私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか/松本聡香

私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか ~地下鉄サリン事件から15年目の告白~

松本 聡香/徳間書店



1ヵ月ほど前、平田信オウム事件容疑者逮捕というニュースを見て、この本を読んでいなかったことを思い出しました。

著者は、有名な三女アーチャリーの妹で、松本智津夫の四女。松本家は4人の女の子の後に長男、次男の2人の男の子が生まれている。聡香はペンネームで、父が逮捕されたとき、彼女は5歳。16歳で家出し、2010年に本書が出版されたときは、彼女は21歳でした。本当に痛ましい本だと思う。

死刑囚をもった家族は、ほとんどが一家離散の運命を辿るものだけど、彼女は教団とは別の道を歩もうとしては、家族に連れ戻され、教団では、教祖逮捕後の教団の運営をめぐって、幹部たちにも様々な考えがあり、姉、母、父の愛人たちという「女の争い」もある。

幼い頃から「教祖の娘」として接してきた信者たちは、殺人者として服役し、彼女は少女時代から、度々、彼らの面接にも行っているが、身近に接し、優しかった彼らが「殺人」という罪を冒してしまったのは、自分の父親によるものだという「罪」の意識からも逃れられない。

教祖の娘として甘やかされて育ったのではと思う人も多いと思うけれど、生まれたときから「教祖」だった父親に、彼女は普通の父親としての態度で接したことはなく、それは、正悟師で教祖の妻だった母親へも同様で、

子供の頃から教団で育った子ども達も、他の信者たちと一緒の施設に住み、飲食を含め、ヘッドギアなどの修行も同様にやっていたと彼女は言い、両親が逮捕されたときのことは、こう記しています。

(引用開始)

父に続いて母も逮捕されると、私たち姉妹はタガが外れたように、伸び伸びと子どもらしい日々を過ごしました。父が禁止していたチョコレートを長女が買ってきてくれると、姉妹たちは歓声をあげて飛びつきました。上の弟の部屋がみんなの溜まり場になり、毎日がパーティーのように、みんなではしゃぎました。

厳しい規則で縛られていたことからの解放感もあったのでしょうが、みんなで騒いでいないと両親がいなくなった悲しみには耐えられなかったのかもしれません。


(引用終了)


メディアは、元信者が教団の呪縛から逃れられず、カルトの洗脳が解けていないなどと騒がしく責め立てるけど、信者であることを隠しても、正直に話しても、元信者への差別は激しく、家を借りることさえ困難で、

松本家の子供達は、未成年にも関わらず、教団の責任を負わされ、学校への入学許可さえ降りなかったうえに、ようやく入った学校でも、想像どおりの「いじめ」を受け.....

皮肉にも、彼女の苦しみを救うことが出来るのは「宗教」以外にはないようにも思えてくる。でも、彼女は、それに出会う前に「信仰」の苦難ばかりを知りすぎている。

本書には、教祖である父親や家族に対して、興味深い記述が多くあります。正直、それらは、彼女の年齢を考えると、当時の記憶というよりも、後から学習したというか、記憶の修正が行われているように思える部分も多々あるのだけど、それでも、彼女自身の冷静な客観力からは、知性が感じられるだけでなく、彼女の周囲にも知的な人間が大勢いたことが感じられます。

重い精神病にかかってしまった長女への親近感や、自分より年下の長男、次男へは温かい眼差しを向ける著者は、信者たちからの献金で暮らす、次女、三女、母にも、彼女たちと袂を分けた上祐派にも、批判的で、その理由としては「被害者への償い」を第一に考えていないことをあげている。

ただし、一方、自分の行動を記述した部分では、どの場所にも安住出来ず、それは、堪え性がないとも言いたくなるほど、短い期間に居場所を点々としていて、自分を助けようとしている人に対しても、結局、彼女は誰も信じきれず、疑い、離れていってしまう。

自らの進路に迷うだけでいい普通の思春期の少女にとっても、悩みの多い時代に、彼女は、罪の償いをしながら、教団とは別の道を歩んでいくという高い「理想」に呪縛され、結局、どの道も歩んでいけず、自傷行為をくり返した後に、本書は書かれたようです。

その痛ましさと、記憶への疑問はありますが、本書で彼女が語っている中で、もっとも説得力があり、リアルな描写になっているのは、父親に面接したときのもの。

(引用開始)

9年ぶりの再会

次女と下の弟と3人で行った初めての面会の日。私だけが初めての面会だということで、次女と弟は私を父の正面の真ん中の席に座らせてくれました。私は初めての面会という緊張や長い間離れていた父に9年ぶりに会えたという思いで胸がいっぱいになり、言葉がうまく出ませんでした。姉も弟も緊張している様子で話さなかったので、脈絡なく父が笑う声だけが時折面会室にこだまするだけでした。(中略)

