精神科医、名越康文氏の言葉から(2)

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(MJの手書きメモ)



名越先生、あまりにも為になったので、ほんの少しだけ紹介させてくださいませ。ぺこり

下記は、名越氏の有料メルマガから。感動された方は、ぜひ購読をご検討くださいませ。

◎名越康文のメールマガジン「生きるための対話(dialogue)」


2012年10月1日 Vol.037 より(大幅に省略して引用しています)

◎「欲深い」人は退屈しない

必要がないからといって、いま僕たちがつつがなく過ごしている日常に満足して、そこから足を踏み出さなくなってしまうと、人間はどうしたって暇になります。暇になった人間は必ず退屈する。退屈になるとどうなりますか。いろいろあるけど、心理学的にまずいのは、退屈していると、人は他人を頼りたくなるんです。

誰かかまってくれないか、誰か私をほめてくれないか、誰か私の暇を、私の退屈をどうにかしてよ、そう考えるようになる。

退屈から期待が生まれる。そしてそれはあっという間に不満、怒りに転化していきます。

そう考えると、「人間の能力が秘めた可能性」を少しでも開いていきたいという欲を持つことは、そういう「退屈から怒り」へのスパイラルから逃れる、非常に有効な手段となりうることがわかります。

ですから、もしもいま退屈しているという人は、自分がどこかで自分の人生を見限っていないか、ということを見直してみてほしい。そもそも、こういう講座に来る人は、心のどこかに「人生こんなもんじゃないはずだ」という「欲」が出てきていると思うんです。その欲を大切にしてほしいと僕は思う。


◎「人を変える欲」、「自分を変える欲」

欲とか、夢とか、僕はけっこう誤解を招きやすい言葉を使っていますが、たとえば僕が今日使っている「欲を持て」「夢を抱け」というのは、あくまで「自分がどうするか」という欲であり、夢である、ということは間違えないでくださいね。

つまり、「あの人に振り向いてもらいたい」とか「息子が定職についてほしい」といった「他人にどうにかしてもらおう」という欲や夢は、今日の話とは無関係です。というよりも、そういう欲は、幸福に生きるための妨げになってしまいます。そういうふうに他人に自分の欲を託すようになると、その人は必ず不幸になっていきます。

他人に変化を求める欲がいけないのは、それが叶わないからじゃありません。他人がこちらの思うように変わってくれることだってある。でも、そうやって他人が変わってくれたとしても、やはり、そういう欲や夢を持ってしまった人は不幸なんです。

他人を変えるんじゃなくて、自分を変えていこう、成長させようという欲を持つことの意義を、今日はお話しています。他人を変えるよりも自分を変えることをお勧めするのは、そのほうが叶いやすいからではありません。むしろ、自分を変えるのは、他人を変えるよりも、実は難しいかもしれない。でも、それでも「自分を変える」欲を選んでほしいんです。

それは、「自分を変える」欲を持った人は、それが叶わなかったとしても、そのことを本気で願った瞬間から、幸せになれるからなんです。

他人に変わってほしいと願うことが不幸の温床になるのは、「こうなってくれたらいいのになあ」と他人が変わることを願った瞬間、そこに怒りが生じるからです。怒っているとどういうわけかひどい目に遭う。これは仏教心理学の知恵であると同時に、僕の人生50年の経験則でもあります。


◎今ここに集中する

「自分を変える欲」を持つためには、瑣末な日々の心配事から、できるだけ手を離すことが必要です。瑣末な日々のことにあまりにも心を奪われていると、夢を描く暇がなくなってしまう。

瑣末な心配事というのは、だいたい「未来の心配」です。未来の心配を手放すということは、「今、このときだけ頑張る」という姿勢で取り組む、ということです。明日のことは問わない。今日一日だけ、全力投球する。そういう態度で日々を過ごしていると、だんだんと「今の自分」に目を向ける余裕が生まれてきます。

僕らは通常、信じがたいぐらい未来への不安と妄想に時間を使って日々を過ごしています。「もしこんなことが起きたらどうしよう」という不安に囚われて、「今、ここ」を生きることができていない。

だからこそ、意識的に「今日一日」「この1時間」「この一瞬」に集中する必要がある。いくら根気のない人だって「次の一瞬だけ」がんばることはできるはずです。そして、その一瞬をがんばることができたら、次の一瞬をがんばることができる。


