葉隠入門/三島由紀夫 ー マイケルと三島由紀夫[1]

f0134963_21425844.jpg


マイケルが『葉隠』を愛読していたということから( 『マイケルからの伝言』)、三島由紀夫の『葉隠入門』のことも考えてみようと思って書き始めたのですが、「葉隠」も「三島由紀夫」も「マイケル・ジャクソン」も、あまりにも誤解が多いうえに、この3つすべてに興味がある方も少ないと思います。

どうか「私のマイケルと違う」と感じた方は、無視してくださいね。

では、、

葉隠は、海外でも何種類か出版されていて、MJが読んだのがどの本なのかわからないのですが、米国Amazonや、Wikipediaの情報から(はっきりわからないのですが、)1979年の William Scott Wilson 訳が1番古く、年代的に、MJが読んだのも William Scott Wilson 訳ではないかと、、、

後日註:MJの書棚の本として認定されているのは「Hagakure : The Book Of The Samurai, by T. Yamamoto」で、この書名検索で出てくる本は、やはりWilliam Scott Wilson 訳なので、日本MJファンが読むべき「葉隠」としては、下記の『対訳 葉隠』がもっともお奨めで、三島ー Wilson ー MJ の流れも、私の妄想だけではないと思います。

◎Hagakure(Wikipedia)
◎Hagakure(Amazon.com)

William Scott Wilsonの『対訳 葉隠』のまえがきによれば、

私が本書に興味を抱いたのは、カリフォルニアのモントレーで日本語を勉強していた1972年のことである。私が三島由紀夫を作品を愛読しているのを知った日本の友人が、それなら『葉隠』も面白いはずだと勧めてくれた。数週間後、三島由紀夫の『葉隠入門』を含む数種類の版を日本から取り寄せると、、(引用終了)

とあるように、三島由紀夫が「きっかけ」だったようです。(三島由紀夫の『葉隠入門』も1977年に Kathryn Sparling によって翻訳出版されている)


松岡正剛氏は、「千夜千冊」で、三島の『葉隠入門』について、

三島の生き方と『葉隠』に何が書いてあるかということは、必ずしもぴったりは重ならない。ところどころは、逆向きになっているところさえあった。

三島だけではなく、多くの者が『葉隠』を本格的な武芸書と勘違いしてきた。

「武士道というは死ぬ事と見付たり」や「武士たる者は死に狂ひの覚悟が肝要なり」に最大絶無のメッセージがあると思いこみすぎていて、その部分の拡大解釈ばかりが強調されることが多い。三島も「死に狂ひ」の言葉から「正しい狂気というものがあるものなのだ」と書いた。(引用終了)


と書かれていて、

三島の『葉隠入門』が「武士たる者は死に狂ひの覚悟が肝要なり」ということを第一に、人々を狂気に駆り立てるような「煽動」を目的に解説していると思われそうなんですが、三島の生き方と「逆向き」かどうかということを置いても、ここで、松岡氏が『葉隠』について語っている、

『葉隠』は武士道の心得や心掛けを語っているのはむろんだが、どうもそれ以外のことをいろいろ書いてもいて、われわれがすっかり忘れてしまいそうになっていることを暗示しているのである。

とか、

常朝は「忍恋」ということを頻りに重視した。そう、恋である。しかも「忍ぶ恋」だ。三島由紀夫はほとんどそのことにふれていないのだけれど...

ということはなく、三島も暗示しているし、触れてもいるんですよね。

おそらく、松岡氏は、三島の最期の行動への嫌悪感から、その行動と『葉隠』が言わんとしていることは違うと言いたいのだと思います。 『日本という方法』 という素晴らしい日本文化論を書かれた松岡氏には、日本の素晴らしさはよく見えていても、三島が感じていた、日本と西洋との違いや、西洋に侵蝕されたことによる「日本文化」への危機感は、あまり感じられなかったからでしょう。


f0134963_8504765.jpg

わたしが、松岡氏と同じぐらい尊敬している町山智浩氏も、最近、三島の『葉隠入門』を薦めていました。

☆ “通過儀礼” について、島田裕巳『映画は父を殺すためにある』5:30~
◎タマフル 町山智浩推薦図書① 2012年3月31日

☆『葉隠入門』については、6:30~
◎タマフル 町山智浩推薦図書② 2012年3月31日

町山氏は、

欧米には「通過儀礼」をテーマにしたストーリーが無数にあり、アメリカ映画は、まさに「父を殺すためにある」と語り、また、人がヒーローになる瞬間とは、自分のことばかりを考えていた状態から、誰かのために生きることを決断した瞬間であり、葉隠の「武士道とは死ぬことと見つけたり」と言うのは、