その年の暮れに今度は三女と2人で面会に行きました。父はやたらと腕や脛をボリボリと掻いては、時折「シー」と歯の間から声を出す、と言った具合で落ち着きのない様子でした。姉は話をせず父の様子をひたすらノートに書いていました。そのノートは父が娘とすら会話が成立しない状態だということを裁判所に提出するためのものだったようです。

3度目の面会は翌05年8月のことです。この面会が姉弟たちと共に行く最後の面会となったのですが、衝撃的な光景を目の当たりにすることとなりました。父は相変わらず身体のあちこちをボリボリ掻いていて落ち着きがありません。「今日はミラレパの本を読もうと思っているんです」三女が父に言いました。この時、姉は父が尊敬していたミラレパという聖者のことを描いた『ミラレパの生涯』という本を父に読み聞かせようと考えていたようです。(中略)

その直後です。忙しなく動かしていた父の手が止まりました。一瞬、何が起きているのかわかりませんでしたが、私は父のそれをはっきりと見たのです。父はスウェットパンツの中から自分の性器を取出し、マスターベーションを始めたのです。(中略)父の真横に座っていた看守は、私たち3人の沈黙の中に漂っている空気を察知すると、父を見て即座に「やめなさい!」と叫びました。しかし、父はいったんは止めたものの、しばらくすると再び自慰行為を始めました。私の記憶では3回ぐらい繰り返していたと思います。(中略)

三女がやっと口火を切りました「これは恥ずかしいことだから、あまり公にしたくないよね」(中略)でも私は姉に「あそこまで恥ずかしい行為をしたのだから、ちゃんと公にした方がいいんじゃない?」と言いました。というのも、私はショックよりも、もっと大きな疑念を抱いていたからです。それは父の詐病説です。もし、父が精神障害などではなく詐病だったとしたら....

(引用終了)


この面会時の描写は、森達也氏の『A3』での他の娘たちの証言と同様で、『A3』では、詐病ではないと主張するもっとも大きな理由になっているものです。著者(四女)はこのとき14歳で、本書では、このあと四女が家を出る前にひとりで面会に行ったときの記述があります。

(引用開始)

詐病

私が教団の起こした事件の全貌を知ったのは15歳のときでした。それまで学校でいじめを受けたときもそうでしたが、なぜ父が死刑判決を受けるに至ったのか、何が原因だったのか、私には知らないことがあまりにも多かったのです。置かれている環境に常に違和感を抱いていながら、それが何かを私は探しあぐねていました。

家族、いえ教団の構造と過去の歴史と、関わった事件。それらを自分なりに検証することで、私は自分の中にある違和感や謎が少しずつ解けていくのでは....と、そんな期待をしていたのかもしれません。

初めて事件の内容を知ったのは、父の裁判の一審で弁護団長をされた渡辺 脩弁護士の著書『麻原を死刑にして、それで済むのか?』を読んでからでした。それからインターネットで検索して世論や、いろんな識者の意見を知るうちに、自分がどうして今のような状況に置かれているのかが少しずつ理解できたのです。

事件のことを知ると、私は家族の態度にも不信感を抱くようになりました。悲惨な事件を引き起こした者の身内なのに、事実上、教団から得たお金(信者からの献金)で何食わぬ顔で贅沢をして暮らしていることを、おかしいと思うようになったのです。(中略)

そうした心の変化は家族や信者たちの考え方とは対極のものでしたから、次第に日常の些細な出来事においても溝が生じていくのは当然です。しばらくすると周りの人たちとは修復できないほどの壁ができていました。(中略)

それからしばらくして、私は家を出ました。家出した時、私は、家族はもちろん、教団関係者とも訣別し、父とも、もう二度と会わないと決心しました。(中略)しかしその後、ジャーナリストの江川紹子さんに「1度は会って自分の気持ちを整理した方がいいのではないか」と勧められるなど、いくつかの偶然が重なり再び面会することになりました。(中略)

姉たちと面会に来ても、父に対してはあくまでも教祖と弟子として振る舞いましたし、家族という感覚ではありませんでした。でも、私は娘として父と向き合いたかったのです。その一方で、同じ父の子なのに、父の愛人の子どもたちは面会できないのに自分だけ会っていいのだろうか、という戸惑いもありました。(中略)

面会の許可がおりると長い通路を歩きながら、私は何度も深呼吸を繰り返しました。とても緊張していたのです。その日の父は、全身に気力がみなぎっていて、以前会った時と、だいぶ違って見えました。「さとかです。お久しぶりです」そう言ったあとで、本当に来てしまってよかったのだろうかという思いが頭をよぎりました。

