つぶやき(2002.7.07)モーリー・ロバートソン特集

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伊藤桂司 http://site-ufg.com/products/



☆2012年7月1日~7月6日ぐらいのTwiitterなどから。
モーリー・ロバートソン特集


モーリー・ロバートソン ‏@gjmorley
#blockfm 最新の番組アーカイブを公開しました。自己啓発セミナーの回になっています。インスタント・禅に興味がある方に特におすすめの2時間です。 ☆ネットで誰かに攻撃された時の呪文レシピも。http://block.fm/program/morley_robertson_show.html

↑↑↑「ネバランネバラン」の次の次の次ぐらいに、イイ呪文が語られている番組 ↑↑↑

毎週金曜の官邸前デモは、オキュパイを超えた「脱原発」シングルイシュー「民主主義2.0」なのか、完全に無党派な市民の集まりなのか、或いは特定の党派性やイデオロギーへと大衆を煽動する人たちがいるのか?情報公開を求めたい。

◎モーリー・ロバートソンが考える「ブラウン運動」

モーリー・ロバートソン ‏@gjmorley
↓ デモに新しく参加した人たちがほとんど、という現在の状態では、過去に政治運動や宗教団体、自己啓発セミナーなどをくぐった経験を持たない「純白」の人がほとんどでしょう。放射能への不安がことさら強いという動機を共有している人たちでもあり、思いの純粋さは察して余りあるものです。

もちろん、脱原発を失敗させる工作員の可能性もありますね RT @katura111 私は、この流れを止めようとする側の、さまざまな「プロ」が動き出しているような感じがしています。そこからも守ってあげる必要があると思う。支えてあげる気持ちからの助け合いみたいなのが必要じゃないかな。

元記事が消えていたので、こちらのまとめ引用から失礼します>> 石原「脱原発デモのバックにいるのは革マル派、中核派、原水協」 - hogehoge速報 http://hogehogesokuhou.ldblog.jp/archives/51742038.html ☆たとえデマであっても自民党の石原伸晃幹事長が名言しているという事実は受け止めたい。

↓ 自民党の石原幹事長が発言した内容をただちに「そら見たことか!やっぱり左翼のフロント、牙城じゃねえか!」と短絡するつもりはまったくありません。推進派が慌てて黒塗りのプロパガンダに打って出ているという仮説も十分に成り立ちます。ただ、原水禁などのトラディショナルな団体は妙に静か…

↓ にご指摘をいただいた @Totemo512 さんのTwに公式にお応えします。実はツィート数が2件しかない人からのメッセージにもとづいていろいろと調べました。何の確証もありません。しかし、ぼくには思い当たる節があります。そこでなるべくフラットな形で検証のプロセスを書きました。

↓ 実は、他ならぬぼく自信が「生長の家」関係者です。母方の遠縁にあたる方が「生長の家」初代総裁の谷口雅春先生の奥様だった谷口輝子さんでした。生長の家とは血でつながっています。ABCC以上に。もう「エリア51」かと思います。

↓ 中学2年だった1973年(だったっけ?)にぼくは「生長の家」飛田給練成道場で1週間に及ぶ錬成を受けました。創価学会で言う「折伏」に相当します。「実相円満完全」と何千回も唱え、聖経「甘露の法雨」も暗誦するまで読み上げました。自分の心の穢れを払う浄心行で大泣きもしました。

↓ これは当時の同級生に証言していただけると思います。「モーリーが悟りを開いたで」と噂になり、ぼくは午前6時前の宮島線始発に乗って修道中学に登校、人知れず「甘露の法雨」を唱えて教室の空気を浄化していました。その頃からエア御用でした。教室内で中学生レベルの布教もちょっぴりしました。

↓ 「生長の家」に入信(改宗)する前から、母の実家から届く「白鳩」という冊子が本棚に置いてあったのですが、まったく意識していませんでした。ですが飛田給から戻ったら、大事に読んでいました。オナニーをするという「穢れ」を人形の紙(だったかな?)にして焼いてもらえたので救われました。

↓ で、まあ、中2の夏に二度目の練成として宇治の道場に宿泊した時、悪夢のような出来事に見舞われてしまいました。どういうわけだかそちらの道場には年配のチンピラ集団が常駐していて、明らかに信者たちとは別のグループ。昼間からお酒を飲んで騒いだりしてました。いったい何だったのだろう?

