「3.11後の言葉」吉本隆明2時間インタビュー(雑誌掲載 2012.1.5)

[2012.3.19追加] 革命思想家 吉本隆明の死に際して(副島隆彦)

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http://blog.livedoor.jp/oyabun1/archives/51503228.html



週刊新潮・平成24年1月5・12日新年特別号に掲載されたを記事を、雑誌から全文書き起こし(編集側の見出しや文章の間に挟んであるコメントは省き、写真も雑誌掲載とは異なります)、その他の新聞掲載もまとめました。


「吉本隆明」2時間インタビュー「反原発」で猿になる!

僕は以前から反核・反原発を掲げる人たちに対して厳しく批判をしてきました。それは今でも変わりません。実際、福島第一原発の事故では被害が出ているし、何人かの人は放射能によって身体的な障害が生じるかもしれない。そのために“原発はもう廃止したほうがいい”という声が高まっているのですが、それはあまりに乱暴な素人の論理です。

今回、改めて根底から問われなくてはいけないのは、人類が積み上げてきた科学の成果を一度の事故で放棄していいのか、ということなんです。

考えてもみてください。自動車だって事故だって亡くなる人が大勢いますが、だからといって車を無くしてしまえという話にはならないでしょう。ある技術があって、そのために損害が出たからといって廃止するのは、人間が進歩することによって文明を築いてきたという近代の考え方を否定するものです。

そして技術の側にも問題がある。専門家は原発事故に対して被害を出さないやり方を徹底して研究し、どう実行するべきなのか、今だからこそ議論を始めなくてはならないのに、その問題に回答することなしに沈黙してしまったり、中には反対論に同調する人たちがいる。専門家である彼らまで“危ない”と言い出して素人の論理に同調するのは「悪」だとさえ思います。

いま、原発を巡る議論は「恐怖感」が中心になっています。恐怖感というのは、人間が持っている共通の弱さで、誰もがそれに流されてしまいがちです。しかし、原子力は悪党が生み出したのでも泥棒が作ったわけでもありません。紛れもなく「文明」が生み出した技術です。今から100年ほど前、人類は放射線を発見し、原子力をエネルギーに変え、電源として使えるようにしてきました。原子力をここまで発展させるのに大変な労力をかけてきたわけです。

一方、その原子力に対して人間は異常なまでの恐怖心を抱いている。それは、核物質から出る放射線というものが、人間の体を素通りして内臓を傷つけてしまうと知っているからでしょう。防護策が完全でないから恐怖心はさらに強まる。もちろん放射能が安全だとは言いません。でもレントゲン写真なんて生まれてから死ぬまで何回も撮る。

普通に暮らしていても放射線は浴びるのです。大体90歳くらいまでは生きられるところまで人類は来ているわけです。そもそも太陽の光や熱は核融合で出来たものであって、日々の暮らしの中でもありふれたもの。この世のエネルギーの源は元をただせばすべて原子やその核の力なのに、それを異常に恐れるのはおかしい。

それでも、恐怖心を100%取り除きたいと言うのなら、原発を完全に放棄する以外に方法はありません。それはどんな人でも分かっている。しかし、止めてしまったらどうなるか。恐怖感は消えるでしょうが、文明を発展させてきた長年の努力は水泡に帰してしまう。人類が培ってきた核開発の技術もすべて意味がなくなってしまう。それは人間が猿から別れて発達し、今日まで行ってきた営みを否定することと同じなんです。

文明の発達と言うのは常に危険との共存だったということも忘れてはなりません。科学技術というのは失敗してもまた挑戦する、そして改善していく、その繰り返しです。危険が現われる度に防御策を講じるというイタチごっこです。その中で、辛うじて上手く使うことができるまで作り上げたものが「原子力」だと言えます。それが人間の文明の姿であり形でもある。

だとすれば、我々が今すべきは、原発を止めてしまうことではなく、完璧に近いほどの放射線に対する防御策を改めて講じることです。新型の原子炉を開発する資金と同じくらいの金をかけて、放射線を防ぐ技術を開発するしかない。それでもまた新たな危険が出てきたら更なる防御策を考え完璧に近づけていく。その繰り返ししかない。他の動物に比べて人間が少し偉そうな顔をできるようになった理由は、こうした努力をあきらめず営々とやってきたからではないでしょうか。

