John Lennon “Watching The Wheels”(訳詞)

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「Watching The Wheels」について、ジョンが銃弾に撃たれた当日のインタヴューが納められた『ジョン・レノン愛の遺言』から。

(省略・抜粋して引用)

ーージョンがはじめて「スターティング・オーヴァー」を歌って聴かせたとき、あなたはどんな感じがしましたか?

ヨーコ:「Starting Over」「Woman」「Watching The Wheels」この3つの歌、特に「Watching The Wheels」は何百回も聴いています。この曲は、本当に私を息詰らせます。なぜだと思います?

この曲は、ジョンが過去5年間にしてきたことを要約したものです。私もジョンと一緒に過ごしてきましたが、ジョンにとってこの5年間は辛い時期でした。

「あなたは、今、何をしていますか?」と言う質問に、ジョンは「何もしていません」と答えていました。「次のアルバムはいつ出るのですか」などという質問もあり、誰もがとてもジョンに懐疑の念を抱いていました。

今ではジョンは「ハウス・ハズバンド(主夫)である」と宣言しています。主夫業をするのは、とても勇気がいることだと思います。さて、「なんだこのアルバムはラブソングだらけじゃないか」と人はいうでしょう。男臭い歌を書くのは簡単よ。つまり、ロックン・ロールのスターらしく女をムチでぶったり、部屋から放り出すか、酔っぱらってしまうとか(笑)

男の世界ではそういうイメージが普通でしょう。特にロックの世界では、そういうイメージを保つことは簡単なことです。しかし、その男らしいはずの人が、僕は主夫で、息子があり、そして妻を愛しているなどと言うと普通の人は変な気がするでしょう(笑)

「Watching The Wheels」を聴くと、私は泣けてきます。ジョンにとっては、この5年間はとても淋しい旅の期間でしたから。今でも、まだ彼にとっては淋しい旅だと思います。「他の主夫たちはどこにいるんだろう。彼らと話をしたい」とよく言いますもの(笑)しかし、この世の中では、女性が女性であることが難しいのと同じように、男性が男性であることも難しいのです。

ーージョンは、自分の生命を救ってくれたのはヨーコだと公言していますが。。

ヨーコ:それは彼の言い分です。だけど、本当のところは彼に尋ねてみなくちゃ。彼と一緒になる前、私は女らしい女ではなく、わが道を行く方でした。だから、もし私が他の人と一緒になっていたら、彼が抱えている問題に直面しなかったでしょう。ジョン以外の人には「私をひとりにしておいて。私には自分の問題があるのだから」と言ったでしょう。

私が、彼と一緒になったとき、彼は、気が強い男性でしたから、私も彼のもつ問題に直面せざるを得なかった。そして、この世の中の男性もそれぞれの問題を抱えているんだな、と私は悟ったわけです。

ーーあなた方の関係と結婚生活において、責任の分担を入れかえたことによって、物の見方に、どのような変化がありましたか?

ヨーコ:一緒になって、お互いが夢中だった頃は良かったのですが、彼の男っぽさが現れ始めて「一体どうなっているのか」と思い始めました。

その頃は、全世界が私を受け入れなかったのに、全世界は彼を支持していたわけで、とても憂鬱な気持ちでした。1973年頃には、私はジョンに「私を放っておいてロサンジェルスに行って楽しんでいらっしゃい」と言ったくらいでした。ひとりで考えたかったのです(1973~1975年ふたりは別居)

だから、ふたりの生活に戻ってから、彼は私たちの関係を修復するために、本当に努力したと思います。そして、それ以来、彼がやってくれたことに対して私は感謝し、大変尊敬するようになりました。

(引用終了)




下記は「Watching The Wheels」の和訳です。
お気づきの点は、遠慮なくご指摘くださいませ。


Watching the Wheels
Written By John Lennon


People say I'm crazy doing what I'm doing
Well they give me all kinds of warnings to save me from ruin
When I say that I'm o.k. well they look at me kind of strange
Surely you're not happy now you no longer play the game