◎諦めない人だけが、学ぶことができる

学び続けていれば、イライラしなくなるし、人と幸せをわかちあえるようになる。ところが多くの人は、学ぶということが人生にもたらす意味をついつい忘れてしまうんです。だからこそ最近僕は、「欲」が大事だと思うようになった。

例えば「人生、所詮は金だ」っていう人って、どこかで人生を諦めていますよね。表面的には欲深いんだけれど「人生そのものに対する期待」という点では、僕のほうがずっと欲深い。「人生、所詮は金だ」とうそぶく人は、はるか手前の段階で人生の本質に触れる豊かさを諦めてしまっている人です。


◎学びたければ、怒りを消そう

近年、日本の政治の場面では、扇動家が票を集めるようになってきましたね。なぜわれわれは扇動家に票を集めるか。

それは、自分が不幸な人生を歩んでいる原因が、自分が努力をしなかったことにあるのを認めたくないからです。

この心の働きに気づかない限り、我々はいつまでたっても、扇動家に煽られることになるでしょう。いまの日本で扇動家が勝つのはしかたがありません。でも、皆さんは個人レベルでは、怒りに勝ってください。そのために必要なのが、今日お話しているような「学び」です。

一人ひとりが学んでいくことの力は、小さいようだけれど、扇動家に勝つにはほとんど、それ以外の手段がありません。

逆に言えば、僕らはそれくらい感情の虜だということです。そして、扇動家はそこをたくみについてくる。恋人のことが好きで好きでたまらないから自分は幸せだと思い、恋人が言うことを聞かなければ悲しくて不幸だと思う。常に僕らは、自分の幸不幸を相手のせいにしようとする。ここに、扇動家がつけいる隙があるんです。

扇動家が力を持つのは、僕たちがいかに感情に振り回されているか、いかに感情によって、現実的な判断を誤っているかということの、ひとつの証拠だと思います。

僕たちはまだまだ、扇動されるでしょう。だからこそ、皆さんにはぜひとも、学んでほしいんです。


◎本気で祈ることの力

日本人は宗教アレルギーだから、「祈り」ということに正面から向き合わないんですね。ほとんどの人は特定の宗教を持っていないから、お坊様の話も、牧師様の話も、ある種の宗教の「枠」に入った話として、自分とはどこか別世界の話としてしか耳に入らない。

「祈り」というのは、すべての人が日常的に駆使すべき、ものすごく実効的な「心理的技法」だと僕は捉えています。少なくとも、そういう実際に僕らが駆使すべきスキルとして、学ぶ必要があるものだと思うんです。


◎信仰と信念

例えば「信念を持つ」ということと「信仰心を持つ」ということには、どれだけの違いがあるでしょう? 無宗教の日本に生きる僕らは、一度そのあたりをフラットなところからよく考えたほうがいい。

怪しい宗教の勧誘とか、詐欺に引っかかりたくなければ、宗教を遠ざけるのではなく、真に宗教的な人間になればいいんです。

自らの心を自分の力で明るくしていこうと決心し、日々、不安を消す努力を重ね、本気で祈る。そういう人こそがよしんば特定の宗教を持たずとも、宗教的な人間であり、明るく、幸せな人生に近づいていくための王道だと思うんです。

(引用終了。名越先生ありがとうございました。ぺこり)

2012年10月1日 Vol.037 では、その他に、

◎他人の不幸に対して心が動かないのはまずいですか?
◎いきなり奢らされることになってもやもやしています

という質問に対しての「素敵なお答え」など、
もっとずっと盛りだくさんで、300倍ぐらい素敵な内容。
感動された方は、ぜひ購読をご検討くださいませ。

◎名越康文のメールマガジン「生きるための対話(dialogue)」

◎内田樹×名越康文「辺境ラジオ」2011年12月25日ポッドキャスト


冒頭の手書きメモ

I truly love all of you.
I am recording tonight, for all of you.
You are my true inspiration forever.
I am living for you, and the children.
Be alive, be free, feel Consciousness(*)
Subconscious(*) , being God.
I love you.

M. Jackson and Family.


On November 11, 2008, Michael Jackson sends another handwritten note to a group of fans gathered in front of his home in Los Angeles.

(*) 手書き文字は、contiousness 、subcontious のように見えるのだけど、、
consciousness → contiousness と書いてしまうのは、MJのいつもの癖だと思う。。

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by yomodalite | 2012-10-03 07:48 | 精神・教育・自己啓発 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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