人種差別、宗教、反ユダヤ主義[1]『The Michael Jackson Tapes』

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☆カルマと正義[2]『The Michael Jackson Tapes』と、
☆カルマと正義[2](註釈)の続き

ラビ・シュムリーの著書『The Michael Jackson Tapes』から、Part 2「Jehovh's Witnesses years and Religion」(エホバの証人時代と宗教)にある「Racim, Religion, and Anti - Semitism」の和訳です。

Racim, Religion, and Anti - Semitism
人種差別、宗教、反ユダヤ主義


P.120~

SB:マイケルは彼の曲「They Don't Care About Us」で、ユダヤ人を侮辱する言葉である「Kike」を使用したことによって、激しい非難を浴びた。私とマイケルが友人であることを知っている多くのユダヤ人たちが、私にマイケルは反ユダヤ主義だと言って来た。しかし、マイケルの人生で非難されたことの中で、反ユダヤ主義だと言われることなど、それらのうちのひとつに過ぎない。

私は、むしろ、マイケルがユダヤ人に直感的に親近感を抱いていたと思う。(☆註1)マイケルは、私がラビであるということに非常に敬意を払い、私が持っていたユダヤ学の知恵から、多くを学んでいた。私はマイケルがユダヤ人を誹謗するような2006年頃のボイスメッセージについても、よく知っている。

◎[ボイスメッセージ]Michael Jacksons opinion about jews

そういった不快な行動を援護するつもりはないが、私が彼を守ることが出来なかった期間、マイケルは処方箋薬の問題を抱えていて、彼は薬物の影響下にあった。そして、誰がそれらをマイケルに与えていたかについては、誰にもわからないが、マイケルは常に私の前では、ユダヤ人と、ユダヤ教に対して、最上級の尊敬を表していた(☆)


☆[関連記事]Michael Jackson and The Jews:Rabbi Shmuley Boteach

(会話はここから)

SB:君は、社会から取り残された多くの人々の声になろうとしてきた。「They Don't Care About Us」もそうだね。この曲の重要なメッセージである、誰からも見捨てられているのは誰だろう? 貧しい人々? それとも第三世界?

MJ:僕が言いたかったのは、誰からも見捨てられていて、不当な扱いを受けている人々、結婚していない両親から生まれたり、「ニガー」(黒人への差別用語)なんて言われたり、これは、僕が言ったことで、誤解を受けた言葉だけど「カイク」(ユダヤ人への差別用語)もね。

少年の頃、ユダヤ人の弁護士と、ユダヤ人の会計士が、僕が寝ているベッドの隣で、お互いに “カイク” と呼び合ってた。僕が「そうはどういう意味?」と聞くと、彼らは「ユダヤ人に対する悪い意味の言葉だよ。黒人に対して “ニガー” というのと同じさ」って、僕は「ああ、そうなんだ」と答えた。

だから、 “ニガー” も “カイク” も、人々が不当に扱われるときの言葉だって知っていて、そう言ったんだ。大勢の人に誤解されたけど、僕は決して… わかるだろう?

SB:君は声なき人たちのために、立ち上がろうとしたんだね?

Yeah, who don't have a voice. I would never teach hatred, ever. That's not what I'm about.

MJ:そう。声なき人のためにね。僕は憎むことは決して教えない。それは僕が言いたいことじゃない。

SB:君にはアメリカ人としての誇りがある? 外国でコンサートを行うとき、いろんな意味でアメリカの代表だと感じることは?