↓ 加えてまだ中学生でオナニーの穢れを心配している時期だったので政治のことはまったくわかりませんでしたが、特攻隊を讃えて祈り、最敬礼をするという儀式があり、この後で若い信者たちが抗議する場面も。よく考えたらぼくはABCC研究員の息子でしたし。それで年寄りチンピラが卑猥な冗談を。

↓ この緊張の中でぼくは「教えが壊された!」とこれまた大泣きをしてしまい、そこにいた精神疾患を患っているまっすぐな信者の男性がチンピラじいさんに「貴様ら、こんな子供の前で何するんや!」と殴りかかり、その暴力にまた心の傷を負い…まあ、13才でしたから、許してやってください。

↓ その後、「神想観」という祈りを捧げ続けるうちに、宇治道場でのトラウマは徐々に癒えていったのですが、夏の終わりに米国に戻った時に、再びぼくの信仰に試練が訪れました。このあたりは当然ながら「よくひとりぼっち」からはデリートされています。書くわけないだろうが、んーなもん!

↓ 要はアメリカの競争社会の中で天皇陛下を崇拝し、アメリカ人なのに「実相の世界では日本は戦争に負けいない」といったパラレル・ワールドを同居させるのが無理だったことや、日本語の言霊のパワーに依拠した「生長の家」マジックが英語圏ではまったく通用しなかったことが試練でした。

↓ さらにアメリカではオナニーが悪いどころか、70年代フェミニズムやフラワー・ムーブメントの流れで「解放すべき対象」つまり「オナニーはいいこと」だったのです。やっても、いい。2回続けてやってもいい。ぼくは汚れていない。だったら、本物の女と、やりたい!そう思ってシコりました。

↓ で、まあ2年ほどかかったのですが、女とやりたいという念願はとうとう叶えられる日が来ました。やり終わった瞬間「だめじゃ。わしゃ、この女の体に触って穢れとる!」とリバウンドが起き、やらしてくれた女をむげに扱いましたけん。

↓ 「うちはあんたぁ、好きじゃけんね」と言われても「はあ、帰るわ」言うて、わしゃ往(い)んだんよ。悪いことしたのう。ありゃ、恥ずかしがりじゃったけい、もう時効じゃあ言うて許してもらえんかいのう。…というリグレッション心理を起こしていますが、まあ要するにそういうことでした。


↓ そんなこんなで「生長の家」からパンクに乗り換えました。!すいません!でもその後、何の因果か、東大+ハーバード7光大学に合格いたしまして、ソニーの大賀さんのご助言もあったとのことで酒井さんに見出されてCBSソニー・デビューをしました。1981年です。信濃町のスタジオでした。

↓ 今聞くと信濃町スタジオの周りがほぼびっしり、創価学会の物件だったそうですが、当時は「生長の家」とキリスト教以外に宗教の名前を聞いたこともなかったので、何の意識もありませんでした。原宿の本部から生長の家総裁の谷口清超先生(当時)が遊びに来られて写真撮影され、白鳩に載りました。

↓ で、まあ、こういう性分とカルマなのでなかなか一カ所に定住できず、その年の空きには芸能界からすかさず引退してハーバードへと渡米しました。「生長の家」は、最初の1年でかなり、かーなーり、薄らいでしまいました。アメリカで初めてセックスをした時には「やったぞ!」と思いました。

↓ でまあ、その後電子音楽のイワン・チェレプニン先生がフルクサスのメンバーだったり、武満徹さんやジョン・ケージさんが直接スタジオを訪問するというすごい気迫でどんどんとそっち方面に引っ張りこまれてしまい、「うぉーっ!」と前衛芸術・自己啓発・白魔術などなどに突入のお遍路三昧でした。