ぼくがやっていることは、正気じゃないと、人は言う
それで、彼らは、ぼくを破滅から救おうといろいろな警告をしてくれる
ぼくが「だいじょうぶだから」と言うと、
彼らは奇妙なものを見るような目でぼくを見て
「長い間ゲームから降りていて、幸せなわけがないじゃないか」という

People say I'm lazy dreaming my life away
Well they give me all kinds of advice designed to enlighten me
When I tell them that I'm doing fine watching shadows on the wall
Don't you miss the big time boy you're no longer on the ball

ぼくが夢ばかり見ている怠け者だと、人は言う
それで、彼らは、ぼくにありとあらゆるアドバイスをしてくれる
僕が、壁に映る影を眺めながら「うまくやっているよ」と言うと
「表舞台に立ち、絶好調だった時代が恋しくないのか」と言う

I'm just sitting here watching the wheels go round and round
I really love to watch them roll
No longer riding on the merry-go-round
I just had to let it go

ぼくは、ここに座って「歯車」が回っているのをただ眺めてる
ぼくは、それを見ているのが好きだけど
もうメリーゴーランドには乗らない
ぼくは、そう、ようやく吹っ切れたんだ

Ah, people asking questions lost in confusion
Well I tell them there's no problem, only solutions
Well they shake their heads and they look at me as if I've lost my mind
I tell them there's no hurry
I'm just sitting here doing time

人々は皆、僕が自分を見失っているんじゃないかと、尋ねてくる
それで、ぼくは「問題なんかない。ないのは “答え” だけだ」と言うと
彼らは、それは違うという仕草で、ぼくを狂っているというような目で見るけど
ぼくは、急ぐ必要なんてないし、ただ座って時を過ごしたいだけなんだ

I'm just sitting here watching the wheels go round and round
I really love to watch them roll
No longer riding on the merry-go-round
I just had to let it go
I just had to let it go
I just had to let it go

ぼくは、ここに座って「歯車」が回っているのをただ眺めてる
ぼくは、それを楽しく見ているけど
もうメリーゴーランドには乗らない
ぼくは、ようやく吹っ切れたんだ
ようやくね…

(訳:yomodalite)


ウォッチング・ザ・ホイールズの「Wikipedia」では、I just had to let it go には「後は勝手に回ってくれ」とあきれる。いう解説が載っているのですが、

No longer riding on the merry-go-round は、

夢をみているわけではない ー メリーゴーランド(=遊園地)
もう、芸能界的な成功には興味がない ー メリーゴーランド(=芸能界)

という2つの意味に加え、

I'm just sitting here watching the wheels go round and round には、

これまでの精神的な探求に対してと、天才であるがゆえに巻き込まれてしまった「運命の歯車」(=運命の車輪、運命の輪 Wheel of Fortune)に対しての思いが込められていると思いました。

運命の輪といえば、タロットカードを思い浮かべる人も多いと思いますが「The Wheel of Fotune(運命の輪)」のカードには、女神と車輪、もしくは、TORAと書かれた輪とスフィンクスのデザインのものが一番多く見られるデザインだと思いますが、

人生と歯車という組合せで、メリーゴーランドを思い浮かべる人は多いので「運命の輪」のカードにメリーゴーランドが描かれていることもめずらしくありません。

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ここまでジョンのインタヴュー本を何冊も読んできて感じたのですが、ジョンの会話には「カルマ」という言葉がよく登場していて、1969年のインタヴューでも「次の目標はカルマだ」と言っていますが、この歌詞の「wheels」も、1973年の『Mind Games』の歌詞にもある「karmic wheel」と同様の意味があると思います。

ジョンは幼い頃から親しんでいるキリスト教的な考えだけでなく、仏教や、ヒンズー教なども踏まえて、神をとらえていて、この曲がリリースされた頃のインタヴューでも、

「キリストもブッダも同じことを言っているけど、キリストがこう言っているとか、みんなが決めつけていること(=後の者がつくった宗教的ルール)は信じない」

と言っています。

『Mind Games』の訳詞で「karmic wheel」を「運命の車輪」と訳しましたが、カルマの輪も、運命の車輪も、やっぱり同じなんですよね。

カルマの輪に多くの意味があるだけでなく、運命の車輪をテーマにした作品もすごくたくさんありますが、マイケル・ジャクソンの神について考えている者として、まず思いつくのは「BRACE YOURSELF」のバックに流れていたカール・オルフの世俗カンタータ「カルミナ・ブラーナ」、

