「罪と罰」“Crime and Punishument”

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マイケルの愛読書『預言者』から
「罪と罰」“Crime and Punishument” の部分を少しだけ。

(「よく生きる智慧ー完全新訳版『預言者』」から省略して引用しています)


あなたが方が誤りを犯した犯人のことを、
自分たちの仲間でなく、あなた方の知らぬ人、
あなた方の世界に侵入してきたもののように話すのを、
私はたびたび聞いてきた。

しかし、言っておくが、どんな聖人でも正しい人間でも、
あなた方1人ひとりのなかにある気高いこころよりも
高く上ることはできないのだ。

おなじようにまた、いかなる悪人も弱い人も、
やはりあなた方のなかにあるもっとも堕落したこころよりも
おちることはできない。

正しい人々は邪悪な人々のおこないに関して潔白ではない。
そして潔白なものは重罪犯人のおこないと関係がないわけではない。
そう、罪人は怪我をした被害者であることさえ多い。

さらに、罪がなく非難されない人々の分も
重荷を背負わされる場合はもっと多い。
正しいものと不正直なもの、
善人と悪人をはっきりと区別することはできない。

あなた方の誰かが正義の名のもとに罰をあたえ、
邪悪な木に斧をふるうなら、その根を見せるがよい。
そうすれば善と悪の根、実のなる木とならない木の根が
大地の静かなこころのなかで、みなからみあっていることに気づくだろう。

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ジブラン自身によるスケッチ
“Sketch for Jesus the Son of Man”



すでに犯した罪よりも深く反省しているものを
どう罰するのか?
深い反省こそがあなた方のもつ法律の求めるものではないのか?
だが、罪を犯していないものに深い反省をさせることも、
罪を犯したものの心から反省を取り除くことも、
あなたにはできない。

深い反省は夜、招かれもせずにやってきて、
罪を犯した人々はそのために眠れずに
自分自身を見つめるかもしれない。

そして正義を理解するというあなたは、
白日のもとですべてのおこないを見定めなければ
どうしてこのようなことを理解できるだろう?

そうしてはじめてあなたは気づくだろう。
立っているものも倒れているものも、
どちらもおなじ人間であり、小さきものの夜と
神となる昼とのはざまの黄昏にたたずんでいることを。


(引用終了)

マーレーの子供たちが、不幸にならないようにするには、、
どうすればいいんだろう?



この裁判の争点では、マーレーが無罪になれば、MJが薬物を乱用していたということになってしまう。マーレーは自分の仕事を失わないために(彼だって自分の子どもを養わなくてはいけないでしょう?)、MJの自殺行為を主張するしかなかった。

大好きなMJの姉のことも、ずっとハラハラして見てきたけど、遺族感情は複雑で、ファンが出来るのは、家族が癒されるときまで一緒に見守ることで、家族の加害者への感情に同調しすぎると、結局、家族も後になって苦しむんだって、昔ある人から教えられた。(このケースは故意ですらないし....)

報道は、本村洋さんがあれから辿った年月なんて、追わないからね。。。

家族のひと以外は、自分を癒すことを第一に考えないと、悲しみの連鎖を担うことになってしまう。。






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Commented by boso at 2011-11-10 11:01 x
はじめまして。以前からブログをいつも楽しみに読ませていただいています。
何度かコメントしようかと思いつつできずにいましたが
今回お邪魔させていただいていいでしょうか…
私は今回の裁判をネット中継を見たり向こうのニュース、
ファンサイト、実際は英語ができないので翻訳してくださる所(yomodaliteさんが挙げている所を私も参考にしていました)等を見ながらアホみたいに追っていました。
そこで色々感じた事は、この裁判というものが
(マーレーの事例に限らず)「実際に当事者同士で何があったのか」というのを明かす場では全く無い事、
完全に向こうは「娯楽」として成立している事(なので…変な話になりますが…多くのアメリカ人が2005年のマイケルの「無罪」を信じていない訳が少し見えた気がします)、マイケルの不眠症がもう全く私の想像の及ばない状況だった事…そして何よりこれは「マイケルのため」の正義ではなくて、遺された家族とファンのためにあったのだろうと思いました。
(すいません続きます)
Commented by boso at 2011-11-10 11:01 x
評決が「GUILTY」と出てほっとしたのですが、それは、もし逆だったら家族、とりわけず〜っと頑張ってしまっているファンの人たちがどうなってしまうのか、そっちの方が心配になってしまっていたからです。
私はいわゆる「死後ファン」なので彼らに同調する事はできません。あの希代な人物の真価を以前から知っていた年月をとても羨ましいと思っていますが、いつ終わるのか、いつ彼らは癒されるのかと表現しづらい気持ちです。家族のように…もしくは家族以上にマイケルを近しいと感じる(そう思ってしまっている)人間が尋常じゃない数存在するのはマイケルジャクソンの大きな特性だと思います。
マーレーの量刑はできれば軽くなってほしいです。ドキュメンタリーも放送していいと思います。彼は相当逼迫した状況にあると思いますし、行った事は大変愚かだったかもしれませんが、生前のマイケルとの関係は悪いものではなかった気がするのです。
勝手に長々と書いてすみませんでした。これからもブログを楽しみにしています。ありがとうございました。
Commented by yomodalite at 2011-11-10 23:05
bosoさん、はじめまして。bosoさんのコメントのおかげで色々迷ったけど書いてよかったと思いました。MJの件だけでなく「裁判」には色々考えることが多いですね。。

>もし逆だったら....心配になってしまっていたからです。
同感です。マーレーの量刑が軽くなってほしいこともドキュメンタリーの件もそう思います。その内容を見ずにどうして反対できるのかなぁ。。MJがインディアンの諺として言っていた、「相手のモカシンをはいて二月の間歩いてみるまでは、相手のことを判断してはならない」ということを忘れてしまったんでしょうか。

医師の量刑が軽くなりがちであるのは、それが命を助ける仕事である以上当然のことで、どんなに命がかけがえのないものであっても、人はミスを犯すものですし、彼から医師免許を剥奪するのは医療の損失だと思います。患者は医者を選ぶことが出来ますからね。(つづく)
Commented by yomodalite at 2011-11-10 23:05
でも、わたしやbosoさんだけでなく、同じ思いで口をつぐんでいる方は「JUSTIS!」と声を挙げた方と同じぐらい大勢おられると思います。また「JUSTIS派」は、永年のファンと死後ファンという区別ではなく、あえて言うなら、若いファンに多く見られるのではないでしょうか。

追悼コンサートの件だって、エミネムやキッスに、こちらから参加を呼びかけていたら「オシャレ」だったのになぁ。。
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by yomodalite | 2011-11-09 09:36 | always happy | Trackback | Comments(4)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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