人の子イエス/カリール・ジブラーン (著)、小森健太朗 (翻訳) [2]

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Khalil Gibran



☆人の子イエス/カリール・ジブラーン (著)、小森健太朗 (翻訳) [1]のつづき

凡庸な伝記にありがちな「光と影」という描き方では、光が射し込む窓が、まるで1つしかないようなものが多く、凡庸なライターは、それを「二面性」と表現することにも躊躇しない。裏や表などという、そんな薄っぺらい人間などいるわけがないのに。。

でも、画家でもあるジブランは、光も影も多彩であることをよく知っていて、人が多面体であることがよくわかっている。洗礼者ヨハネ、マグダラのマリア、イエスの弟子ルカ....等々、さまざまな人物がイエスについて語っていて、

同じ人物が、人によってまったく異なるように見えていること、見る人の眼によって、見える顔は違うのだということが、カタログのようになっている点も興味深く、

また、ジブランは1883年生まれで『人の子イエス』は、1928年に出版されたものなんですが、ここで、イエスについて語っている人々は、現在とまったく変わらないようにも、私には見えました。

さまざまな人の中には、イエスを救世主として考えていない人や、批判者も多く含まれていますし、ルカやマタイといった福音書の語り手が、どう語っているかは、実際に本書で読んで頂きたい.....など色々迷った結果、下記に少しだけ紹介します。(かなり省略して引用してあります)


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Self Portrait and Muse, 1911



ナタニエル(イエスの使徒の一人)「イエスは柔和にあらず」

人々は、ナザレ人のイエスが柔和で謙虚だったと言う。人々が言うところでは、イエスは正しい義の人で弱者だったのに、しばしば力をもった強者と取り違えられているという。拘束されて衛兵たちの前に引き出されたとき、イエスは狼の群れに投げ込まれた羊にすぎなかったと人々は言う。

しかし、私は、イエスが人々に対して権威と力を持っていたと言おう。

従順で柔和な者が「我生命にして真実に到る道なり」と言うだろうか。
検挙で控えめな者が「我、父なる神の内にあり。父なる神、わが内にあり」と言うだろうか。

自らの力を自覚していない者が「我を信じざる者、この生命を信じず、永遠なる生命をも信じず」と言うだろうか。

心が貧しく思慮に乏しい者たちが、イエスのことを柔和で謙虚だと言うのを聞くたびに、私は胸がむかつき、腸が煮えくり返りそうになる。彼らは自らの弱さと貧しさをイエスに投影して、自らを正当化しようとしているにすぎない。

虐げられた者たちが、慰めを授ける仲間として、イエスを語るとき、そのイエスはまるで道ばたで日に炙られている虫けらのようだ。


そう、そのような者たちに、私は心底うんざりしている。私が認めるイエスは、強大な人であり、難攻不落の聳え立つ霊に他ならない。



イエスの信徒ダビデ「実際的なイエス」

あの方が語った説教やたとえ話の意味がわかったのは、あの方がもはやおられなくなってからでした。いやそれどころか、あの方の言葉が私の眼前で形をなし、体となって私が歩く道を歩くようになるまで、私はあの方が語ったことを理解しませんでした。

このことを私に話させてください。ある晩、私は机に向かって坐り黙考に耽りながら、あの方の言行を思い出して、それを記録に書き留めようとしていました。そのとき私の家に何人かの泥棒が侵入しました。泥棒たちが我が家の財物を盗もうとしていたのはわかっていましたが、イエスのことを夢中で考えていた私は、泥棒たちに剣をとって対峙することも「そこで何をしているのだ」と口にすることさえしませんでした。

私は泥棒の侵入に気づいてもなお、師の言動の覚書を続けました。
泥棒たちが去ったとき、私はイエスの言った言葉を思い出しました。

「あなたの上着を盗もうとする者には、別の上着をも与えてやりなさい」

そして、私は理解しました。私が師の言葉を書き綴っているとき、たとえ私の全財産を持ち去ろうとする者がいたとしても、私の筆を止めることはできなかったでしょう。

私とて、自分の身、自分の持ち物を守りたくないわけではありません。けれども、そんなものよりも貴重な宝がどこにあるのかを私は知っているのです。

(引用終了)

☆人の子イエス/カリール・ジブラーン (著)、小森健太朗 (翻訳) [3]につづく





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by yomodalite | 2011-12-24 20:03 | マイケルの愛読書 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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