イヴ・サンローランへの手紙/ピエール・ベルジェ、川島ルミ子 (翻訳)

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71歳で、サンローランが亡くなったとき、ベルジェは76歳。50年間公私ともにパートナーだった76歳の男性が、亡き恋人を思って、書かれた手紙は、サンローランが亡くなった数日後から、約1年間にわたって、書かれたものです。

サンローランが書いた絵本の紹介では、サンローランと、MJの共通点について書いてしまったけど、2人は性格も、生き方もまったく似てはいない。MJは同性愛ではないし、同性にしろ、異性にしろ、創造に徹していられるようにと支えてくれる、ベルジェのようなパートナーもいなかったし、サンローランのように、長く鬱に苦しむこともなかった。

偉大な芸術家がゲイであることは、よく聞くことなのだけど、サンローランは、ベルジェのように、同性愛を肯定していたのだろうか。創造の源泉が女性で、女性の服を創り、尊敬していたデザイナーも女性だったサンローランは、本当に男性という「性」を愛していたのだろうか。

ベルジェが、サンローランが、鬱ではないのは1年のうち、2回だけだったというほど、深い鬱に苦しんだのは、果たして、創作の苦しみだけだったのか。

ベルジェは同性愛について、本書でこう語っている。

私は同性愛が好きだ。しかし、君は知っているが、私は改宗勧誘が大嫌いだ。私は同性愛が好きだ。なぜなら私にとって同性愛者は、他者の中に自分を発見し、自分と対峙し、ときには自分を見出すからだ。

文学通で知られた雑誌の発行人だったベルジェが、サンローランに会ったのは、サンローランが、クリスチャン・ディオールの後継者として初のコレクションを成功させた頃。21歳のサンローランと、26歳のベルジェは、会ってすぐに一緒に暮らし始めた。

アルジェリア出身のサンローランは、アルジェリア独立戦争のため、フランス軍から徴兵され、その精神的ストレスにより、神経衰弱に陥り、精神病院に収容される。

神経衰弱が完治した、サンローランに、ベルジェは独立を強く勧め、「イブ・サンローラン(YSL)」を設立、その後、50年間、ふたりは公私ともにパートナーだった。

最初の手紙は、サンローランが亡くなった4日後の葬儀で読まれたもの。その次の手紙は、そこから半年後。ベルジェは、以前のように、自分の言葉を聞くことのない相手に、なぜ手紙を書きたいのだろうと問いつつ、手紙を書きはじめる。

下記は、文学通のベルジェの文章に突然現れた名前に驚いた「2009年6月4日」の手紙(長い手紙なので、書き始めたのがその日なのだと思う)と、
同年「8月14日」の手紙」から。


(大幅に省略して引用)

◎2009年6月4日

墜落事故の犠牲者のために、ノートルダム大聖堂で集会が行われた。涙に暮れるすべての家族たち。教会全体が涙に満ちていた。パリ大司教、ユダヤ教会首長、カトリックの正教司祭、イスラムの導師、いわゆる全世界的な出会いだ。自分が信じない言葉を聞かなければならなかった無神論者たち。

フランス大統領が、非宗教国家の大統領が正式にそこにいたのだよ。我が国は本当に何かがおかしい。非宗教的なことは駄目になり、信念のない日々を予告するはっきりしない同意がそれに取って代わっている。そしてそうしている間にイスラムが自由社会に反抗するのだ、イスラエルがパレスティナに対し、そしてパレスティナがイスラエルに対して。

知っているよ。イブ、この話に君は興味がないことを。こうした質問を、君は自分にしたことは一度としてなかった。君は素朴な信仰をもっていた。そして、もし君が読んでいたら、パスカルは君が失うものは何もないのだとたやすく説得したことだろうよ。残念だ!「働きかけない信仰は真正の信仰だろうか?」ラシーヌは明晰な信仰を語っている。君は妄信の方を好んだ。

私が、すべて神によって解決するパスカルと合わないのは、この問題ゆえなのだ。



私が賛同している道教の格言

The space between the spokes of a wheel is as important as the spokes
車輪の軸の間のスペースは、車輪と同じように重要である


君の仕事では、こう言えるだろう。「ボタンの間のスペースは、ボタンと同じように重要だ」君は賛成するしかないよ、千分の1ミリの差がわかる男である君。いかに君は正しかったか、そしてどれほど私は君の傍らで学んだことか!コクトーが語っている愛の証は細部の中にしかない。



ヤニック・ハーネルの『ジャン・カルスキー』を君が読めたらどんなにいいだろう!グザヴィエ・ド・メーストルの『部屋をめぐっての旅』をいつもと同じように読み返した。この本を見つけたとき、私はずいぶんと若かった。たぶん、こうした本が原因でわたしは大旅行を試みなかったのだろう。こうした本を読まなかったけれども、家から離れるのを拒否した君もまた原因だった。私たちはモロッコに、ノルマンディーに行っていた。私たちはふたりっきりだった。そして幸せだった。



