解剖学者がみたミケランジェロ/篠原治道

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驚くほど多くの傑作を遺したミケランジェロですが、不思議とミケランジェロを扱った本には、彼に対して畏敬の念が感じられなかったり、なぜか、人格的に問題があるかのように表現されていて、、いったいどんな根拠から「上から目線」で論じられるのか疑問に思う著者が多いうえに、主要な彫刻作品すべてを論じているものも少なくて、ストレスを感じることが多かったのですが、

本書は素晴らしい本だと思いました。

著者は金沢医科大学の解剖学教授で、2009年に金沢医科大学出版局から出版された本なので、解剖学用語などまったくわからない私には、かなり難しい部分が多く、

第1章、サンピエトロのピエタでは、

仰向けになった男の頭部は力なくうしろに落ち、首の背後へ回した女の腕によってかろうじて支えられている。「く」の字に曲がった体は…  生存徴候を見出すことは容易である。顔面を右上方へ向けることでより浮き出た、左の頸部をかすかな彎曲を描きながら斜走する胸鎖乳突筋。同じ大胸筋でありながら、鎖骨から起こる筋束との境界線を示す浅い溝。鳩尾から恥骨へと縦走する腹直筋を幾つかに分画する腱の存在を示す……(P8〜10までを省略して引用)  

と、冒頭から、速攻で挫折感を感じる文章に出会うのですが(このあとの文章もさらに専門用語が続きます)、しばらく我慢して読み進めていくと、著者は、解剖学だけを駆使して、ミケランジェロの彫刻を解剖しているのではなく、

現在の解剖学から見て、ミケランジェロの表現に疑問を感じるような部分も、実際はこうだけど、ミケランジェロがこう表現したことには意味があるはずだ。という視点で、芸術家としてだけでなく「解剖行為」が現在よりはるかに困難であった時代の「先達」への敬意も感じられ、

むしろ、石で創られた像に熱い血が流れていることを、文系の人が書いた多くの本より、ずっと理解されている。と感じる部分が多く、ひさしぶりにミケランジェロに対して、血の通った文章を読んだ。という気がしました。

これまでのミケランジェロ本で書かれているような内容を、自身で精査することもなく、ただただリレーのように受け継いで書かれた言葉ではなく、画家の造形の細やかな点にまで、著者は、その専門知識から、真剣に対話されていて、、

解剖学所見といった冷たい印象とは逆に、グッとくる部分がいっぱいあるんです。

例えば、木彫十字架像の足についてしつこく言及したあと、

結論から言うと、死体を一定のリアリティをもって表現しようとするならば、個々の筋表現を抑制しなければならない。また、静脈を浮き立たせれば、その分だけ作品はリアルな死から乖離する。(中略)諸家が筋表現に乏しいこの木彫十字架像のキリストを評して「どうみても(ミケランジェロのような)解剖をした者の作品とは思えない像である」と書いたとしても不思議ではない。(中略)

しかし、私はこの際明確にしておきたい。解剖学者が日常的に見ている死体はサン・ピエトロ大聖堂のピエタにおけるキリストとは遠くかけ離れており、木彫十字架像のキリストにこそ似ているということを。(第4章 木彫十字架像〈二〉より)


ガレヌスの説では動脈ではなく静脈こそが生命の源である精気(Spirits)の主要な運搬路をなすことにも留意したい。つまり皮下静脈の怒張は現代我々が考えるような、単なる交感神経系の緊張表現ではない。怒張をもたらすに足る大量の精気=生命そのものが静脈内に横溢している状態を表象するのである。ダビデ、モーゼなどのミケランジェロ作品における静脈はこのような理解に立ってこそ、造形表現の意味に近づくことができるのである。(中略)

ピエタと呼ぶ図像では、憐れまれるのはイエス・キリストであるが、憐れむ側には必ず聖母マリアが含まれていなければならない。ピエタの主題は我が子に先立たれた母親の深い悲しみと苦痛、すなわち「聖母の受難」だからである。

不幸な病気や思いもかけない事故、あるいは戦争で愛する我が子を失った母親たちがピエタそのものの悲しみと苦痛を味わうことは、昔も今も変わりはしない。ミケランジェロの時代にピエタはそういった、幾多の母親たちの心を癒していたものと思われる。(第5章 木彫十字架像〈三〉より)

ここまでが第5章で、比較的、解剖学的な内容が多いのですが、このあと第6章からは、ミケランジェロの生い立ちについてなど、心理面へのアプローチも多くあります。

また本書が素敵なのは、彫刻作品のほとんどに言及がされているだけでなく、著者はそのどの作品についても、作品に相応しい丁寧さで扱っていて、、(そういう本が驚くほど少ないのだ)初期の浮き彫り(レリーフ)とか、最近、わたしが特に興味をもって見ているバッカス像(“あのひと” の2000〜2003年頃をバッカス期、80年代前半をダヴィデ期などと秘かに呼んでいるww)についても、他書では読めないような内容で、