↓ さまざまな自己啓発をやった時に、かつて飛田給の練成道場でとことん浄心した体験があったため、すっと入っていけるというアドバンテージがありました。アメリカで「氣の研究会」に入った時も「あなたはナチュラルね」と女性の先輩にほめられるほど、気の流れに敏感でした。で、その後発見したのは

↓ 合気道の開祖である植芝盛平(大先生=おおせんせい)に気の手ほどきをしたのが大本教の2代目教祖・出口王仁三郎(でぐちおにさぶろう)だったことです。そして王仁三郎のトランス状態での口述筆記を行なっていたのが、ぼくの祖母の再従姉妹にあたる輝子先生が嫁いだ谷口雅春先生であったこと。

↓ 出口王仁三郎が出口ナオのお筆先から解読したメッセージは「立て替え・立て直し」つまり現世の聖俗にまたがる破壊的な再構築でした。王仁三郎は明治天皇の落胤を自称したとの説もあり、皇族には当時大本教に改宗する人々が続出。これを重く見た大本営は2度に渡り大本の本部を爆破します。

↓ 適当にWikipediaから拾っているのではなく、自分の過去のリサーチを反芻して書いています。亀岡・綾部の大本本部を「アクロス・ザ・ビュー」で訪問取材したとき、王仁三郎の魂がこもっている岩に手を当てて思い切り気を送ったところ、一晩中吐きました。「心が改心した」そうです。

↓ で、本質的に大本(おおもと)は反天皇制・反日本政府のスタンスを鮮明に打ち出しており、オカルティックな正統(つまり艮の金神の神聖な別系譜)による皇室復興を目指していた、との見方ができます。「こっちが皇室だ!」という挑戦的なスタンスです。そこに皇族からも入信者がいた。

↓ これは大逆罪の一歩手前です。日本政府がそれを潰しに動かないわけがない。しかしどんなにひどい弾圧が大本に行われても、その都度王仁三郎は無傷だったらしい。ということはインサイダーが支援していたと推理できる。このあたりの検証は古本屋にいったら資料があると思います。

↓ そして日本政府による大弾圧と前後して関東大震災が発生。谷口雅春先生は「関東大震災を予言できなかった」との理由で大本を離れ、「生長の家」を興されました。これは「生命の實相」にも書いてあります。かつてうちの実家には全巻がびっしり本棚に揃っていました。アメリカで。


↓ 後々、オカルト三昧と合気道と王仁三郎の探訪をやるだけやって、ふと思ったことは、谷口雅春先生が「反天皇制」の教団から脱退し、「天皇崇拝」へと転向して教団を興された心の動きはどこにあったのか、ということです。これはやはり政治性の高い転向だったのだろうか?神想観の結果だったのか?

↓ 加えて1988年のことでしたが、ピアニストの千野さんの車に乗せてもらった時、ふいにこういう話が出ました。「おれも当然学生運動をやっていた。そして道徳の教師が一番キライだった。やつは『生長の家』信者。黒板に『回向』という文字を書くところから始まるんだ」と言った内容。

↓ その後、いろいろな団塊の世代の人たちから「生長の家」が右派の学生集団を組織し、左翼学生のバリケードを突破したり富士山麓で武闘訓練を行い、歴代の首相もメンバーになっていて自民党右派のコアに近い、などなどと都市伝説なのか事実なのかわからないまま話を聞いていました。

↓ でまあ、なぜ思想家がマルクス主義から極右に転向するのか、だとかファシズムはどのようにして勃興したのか、とかレニ・リーフェンシュタールがどうやってナチスのオリンピックをイメージアップしたのかを取りつかれたように研究したこともあったりしまして、その後忘れていたのです。が…

↓ 2ツィートしか書いていない「タレコミ専用」アカウントから「青プリンのスレ、読んでみ」という示唆を受け、とりあえずガセネタ上等で開けてみると…あらら。あらららら。知っている教義や昔口ずさんだ「生長の家」ソングが「久遠滅びず、燦燦と…」いやー、まいったわ。なんなの?カルマ?