マイケル・ジャクソンの死が世界的な動揺を引き起こしている。よくわかる。それは青春の、何百万もの若者の音楽だ。今の時代はすばらしい。そして他の人々とそれを分かち合うには、私がもう若くないのが残念だ。音楽は堂々たる位置を占めている。音楽が好きなアメリカ人、ヨーロッパ人、アフリカ人、オーストラリア人に同時に聴かれ、彼らはそれを自分たちの文化にしている。

思い出してごらんよ。イブ、1963年に、ロンドンで初めてビートルズを耳にしたときのことを。それは、私たちの世代の音楽だったし、私たちはそれが好きだった。

私を感動させる本を買ったところだ、『方法序説』のオリジナル版だ。この本を手にすることは本当に心打たれることだ。これはすべての人々から理解されるためにラテン語を放棄して、フランス語で書いた革命家の作品だ。



マドレーヌ・ヴィオネのすばらしい展覧会を見た。モードの神殿のシャネル、スキャパレリ、そしてヴィオネの間に自分の場所を取っておきたいと言っていた君の言葉を、今朝たまたま見つけていたのだ。それは実現したのだよ。私を驚かせるのは、君がディオールもバレンシアがも挙げなかったことだ、君は本当に影響を与えた女性たちを明示したのだ、女性だけなのだ。

バレンシアガを、君は好きではなかった。彼は特権階級のクチュールをしていると。ディオールに関しては君はいつもぎこちなかった。彼にすごい恩があったからだ。彼は君にすべてを教えていた。そして君は彼の跡を継いだのだ。確かに、君は彼を賞賛していた、そして君は正しかったのだ。彼はすばらしいドレスを制作した。しかしモードを進歩させただろうか?

ブーレーズは言っている。仮にシューベルトがいなかったとしても音楽の歴史は何も変わらなかっただろうと。ディオールにもそれが言えるけれど、君にもブーレーズにも絶対にそうは言えない。


◎2009年8月14日

「もし、再び生きるとしたら、私が生きたように生きるだろう。過去を嘆かないし、未来を恐れない」モンテーニュ『エセー』第三巻第二章。他に何を加えることがあるだろう。何もない。君にこうした手紙を書いている間にも、私はそのように思っているのだ。それ以外の考え方はもったことがなかった。こうした手紙の中で君に告げた、あるいは君が感知したかもしれない非難は、不平ではなく、ひとえに遺憾の気持ちだったのだ。君の特異な気質が君が幸せになることを妨げたのだ。

けれども君は他にどうできただろうか?君は各々が役割を果たすシステムを築き、殉教者の役を演じていた。そしてそれを最後まで演じた。けれども、君が演じていたその人物の裏に、もうひとりいたのだ。私が知った、そして少なからぬ人を驚かせたであろう、もうひとりが。

最後の年月に身近にいた人々は、君が不平をいう人だと、すべてに文句を言う人だというイメージをもっている。君がいつもそうではなかったことを彼らに知って欲しい。アルコールと麻薬が君を打ちのめした跡に、それによって君が完全に回復することがなかった治療の後に、君はそうなったのだ。

君はアンフェタミンの静脈注射を発見し、それは長い間君の日常のものになることになったのだ。それは君のクリエーションに影を落としていたが、君は君の王国に逃避してクリエーションを苦行とし、それでも混乱を超えたところに身を置くのに充分な経験をもっていた。君は気高く築き上げ断固として妥協を許さなかったことで成果を上げ、年月が経って、君は仕事を離れることになり、孤独の中に非難し、世捨て人のように暮らし、不幸に接するようになった。

なぜ私はこうしたことを書くのか?なぜならこれが私の最後の手紙だからだ。わかるよね。イブ、私が長い間書き続けられることを。君に書くことが私の苦しみを和らげてくれると思った。が、それは苦しみを遠回りさせただけだった。実際、こうした手紙にはひとつの目的しかなかった。総括をすることだ、私たちの人生の。

結局のところ、君と一緒で、君のおかげで、いかに幸せだったかを君に言うためなのだ。君の才能を、流儀を、知性を、親切さを、優しさを、強さを、勇気を、無邪気さを、美しさを、眼差しを、完全さを、正直さを、一徹さを、気難しさを指し示すためなのだ。君が歩くことを妨げた、こうした「天才の翼たち」を。そしてそれを果たせたと思いたい。

(引用終了)

☆参考記事
◎『イブ・サンローラン&ピエール・ベルジェコレクション世紀のオークション』
◎映画『イブ・サンローラン』監督インタビュー


◎[Amazon]イヴ・サンローランへの手紙



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by yomodalite | 2012-12-10 09:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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