二者択一の選択肢というのは「自分の責任」か「他人の責任」かの選択で、そのときに、必ず身を捨てて「自分の責任」の方を選択するということで、それは「頭のいい」選択ではないけれど、誰も「卑怯者」とは言わない! それが「武士」の選択すべき道である。


と力説されていて、三島も本書で同様に述べています。

でも、アメリカ映画の多くのストーリーの基本である「通過儀礼」や、ヒーロー物語を、町山氏がアメリカ映画を観る際に重要なことだと、力説しなくてはいけないのは、現代の日本に、それがまったくないからですよね。

三島由紀夫という芸術家の自決は、

・武士がいかに主君に仕えるかという処世訓である『葉隠』を巧妙に利用し、
・芸術とは真逆と思える「軍隊」のスタイルをもち、
・昭和天皇批判という「父殺し」を孕んでいる

それは、日本の方法論について深く考えてこられた松岡氏にとっても、天皇神話の国に永年暮らし、民族として「父殺し」を経験して来なかった多くの日本人にとっても、遺伝子レベルでの「違和感」が感じられるのだと思います。

でも、三島の批判は、昭和天皇の「人間宣言」であって、

むしろ、天皇神話を基本とする「日本の方法」を守るために『葉隠』を利用したんですよね。。。

日本は「父殺し」をしない反面、「自らの死」を、西洋のように怖がらず、身近に接してきた。しかし、その「殉死」の精神は「西洋」によって蝕まれ、それでも依然として「父殺し」は出来ない。そうなると「奴隷化」が決定したも同然で「自由」は完全に奪われることになる。

三島由紀夫は、その類いまれな論理的知性と「芸術家としての感性」で、それがわかったにも関わらず、その表現としては、まったく相容れないような「軍隊」を纏ったことにより、戦争で「自由」を奪われていた記憶がまだ生々しい当時の「文化人」には、嫌悪感の方が先立ち、意義が理解されなかった。


f0134963_8532675.jpg


本書の「葉隠の読み方」から引用します。

「葉隠」がかつて読まれたのは、戦争中の死の季節においてであった。現在「葉隠」が読まれるとすれば、どういう観点から読まれるかわたしにはわからない。若い人は観念的に死を夢み、中年以上の人は暇があればあるほどガンの恐怖におびえている。

日本人は、死をいつも生活の裏側にひしひしと意識していた国民であった。しかし、日本人の死の観念は明るく直線的で、その点、外国人の考えるいまわしい、恐るべき死の姿とは違っている。中世ヨーロッパにおける大きな鎌を持った死神の姿は、日本人の脳裏にはなかった。

われわれは西洋から、あらゆる生の哲学を学んだ。しかし生の哲学だけでは、われわれは最終的に満足することはできなかった。また、仏教の教えるような輪廻転生の永久に生へまたかえってくるような、やりきれない罪に汚染された哲学をも、われわれは親しく自分のものとすることができなかった。(引用終了)




三島の自決の意義を「三島独自の死への美学」としか理解できなかったために、現在の日本は、欧米の「通過儀礼」も「父殺し」も「神」もなく、「葉隠」で武士が必ず選択すべきとした「自分の責任の方をとる」という方法を「頭が悪い」と忌み嫌うようになり、責任者が、誰も責任をとらない国になりました。

武士道が、新渡戸稲造により“思想書”となったように、三島がこれを書いた1967年よりも、現代の方がより『葉隠』を“思想書”として、読むべき時代なのではないかと思う。

また、まったく共通点がないように見える、三島由紀夫とマイケルですが、

私が共通していると思うのは、ふたりとも「芸術家」として、自らの意志で「軍服」を着て、

三島は平和になった日本のために、

マイケルは子供のために、

共に命令されることのない「主体」のために、闘うことを「表現」したということです。


f0134963_19225316.jpg
Michael Jackson to San Sebastian(←コメント欄参照)



矢が刺さっていても、まったく痛くないんだという点が、MJの「聖セバスチャン」の解釈なのかな。それで、羽根もあると....