↓ ちょっと河出書房の対談で宮台さんの発言があまりに衝撃的だったのですが「モーリーさんは日本人の中心にも周縁にもいて、天皇のような存在なんですよ」と指摘されました。で、まあ話の種ぐらいに思っていたのですが、ちょっと待って。待って!この図式、どうなんでしょう。

↓ 大本→生長の家→母方→ぼく、という流れと原爆→GHQ→ABCC→ぼく、という流れと東工大→中曽根先生→もんじゅ→瑞浪で小学生のディベート、という流れ。で、関東大震災→東北地方太平洋沖地震という流れ。なんか、びりびり来過ぎ。エリア51か、これは?オナニーをした結果が、これか?

◎ABCC(原爆傷害調査委員会)
◎ABCC(現放射性影響研究所)

↓ 誰だ!この仕掛をしたのは?としか言えない。なんであれだけ奥の引き出しにしまっておいた生長の家を今ここでつきつけられなきゃならないんだ?なんでABCCと王仁三郎と言霊と、こうまで電波系なんだ?と戸惑ってしまったぞよ。ですだよ。

というかぼくは坂本龍一さんと田中優さんと飯田哲也さんが「みどりの三羽ガラス」だと思っていたのに、ぼくと官邸デモのオーガナイザーが「生長の三兄弟」だったとしたら…もう降参する。これは何か大正時代にさかのぼった艮(うしとら)の金神(こんじん)のコズミックな冗談だとしか思えない。

◎みどりの未来(Greens Japan)
◎グローバルグリーンズ (Global Greens)

↓ この際、武田崇元さんのところにでも行って占ってもらって今後の行動をお互いに話し合った方がいいんでない?もしかしたら親戚だった、ってな話だったら洒落にならないわけだし。なんか、80年代と90年代がヒューズのように、ばばばん、と自分の中でぶっ飛んだ瞬間でした。なんじゃこりゃ。

↓ 今、あらためて「ええじゃないか」という言葉の意味がずん、と来た。ほんとうに、これでええんじゃないか、という気もする。最初から幽体離脱して天井近くからこのランドスケープの全体を見下ろすべきだったのかもね。本当の祭りはこれからだ、と。As above, so belowだと。

↓ なんかぐるっと回りすぎて「帝国の逆襲」を見ないまま「ジェダイの帰還」を見始めた気がしている。そういえば、先週のデモの裏でメディテーションのクラスに出た時に呼吸法をやったんだけど、合気道で学んだ方法に自然に深まっていって、気がついたらダース・ベーダーの呼吸器みたいになってた。

↓ 「なるほど、ダース・ベーダーの呼吸音って真向法やプラーナーヤーマだったんだ」みたいな気づきがあって、それも意識の引き出しにしまってサマディーを目指していた。それが今ね。なんか、やな感じだよな。狐につままれたような。そういえば1週間前の午前4時に、お稲荷さんに祈りまくった。

今朝方の連続書き込みで、ぼくが10代の頃に母方の姻戚関係で宗教法人「生長の家」に入信し、短い期間熱心に信仰していたことや、その後の心変わりをかなり真に迫って描写いたしました。唐突な話題の出方に戸惑った方もおられたかと思います。電波を傍受して衝動的に書きたくなった内容でした。

↓ 子供の時期にさかのぼって思想的な背景や関わった政治運動の流れも洗いざらい公開するつもりで書いたもの。「ABCC研究員の息子だから」という単純なレッテルを貼られるのならば「生長の家・教祖の遠縁」というレッテルもちょうだいしたいところです。

↓ 国籍や家族の背景といった属性で判断されるのはちょっと心外ですが、原発問題のように感情が先行しがちな議論においては、レトリックの内に相手の「背後関係」を勘ぐるという局面がしばしば現れるのも事実、として一定量許容しています。本当はそこから前に進んだ議論を求めてはいますが。