そして、なんといっても、MJが事あるごとに、その名前を出してきたミケランジェロなんですけど、、その件に関しては、いずれまた。。


◎ジョン・レノン「ロスト・レノン・インタヴュー(1)」より
「Watcing The Wheels」の箇所を引用

回る輪を見てるようなものじゃないだろうか?
この宇宙全体がひとつの輪だろう?輪はぐるぐる回り続ける。
まず見つめるのは自分自身の輪だ。
でも自分を見つめるってことは、ほかのみんなを見つめているのと同じなんだよ。
それに僕は自分の子どもをとおして、自分を見つめることもできる。
それに、現実って言葉をよく考えてみると、
ある意味で、現実のものなんてひとつもないんだ。
ヒンズー教や仏教で言うように、すべては幻想なんだよ。
あらゆるものは漂うかけらなのさ、そうだろ?
みんなそれはわかってる。
でもみんなが認めた共同幻想のなかに僕らは住んでるんだ。
いちばん難しいのは、自分自身に立ち向かうことだよ。
自分を見つめて、自分の心のなかにあるなにが本物で、
なにが偽物なのか見つけ出そうとするよりも、
人の目をあざむいて「革命」とか「人民に力を」とか叫ぶ方が楽なのさ。
いちばん大変なのは、自分を知ることだよ。


◎[関連記事]John Lennon “Woman”


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Commented by ostia at 2013-07-01 23:11 x
ジョンの曲は素晴らしい、最高!

>それに、現実って言葉をよく考えてみると、
>ある意味で、現実のものなんてひとつもないんだ。
これって、凡庸なヒンドゥ思想に過ぎない。
ある年を過ぎると、凡人は、世界の自分に取り巻く環境を、否が応でも、肯定して生きなくてはならない訳だからね。
インドは、数多く行ったが、このジョンの発言は、ステレオタイプ、言わば若気の至りで、全く納得できない。

天才というものは、己の人生を全て肯定、訴えかけるから詩にもなるのであろう。

寂しいが、天才ジョンは心なかばで亡くなってしまったのが、なによりも悔やまれる。
Commented by yomodalite at 2013-07-02 15:40
ostiaさん、コメントありがとうございます!

>天才というものは、己の人生を全て肯定、訴えかけるから詩にもなるのであろう。

自分の人生すべてをかけて…という意味なら、本当にそうだなぁと思います。

>これって、凡庸なヒンドゥ思想に過ぎない。

ヒンドゥーに限らず、ジョンは様々なところに救いを求めていると同時に、悩める人々にも、いいものを発見したと思うと教えずにはいられなかったり、インタヴュアーへのサービス精神も旺盛で、尚かつ、常にメッセージを求められていているので、、今から振り返ると「若気の至り」と感じる部分もなくはないのですが、

それでも、凡庸なヒンドゥ思想(だけでなく)に絡めとられずに、考えつくした痕は、彼の様々な作品から感じられますし、だから、最後に「Starting Over」だと言いたかったのだと思います。私は「心なかば」というよりは、最後までよく生きたと感じて、彼のことが大好きです。
Commented by Beat.takac at 2015-07-15 22:45 x
Watching The Wheelsがとても気に入ったので、和訳をしてくれているページが無いか検索してコチラにお邪魔させていただきました。

I just had to let it goを『ようやく吹っ切れたんだ』と訳すと裏をかえせば『メリーゴーランドに乗っていたいという気持ちがあったけど』と言えるので、ちょっとニュアンスに違和感を感じました。
ジョンレノンの気持ちは判りませんが、イマジン(曲ではなくドキュメンタリー映画)の中のこの曲のエピソードを参考にすると、メリーゴーランドに乗っているより、自分にとって大切な事が他にあるから『俺はメリーゴーランドには乗らないんだ。』というシンプルな和訳がしっくりくるなと思っています。
Commented by yomodalite at 2015-07-16 12:13
Beat.takacさん、コメントありがとうございます!