☆[2]につづく



[PR]
トラックバックURL : http://nikkidoku.exblog.jp/tb/17545555
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
Commented by jean moulin at 2012-05-18 18:41 x
「葉隠」「三島由紀夫」「マイケル・ジャクソン」、の考察、結論はどうあれ、とっても楽しみにしています。
三島とMJを読み解く事は、ずっと私の大きな課題だから・・。
「芸術は世界を救う」の師はMJだし、「文化は日本を救う」の師は三島だと勝手に思ってるの。
MJファンはもちろん、三島好きもたくさんいるだろうけど、MJと三島に造詣の深い人とは出会えないんじゃないかと思ってたので、とっても嬉しいわ。

けど、どちらもその名を語ると引かれる事が多いよね・・。復権しないと。
Commented by yomodalite at 2012-05-18 22:43
mourinさん、おかえりーーー!!!
なんか、今日、久しぶりに「揺れた」と思ったら、、、帰ってたからなのねw!

>「芸術は世界を救う」の師はMJだし、
>「文化は日本を救う」の師は三島だと勝手に思ってるの。

わたしも勝手に賛同しておくわ。

>考察、結論はどうあれ、、

あっ、でも、これ「考察」じゃなくて、本の紹介だから「結論」とかないんだけど、三島が命を賭けて読んだうえに、MJが読んでるぅーーっていう方が、女心にも響くかなって思って。。
Commented by jean moulin at 2012-05-21 18:44 x
えーっ、そーっと帰ってきたのに・・。

>本の紹介だから「結論」とかないんだけど

そっか「読書日記」だもんね。

yomodaliteさんの記事で、三島が本当に伝えようした事も再考されるといいな。

「葉隠」のインタビューの中で、「自分の為だけに生きて、自分の為だけに死ぬというほど人間は強くない」と語ってるのだけを見ても、この人の行動が、ナルシズムや虚栄心に由来しない事は明白なのにね。
三島もMJも言葉が明確過ぎて、伝わらなかったり、見過ごされたりするのかも。

マイケル記事にもあったけど、どちらも自分の中に、生物学的な意味を超えた両性を置くことで、「父殺し」を回避というか、その不在を埋めようしようとしたんじゃないかな。
Commented by yomodalite at 2012-05-22 10:23
>yomodaliteさんの記事で、三島が本当に…

そ、そんな力があるわけないんだけど、、mourinさんと同様、いや、それ以上かもって思うぐらい、三島とMJは世界と日本の救世主だと思ってる「表明」だけはしとこうかなぁと。。

>生物学的な意味を超えた両性を置くことで「父殺し」を回避…

うん、、そこは、まだどう言っていいかわからないけど、「父殺し」は立派に果たしてると思うのね。MJの場合は、ジョーパパ、ゴーディー、クインシーという3人の「立派な父親」を乗り越えて、ライヴァルも薙ぎ倒してきてるし、、立派な父親をもった息子による「父殺し」は、英雄の絶対条件だと思うんだけど、ジョーパパが「立派な父親」だってことも、貧しい地域に生まれた9人の子供を、全員成功に導いたという事実だけで明白でしょ。

ただ、女性に関しては、武士道も、仏教も、イスラム・キリスト教も、すべての宗教が「抑圧的」だし、同性愛に厳しい律法がある宗教は多い。でも、それらもすべて「神の創造物」だから、否定すべきではないと思うのは、宗教を「政治の道具」とせず「魂」だと考える、未来の「英雄」が取り組むべきテーマとして絶対条件だよね。(つづく)
Commented by yomodalite at 2012-05-22 10:24
「葉隠」読んでて思ったんだけど、三島の行動は「226」への批判も大きいと思う(葉隠入門にはそうは書いてないけど)。磯辺は「葉隠」とは真逆で、明治以降の「疑似一神教」としての天皇信仰で、だから、現実の自衛隊では、逆に支持者が多かったんじゃないかな。

天皇の側近を斬っておいて、謀反にならないと思う方がおかしいし、常朝も「浅野殿の浪人は泉岳寺にて腹切らぬが落度なり」と言ってるんだよね(3で中略した部分)

