不滅のキング・オブ・ポップ Michael Jackson : Auction/アルノ・バニ[2]

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☆[1]の続き

この本を買って、最初によかったと感じた、ジェロミーヌ・サヴィニョンの文章から、大幅に省略して紹介します。

素敵な本を書いてくれた著者と、翻訳者の方に深く感謝します!

MJが亡くなった後の商品に対して、あまりにも安易に「金儲け」という批判がされているのを見るといつも哀しくなります。金儲けを批判するのは簡単ですが、実際に商品を創って「金儲け」をするのは大変なことです。

(引用開始 *下線は私が入れたもの)

今日4月11日、どこにでもあるようなホテルの、特徴のない、感覚を麻痺させるようなありふれた豪華な部屋で、マイケル・ジャクソンは夢想に耽りながら、気晴らしにサンデー・タイムスのページをめくって不安やもの憂さを紛らわしていた。

すると突然、付録ページ「スタイル」の表紙が彼の視線を虜にした。架空の都市にかかる靄を背景に、モデルのアストリッド・ムニョスが、金色の額縁を思わせるドレスの襟ぐりから現実離れした様子で浮かび上がっている。

うっとりするような写真を撮ったカメラマンと絶対に知り合いになるべきだとマイケル・ジャクソンは心に誓った。写真を撮ったのは、23歳になるかならないかの若いパリっ子カメラマン。ファッション界において巫女と言われる、ロンドンの貴族を思わせるようなイザベル・ブロウに見出されたばかりだが、その荒れ狂う独創性は、彼女を魅了し、すでに数ヶ月前から彼と仕事をしていたのだ。

マイケルは取り巻き連中に、作品集を携えてアルノにニューヨークに来てもらうように頼み、アルノはニューヨークにやって来た!

さぁ、おとぎ話「スリラー」の始まりだ。リムジンとボディガード、ウォルドルフ=アストリアにあるプライヴェートのビリヤード・ルーム付きスイート、レコード会社幹部との顔合わせのビジネスランチ。これはマイケル王子さまの王国で行なわれている礼儀作法の速習教育のようなもの。

ドキドキする状況はまだ続く。控え室で待ち構える人々、トランシーバーを持った連中や、うつろな目をしたボディガードの一団、長く感じる短い待ち時間、魅惑的な時間の前に受ける検査…。人目につかない廊下で、やっとドアが開くと、そこにアイドルがいた。

ビロードのスリッパをはき、サテン地のパジャマを着たマイケルは、アルノを抱きしめた。奇跡だ!


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マイケルは時おり気に入った写真をしなやかな手つきで撫でながら、ゆっくりと拍手をし、うっとりしながら「僕はこれが好き…」と、夢の世界に入り込んだような声で囁いた。マイケルのアシスタントたち、マネージャー、アーティストディレクター(原文ママ)の一団は、サロンの奥で静かに待機して、マイケルが好きだという写真の出典をあせって書き留めていた。

マイケルは、アルノに一緒に仕事をしたいと強く望んでいることを知らせ、次のアルバムジャケットを作るのはアルノだ。アルノをおいて他にはない」マイケルは将来のために、その他の提案、スタイル、シナリオについても考えてくれるように頼んだ。

アルノはまず初めにチームを編成した。自分のような突拍子もない若い男女のグループ、絶対的なマイケルのファンたちだ。みんなドキドキ胸をときめかせ、興奮状態でアイデアを続々に出して、最初の構想は活気に溢れていた。

準備なしのブレインストーミングでは、それぞれが自由にアイデアを出したり、レコード会社の気詰まりしそうなマーケティング担当者と馴れ馴れしく話をしたこともあった。すべてが内密に進められていたので、マイケル・ジャクソンの身体サイズが小説めいた隠し事として「ニューヨークから準公文書扱いで、特別な配達人によってパリにある写真家の弁護士宅に配送された」というような妄想を抱いたりもした。