目が見えなくても、父はそんな私の逡巡している気配を察したのでしょう。「何でも言ってごらん」というように、微かに首を振りました。「いきなり来てしまってごめんなさい。今日は他の人と面会の予定だったのですが、先に会った人がいたので....」父は身動きもせずに私の方を向いていました。「あの、大丈夫ですか?」具合が悪いのではないかと思い慌てて尋ねると、父はまた「うん、うん」と頷きました。たったそれだけの仕草でも、私にとっては昔、一緒に暮らしていた頃の懐かしい父が思い出されました。

「痩せましたね。この前来たのは一昨年の夏ですよね。私は太りすぎですけど」と言って私は笑ってしまいましたが、父は笑うことなく聞き入っていました。今考えると、目の見えない父には私の姿が見えないので笑いようがなかったのかもしれません。

「東京ではこの冬は暖かかったですが、お父さんの居るところはどうでしたか?」父は見えない目で私をじっと見ていました。「私は暖房をつけずに冬を越せたのでありがたかったです。あっ、東京ではって、ここも東京でしたね」

自分でも何をトンチンカンなことを言っているんだろうとおかしくなってしまいました。父も声を立てて笑いました。そして、その笑いに乗じて父が言ったのです「さとか.....」それは私にだけ聞こえるぐらいの小さくて懐かしい父の声でした。父は右手で自分の口を覆い隠すようにして、笑い声でごまかすように私の名前を呼んだのです。

看守は気づかなかったようですが、私には聞き取れました。いえ、おそらく口の動きを見えていなければ私も聞き逃してしまったかもしれません。もしかしたら、父は私の話をちゃんと聞いて理解しているのだろうか。ふと、そんな気がしました。(中略)

「そういえば昔、りんごを一個食べられたって自慢して、お父さんに、もっと食べられるようになるよって言われたことがありましたね。あの時は、そんなこと絶対ないと思っていましたが、お父さんの言った通りになりましたよ。女の子なのに、丸かじりが大好きですし」(中略)

瞑想にしか興味のない父が俗世の話題に耳を傾けるとも思えませんでしたが、あまり沈黙していると面会を切り上げられてしまうので、私は話を続けました。(中略)

必死で笑顔を作ろうとしましたが、そう思えば思うほど泣けてしまいました。とりとめのない話をしているうちに、30分の面会時間は終わりました。(中略)私はドアのところでもう一度振り返り、面会室を出て行く父の背中に向かって「大好き!」と叫び、そのまま駆け出しました。(中略)

このときの面会で、私は父が私をはっきりと認識していたことを確信しました。最初から父は詐病ではないかと疑っていましたが、それが確信に至ったのはこの時の面会での父の態度を見たからだったのです。私は「父はやっぱり詐病だったんだ」とはっきりと悟ったのです。その少し後にも再び父と面会したのですが、その思いが変わることはありませんでした。

(引用終了)


私には、著者が、父が詐病だと「はっきりと感じた」のは、不自然に思えましたが、詐病説をとる人々は明確な根拠もなく、麻原死刑囚に面会したわけでもないのに、とにかく「絶対」そうだと主張される方が多いですね。

本書には、家族だけでなく、有名信者や、死刑囚として服役している信者たちの素顔を綴った文章も多く納められています。

それらは、やはり著者の当時の年齢を考えると不自然で、彼らへの客観性と、自分を見つめる眼の「差」は、アンバランスとしか言いようがないのですが、6歳から、彼女が深く悩み、多くの本を読み、考えてきたであろうことは容易に想像できるような「洞察」になっていて、色々な意味で一読の価値が高い本だと思いました。


◎未成年後見人の辞任について(江川紹子氏によるメディア向け文書)

◎[参考記事]獄中の麻原彰晃に接見して/会ってすぐ詐病ではないと判りました

◎[Amazon]私はなぜ麻原彰晃の娘に生まれてしまったのか

[目 次]
はじめに
第一章 オウム真理教の亡霊
第二章 教団・その後
第三章 血のキズナ
第四章 悪夢
第五章 妻妾同居
第六章 いじめと登校拒否
第七章 姉と弟
第八章 さすらいの年月
第九章 マスコミ露出と苦悩
第十章 教団幹部たちの素顔
おわりに
____________

