マイケル・ジャクソンの顔について(40)Greatest Actor

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『伯爵夫人』Countess from Hong Kong 1967



☆(39)のつづき

SF「You Rock My Would」でのブランドとMJの会話にこだわって、日本語版の和訳のニュアンスを自分なりに解釈し直したり、ほんのわずかしかない2人の会話の意味を考え続けたのは、このときのMJの、怒りと、哀しみが同居しているような「表情」の意味が、よくわからなかったからです。(→このシーンは[32]参照)

「You Rock My Would」は、冒頭はコメディタッチで、MJの表情も「コメディ」よりの感じがしました。ところが、酒場の雰囲気も登場する役者も、これまでのような「ミュージカル」よりの出演者たちとは異なり、リアルに血の匂いを感じさせ、MJは、彼らのような現実的な人物とは異なる「違和感」を発散していました。


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『伯爵夫人』Countess from Hong Kong 1967



一方、ブランドは登場シーンでは、他の出演者と同じく、リアルなギャング映画の人物像を演じていますが、MJとの対面シーンから一転して「コメディ」タッチに転調し、自らのパロディも演じているようです。

ところが、ここでも、MJはブランドの「ボケ」に応じず、それまでのコメディ寄りとは、逆の「暗い表情」でブランドを見つめている。(→[38]冒頭の写真)

「You Rock My Would」について、わたしが読んだ批評によれば、このときのMJの演技は、女(Kishaya Dudley)を本当に買ったのはブランドで、そのことと、波止場を支配する“ボス”への怒り...というようなものでしたが、

そうであるなら、ブランドのパロディ演技は何のためかわかりませんし、そういったストーリーに集約するには、このSFには、他にも様々な違和感が感じられ、何かしっくりしないというのが、わたしの永年の謎でした。


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Brando&Sophia Loren『伯爵夫人』Countess from Hong Kong 1967



わたしは、その謎をきっかけに、ブランドの映画を観たり、自伝を読んだりするうちに、すっかり、ブランドに魅了され、これが、波止場を舞台にしたギャングと若者の話ではなく、MJのブランドへの特別な想いの方が、より重要な「物語の鍵」だと思うようになったのですが、

その特別な想いの中身は(30)を書いていた時点で想像していたことより、ずっと遠い地点まで広がってしまって、自分でも困惑しているんですが、さらに困ったことには、この想像が、そんなに外れていないような気がするところなんです(笑)。

あくまで、そんな気がするだけだということと.....また、これをどう説明したらいいのかに関して、もっとも困惑しているということを、あらかじめご了承くださいませ。


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さて、

(39)で「チャップリン、マーロン・ブランド、マイケル・ジャクソンという繋がりに1本の糸が見えてきた」と思ったのは、

ブランドの自伝『母が教えてくれた歌』で、チャップリンの遺作『伯爵夫人』(Countess from Hong Kong)に出演したときのエピソードを読んだことがきっかけでした。

◎『伯爵夫人』(アマゾン)


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ブランドは、チャップリンのことを、メディアが生んだもっとも偉大な天才で、彼に匹敵するような才能を持ち合わせた者など、ほかには思い当たらず、誰1人として足下にも及ばないと言うぐらい尊敬しているのですが、その尊敬するチャプリンの『伯爵夫人』はとんでもない失敗作で、

また、共演した息子(シドニー・チャップリン)に罵声をあびせつづけ、彼のシーンを何度も撮り直したことなどの行為を「無類のサディスト」と評し、常に撮影現場にいたチャップリンの妻のウーナにも、義理の息子をかばおうとしなかったことを見るに耐えなかったと書いています。

わたしは、最初これを読んだときは、ブランドの感想を文字通り信じ、彼の言うように「人間チャップリンは、長短さまざまな要素がからみ合ってできていた。その点では、私たちと何ら変わらない」といった表現から、チャップリンのことを考えていたのですが、



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しばらく経ってよくよく考えてみると、ブランドの「人間チャップリン」の評価には、「彼の眼には、そう見えた」ということがあるように思えてきました。

『伯爵夫人』への評価は一般的にも高いとは言えませんし「人間チャップリンは、長短さまざまな.....」といった表現は、どんな天才にもあてはまる表現ですが、少し異なるのではないかと思ったのは「息子への酷い仕打ち」の部分です。

ブランドの自伝を読んでいない方に少し説明すると、彼の両親は2人ともアルコール中毒で、親からの愛の欠乏に苦しみ、生涯通して悩み続けていて、ブランドの自伝は、偉大な成功を収め、長くスターの座を維持してきた俳優の自伝としては、随所に痛々しい魂を感じるものです。(そこが彼の魅力なのですが....)特に、先に母親が亡くなると、母を幸せにできなかった父親への憎しみがより一層増していたり、彼の度を超したプレイボーイぶりも、母からの愛の欠乏が原因だったように思えるのですが、

