マイケルと神について「エリ・ヴィーゼル Part 2」

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☆「エリ・ヴィーゼル Part 1」の続き

(註釈2)では、シュムリーがヴィーゼルの名前を出したことを「なぜか…」と表現しましたが、

「もし、この世界に、真実、本物の天国と言えるような “審判” があったとしたら、ヒトラーがしたようなことを、彼が長い間、罰せられることもなく出来たはずがないだろう」

それから、こんなことを言う人もいる。「もう二度と、こんなことが起こらないように、人々に教えるために、ホロコーストのような行為が行なわれた」

世界に何かの教訓を与えるために、百万もの幼い命が必要だなんてことはない。僕は絶対にそうは思わない。ヒトラーは単にああいうことを、報いを受けることなくやれてしまったっていうことなんだ。


という、MJの発言は元々ヴィーゼルを想定して言っているのだと思います。

この後のシュムリーの解説文が長いのも、米国の読者にはここまでで、ヴィーゼルを思い浮かべる人が多いということを想定したからで、MJが「はっきりさせたいことがある」と切り出したところで、宗教談話が終わっているのも、それが理由のような気もします。

MJは「ヒトラーのホロコースト」は、天国の審判の存在を否定するもので、神の教訓などでは絶対にないと言っていますが、ヴィーゼルは「ヒトラーのホロコースト」を、神が許した理由を考え、ユダヤ人だけに行なわれた「特別に意味があるもの」としての解釈を試みているようです。

ヴィーゼルの『夜』という作品は、世界に比類のないとてつもなく恐ろしい残虐な行為が描かれていると思って読み始めると、不謹慎な言い方ですが、少し肩すかしにあうというか、戦争の残虐さ、悲惨さを描いた、他の文学作品と比べて「唯一無二の…」とは、私には感じられなかったのですが、

ただ、フィンケルスタインが言うように「彼の地位がその人道的活動や文学的才能によって得られたものでない」とは言えないというか、ヴィーゼルの『夜』は小説でありながら、ノンフィクションとして読まれ、ヒトラーと戦争に傷つけられた民族の心をひとつにするような文学的な力があったんだと思います。

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その史実としての正確さよりも、人々の心に必要な歴史小説 …

内容は真逆ですが、日本の戦後を支えた歴史小説、司馬遼太郎の『坂の上の雲』もそういった小説であると思います。司馬史観と言われるものが、戦後の日本人に必要だったように、ヴィーゼル史観が、ユダヤ人には必要だったのではないでしょうか。

ユダヤ人が賠償金を求めていないのは米国だけですが、『坂の上の雲』に、日本人が米国への敵意を忘れさせる効果が大きかったことも見逃せない事実です。

日本人は米国を許すことができ、ユダヤ人はヒトラーを絶対に許さない。それは真逆の行動ですが、心性がまったく違うからとは言えません。どちらも、それが戦後を生き延びるために「有利な選択」であり、戦勝国の体制に沿った行動だからです。

内田樹氏は『坂の上の雲』がこれほど愛され読まれている理由を、

それは『坂の上の雲』が国民文学だからだと結論し、ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』はフランスの、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』はロシアの、マーク・トウェインの『ハックルベリー・フィンの冒険』はアメリカの、それぞれ国民文学で、巨大なスケールを持った政治劇の場合もあれば、市井の人々の生活を活写した物語の場合も、そこに共通するのは、強い人間性を持った主人公を登場させ、「我々はこういうタイプの人間が好きだ」という宣言をなしているという点である。

その偏りのある人間的選好が、長期にわたって国民のふるまいや価値観に影響を及ぼし続けたとき、それは「国民文学」と呼びうるだろう。


と結論しています。ユダヤ人は「国民」ではありませんが、『夜』には、それらと同じ性質があって、戦後のユダヤ人の生き方に大きく影響を与えたのではないでしょうか。


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それは、他民族から見ると理解しにくいのですが、同じような「偏り」はどの民族にも必ずあります。日本には他民族が少ないので、安心してその感情に浸ることができますが、さまざまな国に暮らし、歴史的に敵対を繰り返してきた異教徒の批判の眼に、常にさらされてきた、普通のユダヤ人が、その限られた人生の中で「民族主義」に惹かれ、

その苦難の一番の理由が「国をもたないこと」だと結論し、イスラエルへの建国を夢見るのは、自分だけでなく、未来のユダヤ民族のことを考えても抗えない魅力に溢れ、すでに米国で充実した生活をしている成功したユダヤ人が、そのお金を使って、極端にイスラエル寄りの政策を米国に実行させていることも、恵まれない同胞への同情心が大きく、

フィンケルスタインの父親の友人が最終的にイスラエルに行ってしまった話も、他国で永年に渡って成功した日本人の多くが、老後は帰国することと同じく、やはり、お金だけとは言えない、抵抗しがたい感情によるものではないでしょうか。