「226」の将校たちは、その多くが、農村出身で、彼らの天皇への思いは、当時の日本では数少ない「世界の真実」を知っていた天皇とは世界が違っていた。でも、その精神や、危機感には、受け継ぐべきものがあって、東京生まれで、代々官僚の家に育ち、日本文化の精髄と、高度な近代的知性に恵まれていた三島は、自分が行動を起こすことによって、自衛隊の幹部や、官僚の「上品ぶった武士道」に強烈なアンチテーゼをぶち込んだんだと思う。(つづく)
Commented by yomodalite at 2012-05-22 10:44
三島の行動は、葉隠の中にある、相楽求馬のエピソードに沿っているというか、究極の主君愛に元づいた「昭和天皇批判」なんじゃないかな。私は日本の元首として、これまでの昭和天皇批判に、感心も、賛同もしないし、昭和天皇の近代的知性が「昭和」に必要だったと思うけど、だからこそ、三島は「自分の役目」を悟ったんだと思う。

MJも普通のクリスチャンではないし、三島も普通の天皇崇拝者じゃない。彼らは、神が死に絶えた現代に、神を復活させようとした人たちだから、「神」を主君とした「武士道」なんじゃない?

ホント葉隠読んでると、ものすごくMJを感じるんだけど、3人の父親の中で、ゴーディだけは「借りがある」って言ってるでしょ(ロックの殿堂)その気持ちが何なのかがずっと気になってて、、「コーポラティズム」とか「映画制作」とか考えてみてるんだけど、、もしかしたら「忍ぶ恋」もあるかもねw
Commented by jean moulin at 2012-05-22 18:34 x
>三島とMJは世界と日本の救世主だと思ってる「表明」だけはしとこう
すごーい yomodaliteさん 夜露死苦っ!(なんかちがうかな・・)
私も地道にがんばります。

>そこは、まだどう言っていいかわからないけど
そう、ここは私も書いてからこの表現が適当か、悩んだ・・。
まだ悩んでるけど「父」の問題は、超えてるんじゃないかなと思ったの。
>ジョーパパが「立派な父親」
これは、本当にそうだよね。どこかで「自分の息子は誰も逮捕されていない」というような、わざわざ批判をかうような発言をしてたけど、これ、すごい事だと思う。

>それらもすべて「神の創造物」だから
これも難しいよね。
もちろん、すべて「神の創造物」だけれども、「性」を存在させたのも神の意志ともいえるしね。
これからは、「性の喪失」の問題も出てくる可能性もあるしね。
Commented by jean moulin at 2012-05-22 18:42 x
>三島の行動は「226」への批判も大きい・・
えっと、「226」は、三島にとって大きな問題だから、「葉隠」からの側面だけじゃなく、「二・二六事件三部作」とか「二・二六事件と私」も読み直して、考えたいんだけど、

・・ちょっと整理させてね。
「『226』への批判」、これは、この事件の起きた背景や、その後の収束も含めた事件そのものに対する批判って事?
それとも、磯部はじめとする決起した将校の「天皇の概念」に対する批判?

「強烈なアンチテーゼをぶち込んだ」のも、「日本文化の精髄」「高度な近代的知性」も確かにそうだと思うけど、三島のお祖父さんの定太郎って兵庫県の農家出身(しかも曰く付き)だし、三島の本籍も結婚までそこにあったみたいだし、「226」の将校たちとそういう意味での立場の違いは、背景にしてなかったと思うの。もし、解釈が違ってたら、ごめん。
Commented by jean moulin at 2012-05-22 18:54 x
>彼らは、神が死に絶えた現代に
これは、そう思う。
MJも神は語っても、個別の宗教を語った事はないし、三島も天皇崇拝もなければ、八百万の神々も信仰してないしね。

ゴーディの「忍ぶ恋」って・・

新橋演舞場「椿説弓張月」25日までなの。
私、今回はどうしてもいけない・・。yomodaliteさん観てきてえ。
Commented by yomodalite at 2012-05-22 23:45
>私も地道にがんばります。

私もーーー!、再度、夜露死苦っ!

>『226』への批判」、これは、この事件の起きた背景……「天皇の概念」に対する批判?