また、とかく性的嗜好の話になりやすい、ミケランジェロの裸体表現についても、

男性と呼ぶ人間と女性と呼ぶ人間がもつ目印を描いているに過ぎない。彼にとって性器はそういった人間あるいは神の子の種類を識別するためのひとつの目印に過ぎなかった。つまりは彼が描く対象は男女を越えた、人間であった。(第16章 十字架をもつキリスト〈二〉)

など、何冊本を書いたところで、ミケランジェロには一向に近づけないような有象無象が好きそうなネタには一切なびかず、むしろ、通説となっているようなことには、敢然と異論が語られていて、随所で溜飲がさがるというか、胸がすくような思いがしました。

下記は終章「生きる形」から

サンタ・クローチェ教会の周囲には、連日世界中から観光客が集まり、賑わっている。教会内へ入るとすぐ右手にはヴァザーリ設計によるミケランジェロの墓廟がある。その隣にはミケランジェロが終生敬愛し、彼の創作の源泉とも言うべき作品「神曲」を著したダンテの墓廟がある。

ダンテはミケランジェロが生まれる210年前、1265年5月頃に生まれたフィレンツェ貴族である。政争により36歳のときにフィレンツェを追放され、望郷の思いを抱きながら1321年9月13日、異郷ラヴェンナの土となった。彼の遺体は今もラヴェンナにあり、このフィレンツェの墓廟の中にはない。

また、ミケランジェロの墓廟の筋向かいにはガリレオの墓廟がある。ガリレオはミケランジェロが亡くなる3日前、1564年2月15日にピサで生まれたフィレンツェ人である。そのガリレオは異端者としてフィレンツェ郊外に幽閉されたまま、1642年1月8日に生涯を終えた。ダンテ、ミケランジェロ、ガリレオ。

彼らは過去と闘い、未来を迎え入れるために、今を生きた。


(引用終了)


[目 次]
1. サン・ピエトロ大聖堂のピエタとダビデーキリストは死んでいるのか?
2. アカデミア美術館のダビデーミケランジェロはいつ人体解剖をしたか?
3. 木彫十字架像(1)抑制された筋表現とコントラポスト
4. 木彫十字架像(2)足と指
5. 木彫十字架像(3)右胸部の創は何を意味するか?
6. ミケランジェロの生い立ち(1)カプレーゼ,セッテニャーノそしてフィレンツェ
7. ミケランジェロの生い立ち(2)幼児期体験が脳に残したもの
8. ミケランジェロの生い立ち(3)徒弟時代とメディチ家の庭園時代
9. 初期の浮き彫り「階段の聖母」(1)聖母は静止しているのか?
10. 初期の浮き彫り「階段の聖母」(2)サヴォナローラの影響
11. 初期の浮き彫り「ケンタウロスの闘い」
12. バッカス(1)甘美な青春
13. バッカス(2)複視で彼は何を見ていたか?
14. ユリウス2世廟(1)ルーブル美術館にある2体の奴隷像
15. 十字架をもつキリスト(1)風変わりな造形
16. 十字架をもつキリスト(2)キリストの裸体は何を主張するか?
17. ユリウス2世廟(2)歴史の歯車
18. ユリウス2世廟(3)勝利とモーゼ
19. メディチ家廟(1)墓廟のプラン
20. メディチ家廟(2)真に価値あるもの
21. ブルータス:全体と部分,完成と未完成
22. ミケランジェロの生い立ち(4)家族の絆
23. バンディーニのピエタとサン・ピエトロ大聖堂
24. ロンダニーニのピエタ
終 生きる形

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Commented by kuma at 2013-03-05 13:00 x
引用部分を拝読するだけで、ウルっとくるような本ですね。
というか、yomodaliteさんの引用のしかたにウルっときているのかもしれない。実際読むと、理科系は赤点すれすれだった人間には苦しいかも。ただ、「自分が今ミケランジェロを語ることの意味」をきちんととらえて、創作者や作品への敬意や真摯な姿勢を忘れない書き手が素敵だなぁと思いました。
>何冊本を書いたところで、ミケランジェロには一向に近づけないような有象無象・・・
のコメントには、辛辣だなぁと思いつつすごく同意。ミケランジェロ関連に限らずそういうことってよくありますよね。
Commented by yomodalite at 2013-03-05 14:30
>理科系は赤点すれすれだった人間には苦しいかも。

最初の方は、聞いたこともないような「筋肉」の名前とか、その漢字をいくら見つめていても、さっぱり意味がわからない「器官」がどうだらこうだらっていう文章に、ホントめげそうだったんだけど、

ところどころで、著者の科学者らしい謙虚さと、対象への熱さが感じられて、だんだん惹き込まれて読んでいたら、今までに読んだミケ本の中でも一番熱い本だったかも。

歴史に遺っているのは、その時代には理解されない異端のひとばかりなんだけど、それをふつうの人が自分に近づけて理解しようとするあまり、まったくどうでもいいことばっかり「歴史的事実」として、受け継がれていくことが多いなぁと、、最近ますます思う。

欧米文化のことで、せめてダンテぐらいはわからないものかとずっと思ってたんだけど、解剖はミケランジェロにとって、ダンテの地獄巡りだったんだなぁと、そこも、これまでの中では一番理解出来たかなぁ(そんなことは書かれてないけどね)。
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by yomodalite | 2013-03-02 09:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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