんですね。。


Damita Jo - Dance With A Dolly





Damita Jo - Silver Dollar





Damita Jo sings





Damita Jo "What Did I Have That I Don't Have




様々な天才たちが登場し、米国史としても貴重なクインシーの自叙伝は、
またいつか読みたいと思いますが、今回はひとまずこれで終了。

◎[Amazon]クインシー・ジョーンズ自叙伝



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by yomodalite | 2013-03-31 09:51 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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