黄金律に従おう(註釈2)

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☆黄金律に従おう(註釈1)の続き

それぞれの宗教には、それぞれ問題点もあって、厄介な部分も多いですが「God」を持たない、日本人にとって一番の問題は「黄金律」を共有していないことかもしれません。

また、(註釈1)で、マイモニデスに執着したのは、MJの信念が青い理想からではなく、歴史への深い理解を背景にしているということを紹介したかったからだけでなく、シュムリーのヴィーゼルへの傾倒についても、マイモニデスから考えてみたいという気持ちが芽生えたからで、

(註釈2)は、その他へのツッコミと、どうして「そんなにヴィーゼル?」について、ほんのちょっぴり。。

☆註4、☆註5

MJ:僕も悪魔は非常に邪悪だと思う。悪魔はこの部屋や世界中の裏側に潜んでいて、彼らは本当に忙しい。みんなゲイになってしまうし、同じようなことをしている女性もいる。だから、僕は悪魔は人の心の中にいると思うんだ。

シュムリーは、この後、マイケルにが「ゲイへの偏見はない」と真面目に擁護してくれちゃってますけど、、

(SB註:マイケルのゲイへのコメントについて。私が思うに、マイケルは自分が見た世界を表現したのではなく、すべてを悪魔の責任にしようとする人々が言うことを、言い換えて表現したのだと思う。マイケルが同性愛嫌悪の意見を言うことを、私は一度も聞いたことがないし、彼はそのような性格ではまったくない。彼はときどき、出会った男性が同性愛者かどうかを当てるゲームをしていたが、それは、悪魔的かどうかというような判断ではなく、彼らが自分に対して慕ってくるかどうかに基づいていた)

MJは、シュムリーが「devil」という言葉は使わないものの、骨の髄から「絶対悪」を強調するので、普通の人の中にある「天使と悪魔」を表現したんであって、一般的に旧約聖書に書いてあると思われているゲイへの偏見に対し、それが本当なら、現代の悪魔はめちゃめちゃ忙しいし、マンツーマン指導か(笑)っていうジョークだって、わかるってば!!

◎こちらのキリスト教会(プロテスタント)では、聖書には同性愛が禁じられているとは書いてないという詳しい説明があります。

シュムリーの教会でも、上記と大体同じような解釈なんでしょうか?

でも、世の中にはどこかの圧力団体が成功した手口をまねて、何かに付けてケチをつける機会を狙っている団体がいっぱいあるので、擁護してくれたことには感謝します。


☆註6

MJ:マリリン・マンソンはステージで「神を殺せ!聖書を引き裂け…」と言ってるけど、メディアは彼を攻撃しない。彼がまるで女性のような胸をしていてもね…

マンソンについて詳しくないのですが、MJはマンソンの批判をしているのではなく、対象によって「基準」を変える、メディアの欺瞞を批判しているんだと思います。

また、マンソンのように、宗教団体から批判されるようなパフォーマンスに対して、メディアが批判しないのは、マンソンの反抗精神が体制に脅威を与えないからで、MJが嫌われたのは、彼が本質的な部分で、自分が所属する「体制」や「偽善」や「悪」をついてくることへの嫌悪からでしょう。

『Man in the MIllor』に感動した人であっても、自分を振り返るより、他人を責める方が何千倍も楽ですし、利益になりますからね。本質的に批判することが難しいと感じると、根拠のない人格批判とか「レッテル張り」で貶めようとするのは、マスメディアに限りませんよね。


☆註7、註8

僕たちはいろいろ話して来たけれど、はっきりさせておきたいことがある。イエスは、ある人々を右におき、また、ある人々を左において「終末の日」に、左側の人々が地獄に飲み込まれて永遠に罰を与えられる。

それは、フェアじゃないんじゃないかな?この世界には善良な人々がたくさんいて、どんな宗教でも、どんな人種でも何の問題もない。もし、この世界に、真実、本物の天国と言えるような「審判」があったとしたら、ヒトラーがしたようなことを、彼が長い間、罰せられることなく出来たはずがないだろう。
(この後の部分も含めて)

MJはカルマを否定し、キリスト教や、多くのスピリチュアル思想にも見られる「審判」も否定した後に、シュムリーに、ふたりの同意点を確認しようとしていますが、シュムリーはなぜか、ヴィーゼルの話にもっていこうとしています。

SB : 私たちはエリ・ヴィーゼルと共に、大勢の子供たちが亡くなったアウシュヴィッツに行く日が来るだろう。それは心に強い印象を残す。彼の『夜』という本を読むべきだ。彼の本は20世紀で最も影響力のある1冊だ。アウシュビッツにいた頃、彼は16歳だった。ウイーゼルは、世界一有名なホロコーストからの生還者だ。

これは「東大話法」の規則4、

(自分に)都合のよいことがない場合には、関係のない話をしてお茶を濁す。

というよりは、

マイケルが本質的なところをついて来たので、本能的に自分の世界に「逃避」しようとしているんでしょう。

シュムリーは、MJがヴィーゼルを読んでいない前提で話していて、未読の読者に「ノーベル平和賞」などの先入観を植え付けようとしてますけど、ここまでのMJの考え方から想像すると、彼がユダヤ教を学ぼうとした時点で、現在のアメリカン・ユダヤに多大な影響を与えている、ヴィーゼルの主著を読んでいないとは、私には思えません。(ヴィーゼルの平和賞受賞は1986年)

◎[Wikipedia]エリ・ヴィーゼル

また、以前『夜』を読んだ印象からは、シュムリーが、ヴィーゼルをそこまで重要視する理由がわからなかったのですが、この会話を読んで、再度『夜』を読み直してみて、MJの問いかけから、シュムリーがヴィーゼルの話に繋げたのは、ヴィーゼルとホロコーストが、現代ユダヤ教にとって「神秘思想」になっているからだと思いました。


☆「エリ・ヴィーゼル Part 1」に続く

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by yomodalite | 2012-09-04 14:15 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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