↓ そこで、逆にこういう提案をしたいと思います。ぼくの側は自分の過去を相当つまびらかに語ったつもりなのですが、現在「紫陽花革命」をオーガナイズしている皆さんにも、よろしければ同等にご自身の思想的・政治的な動機や「出自」を公開していただければ幸いです。もちろん、自由意志の範囲で。

↓ かつて別の運動に関わっていたり、特定の団体に寄り添って活動していたという事実は、個々に誇れる内容かと思います。全員が左や右の潮流を組まずともいいわけですし、ノンセクトの方も多様におられます。今回が本当に初めて、ど素人という方もおられます。ただ、全員が「アノニマス」ではない。

↓ デモ慣れや運動慣れしている人もいるし、脱原発に「+α」を持ち込んでおられる方もいるでしょう。そう考えるのが自然です。この多様性を公開し、「一市民」の仮面に隠れることなくコミュニケーションを測れば、セクト間の競争によって「暗躍」しなくてもすみますし、尊重し合えるでしょう。

↓ お互いに威勢の良い喧嘩腰で罵り合ったり、強がったりするよりも、あえて「弱み」を見せ合ってリスペクトしあう。そういった行動原理も成り立つのではないだろうか、と思っています。誰もが紆余曲折をしながら、世の中に向き合う術を探しています。全員が顔と実名を出して冷静に話すのもいいかな。

↓ 冗談で「もし首相官邸デモの主催者に生長の家関係者がいたとしたら、おれとほとんど同じ穴のむじな。だったら一緒に占いに行ったほうが、話が早い」といった締めくくりをしておきました。でも、全部額面どおり受け止めないで。革命を目指すにせよ緩やかな変化を求めるにせよ、地に足をつけたい。

↓ どなたかが返信で書いておられた内容ですが「普通であることのゲシュタルトはなかなか崩壊しない」つまり日常性に慣れきった「一般人」が急激な変化を望まず、リスク込みで「元通り」の生活、つまり3.11以前の日常性へと逃避したい気分は、現在ちまたに戻ってきています。

↓ 無理に忘れようとするのは不自然ですし、その忘却を食い止めようとしてあえて非科学的な扇動を持ち込んででも「忘れさせないようにする」というのも不自然です。子供の頃から「変わりたくない」という精神構造を植え付けられた国民性は、あると思います。これとどう付き合い、話しかけていくか。

↓ ツィッター上のキャラクター設定や匿名の一言居士としてアジテーションをいくら述べても、次第に世間からは飽きられていく。ぼくの電波傍受アンテナによれば、そういう時期にさしかかっているという気がします。顔と実名と背景をカミングアウトした各人が論点を整理して世に問う、というのでいい。

↓ ということで、以上が今後の「脱原発」にまつわる対話に向けての提案です。当事者の皆さん、是非ご一考ください。





アルルの男・ヒロシ@さらばデモクラシー ‏@bilderberg54
@gjmorley うーん、なかなか鋭いですね。こういう偽史運動は最初からではないでしょうが途中から乗っ取られるんじゃないですかね。現在の新興宗教も元をたどれば大本系。「生長の家」などは現在も政界に日本会議として影響力を発揮するわけで。

アルルの男・ヒロシ@さらばデモクラシー ‏@bilderberg54
偽史運動の範疇に入るのはやはり「縄文研究会」か。ここも相当怪しいな。





モーリー・ロバートソン ‏@gjmorley
友人によれば、実はDEVOのメンバーがオハイオ州のケント州立大学の学生だった頃に、ヒッピーとして反戦デモに参加、そこに州兵が動員されて学生に無差別発砲。目の前で友人を射殺されたショックでバンドを始めたそうなのです。
(Wikipedia)ケント州立大学 「May 4th事件」

モーリー・ロバートソン ‏@gjmorley
NEIL YOUNG (ニール・ヤング)「OHIO」
「この事件、忘れちゃいけない。 国家権力が自由を踏みにじったんだ・・・」
◎OHIO CSNY ( got audio back) - Kent State Massacre Montage





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by yomodalite | 2012-07-07 11:48 | 日常と写真 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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