そして、仮に放射能の防御装置ができたとしたら、その瞬間から、こうした不毛な議論は終わりになる。科学技術というのは明瞭で、結果がはっきりしていますから。

正直言って原発をどうするか、ちゃんとした議論ができるにはまだ時間がかかるでしょう。原発を改良するとか防御策を完璧にするというのは技術の問題ですが、人間の恐怖心がそれを阻んでいるからです。反対に、経済的な利益から原発を推進したいという考えにも私は与しない。原発の存否を決めるのは、「恐怖心」や「利益」より、技術論と文明論にかかっていると考えるからです。

もちろん、原子力を語るとき核兵器の問題は避けて通れません。戦争で大切なのは、主として兵器ですから、改良して相手に優るようにしていくのが戦時の技術開発です。そうやって開発してきた原子爆弾は、今や、人類を何度も滅亡させられるだけの規模に達している。しかし、人間が原子力という技術を手に入れたとき、それがどんな現実をもたらすかまでは想像していなかった。どんなに優れた人でも予想できなかったのです。

一番わかりやすい例はアインシュタインだと思います。アインシュタインは相対性理論を提唱した理論物理学の大家ですが、原子力の利用については、原爆を開発することに賛成していますよね。しかし、アインシュタインは後で被害の大きさを知りショックを受ける。そこで「自分は原子力を兵器に用いることに反対した」と態度を翻す。被爆弾からどれだけ大量のエネルギーが生み出されるかという計算はできても、結果を見たら、とてもそんな反対賛成云々なんて軽卒なことじゃなかった。あれだけ、優秀な頭脳で、あれだけの業績を上げてきた科学者でさえ、とことんまで想定できていたかは疑わしい。

今回の原発事故も天災とか人災などと言われていますが、やはり危険を予想できなかった。つまり、人間は新技術を開発する過程で危険極まりないものを作ってしまうという大矛盾を抱えているのです。しかし、それでも科学技術や知識というものはいったん手に入れたら元に押し戻すことはできない。どんなに危なくて退廃的であっても否定することはできないのです。それ以上のものを作ったり考えだすしか道はない。それを反核・反原発の人たちは理解していないのです。

福島原発の事故が起きてから、よく思い出すのは第二次大戦後の日本社会です。当時、僕は敗戦のショックに打ちのめされて迷いに迷っていた。敗戦を契機にほとんどの価値観が180度変わってしまいましたから。知りあいにも「もう日本はお終いだ」と自決する人もいた。

そんな中で、当時の大人たちが敗戦に対する責任をどう考えているのか、文学界の中でもそれを問う雰囲気がありました。特に私は小林秀雄に、

「あなたはこの戦争とその結果についてどう考えているのか」

と聞いてみたかったのです。他の文学者はいい加減な答えをしたとしても、小林秀雄は尊敬していた人でしたから、何を考えているのか知りたかった。今のような状況の中で、答えが欲しかったのです。折しも若手文学者たちが先輩たち1人一人に意見を聞く機会があった。そこで、意見を求められた小林は、

「君ら若い人たちは、考え方を変えるのもいいかもしれないけれど、俺はもう年寄りだからね。“今は違う考えになっている”なんて言う気はさらさらない。だから、戦争中と同じ考え方を今も持っているさ」

と答えたんです。そう言われたら、突っ込みようがない。私はその答えを聞いて、小林秀雄という人は、考え方を易々と変えることはしない、さすがだなぁ、と思いましたね。世の中では時代が変わると政府も変わる、人の考え方も変わる。それがごく当然なのですが、僕はそれにもの凄く違和感があった。だから、福島原発を取り巻く言論を見ていると、当時と重なって見えてしまうんです。

原発を捨て自然エネルギーが取って代わるべきだという議論もありますが、それこそ、文明に逆行する行為です。たとえ事故を起こしても、一度獲得した原発の技術を高めてゆくことが発展のあり方です。

