三島由紀夫が死んだ日/中条省平 (編・監修)

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現在、熱烈なマイブームが来ている「三島由紀夫」。本書は、2005年に続編も含め、2巻出版されているのですが、続編のことは、最近になって気づきました。

下記は、監修をされた、中条省平氏(フランス文学・映画評論家)の「まえがき」から。


三島由紀夫が昭和45年(1970年)11月25日に割腹刎頸という衝撃的な自死を遂げてから、すでに35年の時間が経過しました。この歳月は、たいていの出来事を記憶の戸棚に片付けるに十分な長さです。しかし、三島由紀夫の自殺はいまだに神秘のオーラに包まれたまま、人間精神の深みが持つ解明しがたい魅惑と恐れとを投げかけています。三島の死はいまでもなまなましい「事件」なのです。(中略)

自衛隊が憲法改正に立ち上がることはないと悟った三島は、「これでおれの自衛隊に対する夢はなくなったんだ」と言い残して切腹します。この顛末を見るかぎり、三島の自殺は政治的なものであり、自衛隊蜂起の火付け役になることに失敗した責任をみずから取ったように見えます。これが三島が自決にいたった表面的な理由です。

しかし、この説明が「表面的」にすぎないというのは、三島は最初から決起が成功するとは思っていなかったからです。(中略)

また、三島は自分の主張を政治利用しようとする勢力がいることにも自覚的でした。たとえば、一部保守派が三島と楯の会を、日本に徴兵制を敷くための地ならしに利用するのではないかという疑念に対しても、自決直前の最後のインタヴュー(聞き手は古林尚)で、こう答えています。

「ぼくはそうやすやすと敵の手には乗りません。敵というのは、政府であり、自民党であり、戦後体制の全部ですよ。社会党も共産党も含まれています。ぼくにとっては、共産党と自民党は同じものですからね。まったく同じものです、どちらも偽善の象徴ですから。ぼくは、この連中の手にはぜったい乗りません。いまに見ていてください。ぼくがどういうことをやるか(大笑)」(小学館版『群像 日本の作家 三島由紀夫』)(中略)


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三島の死には、政治的な速効性はありませんでしたし、三島自身もそんなことは初めから思ってもいませんでした。しかし、30年以上たった今から考えると、彼の最後の行為は、戦後日本の精神的荒廃への生命を賭した警告という意味が際立って見えてきます。この日本の荒廃を、三島は一貫して、今のインタビュー発言にもあるとおり、「偽善」と呼んでいます。(中略)

「こんな偽善と詐術は、アメリカの占領とともに終はるだらう、と考えていた私はずいぶん甘かった。おどろくべきことには、日本人は自ら進んで、それを自分の体質とすることを選んだのである。政治も、経済も、社会も、文化ですら。〈中略〉

私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら『日本』はなくなってしまふのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代はりに、無機質な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう」
(「果たし得ていない約束 ー 私の中の25年」、『決定版 三島由紀夫全集 36』

この30数年前の予言が、恐ろしいほどの正確さで今の日本の姿を言い当てているのを見て慄然としない人がいるでしょうか。三島由紀夫の自決にこれほど遠大な射程距離があったことは、経済バブルの崩壊に帰結した20世紀が終わった今こそよく実感できることです。

(引用終了)

最近になって、ようやく私が実感していたことと同様の感情を、代弁してくださったような、とても魅力的な「まえがき」だったのですが、三島について、多少は「あれこれ」読んできた、私にとって、本編は「まえがき」ほど、魅力的ではありませんでした。

三島を実際に知っていたり、彼がいなくなった時代に生き、現在活躍中の執筆者による文章は、三島が言っているように、からっぽで、ニュートラルで、抜け目がないことに「自覚」が感じられず、これまでに何度も読んだ内容と変わりばえしなかったからでしょう。