フランソワ・モーリヤック(ノーベル文学賞)の『夜』の序文から省略して引用します。

外国のジャーナリストがたびたび私のところに訪ねてくる。私には彼らが恐ろしい、私の考えをすっかり打ち明けてしまいたい気持ちと、フランスに対してどういう感情を抱いているのか分らぬ話し相手に武器を渡すことにならないかという危惧とで、板挟みになるからである。

その朝のこと、テル・アヴィブのある新聞社から派遣されて私に質問しにきた若いイスラエル人は、はじめから私のうちに共感をよびさました。(中略)私は占領期の思い出話をもちだすところまでいった。私は若い来客にこう打ち明けた。

あの暗うつたる歳月に見たいかなる光景も、オーステルリッツ駅に来ていた、ユダヤ人の子供を鮨詰めにした、あの幾台かの貨車ほどに私の心に深く刻み込まれはしなかった…。それでいて、私はそれらの貨車をわれとわが目で見たわけではない。じつは、私の妻が見て帰ってきて、そのとき憶えた恐怖感がまだ少しも抜けやらぬままに語り聞かせてくれたのである。

当時、私たちはナチスによる絶滅方法をまるきり知らずにいた。それに、そのような方法を誰に想像できただろうか!(中略)その子たちがガス室や焼却炉に供されようとしていたとは、私にはとうてい思いもよらなかった。

以上のことを、私はそのジャーナリストに打ち明けずにはいられなかった。そして私が「何度も何度も、その子たちのことを考えましたよ!」と言って溜め息をついたところ、彼は私に言った。

「私はそのなかのひとりです」

(引用終了)

シュムリーも言っていたように、ヴィーゼルが、アウシュビッツにいたのは16歳(最初に移送されたときは15歳)。その年齢の東欧の少年は、モーリヤックがまるで実際に見ていたかのように記憶している、貨車に鮨詰めにされた「子ども」には見えない年齢のように思えますが、、、

モーリヤックの序文は、この後も、この小説の印象的な場面をすべて書ききってしまうかと思うほど長文で、それは序文として書かれたというよりも、戦後に芽生えた、ヒトラーの残虐な政策を見逃してしまったという良心の呵責から、どうしても述べずにはいられないのではないかと、私には想像せずにはいられませんでした。

さらに、モーリヤックの序文を続けます。

そのなかのひとりであったのか!彼は、母親と熱愛する妹とが、父親を除く身内の者すべてが、生き身の人間を焚き物とする炉のなかへ消えてゆくのを見たのであった。父親については、彼は来る日も来る日もその殉難に立ち会い、そして、その臨死の苦闘に、またその死に、立ち会わなくてはならなかった。しかも、なんという死! この書物は、そのときの状況を述べているから、この書物を発見する仕事は読者にお任せする。(中略)

この並外れた書物が私の心を捉えて放さなかったわけは、もうひとつの側面から来ている。ここで自分の身の上を語っている子どもは〈神〉に選ばれた子であった。

彼はものごころついてこのかた、タルムードに心を奪われ、カバラーの奥義に通じようとの野望を発し、「永遠なるお方」に心身を献げて、ただ「神」のためにのみ生きていた少年が、信仰を有する者にとっては最悪の所行に出逢った、ということ。すなわち「一挙に絶対の悪を発見したこの幼い魂のなかで〈神〉が死んだ」、ということに。

「… 子どもたちのからだが、押し黙った蒼穹のもとで、渦巻きに転形して立ち上ってゆくのを私はみたのであったが、その子どもたちのいくつもの小さな顔のことを、けっして忘れないであろう。私の信仰を永久に焼尽してしまったこれらの炎のことを、けっして忘れないであろう。生への欲求を永久に私から奪ってしまった、、、」
(以下略)


ホロコーストの犠牲者の割増しが目に余る現在、この序文を読むと、モーリヤックが最初に読んだときの印象と同じようには、この小説を読めないというか、彼がこの小説の評価に与えた影響についても想像してしまうのですが、この小説がどれだけ「歴史的真実」なのかは、さておき、

無関心だった、それゆえ幼い子どもたちの犠牲を見逃してしまったという良心の呵責は、モーリヤックだけでなく、ヴィーゼルの『夜』の主題のひとつです。

『夜』の2007年の「新版」には、さらに、ヴィーゼル自身による、やはり「長い」序文があり、そこには『そして世界は黙っていた』という表題のもと、最初にイディッシュ語で書かれたという原稿の記述もありました。

冒頭部分を引用します。

はじめに信仰があった、幼稚ながら。そして信頼があった、空虚ながら。そして幻想があった、危険ながら。

私たちは〈神〉を信じていた、人間に信頼していた、そしてこのように幻想を抱いて生きていた。すなわち、私たちの各人のうちには〈シェキナー〉の炎の聖なる火花が預けられており、私たちはひとりひとり、みずからの目のなかに、また〈魂〉のなかに〈神〉の似姿の反映を宿している、との幻想を。