[BOOKデータベース]「地下鉄サリン事件のとき、私は5歳だった」―幼い心と体を痛めつけた父の虐待と妻妾同居の異常な生活、間近に見た最高幹部たちの言動、そしてひそかに進む恐るべきテロ計画。激しいイジメと公安当局の執拗な追跡に遭いながらも、罪悪感に囚われ自殺未遂を繰り返す日々。松本死刑囚の家族が初めて明かす殺人教団・オウム真理教の正体と自身の流浪20年間の真実。 徳間書店 (2010/4/24)



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Commented at 2013-10-04 03:43 x
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Commented by yomodalite at 2013-10-04 09:07
アリセルさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

>今までの彼女の境遇などを思うと『私怨』の様に…

そうですね、、たった5歳で、両親だけでなく周囲の人間すべてが、日本中から激しい非難にあい、自分を成長させることがどれほど難しく、いったい彼女にどんな進路が残されていたのかと考えると、本当に暗鬱なきもちになります。仏教も、キリスト教も、数多ある宗教系の学校が、彼女たちを拒否し、守らなかったという事実がある限り、彼らに、オウムに真理を求めた人々を批判する資格はないと、私は思います。

>親が悪くても子供は関係ないですよ!

まったくそのとおりです。子供に責任を押しつけるような人々は、未来を破壊することに加担していることに気づかないのでしょうか。
Commented at 2013-10-09 20:20 x
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Commented by yomodalite at 2013-12-09 00:40
yoko_ggさん、コメントありがとうございます。

>著者は詐病を肯定しているのではないでしょうか。

そのとおりです。著者は肯定しています。

>私には、著者が、父が詐病ではないと「はっきりと感じた」のは、不自然に思えました。

イチャモンだなんて、ご指摘、本当にありがとうございました!(多謝)
「詐病だとはっきりと感じたのは不自然」に修正しました。
ご指摘をすぐに理解できず、大変失礼いたしました。
Commented by キティ at 2015-03-19 23:46 x
アーチヤリーに、マスコミは、コメントを求めて、しゃべらせて、バッシングするのは、おかしいです。悪いのは浅原であつて、彼女も、また、被害者です。親と、子供は、また、別の人格ですから、殺人者扱いは、まちがつてませんか?マインドコントロールから、抜け出すだけでも、一生下手すると、かかるので、殺人者扱いは、やめてほしいです。
Commented by リリイ at 2015-03-19 23:54 x
本当に、浅原の娘さんを殺人者扱いは、しては、いけません。彼女も、また被害者であることを、わかって下さい。マインドコントロールからぬけだすのすらたいへんなのですから。はいちやあ、どつかれ、はいちやあ、どつかれするんだつたら、彼女の、取材しなかつたら良いやん!バッシングのための取材は、ひきようやわ!
Commented by yomodalite at 2015-03-20 10:54
キティさん、コメントありがとうございます。

私は、マスコミがコメントを求めた映像を見ていないのですが、このところ、この記事へのアクセスが沸騰していることから、オウム事件から20年というだけでなく、何かがあったんだろうと思っていたところ、三女の方が本を出版されることを知りました。

自身の顔写真を表紙にされた、その決意には、これまでの並々ならぬ人生が感じられますが、メディアにとっては、彼女への報道が「解禁」になったサインであり、今、起きている大きな問題を覆い隠すのに、絶好の「ネタ」でしかないんでしょう。彼らは「炎上」させることが目的ですから。

私は、松本麗華さんの『止まった時計』を読んで、また考えたいとみたいと思います。
Commented by yomodalite at 2015-03-20 11:42
リリイさん、コメントありがとうございます。

>バッシングのための取材は、ひきようやわ!

芸能人がエンターテイメントとしてやっている発言にさえ、見当違いな「上から目線」で批判をしていれば「ニュース」が出来上がり、それで商売になるというのが、マスコミですから。

自分では何ひとつ生み出さない、究極の「卑怯な仕事」ではないでしょうか。

そのそも、彼らは、取材する前に、どう報道するか決めている場合も多く、体裁だけ取材したように装っていることも多い。

そんな卑怯な仕事に慣れている方々が「報道」だと言っているものなど、まったく信じることができませんし、彼らは、ばか騒ぎのように群れて、取り囲み、周辺や、被害者に迷惑をかけることを取材だと勘違いしているのではないでしょうか(事件後の報道被害により、二重の苦しみを味わっていることを、多くの被害者が語っていますが、報道される側は、常に被害者の怒りに寄り添っているふりをしています)。

私は、きちんと話を聞けるぐらいの取材を行なったうえで、本にしているものを読むまでは、事件について、考えを持つことも避けたいと思っています。
Commented at 2015-03-21 01:27 x
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by yomodalite | 2012-02-06 23:44 | 報道・ノンフィクション | Trackback | Comments(9)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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