私と宗教/高村薫、小林よしのり、小川洋子、立花隆、荒木経惟...他

私と宗教―高村薫、小林よしのり、小川洋子、立花隆、荒木経惟、高橋惠子、龍村仁、細江英公、想田和弘、水木しげる (平凡社新書)

渡邊 直樹(編集)/平凡社




ダーリンの図書館本。返却日当日に、その魅惑的人選に気づいて慌てて読んでみる。

本書は『宗教と現代がわかる本』の2007年版から2011年版までの5冊に掲載した記事を再構成して纏められたもので、登場するのは、高村薫、小林よしのり、小川洋子、立花隆、荒木経惟、高橋恵子、龍村仁、細江英公、相田和弘、水木しげる。

宗教をもっているのは、日本では少数派と見なされているので、自分を多数派で、しかも「宗教」など反近代的なものだと思っている常識人(自分では知識人だと思っている場合がある)の人は、「カルト」など、本当にどんな意味かもわかっていないような、怪しい外来語で蔑んでみたり、判断を下すことに疑いをもたない人も多いですね。

わたしは、特定の宗教を信心したことはありませんが、関心はあって、様々な信者の方から、その宗教のバイブル的な本をもらったり話を聞いたりするのも好きです。でも勧誘を断れなかったということはないので、しつこい勧誘にあうのは、その宗教の欠かせない特徴というよりは、信者になった人と、自分との関係や、態度が原因となっていることも多いと思っているのですが、、

わたしに「ターゲット」としての魅力がなかったせいなのかもしれません(笑)

でも、どんな素晴らしい宗教も「豚に真珠」と同様で、信心する人の態度や、相性の問題が大きいと思うんですよね。

下記は、目次から。

高村薫「善男善女でない私がたどり着いた死生観が「空・縁起」なのです
・言葉でないことを言葉で書こうとした道元
・母の頭の中には仏教と近代哲学が同居していた
・キリスト教の「原罪」にはずっと違和感があった
・大震災の体験で、近代の合理主義から解き放たれた
・仏教を小説で書くことには、もともと大きな矛盾がある
・現代人に可能な形での発心のしかた、とはどんなものなのか

小林よしのり「わしの中の宗教心と近代主義をどう折衷するかが問題だ」
・靖国神社の霊は共産主義より強いというのか
・真言宗の寺で不動明王に見守られ、わしは育った
・仏教徒 vs マルクス主義者という両親の議論を聞いていた
・戦後の日本は「死の不安」を直視することを避けつづけて来た
・何かを伝えられるとしたら自分の「たたずまい」でしかない。

小川洋子「超越者ではなく伴走者としての神」
・お金に縁のない金光教がつつましい幸せを教えてくれた
・カウンセリング要素の濃い金光教独自の「お取次」
・神様は高みにいるのではない。信者と同じ地平に立ってくださる
・信じるものがあるから毎日を楽に生きられる
・私は死者の声に耳を傾けながらそれを小説にする「取次者」です

立花隆「ぼくが宗教嫌いになった理由」
・キリスト教に対して疑いを持つきっかけ
・日本と韓国に入ってきたプロテスタントは原理主義
・人間の感覚の持つ不思議さを宗教は利用してきた
・がん、ホスピス、臨死体験について
・ウィトゲンシュタインの『哲学宗教日記』のおもしろいところ
・自分自身の生涯の残り時間をどう使うか
・宇宙の問題に比べたら宗教を信じるなんて、ばかみたい

荒木経惟「照れるけど“幸福写真”はいい!!」
・60過ぎたらポートレート行くぞって、昔から決めていた
・笑顔のポートレートが最高!って思うようになった
・写真は被写体との関係が大事、デジタルはコミュニケーションを奪っちゃう
・写真にも人生にも、宗教にもエロスが必要

高橋恵子「女優という職業、そして信仰」
・「真如苑」と出会って先が明るくなり希望がもてた
・脳性マヒで亡くなった兄の供養をしたい
・さまざまな宗教との和合を説く「真如苑」の教え
・生まれて死んでいくのは自然のサイクル