僕はこういう立場ですから、保守的な人からも、進歩的な人からも、両方から同じように攻撃されて、言ってみれば“立つ瀬がない”という状況でした。批判はしょっちゅうです。それも、ちゃんと名を名乗ったり、政党や党派を明らかにしての批判ならまだ反発のしようもあるけど、覆面を被ったままでやっつけにくる。特に今みたいな状況の中では誤解のないように言うのは中々難しいんです。

しかし、それでも考えを変えなかったのは、いつも「元個人」(げんこじん)に立ち返って考えていたからです。

元個人とは私なりの言い方なんですが、個人の生き方の本質、本性という意味。社会的にどうかとか政治的な立場など一切関係ない。生まれや育ちの全部から得た自分の総合的な考え方を、自分にとって本当だとする以外にない。そう思ったとき反原発は間違いだと気がついた。

「世間で通用している考え方がやっぱり正しいんじゃないか」という動揺を防ぐには、元個人に立ち返って考えてみることです。そして、そこに行き着くまでは、僕は力の限り、能力の限り、自分の考えはこうだということを書くし、述べるだろうと思うんです(終)


source : http://ninsito2.blogspot.com/2012/01/blog-post_6478.html

1月6日、吉本氏の娘である作家のよしもとばなな氏が、この件に Twiitter で言及した。

「父のことですが、もうあまりちゃんと話ができないので、まとめる人の意訳があるかと。私が話したときは、基本的に賛成派ではなく廃炉と管理に人類の英知を使うべきだ的な内容ではないかと察します。 一部をとりあげて問題にするのはどうかやめてください。父は静かに介護生活をしていますので」。

「ただ、父は今私に対してでもちゃんとお話できるときとできないときがあります。質問できないので、 これ以上代弁をするのは父のこれまでの仕事に対して失礼だと思いますので、申し訳ありませんが、 コメントをひかえさせていただきますね」。

「なんでインタビューに答えられるのか?と問われたら日によって頭がはっきりしている日があるからとしか言いようがないです。『人類が開発してきた技術はどんなものも否定すべきではない。廃炉対策にも徹底して英知を使うべき、後戻りだけするのはむつかしい』という内容ではないかと察します」。

source : http://www.tanteifile.com/watch/2012/01/06_01/image/01.jpg

よしもと氏の発言との関連で気になるのは、昨日の記事でも触れたルポライターの鎌田慧氏の指摘だ。 吉本氏を酷評した後に、次のように書いている。「週刊新潮編集部のコメントは『電力不足が表面化しても、テレビ・新聞は原発の再開について“タブー”のように扱うばかりだ』というもので、 記事の狙いは見えすいている」。

☆週刊新潮の雑誌紙面の写真
http://www.tanteifile.com/watch/2012/01/06_01/image/02.jpg
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◎毎日新聞(東京夕刊)掲載年月日 2011.5.27 

「この国はどこへ行こうとしているのか」科学技術に退歩はない
特集ワイド:巨大地震の衝撃・日本よ! 文芸評論家・吉本隆明さん


雨がポツリポツリと降るなか、路地奥の行き止まりに自宅はあった。案内されて和室で座布団に座ると、隣には白い猫が1匹。吉本さんは四つんばいで現れた。糖尿病や前立腺肥大、足腰の衰えなどで、体が不自由な状態にある。日本の言論界を長年リードした「戦後最大の思想家」は、そのまま頭が床につくくらい丁寧なお辞儀をした。白内障の目はこちらをまっすぐ見つめていた。
 
東日本大震災の取材で歩いた現場を「焼け野原にも似た光景でした」と伝えると、聞こえにくくなったという耳に神経を集中させていた吉本さんは静かに語り出した。「おっしゃったような光景から東京大空襲を思い出します。友達を捜すために焼け野原を歩きました。煙に目をやられた人々がトボトボ歩き、周囲には遺体が転がっているだけでどうにもならない。逃げた方向によって全滅に近い地区もあったと思います」。何かを訴えるように両手を動かす。
 
