ミケランジェロ伝 ー 付・ミケランジェロの詩と手紙/アスカニオ・コンディヴィ

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ミケランジェロ本の個人的なメモです。

(序より)アスカニオ・コンディヴィの『ミケランジェロ伝』は、ミケランジェロを直接識っていた人物がその時代に書いた伝記として、歴史的に尊重されており、ミケランジェロ研究の基盤になっている。コンディヴィ自身はこの天才の弟子だったと言っているが、どの程度のものであったかは不明、ただ、同じ頃に出されたジョルジョ・ヴァザーリの有名な『美術家列伝』が興味中心の読みもので、それを不満としてコンディヴィが敢えて書いたという点に、意義があるだろう。五世紀後の今日のいわゆる「研究」とは意味が違い、当時の他の伝記と同様に、表面の事実を記述しただけの平板なものであるが…

と序にあるように、本書は、様々な本に引用されている基本書。翻訳をされたのは、これも基本書であるロマン・ロランの『ミケランジェロの生涯』も訳されていて、彫刻家でもある高田博厚氏。

厚みが4センチぐらいあるうえに、文字も小さく、見た目も中身もずっしりと重い。訳者による序文は16P、実際にコンディヴィが書いた部分は6ミリぐらいなんだけど、ジローラモ・ティッチァーティが書いた「補伝」が7P、コンディヴィはこう書いているけど、ヴァザーリはこう書いていて、ロマン・ロランは… というような「註」は、なんと本文よりも文字が小さい上に、長くて1センチほどあり、、その他「略年譜」までで、全体の半分ぐらい。

あとの半分が「ミケランジェロの詩と手紙」なんですが、詩に関しては、手紙の「注釈」のような感じで、挿入されていて、詩集として味わうには、あまり適当ではない印象。

基盤のコンディヴィ本+ミケランジェロ自身による手紙と詩がまとまって一冊に!。なっていることが、あまり嬉しくない。なぜなら、重いし、文字が小さいし、高価だから(定価10300円。中古価格はさらに高い)。

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コンディヴィの文章は、シンプルな内容なので、この部分だけ、もう少し現代語にアレンジして「文庫」にすればいいのに。と思う。(ていうか、古典の翻訳物は「絶版」にしてないで、すべて電子出版にすればいいのに。原書は、すでに無料でネットで読めるんじゃないのかな?)

コンディヴィが書いた部分に関しては、こちらの『ミケランジェロ伝』と同じだと思いますが、実際に確認はしてません。


下記は本書からのメモ

第五十六章

ミケランジェロは子供の頃から非常な努力家であった。天成に加えて叡知があり、これらをかれは徒らな労力や勉強から獲たのではなく、ひたすら自然そのものから学びとろうとし、つねに自然は真の鏡として自己の前に在った。それゆえ解剖してみようと思わなかった動物は一つもなかったし、人体においてはなおさらであった。

この勉強に全生涯を賭け、それを専門の職とする人も、かれほどには精通していなかったほどであった。ーーこれは絵画や彫刻の術に必要な知識をいうのであって、解剖学者が観察するような精密さをいうのではない。だからかれが制作した像は、どのような画家も模倣しえないような技術と智慧に充ちているのである。
 
自然の力、努力なるものは神によって定められ命じられた或る限られた圈をもっており、普通の力量をもってしてはこれを超えることは不可能だと、わたしはつねに考えていた。
 
これは単に絵画や彫刻においてばかりでなく、一般のあらゆる芸術や学においても同様である。自然がその力を或る一人に寄せるとき、かれはその技術における鏡となり規範となり、第一級の境が与えられる。こうしてその後に誰かが技術において、あるいは読まれあるいは見られるに価する何物かを生み出そうとするとき、それは最初の人がすでに生み出したと同じもの、あるいぱ少くともそれと似通ったもの、その道を行ったものでなければならない。

もしそこを歩まずに、真実の道を離れれば離れるほどかれは下落して行くだろう。プラトンやアリストテレスの後に、かれらに従わなくて、価値をもった哲学者が幾人あるか? デモステネスやキケロの後に幾人の雄弁家があるか? ユークリッドやアルキメデスの後に幾人の数学者があるか? ヒポクラテスやガレンの後に幾人の医者があるか? ホメーロスやヴィルギリウスの後に幾人の詩人があるか? 