そんな分析が解決に繋がることはなく、永年のセラピーへの依存から、最後に出会ったハリングトン博士のセラピーでは、過去に触れることより、あらゆる事象について議論することに熱心になっていく。



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演技指導中のチャップリン:Sophia(左)、Sydney(右)



ブランドが、一度だけ、ハリングトンに「私が憤怒の塊なのは、父のせいだと思う」と告げると、

ハリングトン「憤怒とはどういうことだい?それが父上へのわだかまりから来ているというのかい?」
ブランド「そう」
ハリングトン「ほう、今この瞬間もわだかまりを感じているの?」
ブランド「いや、今感じているわけではないのだが」

ハリングトンは「そうか」と言い、話はそれっきりだった。しかしなぜか、この反応で彼は怒りから解放されたように感じ、

他にも、診察室に飾られた造花の花から、現実の不確かさを示し、人生のすべての事象は個人的な知覚に左右されるということや、彼から「きみの見方は必ずしも真実をとらえてはいない」ことを教えられたことや

ハリングトンにもっとも感謝しているのは「自分と他者を許す術を示唆してくれたことである」と著している。(『母が教えてくれた歌』P385)


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多くの精神医は、最終的にどうしても許せない相手が「親」であると知っている。

わたしには、両親がアルコール中毒だったという経験はないし、それ以外にも彼との共通点はまったく見当たらなけど、ブランドが父への憎しみから解放されるためには「自分と他者を許す」ことだと理解したことは、よくわかる。

親から愛されなかったという思いは、他人の賞賛では代えられないし、親への憎しみは、自分への憎しみと切り離すことができない。それでも過去は代えようがないから、今の自分が「許す」こと以外に方法はないのだけど、そんな風に何度思ったところで「許す」ことはむずかしい。それは、今の自分には出来ても、こどもだった頃に「許す」ことが出来ないからでしょう。


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『伯爵夫人』撮影オフ:Sydney、Chaplin、Sophia Loren



コメディアンも、俳優も、偉大なエンターティナーの幼少時が、幸福であることは少ないのですが、チャップリンの幼少時は、その中でも特に「不幸」な例だと思う。

チャップリンの両親はともに芸人で、彼が1歳のときに離婚。彼は5歳から舞台に立ち、7歳のときに父を亡くすが、その間も養育費はほとんど払われず、母は極貧生活で精神に異常を来たしたため、4歳から孤児院や貧民院を転々とし、10歳で地方劇団の一員となる。

母はときどき良くなる兆しを見せるものの、チャップリンがある程度稼げるようになり、極貧生活から抜出せた後も、完治することはなく、亡くなってしまう。

それでも、チャップリンの自伝には、父への憎しみはあまり書かれていない。

◎『チャップリン自伝〈上〉若き日々』(アマゾン)
◎『チャップリン自伝〈下〉栄光の日々』(アマゾン)


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演技指導中のチャップリン:Brando&Sophia Loren



『チャップリン自伝』は1959〜1963年に書かれ、1964年、彼が75歳のときに出版され、4人目の妻ウーナに捧げられている。

ブランドの自伝『母が教えてくれた歌』は1994年、彼が70歳のときに出版され、2人の姉と精神科医ハリングトン、クライド・ウォリアー(インディアンの民族運動家)、ボビー・ハットン(17歳で射殺されたブラック・パンサー党員)と15人のこどもたちに捧げられている。

MJの自伝『ムーンウォーク』は1988年、彼が30歳のときに出版され、フレッド・アステアに捧げられている。偉大な人物の自伝としてはめずらしく、あまりにも若い頃に書かれているので、比較することはむつかしいのですが、


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Brando&Sophia Loren『伯爵夫人』Countess from Hong Kong 1967



ブランドの父への感情から、MJのことを思い出すひとも多いでしょう。ふたりは共に、父から、褒められなかったことや、愛されなかったことを語り、恵まれないこどもたちの支援を熱心に行っています。ただし、その後のMJは父を許し、ブランドのように長く苦しむことも、自分の子供たちとの関係に問題を抱えることもなかった。(『息子マイケル・ジャクソンへ』参照)

チャップリンとMJが、父を許すことが出来たのは、チャップリンの場合は、父と同じ職業を継ぎ、MJの場合は、父の教育によって成功に導かれて、ともにエンターティナーという職業で成功し、また、2人ともその職業についたことを「天職」だと感じていますが、ブランドはそうではなく、子供たちのいずれにも、芸能界の仕事を反対している。