ただ、やはり中条氏による「死とエロティスズムと絶望をこえて」は、中学から三島のファンで、事件当時、16歳だった、中条氏のこれまでの思いが伝わるような文章で、

特に、三島が亡くなった翌年の春に出版され、自決にいたる4年間の軌跡」(帯文)を年代順に87編のエッセーで構成した『蘭陵王』という文集の紹介(笠原和夫脚本・山下耕作監督・鶴田浩二主演のヤクザ映画『総長賭博』や、アラン・ドロン主演『サムライ』を絶賛し、ヴィスコンティ監督の『地獄に堕ちた勇者ども』のナチス観を批判し、赤塚不二夫、水木しげるを熱く賞賛している)や、

◎「蘭陵王」MP3(映画『11.25 自決の日』で、三島が剣舞した曲)

『行動学入門』に収録された「革命哲学としての陽明学」のエッセーも、三島の遺言として重要と記し、1970年が日本人の近代精神史における分水嶺で、それを、当時、痛切に意識した日本人は、三島由紀夫を除いてほかにいなかったといっても差し支えないと記し、三島の、このエッセーの最後に書かれた、若者へのメッセージを伝えてくれています。


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(引用開始)

平田弘史の劇画や、赤塚不二夫のマンガに夢中になた若者たちが、そうしたサブカルチャーに飽きて、正統的な教養が欲しくなるときが、かならず来るといいます。そんなときでも、ヒューマニズムやコスモポリタニズム(さしずめ今ならグローバリズムというでしょう)へと逆行することだけはしないでくれと語って、このエッセーをこう締めくくるのです。

「若者は、突拍子もない劇画や漫画に飽きたのちも、これらの与えたものを忘れず、自ら突拍子もない教養を開拓してほしいものである。すなわち決して大衆社会へと巻き込まれることのない、貸本屋的な少数疎外者の鋭い荒々しい教養を」

(引用終了)

このあとの、中条氏による、あとがき「三島由紀夫とはだれだったのか」も気持ちが熱くなる文章で、また、三島の最後の原稿『豊穣の海』の第四巻「天人五衰」を受け取られた、当時の編集者、小島千加子氏が、原稿を受け取るまで「最終回」であることを知らされておらず、原稿が入れられた封筒が、タクシーの中で開けるのも困難なほど、厳重に封印されていたこと、最後の原稿を渡すとき「最終回」を見て驚く頃には、事件が始まっていなければならないことなど、

大事を決行するまでの日常の段取りと、周囲に気づかれぬ算段、気配りの中で「天人五衰」を書き進めた力業と、気力に瞠目し、事件後は、日本の文学の編集者として、見る鏡を失い、空虚感を克服するのが骨で、三島さんと共に自分も終わったと職場を去る若い編集者も多かったという記述が印象的でしたが(本書には、最終回、昭和45年11月25日と書かれた直筆原稿の写真も掲載)、

他の有名執筆者の方の文章は、最近、三島由紀夫の文章に多く触れ、その潔癖さから、誤った影響を受けているからでしょうか。

特に、生前の三島と親交があった、瀬戸内寂聴氏が、三島について、何度も「売文」されているにも関わらず、仏教者として『豊穣の海』について踏み込まれることなく「不死」などと書かれることには、軽い「吐気」を感じました。

☆『続 三島由紀夫が死んだ日』につづく

[目次]

主なき三島邸(撮影・篠山紀信)
まえがき 中条省平
プロローグ 三島由紀夫の死は、当時どう論評されたか

最後の原稿を受け取った日     小島千加子
三島由紀夫の不死         瀬戸内寂聴
「日本」という病         篠田正浩
静かなる恐怖           森山大道
消された歴史の舞台        猪瀬直樹
「本気」の時代の終焉       呉智英
「革命なしの反革命」の奇跡    鹿島茂
死とエロティスズムと絶望をこえて 中条省平

あとがきにかえて
「三島由紀夫とはだれだったのか」 中条省平
三島由紀夫[略年譜]