MJ:これから言うことを、誤解して欲しくないんだけど、僕は自分を世界の一員だと感じている。だから、どちらか一方につくのはいやだ。アメリカ人として、この国に生まれ、アメリカについて誇りに思うことがたくさんあっても、そうは思えないことも… 偏見と言うか… ノーマン・ロックウェルが描いた、学校で学ぼうとする少女に物を投げている絵とかね…


(SB註:ロックウェルは、南部の人種差別が撤廃されたばかりの学校に、白人の攻撃から彼女を守る連邦保安官に警護されて、通学する黒人の少女の絵を描いた。マイケルと私は、ノーマン・ロックウェル美術館にその絵を見に行ったことがあった)


MJ:僕には人種差別が理解できない。僕の母親、彼女は天使とか聖人のような人なんだけど、エンシノの家から1ブロック先にあるマーケットに、ベンツで買い物に行った日、母はみんなを愛しているのに、車に乗った白人の男性に「アフリカに帰れ!ニガー!」と怒鳴られた。母がそんな目に会うなんて、今から5年ほど前のことだけど、僕はすごく傷ついた。その白人男性は妬んでいたんだと思うよ。

僕が知っている話としては、僕の兄弟が乗っていたロールスロイスに鍵をかけて出かけて戻って来たら、誰かが自分の鍵で、その車に傷をつけていた。黒人がロールスロイスを運転していたからだよ。そういうことにはうんざりするね。皮膚の色と、その人の人間性とは何の関係もないじゃないか。

僕は、ユダヤ人の子供も、ドイツ人の子供も、アジアや、ロシアの子供もみんな愛している。僕たちは、みんな同じで、僕はそれを完璧に証明できるよ。

僕はあらゆる国で、コンサートをして来たけど、彼らは、みんな同じ場面で泣いて、同じ場面で笑って、同じ場面で興奮する。気絶して倒れるところまで同じなんだから、それは完全な証明だと言えるよね。僕たちには、みんな同じ共通性があるんだ。

ロシア人は抜け目がなく、ドイツ人は感性や感情がないなんて聞いたことがあるけど、僕のコンサートでは、ドイツ人は僕たちと同じか、それ以上に感情的だった。ドイツにもロシアにも、僕を大好きなファンがいて、彼らは、寒い日でも、暑い日でも、僕を一目見ようとずっと外で立っている。

彼らは「世界を癒したい!」「私たちはあなたを愛してる!」って叫ぶ。そういうのは若い人々で、戦争や他のくだらない状況とは何の関係もない。彼らはこれまでとは違う、新しい種類の人たちだ。とても素晴らしいし、僕も世界のひとりになったように感じる。だから、僕には、どちらの側にもつくことは出来ないよ。「僕はアメリカ人です」と言うのが嫌いなのは、そういう理由なんだ。

SB:実際のところ、君は信じられないほど成功した初めての黒人有名男性として、そのキャリアがどんな影響を及ぼしたと思う? 例えば、誰かから不公平な行為をされたとか、君の母親が経験したような人種差別とかはあった?

MJ:そうだね。僕の前には、ハリー・ベラフォンテや、サミー・ディヴィス・ジュニア、ナット・キング・コールがいた。 彼らはエンターティナーとして、人々は彼らの音楽が大好きだったけど、でも、彼らは、ちやほやされたり、キャーキャー言われたり「愛してるわ!結婚して!」なんて、言われたことはなかった。

彼らは観客に服を破かれることもなかったし、ヒステリックに叫ばれたり、スタジアムで演奏することもなかった。僕は、最初にそういったスタイルを破って、白人の女の子、スコットランドや、アイルランドの女の子たちにも「愛してるわ!あなたが欲しいの!…」とか叫ばれたんだ。

多くの白人の記者たちは、それが気に入らなかった。僕がパイオニアだったから、彼らは僕に冷たかったんだ。 それが作り話の始まりだった。「彼は奇妙だ」「彼はゲイだ」「彼は高圧酸素室で寝ている」「エレファントマンの骨を買いたがっている」 … 人々が僕に背を向けるようなことを、彼らは本当に酷いことをやってきた。僕じゃなくて、他の誰かがそんな目にあったら、今ごろ麻薬中毒で死んでいるだろう。

SB:君がそんなことに耐える力はどこから与えられたの?

MJ:こどもたちを信じること。若者を信じること。こどもたちを守るために、神が僕にこういった試練を与えたんだと信じることだよ。

☆人種差別、宗教、反ユダヤ主義[2] 『The Michael Jackson Tapes』に続く



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by yomodalite | 2012-08-20 17:31 | マイケルと神について | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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