そしてもし誰かが、これらの学の一つにおいて努力奮闘し、自ら第一級の境に到達すると同時に、その境がすでに占められているのを発見したとするならば、かれは先人がすでに示しているものが完全そのものに他ならぬことを認めて、自分はその仕事を去るか、あるいは判断力をもっているならば、完全なる理想として先人の模倣に身を委ねるであろう。


第六十一章
 
かれは遠近法や建築に専念した。これがどのような効果を与えたかはかれの作品が示している。ミケランジェロは建築の主要部分を知ったのみでは満足せず、それの利益と便宜になることならすべてを知りつくそうとした。たとえば繋材とか架梁あるいは足場などのこと。これらのことにかれは専業の者のように精通していた。これは次のようなユリウス2世の頃の事柄で解る。
 
ミケランジェロがシスティーナ礼拝堂の円天井を描かねばならなかったとき、法王はブラマンテに命じて足場を遣らせた。ところがかれはあのような建築家であったにもかかわらず、その造り方をまるで知らなかった。天井の方々に穴を穿って、そこから綱を垂らして足場を釣らせた。これを見てミケランジェロは笑った。そして穴のところへ来たら絵をどうするのだとブラマンテに訊いた。

ブラマンテは弁解の余地がなく、また他の方法でやるよりほかはないとしか答えなかった。これが法王のところへもって行かれた。ブラマンテは同じことを答えた。法王はミケランジェロの方を向いて、「これが駄目なら、お前が行って造れ」と言った。ミケランジェロは足場を取り除き、その沢山の綱をはずして、その手伝いをした或る貧乏な男にくれてやった。これで男は二人の娘の持参金をつくって嫁がすことができた。こうしてかれは綱なしで足場を迫ったが、どのように重いものを載せてもしっかりしているように巧く工夫して組み立てられた。これがブラマンテの眼を開けさせるもととなり、かれは足場の造り方を覚えたが、その後のサン・ピエトロの建築に大変役立った。
 
これらの事柄すべてにおいて、ミケランジェロは他に比肩を許さなかったが、かれは建築を自分の専門の仕事にしようとは少しも思っていなかった。


第六十三章
 
かれぱ、徳があり豊かな談話によってよき果実を亘られるような人たち、内部から美の光が輝き出るような人だちとは心から友情を保っていた。たとえば稀な良識と仁慈のゆえに交ったいと尊くいと署名なる君ポーロ(私註:レジナルド・ポール。イギリス史上最後のカトリックのカンタベリー大司教)のごときがあった。また中にすぐれてよきもの、加えて稀れに見る優れた批判力を見出して交ったわが最も尊敬する保護者クリスポ枢機卿があった。またかれは尊きサンタ・クローチェ枢機卿に親密な友情を抱いていた。

これは最も成敗あり最も謙虚な人なので、かれが心からあがめて語るのをわたしはよく聞いた。それにいと尊きマッフェイ、かれはこの人の仁慈と良識とをつねに語っていた。またかれは最高の尊敬の念を新たにしながら、つねによき聖老と呼んでいたパウルス法王を悟ぶ生きた記念として、ファルネーゼ家全部の人心あまねく敬愛していた。あるいはまたかつてチェゼナの司教であったいと尊きエルサレムの大司教の開放的な自由な性質を非常によろこんで、ごくうちとけてしばしば交際した。またわたしのいと尊き保護者、美わしぎ思い出の人、才能あるすべての人の港、リドルフィ枢機卿に密接な友情を抱いていた。