☆出版社の紹介には、日垣隆氏の名前もありますが、実際の本には集録されていません。
◎[Amazon]三島由紀夫が死んだ日

◎[書評空間]三島由紀夫が死んだ日 あの日何が終わり 何が始まったのか
___________________

[MARCデータベース]昭和45年11月25日、三島由紀夫、自決。あの日、何が終わり、そして何が始まったのか…。瀬戸内寂聴、篠田正浩、猪瀬直樹ら各界著名人が、三島の死の歴史的意味を考える。没後35年、三島由紀夫回顧展記念アンソロジー。



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Commented by jean moulin at 2012-06-28 14:29 x
私ね、三島について書かれた文章って、一義的だったり、なんだか狼狽えていたりで、あまり好きなものがないので、この本も読んだことがなかったの。
紹介してくれてありがとう。これで、十分よ。

>特に、生前の三島と親交があった、瀬戸内寂聴氏が、・・
のところ、ちょっとよくわからないので、むかむかするかもしれないけど、も少し詳しく教えてくれる?

それから、全然関係ないんだけど、私、いつもyomodaliteさんが何で本を押さえているかが、とっても気になるんだけど、今回はもしかして、マジックマウス?
Commented by yomodalite at 2012-06-28 16:32
>瀬戸内寂聴氏が、・・詳しく教えてくれる?

あのね、この本は監修されている中条氏の愛と熱情によって出来上がっているので、全体を通して「ポジティブ」だし、瀬戸内氏は、三島に関して常に優しい文章を書いておられると感じている人は多いと思うし、なんの問題のない内容だと思うよ。でも、、映画で最期を見届けて、通常より「潔癖センサー」の感度が鋭くなってるから、「山本一佐は冷たい」以上に「気色が悪い」と思ってしまうの。

瀬戸内氏は、日本の(中間色で、富裕で、抜け目がない)仏教の道を選ばれて、「暁の寺」とか「天人五衰」を、どう理解されたの?私は、瀬戸内氏が本当に三島の死の意味を考えられたんだったら、そこを聞いてみたいんですけど、、でも、たぶん考えていない、もしくは答えを放棄したから、逆に「世情に生きる人々を救うお仕事」が出来るんじゃないの?(その生き方が間違ってるとは思わないけど)

>これで、十分よ。

ごめん。続編もアップする。。(そっちの本の方が面白いから)つづく
Commented by yomodalite at 2012-06-28 16:32
>それから、全然関係ないんだけど、、、マジックマウス?

当たり!まさか、いつも気にされてるとは。。気になると言えば「THE MAN」の記事の「Sity (Single)」、誰も気にならないの?(マジ何なのよぉ)

それから、皆様へ!
moulinさんのお名前リンク先の「SO THE elephants MARCH」の素敵な訳詞は、もうご覧になりまして?
Commented by yomodalite at 2012-06-29 09:20
ふぅーーーー自己レス(泣)吐気という強い言い方をしてしまったことは、やっぱり、もう少し説明しとくね。

瀬戸内氏が永山洋子に会ったり、死刑廃止論者で、脳死による臓器移植にも反対で、湾岸戦争のときの断食も、同時多発テロの報復攻撃への抗議も、若い才能を応援するような姿勢や、ケータイ小説に挑戦したりされたことも、果敢な行動で、素敵だなぁと思うんだけど、、でも、瀬戸内氏が、三島のことを語っていると、、どーしても「ムカムカ」するの。瀬戸内氏に腹が立つって意味じゃなく、氏が「仏教者」だってことが、どーしても私の中で腑に落ちなくて、、
Commented by jean moulin at 2012-06-29 18:01 x
瀬戸内寂聴さんの件、どうもありがとう。
良く分かったよ。コメントは差し控えます。
Commented by yomodalite at 2012-06-29 20:17
「暁の寺」で、悩みすぎて、それで「吐き気」がするんだよね。きっと。。瀬戸内氏は別に悪くない。と、またまた反省しとく(泣)
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by yomodalite | 2012-06-28 09:59 | 文学 | Trackback | Comments(6)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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