この事件の起きた背景を「農村の窮乏」として考えるなら、もちろん、三島が批判する理由はないし、実際、その思いは決起将校たちの一部には純粋にあったと思う。

でも「天皇の概念」ということについては三島は明らかに批判してると思うよ。決起将校たちは「尊皇討奸」をスローガンにしてて、政治が腐敗しているのは天皇の側近たちが悪政をしているからで、彼らを殺害することが、真の「忠義」で、尚かつ、彼らは、殺害後、天皇が感謝してくれて、自分たちの行動を理解してくれると思っていたみたいだけど、、

でもね、彼らは「軍人」でしょう?農民一揆じゃないんだよ。軍人が決起して、天皇の重臣を殺害して、その後、彼らは政治家になるつもりだったの?(笑) 決起将校たちは「天皇親政」を旗印にしてるけど、重臣のせいで悪政が行われているんだったら、天皇は「操り人形」でしかないってことだし、自分たちが殺害した重臣の代わりとなって、天皇が正しい政治を行わせようなんていうのも「神への冒涜」でしょう?(つづく)
Commented by yomodalite at 2012-05-22 23:51
武士道を欧米に紹介した、新渡戸稲造もクリスチャンだから「神」が理解できていたけど「天皇親政」を旗印にした決起将校たちは「神」が理解できなくて、天皇を「父親」だと思ってるから、神に褒められることがあると思ってるんだよね。実際「天皇の赤子」という意識で、国民がまとまってはいて、それは、キリスト教がマリア信仰を利用したようなことだけど、でも、それは「父親」と「神」の両方を、自分の都合よく理解してることになるでしょう。

その後の収束という部分では、決起将校ではなく、軍の上層部の判断になると思うけど、そこも、明らかに「変」で、政府高官を殺害して、首都の要衛を占領しているにも関わらず、当時の大佐の指揮下で、彼らを警備隊に組み込んだりして、天皇が断固とした態度を示す前まで、軍内部では彼らの行動を厳しく罰しようとする軍関係者はいなかった。

天皇本人がすごく怒っているという「事実」がわかるまで、みんなオロオロしてて、、そんな国が「近代国家」と言える? 憲法絶対で、立憲君主として自己を規定していた昭和天皇以外、誰も、はっきり態度を示せなくて、あわよくば、磯辺たちを、軍の権力拡大に利用できると思ってた(つづく)
Commented by yomodalite at 2012-05-22 23:57
>三島のお祖父さん…農家出身… 226」の将校たちとそういう意味での立場の違い…
農村出身のお祖父さんから「官僚」だよね? 前述したように「農村の窮乏」という部分に批判があるわけじゃなくて、決起将校たちの純粋さに心が動かされた部分もあったと思う。でも、これって、今の「原発推進」と「反原発」にどこか似てない?(似てるって意味通じるかな)

「農村の窮乏」というのは515事件もそうだけど、、実際、これまで、岩手や、新潟出身の政治家が虐め抜かれてる一方で、小泉経験を通しても、橋本人気は起こりそうだし、、あらゆる「ファシズム」は、庶民の怒りを利用して起きてるということは歴史的事実でしょう。

>新橋演舞場「椿説弓張月」
三島歌舞伎の最高峰ね!と言っても、私、三島歌舞伎って実は観たことないの。染五郎も先代よりも好きだし、惹かれなくはないんだけど、芝居って歌舞伎に限らず長いのが苦手で意外と観に行かないの。でも先月は、仁左衛門を見逃したのに、今月は、ナイロン100%とか、宮沢賢治の朗読劇とか、2本も行っちゃって、両方とも素晴らしいと思ったんだけど、やっぱり、私って芝居苦手なんだなって思ったのも確かなんだなぁ。
Commented by yomodalite at 2012-05-23 16:02
☆[参考]山本七平botまとめ『当時の日本軍が一番嫌ったタイプとは?』
http://togetter.com/li/279790

自己レス(ふぅーーー)三島事件って難しいよね(泣)

>「天皇の概念」と「226」… 三島は批判してる。と書いたけど

三島は、磯辺の「今の日本は重臣と財閥の独裁国家」という批判は、もちろん「是」だし「天皇を中心とした近代的民主国」も「是」だけど、軍人が天皇の重臣を殺害して、尚かつ「天皇を中心とした正しい政治」というのは、、無理だし、矛盾があると思っていた。

自衛隊は、日本を守る軍隊なのに、米国の軍隊にさせられようとしている。三島は最後まで「憲法改正」にこだわっていて、でも、それは無理だとわかった。でも、それが無理なら、日本は終了するよ。っていうのが「三島の遺言」だと思うので、決起将校たちへの批判が「第一」じゃないからね。
Commented by jean moulin at 2012-05-23 19:01 x
そっか、ちょっとほっとした。

>自衛隊は、日本を守る軍隊なのに、
それは全くそうだよね。
(私、戦後何十年たっても日本は敗戦国のままだと思ってるので・・ あんまり、政治的な事は言いたくないので、小さな声でね。)