この他にも書き洩らしたーー面倒なためではなくーー幾人かがある。クラウディオ・トロメイ閣下、ロレンツオ・リドルフィ氏、ドナート・ジャンノッティ氏、リオナルド・マレスピーニ氏、ロッティーノという人、トンマーゾ・デル・カヴァリエーレ氏その他の名誉ある貴紳たち、これらの人々のことはここに詳しくは述べないが、最後にミケランジェロはアンニバル・カーロに非常な愛情を抱いていた。かれはこの人の中に自分にきわめて適うところを見出して、もっと以前から交らなかったのが悲しいとわたしに話していた。

けれども中でも特別にかれぱペスカラ侯爵夫人を非常に愛した。彼女も心からうちとけてかれを愛し、かれは彼女の気高い精神に魅されていた。今で心かれはなお、真にやさしい爰に充ちた彼女の手紙を沢山保存している。彼女の心から溢れ出た心ので、かれもまたいくたびとなく彼女に詩を書いた。

かれは彼女をほんとうに愛しており、こう言ったのをわたしは記憶している。

ーー彼女がこの世の生を終えたとき、彼女に会いに行った。そのとき、手には接吻したが、額と顔には接吻しなかった。それを思うほど悲しいことはない。ーーこの死のためにかれはしばらく茫然として、まるで意識を夫ってしまったようであった。

この夫人から希われて、かれは十字架から解き降される裸形のキリストを描いた。

キリストは、二人の天使から腕を支えられていなかったならば、捨てられた死体のように、いとも聖き母君の膝下に倒れ伏したであろう。そして彼女は涙と悲しみに充ちた顔で、十字架の下に坐り、両手を天に延ばし腕をひろげて叫ばれる。ーーそれは十字架の柱に書かれており、こう読まれる。

NON VI SI PENSA QUANTO SANGUE COSTA !
いくばくの血ながれしや
はかりしられず!
 
この十字架は、一三回八年の受離日の誦経行列に自党によって遅ぱれ、その後フィレンツェのサンタ・クローチェ寺院に安置されたものに似ている。

彼女への愛のために、かれはまた十字架のイエス・キリストを描いた。これは普通描かれているような死せるすがたではなく、顔を神なる父に向け、気高いすがたで言っているかのようである。ーーエリー・ エリー・ 体は死んでぐったり落ちかかったようではなく、まだなお死の苦痛に悩み身をよじらせながら生きておられるようである。


第六十四章
 
かれは学識ある人との談話を非常によろこび、また散文や韻文の作者の研究によろこびをもった。特にダンテを讃美し、この人の驚くべき天才力をよろこび?その作の殆どすべてを暗記していた。ペーフルカにもまた劣らず感嘆し、これらを読んでたのしむばかりでなく、折りにふれて自分で作って楽しんでいた。

かれのものとされているいくつかの十四行詩(ソネット)で解るように、それはかれの偉大な創意と悟性のよき見本であるが、これらについてはヴァルキの解説と批評が出ている。しかし、かれはこれを自分の仕事とするより、むしろ感興のために作ったので、いつも自分を認し、その面での自分の無能をとがめていた。
 

第六十五章

旧新約聖書やそれについての解釈をした人々、たとえばサヴォナローナの書いたものなどを、かれぱ多大の研究と興味とをもって読んだ。(私註:サヴォナローナが熱烈な説教を開始したとき、ミケランジェロは15歳。ロマン・ロランは、ミケランジェロのいかなる書簡にもサヴォナローナとその事件についての痕跡はない。としている。が、変名を使って兄への手紙に書いているらしい)かれは、この人に非常な好意を抱いており、未だに胸中にサヴォナローナの生き生きした声の記憶をとどめている。またかれの体躯の美しさを特に愛し、その美を最もよく理解しつくした人のようである。このような愛ゆえに、淫狽な汚らわしいもの以外には美に対する愛を理解しえないような肉情的な人々ぱ、かれを憎み悪口の種とした。それはあたかもソクラテスと開会したとき、自分の父の傍で目覚め起きたのと違わなかったアルキビアデスが、ソクラテスから純な愛され方をしたのではなかったと言うに等しい。
 