マイケルは布地を撫でるのが大好きだった。スパンコールの瓶の中に嬉しそうに手を突っ込んでは、真珠母雲が舞い上がるのを見ようと、その上に息を吹きかけていた。次の瞬間、彼は片足でくるりと回って見せ、手本にしているフレッド・アステアのことをアルノに熱っぽく語っていた。彼が大好きなのは、急に有頂天になるきちんとしたジャケット。突然トランス状態になって、床を叩く高級皮の靴ーー

アルノを驚かせたのは、マイケルがすべてを気に入って何にでも賛成したことだ。「彼は何でも気に入ってくれる。それは僕がいつもギリギリの厳しい状態だったからではなく、彼がなんでも写真を連写することを望んでいたからだ。そこには服やメイクアップ用品、それに織物などの品物がいっぱいあった。僕たちには、すべてが楽しかったんだ」

マイケルが望んでいるのは、次のアルバム『インヴィンシブル』に使う写真を超えるものだ。それは、まるで彼の王国に突然姿を現した不思議なピーターパンのような、大切にしている兄弟分がマイケルに四六時中、より激しく夢を見させることだった。

撮影の時期は7月初め、パリで極秘に行なわれることになった。マイケルにはダンサーとしての厳しい修行経験もあり、真実を追究しようとする断固とした多くの要求もあり、子供っぽい自信もあったので、遠慮なく400回近くもダメ出しをした。“ダンスの化身” の写真は、アルノの霊感を帯びた目によって撮影されたものばかりだ。それは熱い仲間意識のなかでイメージされていった、メインとなる4つのシナリオの中から、たった1枚を選んでアルバムに使うためだからだ。



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冒険のようなプロジェクトは、パリのプラザホテルで幕を開けた。それは、“行動開始日” の前日、マイケルが滞在する部屋で行なわれた仮縫いの時間から始まった。姿を現したマイケルは相変わらず愛らしく、いたずらっぽく、デリケートで、痛ましい感じさえした。

翌朝、アルノのスタッフはパリ郊外、南西部にある、イシ=レ=ムリノーの広大な映画スタジオに全員揃っていた。このスタジオは今回の特別なプロジェクトのために無理に借りたもので、ハリウッドの発注条件に従って準備されていた。王子さまを迎える準備は万端だ。


平均年齢25歳のアルノのチームは緊張して固くなりながら、
彼らのアイドルを待っていた。王子さまはまだ来ていない…。

午後一時頃には、みんなの気力も低下した。“MJ” は来ない。情報は何ひとつない。昼食をとっている彼らに、ジャクソンのスタッフが勢揃いしたと知らせが入った。この時、アルノとチーム全員の不安は頂点に達していた。さらにレコード会社のエスコート、メイクや衣装のグループがやって来た。どちらかというと雰囲気は冷ややかで…。

これで重苦しい一日は終わった。

翌朝、気力は最低だった。すると突然、トランシーバーからニュースが届いた。マイケルは自動車道路のどこかで、ファンやパパラッチを巻いているところだという。ほっとした気持ちと、好奇心で待ちきれない気持ち。アルノはついに姿を現したマイケルを迎えた。マイケル・ジャクソンとアルノ・バニによる撮影のセレモニーが始められる。

マイケルは疲れて憔悴しているように見えた。むなしさに取りつかれたみたいで、彼を守ってあげようと抱きしめたくなるほど、ふらふらしていた。けれど、信じられないようなカリスマ性やパワー、そして影響力が、胸をつくような弱さの下に隠れていた。彼の集中力はスタジオセットでみんなを驚かせた。

息子のプリンスは決して遠くに行こうとはしなかった。彼ただひとりが、マイケルに取りついている邪魔をする何かを払い除ける呪文を口にすることができるようだった。「ダディ。カッコいいよ!」と言って、父親が変身するのを見ながら、ジャクソン・ジュニアは夢中になっている。