東京・月島生まれの詩人であり、文芸評論家。政治、経済、宗教、哲学、カルチャー……あらゆる分野にわたり、出した本は300冊以上。1960~70年代には多くの若者の支持を集め、今も言論界で活躍する。「知の巨人」とも呼ばれる。
 
吉本さんは大震災について「僕は現場まで行くことができない。戦争では戦闘の近くまで出かけていき実感しているけれど、今回は距離の隔たりがある。避難民がもっとごった返している場面を想像していたんだが、ポツンポツンとして静かな感じがする……」。
 
ふと、04年に出版された吉本さんの著書「人生とは何か」の一節を思い出した。
 
<(体は)ボロボロの状態です。「老いる」ことと「衰える」ことは意味が違いますが、こんな状況になったときには、死にたくなっちゃうんですよ。年を取って、精神状態がある軌道に入ると、なかなか抜け出せないのです。僕は死のうとか、自殺しようとまではいきませんでしたが、「これは生きている意味がないんじゃないか」ということは、ものすごく考えましたね。(略)結局は、その状態を自分自身で承認するほ
かないのです……>
 
まずは現実を受け入れ、そこから始めるしかない。今の東北の被災者に似ている、と思った。
 
吉本さんは1982年、文学者らによる反核運動を批判する「『反核』異論」も出版している。その中で核エネルギーについてこう記した。<その「本質」は自然の解明が、分子・原子(エネルギイ源についていえば石油・石炭)次元から一次元ちがったところへ進展したことを意味する。この「本質」は政治や倫理の党派とも、体制・反体制とも無関係な自然の「本質」に属している。(略)自然科学的な「本質」からいえば、科学が「核」エネルギイを解放したということは、即自的に「核」エネルギイの統御(可能性)を獲得したと同義である>
 
東京工業大出身の「知の巨人」には、科学技術に対する信頼が底流にあるようだ。「原子力は核分裂の時、莫大(ばくだい)なエネルギーを放出する。原理は実に簡単で、問題点はいかに放射性物質を遮断するかに尽きる。ただ今回は放射性物質を防ぐ装置が、私に言わせれば最小限しかなかった。防御装置は本来、原発装置と同じくらい金をかけて、多様で完全なものにしないといけない。原子炉が緻密で高度になれば、同じレベルの防御装置が必要で、防御装置を発達させないといけない」
 
目線はぶれることなく、記者を向いている。こちらは専門的な内容を頭の中で必死に整理し、質問する。
 
「福島の土地に多くの放射性物質が降り注ぎました。2万人以上もの人々が住んでいた場所から避難していますが」と問うと、吉本さんは「ひどい事故で、もう核エネルギーはダメだという考えは広がるかもしれない。専門ではない人が怒るのもごもっともだが……」と理解を示しつつも、ゆっくり続けた。「動物にない人間だけの特性は前へ前へと発達すること。技術や頭脳は高度になることはあっても、元に戻ったり、退歩することはあり得ない。原発をやめてしまえば新たな核技術もその成果も何もなくなってしまう。今のところ、事故を防ぐ技術を発達させるしかないと思います」
 
吉本さんの考えは30年前と変わっていない。「『反核』異論」にはこんな記述がある。<知識や科学技術っていうものは元に戻すっていうことはできませんからね。どんなに退廃的であろうが否定はできないんですよ。だからそれ以上のものを作るとか、考え出すことしか超える道はないはずです>
 
話し始めて1時間半、卓上の緑茶をすすると、ぬるかった。家の人が熱いお茶をいれ直してくれた。吉本さんは手ぶりがつい大きくなり、湯のみをひっくり返した。記者がティッシュで机をふいた。
 
「人間が自分の肉体よりもはるかに小さいもの(原子)を動力に使うことを余儀なくされてしまったといいましょうか。歴史はそう発達してしまった。時代には科学的な能力がある人、支配力がある人たちが考えた結果が多く作用している。そういう時代になったことについて、私は倫理的な善悪の理屈はつけない。核燃料が肉体には危険なことを承知で、少量でも大きなエネルギーを得られるようになった。一方、否定的な人にとっては、人間の生存を第一に考えれば、肉体を通過し健康被害を与える核燃料を使うことが、すでに人間性を逸脱しているということでしょう」
 