>「神」が理解できなくて、天皇を「父親」だと思ってるから(昨日のところね)
その根拠は確かに浅はかな部分もあるけれど、その行動そのものには、三島は敬意と憧れを持っていたような気がするんだけどなあ。

「二・二六事件と私」をぺらぺら見てるとね、
「どうしても引っかかるのは、『象徴』として天皇を規定した新憲法よりも、天皇御自身の、この『人間宣言』であり、この疑問はおのずから、二・二六事件まで、一すじの影を投げ、影を辿って『英霊の聲』を書かずにはいられない地点へ、私自身を追い込んだ。[二・二六事件と私]-三島由紀夫」
という記述があって、三島が矛先を向けるとしたら、決起将校のイデオロギーじゃなく、天皇の「人間宣言」だったんじゃないかなと思ってたの。もちろん、それを言わせしめた国も含めてね。
Commented by jean moulin at 2012-05-23 19:05 x
確かに近視眼的な政治行動は好きではないけど、「226」はどうなんだろう。
政治的な側面からみると、yomodaliteさんが昨日言ってたとおりだと思うんだけどね、「三島」「226」「天皇」で考えると、ちょっと即答できないところもあるので、考えさせてね。
「英霊の聲」「憂国」「十日の菊」「二・二六事件と私」あたりを、取りあえず読み直してみる。

・・うんうん、全く難しいはなしだ。

>私って芝居苦手なんだなって
なんか解る気がする(笑)
「男前」だね。
Commented by yomodalite at 2012-05-23 19:57
>その行動そのものには、三島は敬意と憧れを持っていた

彼らの日本への危機感には確実に共感してると思う。最初に批判とか書いて誤解されるかなと思って、追加した部分はそこを言いたかったの。ただ、226は日本人の琴線に触れる、わかりやすい行動だけど、三島はそーゆーレベルの人じゃなくて、彼は日本と西洋を両方ものすごく解っていて、最終的に226を受継いだかのような行動を選択していて、そこには「宙返り」しているような部分があると思うんだよね。

>三島が矛先… 決起将校のイデオロギーじゃなく、天皇の「人間宣言」…

完全に同意!この上の本文の「三島の批判は、昭和天皇の「人間宣言」であって、むしろ、天皇神話を基本とする「日本の方法」を守るために『葉隠』を利用した」ってところね(つづく)
Commented by yomodalite at 2012-05-23 19:57
>「英霊の聲」「憂国」「十日の菊」「二・二六事件と私」…

わたしも、読み直してみるね。それと、三島がダヌンツィオに影響を受けてるって話はどう思う?

◎フィウメ問題 http://ww1.m78.com/topix-2/fiume.html
狂気の作家ダヌンツィオ http://www.youtube.com/watch?v=j0J3niiHKnw

>私って芝居苦手なんだなって なんか解る気がする(笑)「男前」だね。

??「男前」??  芝居だけじゃなく、映画も、一方的に観ないといけない感じで長時間拘束されるのが、苦手なんだと思うんだけど、、あっもしかして「S」って意味?(ドMなのにぃ…)
Commented by jean moulin at 2012-05-24 18:04 x
>この上の本文の「三島の批判は、・・
あっ 本当だ。
ごめんごめん、結局yomodaliteさんの意見に戻ってきてた。

>三島がダヌンツィオに影響を受けてる
1945年に「岬にての物語」書いて、「聖セバスチャンの殉教」を訳してるのが1965年だから、生涯通じて、影響を受けていた事は事実だと思うよ。
でも、フィウメを真似て市ヶ谷があるなんていう短絡的な話はないと思けど。
「音楽憲法」はなかなか魅力的だけどね。
私ね、三島は大儀は重んじても、意外と政治には興味のない人だと思ってるの。
本人もそういう発言しているし。
周りが勝手に政治的行動だと解釈しているだけでね。
政治家になろうとした事もなければ、政治的革命を起こそうとした事もないよね。
盾の会だって、パレードとかしかしないしね。

「聖セバスチャンの殉教」って読んだ?
私、これずっとオリジナル本が欲しくて、出物、待ってるんだけど、なかなか手に入らなくて、まだ読んでないの。
Commented by jean moulin at 2012-05-24 18:14 x
>??「男前」??
(笑)「男前」って歌舞伎用語で、男の役者は動きが肝要って事でしょ。
観劇って女性が好きなものの例えみたいにいわれるけど、女性は受け身のまま、その世界観を楽しめる人が多いのかな。
yomodaliteさんって多分、それじゃあ堪えられなくて、自分から発信したり、動いたりしないといられないんじゃないかなと思ったの。そういう意味での「男前」
yomodaliteの自己分析通りだよ。

