去勢訓練/いとうせいこう

何ヵ月か前に、いとうせいこう氏のツイッターで、

二週間ほど前、批評空間の名編集者(俺の最後の小説「去勢訓練」担当)、故・内藤裕治氏からの封筒がどこからともなく目の前に滑り出てきて、やっぱり書けと言いますかと俺は書斎で独り言を言った。陣野氏にも同じようなことが起きたと「すばる」には書いてある。(2010/11/07)

という文面を発見して、いとう氏の最後の小説(いまのところ)をまだ読んでいなかったことに気づきました。

家では、本は奥深く収納してあるのですが、選りすぐりの30冊ほどのみ見えるところに置いてあって、それらは、自分にとって、どこか「特別」な本で、尚かつ素敵な装幀に限られているのですが、今確認してみたら、その中に、いとうせいこう氏の本は『マルクス・ラジオ』『ワールズ・エンド・ガーデン』の2冊もありました。

(同じく2冊あった著者は、澁澤龍彦の 『高丘親王航海記』『フローラ逍遥』、滝本誠の『映画の乳首、絵画の腓』 『渋く、薄汚れ。』

いとう氏のデビュー作『ノーライフキング』は衝撃的で、映画化もされましたけど、わたしにとって『ワールズエンド・ガーデン』は、それよりもさらに特別な感情を抱いた作品でしたが、

その後、わたしが個人的に読書をしなくなったり、出来なかった時期と重なっていたせいもあって、いとう氏の小説を読むのは、すごく久しぶりでした。

ただ、去勢のことも、それに訓練が必要なことも、今まで一度も考えたことがなかったせいでしょうか、この本がこんなに「エロい」内容だとは想像してなかったんですが(わたしは、ときどき「エロい本」が読みたい方なんですけどね。。)、

でも、この本は、ここの紹介にあるようなエロティックストーリーでもなければ、

数少ないネットでの感想のように「あまり面白くない本」でも、決してなく、やっぱり、すごく衝撃的な本でした。

同じくいとう氏のツイッターに、

陣野俊史×星野智幸対談(「すばる」)をトイレでふと開いたら、『ワールズエンドガーデン』と『去勢訓練』を引き合いに出しながら戦争小説について語っていて、ああ書いた甲斐があったなあと思った。(2010/10/26)

とあったので、雑誌「すばる」から引用します。

2010年11月号「すばる」〜「その後」の戦争小説論(16)
星野智幸氏との対話ー陣野俊史


陣野 前回、この連載で私は星野氏の新刊『俺俺』について書いた。いろんな問題があの小説には潜んでいるけれど、まず最初に提起したいのは、私が便宜的に「2003年問題」と呼んでいる現象についてだった。2003年のイラク空爆以後、日本の、主として若い作家たちは広義の「戦争小説」を書いているのではないか、というものだ。(中略)星野氏は2003年には大きな転換点といえる『ファンタジスタ』を書いている。2003年の転換について、星野氏はどう考えていたのか。

星野 たしか『ファンタジスタ』を書いているときだったと思いますが、自分の中で「新しい政治小説」というコピーを作ったのを覚えています。小説が政治をまともに扱うのは下品で恥ずかしいことだ、という空気が80年代にはありましたよね。政治を扱うと小説は政治の道具になってしまう、政治に取り込まれてしまうというような警戒感が強くあった。(中略)でも、そのままだと、誰も見ていないところで後ろ向きに抵抗しているような感じがあって、はっきり見えるところで政治というものを素材にしたいと思ったんです。その意識は『在日ヲロシヤ人の悲劇』を書くくらいまで続きました。

ーー直接的なきっかけはなかったんでしょうか。

星野 背景として「9.11」は大きかったと思います。(中略)湾岸戦争の後、それにまつわる小説はあまり書かれなかったけど、イラク空爆以後「戦争」を意識した小説が書かれるようになったということを、陣野さんは、この連載で指摘されました。そのことは、僕が小説を書きはじめた原因のひとつです。(中略)

しかし「日本が湾岸戦争および今後ありうべき一切の戦争に加担することに反対する」という声明に署名し、名を連ねていた中上健次は92年に死んでしまった。(中略)

中上健次の晩年の作品に対して世の評価はあまり高くないけれど、書けない状況の中で、どう書けるのかということを試行錯誤していたように思えてならない。(中略)それを自覚している人は書けなくなる。ー1991年に書き始め、翌年に一部は発表したものの、けきょく単行本の刊行が1997年になってしまった高橋源一郎さんの『ゴーストバスターズ』などはその典型ですね。