これは私たちのあらゆる不幸の原因とは言わないまでも、その源泉であった。


下記は、『夜』第一章、冒頭部分の要約

ヴィーゼルの故郷、シゲットに住む、道化のように不器用で、口数が少なく、よく歌を歌い、夢見るような大きな目をした男 ー 《堂守りのモシェ》

ヴィーゼル少年は、シゲットの町を裸足で歩く《堂守りのモシェ》から、何時間も「カバラー」(ユダヤ教の神秘思想)について聞いた。少年は彼が好きだった。しかし、ある日《堂守りのモシェ》は、ハンガリーの憲兵によって家畜用の貨車に詰め込まれ、その列車はかなたに消え去った。外国から来たユダヤ人はシゲットから放逐されることになったのだ。移送囚たちのことはすぐに忘れ去られた。何ヶ月かが過ぎ去り、生活がいつしか平常通りに戻った頃、《堂守りのモシェ》は、会堂の入り口そばに坐っていた。

移送囚を乗せた列車は、ハンガリーを越えてポーランド領に入ってから、ゲシュタポの手にゆだねられたのであった。列車はそこで止まり、、

《堂守りのモシェ》は、とにかく逃亡に成功した。しかし、彼はすっかり変わってしまっていた。

彼の目にはもう喜びが映っていなかった。彼はもう歌わなくなった。〈神〉のことも〈カバラー〉のことも話してくれなくなり、自分の見てきたことだけを話した。そして、人々は彼の話を本気にするどころか耳を貸そうともしなかった。

「ユダヤ人のみなさん、私の言うことを聞いてください。お願いするのは、ただそれだけです。金もいりません。憐れみもいりません。ただどうか話を聞いてください」彼は薄明の祈りから夕べの祈りまでのあいだ、会堂の中でそう叫んでいた。

「あんたにはわからないんだよ」と、彼は絶望をこめて言った「あんたにはわかりっこないんだ。おれは助かった、奇跡的に。首尾よくここまで戻ってくることができた... 」

1942年の末ごろのことだった。

わたしたちは、ヒトラーが我々を絶滅する意志があるのかどうかさえ、疑っていた。それゆえ人々は、あらゆることに、戦略に、外交に、政治に、シオニズムに、関心を寄せていながら自分自身の境遇には無関心だったのである。《堂守りのモシェ》すらもう黙っていた。話し疲れたのであった。彼は目を伏せ、背中を屈め、人々に目を向けないようにしながら会堂内や通りをさまよい歩いていた。(要約終了)

有名なヴィーゼルの言葉

人々の無関心は、常に攻撃者の利益になることを忘れてはいけない

今日我々は知っている。
愛の反対は憎しみではない。
無関心である。
信頼の反対は傲慢ではない。
無関心である。
文化の反対は無知ではない。
無関心である。
芸術の反対は醜さではない。
無関心である。
平和の反対は、平和と戦争に対する無関心である。
無関心が悪なのである。
無関心は精神の牢獄であり、我々の魂の辱めなのだ。



シュムリーが、マイモニデスや聖書から考えを述べているときとは異なり、ヴィーゼルはユダヤ民族の王子で、私の最も偉大なヒーローだと熱く語っている感情が少し伝わったでしょうか。ヴィーゼルの『夜』は、すでに現代ユダヤ教の聖書に組み込まれているかのようです。

しかし、ユダヤ教では「悪魔」はいないと書かれていて、

その記述ゆえ、シュムリーは人間であるヒトラーを「心の底から邪悪」で「絶対に矯正不可能」な「絶対悪」とする事実を際限なく求めてしまう・・・

シュムリーは、MJが自分なら「ヒトラーの心だって変えられる」と言ったとき、そこに1人の《堂守りのモシェ》を見たでしょう。

しかし、MJは、

僕たちはいろいろ話して来たけれど、はっきりさせておきたいことがある。のあとに、

ユダヤ教が教えとして「悪魔」はいないと記した意味は、そうではないのではないか。と、シュムリーに話すつもりだったのではないでしょうか。


☆「Heal The Kids”とは何だったのか」に続く


◎以下は参考資料

☆ヴィーゼルの講演(10:45~ヴィーゼル登場)
私には、彼が何を言っているのかはまったくわかりませんが
観衆に何度も笑いを起こさせる力があり、彼の講演が魅力的なことが伝わります。
◎[動画]An Evening with Elie Wiesel

☆オプラ・ウィンフリーが、ヴィーゼルとアウシュヴィッツに訪問した番組
◎[動画]Oprah and Elie Weisel at Auscwitz Part 1

◎上記のTV番組のスクリプト

◎LAタイムズに掲載されたイスラエル人歴史家による「イラン攻撃すべし」論説と
それに対する反論、歴史家による再反論の記事(2012年3月18日)

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by yomodalite | 2012-09-07 10:22 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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