いつの間にかいなくなっていた白い猫が、再び部屋に入って座布団に寝転んだ。吉本さんは気づいていないかのように続けた。「人類の歴史上、人間が一つの誤りもなく何かをしてきたことはない。さきの戦争ではたくさんの人が死んだ。人間がそんなに利口だと思っていないが、歴史を見る限り、愚かしさの限度を持ち、その限度を防止できる方法を編み出している。今回も同じだと思う」
 
気づくと2時間半が過ぎていた。吉本さんは疲れるどころかますますさえている。自らの思想を「伝えたい」という思いのみが衰えた体を突き動かしているのだと感じた。
 
「ただ」と続けた。「人間個々の固有体験もそれぞれ違っている。原発推進か反対か、最終的には多数決になるかもしれない。僕が今まで体験したこともない部分があるわけで、判断できない部分も残っています」
 
話を終えると吉本さんは玄関口まで送り出してくれた。言葉だけではなく「全身思想家」に思えた。




◎日経新聞 2011年8月5日朝刊(文化面)掲載

「8.15からの眼差し 震災5カ月」
科学に後戻りはない 吉本隆明氏 原発 完璧な安全装置を


詩人で批評家の吉本隆明氏(86)は戦時中、軍国主義少年だった。その体験を自らに問い、戦後、独自の思想体系を築いた。戦後思想の巨人に、今回の震災体験を聞いた。

――3月11日は、どうしていたか。
 
「自宅のこの部屋で書き物をしていたと思う。足腰が不自由で、自宅周辺のことしか分からないが、地震の後は、不気味なほど、静かだった」
 
――戦中と比べると。
 
「あのころの東京は、人々も町中の印象も、どこか明るくて単純だった。戦争で気分が高揚していたせいもあったろうが、空襲で町がやられた後でも、皆が慌ただしく動き回っていた。
 
今度の震災の後は、何か暗くて、このまま沈没して無くなってしまうんではないか、という気がした。元気もないし、もう、やりようがないよ、という人が黙々と歩いている感じです。東北の沿岸の被害や原子力発電所の事故の影響も合わせれば、打撃から回復するのは、容易ではない」
 
――復興への道は。
 
「労働力、技術力をうまく組織化することが鍵を握る。規模の拡大だけを追求せず、小さな形で緻密に組織化された産業の復興をめざすべきだ。疲れずに能率よく働くシステムをどうつくっていくか、が問われるだろう。
 
それには、技術力のある中小企業を大企業がしっかり取り込む必要がある。外注して使い捨てるのではなく、組織内で生かす知恵が問われている。この震災を、発想転換のまたとない機会ととらえれば、希望はある」
 
――事故によって原発廃絶論がでているが。
 
「原発をやめる、という選択は考えられない。原子力の問題は、原理的には人間の皮膚や硬い物質を透過する放射線を産業利用するまでに科学が発達を遂げてしまった、という点にある。燃料としては桁違いにコストが安いが、そのかわり、使い方を間違えると大変な危険を伴う。しかし、発達してしまった科学を、後戻りさせるという選択はあり得ない。それは、人類をやめろ、というのと同じです。
 
だから危険な場所まで科学を発達させたことを人類の知恵が生み出した原罪と考えて、科学者と現場スタッフの知恵を集め、お金をかけて完璧な防御装置をつくる以外に方法はない。今回のように危険性を知らせない、とか安全面で不注意があるというのは論外です」
 
――明るさは戻るか。
 
「全体状況が暗くても、それと自分を分けて考えることも必要だ。僕も自分なりに満足できるものを書くとか、飼い猫に好かれるといった小さな満足感で、押し寄せる絶望感をやり過ごしている。公の問題に押しつぶされず、それぞれが関わる身近なものを、一番大切に生きることだろう」

よしもと・たかあき 1924年東京生まれ。東京工大電気化学科卒。著書に「言語にとって美とはなにか」「共同幻想論」「最後の親鸞」「家族のゆくえ」、詩集「転位のための十篇」など。

source : 「将門Web」



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by yomodalite | 2012-02-17 09:06 | 311関連 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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