星野 まさにそうです。それと、いとうせいこうさん。いとうさんは湾岸戦争を彷彿とさせる『ワールズエンドガーデン』を書いた後、もはや小説が成立する状況にないことを深く感じ取っていたんじゃないかと思うんですね。そして1996年、雑誌「批評空間」で『去勢訓練』の連載を始める。『去勢訓練』は、それまで小説が前提としてきたのとは別の足がかりを得るための一歩で、「まず失っていることから始めよう」という小説だった。

そういうふうにしないと始められないと、僕も感じていました。いとうさんはあの時代にすごく正直に反応した作家だと思います。(後略)


2010年12月号「すばる」〜「その後」の戦争小説論(17)
いとうせいこう『ワールズエンドガーデン』『去勢訓練』ー陣野俊史


本連載で、前回、星野氏と話した折、ちょっと驚いたことがあった。それは、星野氏が、戦後文学との連続性よりも、90年代に登場した女性作家諸氏や、いとうせいこう氏とのつながりの中で小説を書いてきたと語ったことである。(中略)

90年代、男性作家たちは、どこかでメタノベルを書くことを要請されていた。(中略)物語への違和を、メタノベルで表明する小説こそが男性作家に求められていた。象徴的な存在は高橋源一郎である。(中略)こうした流れの中で、作家としてのいとうせいこうはどのように活動していたのか。

迂闊なことに星野氏に指摘されるまで、小説家いとうせいこうを湾岸戦争以後の小説の動向と重ね合わせて考えてみたことがなかった。(中略)私にとって、いとうせいこうは、まずラッパーであった。(中略)

『ワールズエンドガーデン』は戦争小説か、と言われれば、違うとしか答えようがない。舞台は、イスラム教の雰囲気が立ちこめる「ムスリム・トーキョー」。何故、東京の小さな町がイスラム化したのか。(中略)

小さな町の小さな人間たちの抗争だからこそ、小説は様々な連想を呼ぶのではなかったか。たとえば、小さなグループ間の抗争ということで言えば、いとうの数年後、石田衣良の手で『池袋ウエストゲートパーク』シリーズが書かれ、ヒキタクニオの手で『凶器の桜』が書かれることになる。(中略)『ワールズエンドガーデン』は幾重にも先取りしていたと、とも言える。

いとうせいこうは、いつも、時代より少し早い。(中略)

私の理解では、いとうせいこうは「男」の流動してとどまることのない横断性を進化させた小説を書いている。それが『去勢訓練』である。『去勢訓練』を検討する前に、もう人だけ『ワールズエンドガーデン』に触れておきたい。

この小説には2頁に及ぶ「献辞」がついている。(中略)「パキスタンにおけるイスラム神秘主義歌謡の帝王、ヌスラット・ファテ・アリー・ハーンとそのグループに」というような献辞群に混じって、こんな一節がある。

「つながった世界(ファック・オフ!!! ノストラダムス)」の中で “今が最高だところがって行こうぜ” と歌って我々を励まし、そのまま1人で天国へ転がって行ってしまった故江戸アケミに」(中略)

『去勢訓練』は、5つの短編からなる。(中略)それぞれ長短はあるものの、すべての短編に一貫していることがある。それは、行為の虚飾性が徐々に剥がれていき、ふいに、行為と無関係の何かが出現する。そして男性であること、あるいは女性であることは不意に逆転する、という構図である。(中略)

ただ、最後にひとつだけ言っておきたい。21世紀の日本文学は『去勢訓練』の成果の延長線上に位置する、優れた小説を幾つも持っている。湾岸戦争以後の停滞から立上がるために、小説家いとうせいこうが果たした役割は大きい、と(遅まきながら)いま、思っている。(引用終了)


陣野氏の文章は、相当省略してあって、もっともっと深い内容なので「すばる」誌で、実際にお読みくださいませ。

くれぐれも、90年代に本当の「こども」だった人や、大人ぶっている人(こどものくせにぃ)、またこれまでに、いとう氏の小説を読んだことのない人は「エロさ」に釣られて手を出さない方こと!(これは、そーゆー本じゃないです。残念ながら....)



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by yomodalite | 2011-07-24 18:31 | 文学 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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