ミケランジェロが愛について語り論じたのをわたしはいくたびとなく聴いた。かれはプラトンの作品中に見出される愛の他には語らなかったと現にいる人たちからも間いている。わたし自身はプラトンが言ってるものは何だか知らないが、しかしこのように長く親密にかれと交って来たわたしば、かれの口から真実の言葉より他にかつて聞かなかったことを承知している。それは若者に起りうべき抑えがたいあらゆる奔放な慾情を根絶させるほど力強いものであった。かれの中に汚い考えの生れなかったのは、これによっても認めることができよう。かれが愛したのぱひとり人間の美のみではなかった。ありとあるすべての美を愛した。

美しい馬、美しい犬、美しい田舎、美しい植物、美しい山、美しい森、すべての場所、それぞれに美しく類いないもの。これらを驚くべき愛情をもって讃美した。かくして蜜蜂が花から蛮を集めるように、自然から美を集め、それを作品の中に憂した。そしてそれらはつねにこれらのみなが絵の中で叫び声をあげているかのように描かれた。ヴィーナスを作った作者は、T入の処女を見るだけでは満足せず、沢山の処女を究めることを願った。そしてそのそれぞれから一番美しい一番完全な部分を取って、かれのヴィーナスに与えた。実にこの道によらずに(これのみによって真の理論は獲得しうる)芸術の或る境に到りうると考えるのは、大それた誤りである。


第六十七章

かれは自分のものを多く人に与えた。売ろうと思えばいくらでも金になるようなもので、たとえば他でもない、あの親友のロベルト・ストロッツィ氏に贈った二体の像である。自分の制作に物惜しみしなかったのみならず、しばしば財布で、文筆家、画家を間わず、何人かの貧しくして技倆を有する人や努力家の暮らしを肋けてやった。これをわたしは確言することができる。何故ならわたし自身それに俗したのだから。かれは、かれの主義としてよりもむしろその善良な性質からして、他人の働きをーーかれの芸術の領域においてさえーー決して嫉まず、いつもすべてにわたって賞讃していた。

かれが人にものを教えようとしなかったかのように多くの人が言っているが、これは事実ではない。かえって心からよろこんで教えた。わたし自身それをよく知っている。かれはわたしに芸術上のかれの秘密をすっかり開いて見せてくれた。けれども不運にも、かれはそれに価いしない弟子かあるいは価いしても辛抱力のない弟子しかもつことができなかった。

かれらはかれの訓練の下に2、3ケ月いると、もう大家になったように思い上がってしまう。かれはいつでも親切に教えてやろうとしたが、外見以上によくしてやろうとしたので、それを知られることをよろこばなかった。さらにかれがつねに古い慣わしどおりに芸術を庶民の中にではなく高貴な人々の間に育てることを望んでいたのを、知っておく必要がある。


第六十九章

ミケランジェロは立派な体つきの人である。肉太りにふとっているというよりは頑丈な骨太の体格である。生れつきという以上に、身体の鍛錬と、食物や、性における節制によって健康である。幼少のときには虚弱で病気がちで、太人になってからは二つの持病をもっていた。数年の間は尿水過剰で弱り切っていた。この病気は、前に言ったレアルド氏の手術と熱心な介抱によって癒されなかったら、結石にすすんでいたであろう。