私訳は、個人的な解釈ではありますが、色々とご意見をいただけるのは大歓迎です。

そのとき長い時間迷って判断したことでも、あとになって、修正したくなることもいっぱいあって、コメントが、そのきっかけを作ってくれることも有難いと思いますし、英語の間違いだけでなく、日本語に対しての感じ方の違いについて、教えられることもすごく多くて、言葉の勉強になるという感じなんですよね。

また、他の人の訳に違和感を感じるということにも、とても共感します。私がこれを訳してみようと思ったきっかけもWikipediaの「メリーゴーランドからはもう降りた。後は勝手に回ってくれとあきれる」という解釈への違和感からでした。それで、当時のジョンのきもちを調べたりしたわけです。

歌詞はメロディに乗せることが重要なので、言葉足らずになりがちで、英語訳として間違っていなくても、意味が通じなかったら「無意味」だと思っていて、それで、私は英語詞を理解する場合は、意味がわかるよう言葉を補って、散文的な日本語で訳すようにしているのですが、ご指摘のように、

No longer riding on the merry-go-round は、

もうメリーゴーランドには乗らない。でいいと思うので、これは訂正します。

ただ、I really love to watch them roll (ぼくは本当にそれを見ているのが好き)なわけですから、『メリーゴーランドに乗っていたいという気持ちがあったけど』というニュアンスがあってもいいと思います。

I just had to let it go は、もう乗らないという決心のあと書かれたわけで、「ようやく」という日本語は訳としてはなくてもいい。でも、そこまでには色々あって、この歌の完成には「ようやく創ることができた」ということもあって、それで、ジョンの歌を聴くとき、私の耳にはそう聴こえるんですね。なので、ここは今のところ、このままにしておこうと思います。
Commented by yomodalite at 2015-07-16 12:14
(続き)>イマジン(曲ではなくドキュメンタリー映画)の中のこの曲のエピソード…

この映画は見てないかも。。Beat.takacさんがご覧になったのは、http://www.amazon.co.jp/イマジン-ジョン・レノン-特別版-DVD/dp/B000BIX83C ですか?

イマジンという名のフィルムは一杯ありそうで、、私が知っているのは、Imagine (1971 film)と、上記と同じアンドリュー・ソルト監督の「Gimme Some Truth. The Making of John Lennon's "Imagine" 」で、その映画でジョンがしゃべっている部分は、「Gimme Some Truth」とほぼ同じ内容かなぁと思っていたんですが、これまでの全インタヴューから抜粋した部分があるんですね。

映画に収録されたインタヴューは、本では読んでいると思うのですが、映像を見ながら読むと、ニュアンスが違うということはよくあるので、いずれ確認したいと思います。ただ、映画の日本語字幕には色々と問題が多いので、、、

ちなみに、Beat.takacさんがご覧になったものには「英語字幕」がありました?
Commented by Beat.takac at 2015-07-23 18:59 x
yomodariteさんコメントバックありがとうございました!
遠慮なく指摘しても良いとのことでしたので、自分の感じ方と異なる部分を示させて頂きました。
訂正して欲しいとかそういうつもりはなかったのでyomodariteさんのご決断は素晴らしいと思います。自分が感じた事を大切にするのは重要だし、全ての人々がそうするのを願って創られた詩がイマジンだと勝手に解釈しています。

私が観たのはジョン・レノンの似顔絵っぽいのが表紙のDVDでしたが、英語字幕は無かったと思います。
Commented by yomodalite at 2015-07-23 19:33
Beat.takacさん、返信ありがとうございます。

この詞に限らず、また気になることがあれば、
いつでもお気軽にコメントくださいね!
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by yomodalite | 2012-11-19 09:00 | 現代文化・音楽・訳詞 | Trackback | Comments(7)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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