聖書を語る ― 宗教は震災後の日本を救えるか/佐藤優 、中村うさぎ

聖書を語る (文春文庫)

佐藤 優,中村 うさぎ/文藝春秋



同じ事実からでも、見る人によっては、まったく違って見えるということ。

今行われている、いくつかの裁判の感想を聞いていると、他人が自分と違うということを意識するようになってから、もう何年経っているのかわからないぐらいなのに、未だに驚いてしまいます。たぶん、わたしは、同じ事実でも見るひとによって違う。ということと、それを、とりあえず「驚く」という感情でまとめる。だけで、何十年も費やして、何冊読んだかわからないぐらい、いっぱい本を読んでると思う。

それでも、大勢のひとが引用している古典といわれるような本でも、読んでいない本がいっぱいあって、幸せだなぁと思う。ときどき、真実に絶望しそうになるのは、それを真実だと思うひとが浅いだけで、本当の真実はもっと「豊潤」なのだ。

面白いと思えない本でも、つまらないと思える映画でも、「報道」と言う名のゴミや、ウルサいだけの「取材」とか、暇つぶしにしてはまったく気が利かないTVの「おしゃべり」を聞いているよりは、遥かにマシだと思う。

だって、その方が、少しは気が利く「おしゃべり」が出来るようになるでしょう?

本書は、佐藤優、中村うさぎという、これまでに、たくさん本を売ってきた方による「対談集」。面白いおしゃべりの見本のような本で、読んでいると、参加したくなるし、こんな「芸」を身につけられたらいいなぁと思う。

佐藤優と、中村うさぎが対話するのも、聖書について語るのも意外な印象ですが、おふたりは共にキリスト教に縁が深い方なんですね。佐藤氏の信仰は有名ですが、中村うさぎさんに対して、佐藤氏はこう述べています。

うさぎさんの作品を読むうちに、この人はキリスト教、それもピューリタニズム(清い生活を重視するプロテスタンティズムの一潮流)の影響を強く受けていると直感した(この直感は正しかった)。それは、うさぎさんが遍歴したブランド品漁り、美容整形、ホストクラブ通い、デリヘル嬢体験などのすべてが、ピューリタニズムの倫理で厳しく禁止されている事柄だからだ。(中略)

人間としての存在基盤が根底から崩されてしまう危険性があるので、キリスト教がこれらからの誘惑からの人間を遠ざけようとする。しかし、うさぎさんはどのような経験をしても崩れない。

私の見立てでは、さまざまな経験を通じて、うさぎさんは人間の内側と外側を区別する輪郭を確認しようとしているのだ。この輪郭において、人間は神に触れることができるのである。


そんな風には思っていなかったけど、言われてみると、もうそうとしか思えなくなるぐらい、鮮やかな「中村うさぎ」評ですが、当然のごとく、うさぎさんは激しく否定されていますww

でも、実際、うさぎさんは、中学、高校とキリスト教系の女子校出身で、文学者だから、聖書への基礎理解はもちろん、売れっ子作家として、読者を意識した、絶妙なツッコミ、疑問、問題提起と、様々な武器を駆使して、聖書がよくわからない、わたしたちに語ってくれています。

震災を報道で知ることがすっかり嫌になり、「震災後の日本」というテーマで、本書を選んだんですが、

第一章「聖書」を語るは、見出しにもあるように文学部出身のうさぎさんと、神学部出身の佐藤氏、ともに同志社でほぼ同年代を過ごされた2人による「異種格闘技」で、

第二章「春樹とサリンジャー」は、村上氏の『1Q84』と、サリンジャーは『フラニーとゾーイ』を中心に『新世紀エヴァンゲリオン』を比較してとか、

もう、すっかり震災のことを忘れさせてくれるほどの面白い内容。(本書のほぼ半分を締める)

第三章からが、震災が契機になっていて、

《Ⅰ》「地震と原発」を読む ー チェルノブイリ、そして福島
《Ⅱ》「地震と原発」を読む ー 日本人を繋ぐものは?

《Ⅰ》佐藤氏は、チェルノブイリ原発事故のとき、外務省の職員として、あの当時の政治家の動きや発言をよく覚えていて、今回の地震に対して、非常に既視感があると言い、うさぎさんは、文学者として、都知事・石原慎太郎の発言に注目する....

《Ⅱ》うさぎさんが問いかける ー 宗教が日本人を繋ぐことが出来ると思いますか、これからの日本を? 佐藤優が震災直後に書いた「翼賛のすすめ」に対して疑問を投げかけ、佐藤氏は「共同主観性」を提示する。「翼賛のすすめ」とは真逆ともいえる、菅直人への主観や、意外ともいえる前原誠司への見方...「スピリチュアルと伝統芸能」「私の喪失」と「私の発見」....

真摯で、頭の回転が速いおふたりの会話が、本になることで、より一層濃縮されて「面白い会話」に、読者を最後まで飽きさせません。

以下は、うさぎさんの「エピローグ」から

人間は「個」であると同時に「全体」である。「個」を失っては生きていけないし「個」であり続けるだけでも生きていけない。

だが、他者と繋がって集合体になろうとすると、必ず「個」と「個」のぶつかり合いが生じて、そこに苦しみや絶望が生まれる仕組みになっている。それでもやはり、心のどこかで「繋がり」を希求する想いは断ち難く、傷だらけになりながらも他者を求め、拒絶されては煩悶する。(中略)

アニメ「新世紀エヴァンゲリオン」を例にひくまでもなく、この「私はどうやって他者と繋がれるのか?」という問いは、現代人が等しく抱えているテーマであろう。そして、そのひとつの解として、先ほど述べた「何か=サムシング」について考えるのは無駄ではあるまい。そう、それは佐藤氏が対談中に述べている「モナドとモナドを繋ぐ糸の先にあるもの」だ。

震災後の我々を繋ぐ細く頼りない糸の先には、はたして何があるのか? この本を読んだ後、あなたも一緒に考えてください。  2011年6月 中村うさぎ


(うさぎさんの「エピローグ」は、あえて、うさぎさんぽくないような文章部分をチョイスしてみましたが、本文の口調はいつもどうり)

うさぎさんは、今後も対談を続けて、今度は「創世記」を読みましょうと提案されたようです。また、第一章で、佐藤氏は新約聖書の「使徒言行録」を読みましょうと誘われています。どちらにしても、すごくワクワクしますっ!!!!

◎『聖書を語る』(アマゾン)
◎「読書メーター」
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[BOOKデータベース]クロノスとカイロス、キリスト教は元本保証型ファンド、「新世紀エヴァンゲリオン」の最終結論、『1Q84』は男のハーレクイン、日本は近代以前かポスト近代か、宗教に何が出来るのか…。共にキリスト教徒の二人が火花を散らす異色対談。文藝春秋 (2011/07)


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Commented by mika at 2011-10-07 23:02 x
超おひさしぶりです!
全然関係ない話なんですけど、和光のチョコレートサロン、10月23日で閉店なんですね。
もっと行っとけば良かったです、残念!
Commented by yomodalite at 2011-10-07 23:13
ウソーーーー!全然聞いてない情報だったので、今これ読んで焦ってます。今日も銀座アップル前の花束がスゴいことになってるのを見ただけで、、あーー裏まで行けば良かった。確かもう一個お店があったはずだから、併合するのかな、、ホント残念だね。mikaちゃんのために、またイイお店みつけとかなきゃね。。
Commented by mika at 2011-10-08 21:54 x
また、よろしくで~す!
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by yomodalite | 2011-10-07 12:48 | 文学 | Trackback | Comments(3)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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