かれはいつもいい顔色をしていた。そしてその体格は次のようである。中背で、肩幅はひろく、他の部分もこれによく釣合っており、どちらかと言えば細そりしている。頭蓋の形は、額の方で円く、耶より上の部分が頭の周縁の半分以上を占めるような具合になっている。だからこめかみが耳よりいくらか前へ突き出ており、耳は頬より出ている。頬は顔の残部よりは出ている。頭は顔の割合にしては大きいと言っていい。顔は前から見ると四角で、鼻は少し潰れている。これは生れつきではない。子供の頃、トッリジアーノ・デ・トッリジアーニという獰猛で横柄な男が拳骨でかれの鼻の軟骨を砕いたのである。そのときかれは死んだようになって家へ運ばれたが、このためにトッリジアーノはフィレンツェから消えてしまい、それから悪い死にざまをした。

それでもこのようなかれの鼻は顔や顔の部分と釣合っている。唇は薄い方だが、下の方は心持ち厚く、だから横から見るとわずか外へ突き出ている。顎は上述の部分によく伴っている。横から見た額は殆ど鼻より前にある。鼻は真中の小さな隆起を除けば殆ど砕かれていない。眉には僅かの毛があり、眼は他に比べてどちらかと言えば小さく、角色をしているが、黄や青にきらきら光る数個の斑点がある。整った耳、黒い頭髪、同じ髭。ーーーしかし七十九歳の今は灰色の毛が夥しく混っている。かれの肖像画で詳しく見られるように、髭は叉に分かれていて、指四、五本の幅の長さで、あまり厚くない。

この他多くのことが言い残された。けれどもわたしはこれの発表を急ぐ理由のために、これをそのままにした。或る人物が、わたしがかれらの手に委ねたわたしの労作の栄誉を奪おうとしていることをわたしは聞いている。それでもし他に崖かこの著述をやろうとし、同じ『伝記』を書こうとすることがあるならば、そのときわたしはわたしの知っているすべてをその人に語るか、あるいは心から好意をもってそれを書いて与えよう。
 
長年の間にかれやその他の人々からわたしが巣めておいたかれのソネットやマドリガルを近く公表できると思う。これは、その詩想のいかに尊いものであるか、かの聖なる精神からいかばかりに美しい意想が生れ出たかを、世に知らしめるであろう。これでわたしはおわる。






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Commented by jean moulin at 2013-02-06 17:54 x
yomodaliteさん立派の本のご紹介ありがとう!

私が、この本を読む機会はまずないと思うけど、ここにご紹介してくれだけでも、羽仁五郎「ミケルアンヂェロ」1冊読むよりも、ミケランジェロの体温を感じる事ができました。

ここの記述の中の「ミケランジェロ」のいくつかは、そのまま「マイケル・ジャクソン」に置き換えられそうだね。
ミケランジェロのあり方も、MJがミケランジェロに何を見たのかも少し解るような気がしました。
なんだか、良いとこ取りでごめんなさい・・。
Commented by yomodalite at 2013-02-06 23:20
>ミケランジェロの体温を感じる事ができました。

なんかの罰ゲームかっつーぐらい、ミケランジェロと、ルネサンス本を読んでたんだけど、みんな、ミケランジェロに対して冷たくて、、コンディヴィの気持ちが、なんかわかるような気がしたなぁ。

「書く人」の悪い癖のようなものかなって思うんだけど、超天才のスゴいところよりも、普通のところとか、ダメなところを発見することに一生懸命で、一度も作品に感動したことがない人が書いてるとしか思えない文章が驚くほど多い。

もう二度と現れないような天才が現れても、その人物を批評する大勢の凡人によって、自分たちと変わらないとか、むしろ劣っているなんていう部分を、強調させられたりして「歴史」は書かれていくんだね。

それで、天才のスゴいところも、天才が普通の人よりも優しくて善良なところも、500年経っても一向に理解されない。。最近、MJが歴史の本は嘘ばかりって言ってたことが、よぉく理解できるような気がするし、ロマン・ロランのミケランジェロ本は、タラボレッリで、ヴァザーリは週刊誌のような気がしてきた。
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by yomodalite | 2013-02-05 10:25 | 歴史・文化:美術 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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