龍村仁「おおいなるもの、目に見えないものをいかに映像化するかが最大の挑戦です」
・見えないもの聞こえない音をドキュメンタリースタイルで撮る
・自我の奥深いところですべてがつながっている感覚
・ジャック・マイヨールが私たちに教えてくれたこと
・生かされていることに気づくと、生きるためのエネルギーが湧いてくる

細江英公「ポンペイ、広島、アウシュビッツの悲劇を静かに伝える」
・大野一雄の踊りの基本には“生きること”がある
・数値化できないものの価値観を保っていなければいけない
・2000年前に絶滅した町は、今日の人たちに警告を発している
・間接的な原爆体験者として静かに語りかけること
・宗教宗派を超えてみんなが1つになって祈ることができればすばらしい

想田和弘「患者さんと健常者を隔てているカーテンを取り除く」
・誰が患者さんで、誰が患者さんでないのか
・ナレーションもBGMもモザイクもすべてなし
・宗教も精神科の世界も似たところがある
・参与観察の方法から「観察映画」が生まれた
・宗教の力が肯定的に発揮されると、大きな力になる
・映画の撮影後に3人の患者さんが亡くなった
・自分のシーンは使わないでほしい、と言われたら......
・「客観的真実」を宣言するドキュメンタリーへの違和感

水木しげる「宗教とアニミズムを分けるものは何か」
・80年代からは神のステージに入った
・縄文時代から続く精霊信仰の生き残りが妖怪
・不幸が訪れない場合、人は無宗教で平気
・文明社会でこね回したものは、だめ
・「素朴な祖先からの生活」に属しているかどうか
・「祖霊」との深いつながりのなかで生きてきた
・日々祖霊化する水木しげるはふるさとのように懐かしい


それぞれ現在活躍中の、魅力的な方々ばかりなので、共感もでき、また為になる内容ばかりなのですが、わたしには、高村氏が語っていた内容が印象に残ったというか、引っ掛かりを感じました....

なんて言っていいのかわからないのだけど、憧れの先輩が、遠くに行ってしまわれたというか、、元々、先輩はわたしとは違って「わたくしは....」という世界にお住まいの方ですし、ミステリー小説を捨てられたことには、寂しくても、しかたないなぁと感じで、シェイクスピアにも付いて行きますっ!という思いはあるんですけど、

「新リア王」の政治家の扱いとか、小沢一郎批判とか、大阪ダブル戦など、最近の高村氏の政治への積極的な発言を聞いていると(TVニュースは絶対に見ないようにしているので記事で確認しただけですが)、正直どう考えたらいいのかわからなくて、、、

たぶん、それは、シェイクスピアにも、ドストエフスキーにも繋がってないんじゃないかという疑問というか、違和感があって、そこから、高村氏の仏教の見方とか、日本の歴史とか、全部少しづつ違和感があってよくわからなくなっているのかなぁ....(原発脱却への賛否ではなく)。

立花隆氏は、その最盛期もそんなに読んでいるわけではないのですが『宇宙からの帰還』『臨死体験』など、科学と宗教の境界線を探る仕事をされて、また「現実」へとすんなり戻ってこられたところなどは、

最期に登場した、水木しげる氏が「ねずみ男」を常にバランサーとして配置していながら、最終的に神のステージに入ったと語るような「絶好調」と、逆なんだけど、同様に「イイ感じ」(本人にとっては)なのかなぁとか......

編者の渡邊直樹氏が言われるように、宗教について、私たちはもっと知らなくてはいけないし、もっとオープンに語ればいいと思いました。


最期に、編者である、渡邊直樹氏の「はじめに」から冒頭の詩を。

死んだら死んだで生きていくのだ

(草野心平の詩「ヤマカガシの腹の中から仲間に告げるゲリゲの言葉」より)

◎報道ステーション「直木賞作家・高村薫さんに聞く」
◎大阪ダブル選 私はこう見る/ショー化に危機感/高村薫氏 作家(毎日新聞)
◎高村薫さんの原発に関するNHKインタビュー《Togetter》
_____________

[内容紹介]『宗教と現代がわかる本』2007~2011年版に掲載された記事を再構成。日本を代表する10人の表現者が、「宗教」と自身のかかわりについて語る。3.11後の生き方を考えるために。平凡社 (2011/10/17)

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by yomodalite | 2011-12-05 20:34 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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