わたしは、ブランドの自伝で『伯爵夫人』への記述を読んでから、その映画を観て、ブランドの「人間チャップリン」の評価は少し違うのではないかと思ったのですが、それは、チャップリンが、この映画の重要な役に息子シドニーを抜擢させているだけでなく、あとに女優として活躍することになるジェラルディンや、その他エキストラにも、ファミリーを登場させ、撮影現場に妻も招いているからです。


☆ “反省・反省・反省”につづく


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Commented by mari-ko at 2011-09-20 01:37 x
yomodaliteさん、こんばんは。

なんだか、あのSFでMJがホントに救いたかったのは、ブランド?って気がしてくるのですが。。
Commented by yomodalite at 2011-09-20 12:43
うん....わたしもそう思う。ていうか、ブランドに限らず、MJの周囲は、金の亡者ばかりって、よく言われるけど、実際、MJは人を見る目がめちゃめちゃあるから、本当はそうでもなくて、みんなMJを救おうと思ってるんだけど、結局「愛を与えてる」のは.....みたいなこと多いよね。

ブランドのことを「トラウマを初めて身体化したスター」という表現があるけど、、「トラウマ」とか「傷ついた魂」というような、一般にも共感できるような表現で、彼のこと語っていいのかなって....自分で書いててもすごく悩む。だって、彼の場合、もうアメリカは疎か、人類すべてを背負って傷ついてるでしょう?

本当に彼って、幸せの中の、ほんの僅かな鈍さも許せないような「天才」で、救われないことに堪えたことが「偉大」というか、God Madeな「反逆」だから、

たぶん、流石のMJも「救える」とまでは、思えなかったんじゃないかなぁ。。

(エリザベスと共演した「禁じられた情事の森」、高額USED日本版VHSと散々迷ったあげく、英語版DVD買っちゃった。。ふぅーー)
Commented by yomodalite at 2011-09-20 23:39
追伸:もう少し正確に言いたくなっちゃった。

「そう思う」の部分は「そうかもしれない」「そういう部分もあるかな」ぐらいの感じかなぁ。。

ブランドとMJ両方わかってくれてる人が読んでくれてると思うと、すごく嬉しくて、ちょっぴり同意に勢いついちゃった。。LOVE
Commented by mari-ko at 2011-09-21 18:34 x
自分自身、二人ともホントに分かっているか、いまいち自信ないです。ふぅ~。。
でも、
>「トラウマ」とか「傷ついた魂」というような、一般的にも共感できるような表現で、彼のこと語っていいのかなって

yomodaliteさんのように、ブランドの事をなかなか文章なんかにできない私ですが、ここの部分とても共感できるし、個人的に私の中の「トラウマ」「傷ついた魂」っていう言葉の位置付けだけでは気持ちが落ち着かないってのもあります。ただ、私が彼に救われるてる気がします。
でも、自伝を読んで、「許し」ってところが、ブランドにはまだ引っかかりがあるような気がして、MJとちょっと違う気がして。。でも私は思いつきなところがあるなぁと思うんで、もう一度自伝読み返してるです。マジメなもんで(笑)

yomodalite教授からブランドネタがでると、ひそかに「きた!」って思ってます。こっそり課題をこなしてたり。。そして「LOVE」な教授に癒されたりしとります。

Commented by yomodalite at 2011-09-21 23:19
地震に台風... 今日も大変な一日だったね。

でも、もし明日死んだとしても、今日、ブランドの映画観てたり、MJのこと考えてたりしたこと、絶対後悔しないと思う。。

>ひそかに「きた!」って思ってます。こっそり課題をこなしてたり。。

てへ。わたしも、学習記録を公開してるだけなんだけど。。ブランドは「You Rock〜」と同年の最後の映画「スコア」を観てちょっぴり安心したり(デニーロもノートンも、ものスゴく魅力的な俳優だけど、ブランドのような俳優には、もう絶対に出逢えないよね。。)、

あと、J・デップとの共演作2作はこれから観るとこ。自伝以外のブランド本では、ペンギン評伝双書の「マーロン・ブランド」がこれまでのブランド本をほとんど押さえていて、自伝内容の補完にもなってて面白かったなぁ。

あと、チャップリンの娘のジェラルディンも、すごく素敵な女優だよね。。でも、偉大な父親の「血」は、娘にはすんなり伝わることが多いけど、息子はすごく大変みたい。。
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by yomodalite | 2011-09-19 10:11 | マイケルの顔について | Trackback | Comments(5)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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