でも、意外な告白が聴けてしまったわ。Mなの・・?
Masoch・Mishima・Micheal で悪くはないけどね。
Commented by yomodalite at 2012-05-24 19:50
>フィウメを真似て市ヶ谷があるなんていう短絡的

うん、私もダヌンツィオのこと、よく知らないけどそう思う。その名前を出したのは、アルルさんが、石原・ダヌンツィオ論って書いてて、http://p.tl/al_O 三島が事件前に、石原氏と距離をおいたこととか、なんとなく思い出したりして、、

>意外と政治には興味のない人だと思ってるの… 発言しているし。

政治には興味のないというか、三島は自分が政治家になったところで、憲法改正は出来ないし、そもそも昭和天皇の判断も「合理的」だってわかっているし、だから「切腹」なんだと思うんだよね。

>「聖セバスチャンの殉教」って読んだ?

読んでない!調べたら確かに高額だったので、慌てて図書館予約した!でも、、そう言えば、三島とMJの共通点は軍服だけじゃなくて「聖セバスチャンの殉教」もそうだね!って思ったら、アドレナリン噴出してきたんだけど、、SFの「You Are Not Alone」て、、、「豊穣の海」じゃん!!!!

>自分から発信したり、動いたり…

おケツは重いけど、じっと見てるのはツライタイプかも。。でも、「チビ」なだけじゃなく、Mだし、アニメ声だし、、「男前」じゃないってばw
Commented by yomodalite at 2012-05-25 08:45
自己レス(泣)

>三島とMJの共通点は軍服だけじゃなくて「聖セバスチャン…  は、

妄想による「暴走」だったかも。。MJのは「矢が刺さった天使」だけだよね。。
Commented by jean moulin at 2012-05-25 18:39 x
何かあるかもしれないよ。
MJが「聖セバスチャン」知らないって事はないしねっ。
Commented by yomodalite at 2012-05-25 19:34
>「聖セバスチャン」知らないって事はないしねっ。

一瞬、またもや、変なことを言ってしまったかとアセったのだけど、やっぱり「あの写真」を「聖セバスチャン」と見なしたところで、別に問題ないよね。。。それと無視されたけどww… 興奮したのは、SFの「You Are Not Alone」が『豊穣の海』だって発見の方だからね。

どの写真が「聖セバスチャン」なの?って人のために、MJのセバスチャン写真、上にアップしておくね(期間限定かも)

それと、、、mourinさんのパリ作品は、観られないの?
Commented by jean moulin at 2012-05-26 18:23 x
>SFの「You Are Not Alone」が..
これは、記事になるんでしょ
楽しみにしてるよ。

私の作品は来週あたり、ちょこっとご紹介します・・。
Commented by yomodalite at 2012-05-26 22:16
>SFの「You Are Not Alone」が..

「豊穣の海」に関して、理解できるのは、もっと、もっと、ずっと長くかかると思うので、似ているという意味は、あくまで、構成の概略としてで「嵐が丘」と「豊穣の海」と「源氏物語」は、大体似ているというよりも、もっと「いいかげん」な意味でなんだけど、、

ネタ系の「You Are Not Alone」じゃなくて、正統派のも書きたいなぁとは思ってたけど、、でも、いつになるかわかんないので、軽くつぶやいちゃうけど、、

「You Are Not Alone」って、ライブのラッキーガール演出で聴いてると、シンプルに「君は一人じゃない」「僕はここにいる」って聴こえるし、、「I'll be there」の大人ヴァージョンとしても聴けるけど、、、「You Are Not Alone」が「I'll be there」と大きく違っているのは、これは、本当に「永遠の話」だったんだなぁって、、、なんか、初めて「ハッと」気づいたのね。ずっと、あのSFのストーリーがよくわからなかったんだけど、、「豊穣の海」ぐらい、時を経たストーリーなんだと思ったら、SFの「構成」が、少しわかったような気がしたんだよね。。

>私の作品は来週あたり、ちょこっとご紹介します

楽しみです!!!
名前
URL
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。

by yomodalite | 2012-05-16 09:19 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(25)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


by yomodalite