極端な集中力と正確さでアイドルスターは極めて親切に、写真家のヴィジョンに従った。マイケルの専属美容師がとがめるような視線を送るなかで、お気に入りの髪の毛がバッサリ切られた。それは彼の取り巻き連中から受ける漠然とした、我慢のならない圧力への反抗ではなかったか。

表向きは彼とポップスターという彼の身分を守る名目で配置されていながら、ダサくて、悪魔のようで、貪欲なやり方すべてから解放されるための絶望的な試みではなかったのだろうか。その不快感から、彼は息苦しさえ覚え、それゆえ死んでしまいそうなのだ。

スタイルと照明の構図が決まると、マイケルは約束した筋書きどおりに完璧に行動した。スタジオにはモーツァルトの「レクイエム」が流れていた。





最後の日、撮影が終わる頃、マイケルはアルノに挨拶をして、去って行った。

手を合わせ「サンキュー、ヴェリー・マッチ、サンキュー・ソー・マッチ、サンキュー、サンキュー」と何度も繰り返しながら。

撮影チームは、まだ夢見心地のまま、マイケルを遠くで見送っていた。すると突然、虚しくなって途方に暮れてしまった。と同時に、“ポップ界の星の王子様” に彼の奥底にある真実を返してあげられたという満足感と、ドキドキするほどの歓びに浸っていた。

「天使でいることは、おかしなことだ、と天使は言う」
Être ange c'est étrange dit l'ange(*)

マイケル・ジャクソンという黒人の若者は、音楽とダンスの世界のバンビ=E.T.であり、その誕生によって、ディズニーランドの人気スターの1人として「ミドル・オブ・ザ・ロード」(プリテンダーズの80年代のヒット曲)のように、すべては蜃気楼のなかに沈み、すぐに閉じこもってしまった。





◎[参考・訳詞]IN THE MIDDLE OF THE ROAD(日々の糧と回心の契機)


同様に彼は1950年代というアメリカン・ドリームの転換期の子供である。世界で最も豊かで、最も悲しい国のパラドックスとは、次のようなものだ。

成功が生きることの悲しみという単調でメランコリックな歌、そしてエドワード・ホッパーのノスタルジックな絵画しかもたらすことが出来なかったということ。

マイケルがソロ活動を始めた時、クインシー・ジョーンズは、さなぎを美しい蝶に脱皮させた。そのハイブリッド作品のもつ矛盾をはらんだ荒々しさは、普遍的で、無邪気で、生き生きとした喜びに満ち溢れ、そして理性を超えた変形音楽へと溶け込んでいったのだった。

レコード産業とジャクソン一族の時限装置はためらうことなく続いて、この恵まれた真実の瞬間を粉々に打ち砕いてしまった。取るに足らない気まぐれで、突然アルノに夢中になったマイケルを、黙認するだろうと誰もが思った。争点はもっとずっと重大だった。それはマイケルが “本気” だったからだ。

「この写真は自分の好きなように作ったもの。だから自分に関係のあることなんだ」マイケル・ジャクソンは怖れも遠慮もなく、その写真をアルバムに使わずにアルノの手に戻そうと決心し、無意識のうちに、クインシーと出会った頃のマトリックス風な美しい作品を復活させた。

彼がニューヨークでアルノに聴かせた「ユー・ロック・マイ・ワールド」のように、アルノはその夜、“自分の人生がどこでそれ以前と違ってしまったのか” ということに気づいていなかった。

(引用終了)

(*)翻訳者註・「天使でいることは、おかしなことだ、と天使は言う」
エートル アンジュ セ テトランジュ ディ ランジュ」“アンジュ”(天使)という音の繰り返しを生かした語呂合わせ。


☆アルノ・バニが監督したSuperbusのPV





☆アルノ・バニが監督したパリのMAC/VAL
(ヴァル・ド・マルヌ現代美術館)のビデオ








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by yomodalite | 2012-11-29 09:24 | ☆マイケルジャクソン書籍 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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