母が教えてくれた歌 ー マーロン・ブランド自伝/マーロン・ブランド、R・リンゼイ

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(こちらは、マイケル・ジャクソンの蔵書として確認されている本です)


マイブームが止まらないマーロン・ブランドなんですが、自伝も読んでしまいました。本書の伴奏者である「ニューヨーク・タイムズ」記者で、レーガン元大統領の自伝の著者でもある、ロバート・リンゼイによる「はじめに」から、省略して引用します。

私の人生に関する本を書いてほしいと、マーロン・ブランドはもちかけた。これまで、わたしの愛する者たちがひどく中傷されてきたと思う、と彼は言った。数日後、ぼくはビバリーヒルズ、マルホランド通り沿いの、鍵がかかった門の前にいた。(中略)

最初の訪問の後、ぼくは何度もマルホランド通りの家を訪ねた。ぼくとマーロン・ブランドは仲のいい友人になった。奇妙な組合せだ。ぼくは平凡な人生を歩んできた一介のジャーナリストで、1人の女性と30年以上にわたる結婚生活を送っている。『ニューヨーク・タイムズ』のロスアンジェルス在住記者として働くうちに、多くの映画スタアをむしばむ軽薄で自己中心的なうぬぼれや幼稚さをこころから軽蔑するようになっていた。いっぽうマーロン・ブランドは型破りで、世間と孤絶した映画スタア。50年も有名人として生きてきたのに、いまだにプレス嫌いを通している。何百人もの女性と関係をもちながら、そのうちの誰1人とも「二分間以上いっしょにいたことはない」と言ってのける人物なのだ。


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会って二十分もしないうちに、マーロン・ブランドはぼくの靴をぬがせ、ベルトをゆるめると、指に電気反応の測定器を巻き付けた。彼はよく相手に質問をして、機械に出た反応を見ながら、人物考査をするのだそうだ。面食らった。最初の出会いで、ぼくはマーロン・ブランドがこれまでに会った誰よりも好奇心をそそる男だと感じた。(中略)

彼はどんなことにでも興味をしめし、とても博学だった。物理学からシェークスピア、哲学、チェス、宗教、音楽、化学、遺伝子学、スカトロジー、心理学に靴造りと、自分が話題にするすべての事柄に精通していた。(中略)

結局ぼくは、最初に彼がもちかけた話題で本を書くことはなかった。マーロン・ブランド自身が変わりはじめたからだ。彼は、ぼくに、あまり極端なものの見方はしないようになった、もう敵に復讐する気がないんだと言った。

ぼくについての好奇心の旺盛さもさることながら、マーロンは自分の内面や経験、欠点に関しても非常にオープンだった。当初ぼくはこの率直さを疑いの目で見ていたが、彼を深く知るようになるにしたがい、それが見せかけでないことがわかってきた。はじめマーロンは、自伝を書く気などさらさらないと言っていた。映画スタアに対する大衆の飽くなき好奇心を満たすために自分の心中をさらけだすなんて愚かだし下品だというわけである。

しかし時がたち、彼の他の面が変化するにつれ、人生を語ることに関する考え方も変わってきた。「私の人生を記録することにも有益な面がある」と自分に言い聞かせたと、マーロンはぼくに語り、ランダムハウス社から自伝を出す準備にかかった。

だが、それから二年たっても、執筆は一向に進んでいなかった。本格的な自伝を書くほど自分にはエモーショナルな蓄積がない、力を貸してくれないか、とマーロンはぼくに言った。最初ぼくはことわった、ジャーナリストが友人と仕事上の付き合いをするのは、客観性を保てないから賢明でないのだ。

しかし彼はこう約束した。隠し事は一切しない。なんでも腹蔵なく話すし、結婚生活と子供たち以外のことなら、きみの質問にはすべて答えると。マーロンはこの約束を守った。頼みを承諾したぼくは、彼との会話を書きとめ、テープに記録することにした。話は何日にも、何週間にもわたった。

自分の人生を語るつもりなら映画での体験も話してくれなきゃ困るよ、とぼくは言った。マーロンはしぶしぶ承知した。この態度は終始変わらなかった。だが、こと子供や前の妻たちに関しては頑として認めなかった。悪趣味だからというのが彼の言い分だった。

(後略。引用終了)

このあと、図書館で、第一章を数ページ読んで、これは「買わなきゃ」と思いました。本書は、めったにないレベルの面白い「自伝」です。

(ブランドが出演映画について、語っている部分が非常に興味深いので、ある程度、彼の映画を観た後の方が、より楽しめると思います)

「姉のティディとフラニー、G・L・ハリングトン、クライド・ウォリアー、ボビー・ハットン、および子供たちにこの本を捧げる ー 彼らが私を育んだ」(冒頭のブランドの言葉)

G・L・ハリングトンは、ブランドのかかりつけの精神分析医、クライド・ウォリアーは、アメリカインディアンの民族運動家、ボビー・ハットンは、17歳で射殺されたブラック・パンサー党員、

また、ブランドには、最初の妻との間に4人、次の妻との間に3人、母親未確認の子供が8人、1958年から1994年生まれまでの合計15人の子供と、子供より年上の孫もいて、最初の妻との間の初めての子供(Christian)と、2番目の妻との間の長女(Cheyenne)を亡くしています。

参考:「Marlon Brando's Family」「TUKI Brando」

結婚生活と子供たちのことまで語られていたら、とても読み切れなかったでしょう。

でも、そのかわりというか、夜ごとに別の女を...というプレイボーイ伝説は、かなりサービス精神満載で語られていて、その中には、マリリン・モンローなどの有名女優も含まれていますが(ブランドは、モンローの死の直前も彼女と電話で話したと証言しています)、そうではない方の語り口に、彼の人間的魅力が詰まっていると思いました。

わたしは、これまで、ミュージシャンや、コメディアンいった人と比べると「俳優」を尊敬したり、好きになったりする気持ちが低かったせいもあり、どうしてこんなに、マーロン・ブランドという人に惹かれてしまったのか、少し不思議だったのですが、この本を読んでいるうちに、ブランドに強烈に惹かれたのは、至極当然だったことが、よくわかりました。

彼が関わった傑作に、上手い役者としてだけでなく、脚本書きも含めて、相当深く関わって完成されていることは、決して自慢話ではなく、真実だと作品を観て感じましたし、俳優の仕事以上に、力を注いだ「運動」の実体、挫折、失敗も、満たされない心の問題と、どう向き合い、克服して行ったかも、

彼の輝かしい歴史と失敗の数々が、本当に率直に語られているのですが、そのすべてが、ブランド個人だけでなく、アメリカの歴史に深く重なっていて、読む人の折々と、人生経験に比例して、本書のタイトルの深みも感じられるのではないでしょうか。

やはり、彼以上の「偉大な俳優」はいないと思いました。

◎母が教えてくれた歌―マーロン・ブランド自伝(アマゾン・リンク)
◎Brando : Songs My Mother Taught Me(原書:米国アマゾン)

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[BOOKデータベース]アル中だった両親への愛憎。M・モンローなど数限りない女たちとの情事。精神分析医に頼った日々。自分を許すことで初めて自由を得た今、戦後アメリカ史を体現する今世紀最後の名優が、ついに明かした軌跡のすべて。異端者のように孤独に、少年のように純粋に語られた魂の葛藤と安息。角川書店 (1995/07)


MJについて

(残念ながら本書は、ブランドが70歳の1994年に出版されているので『You Rock My Would』のことには、触れられておらず、MJに関しては、P226に

もちろん、神話化は芸能人や政治家にかぎったことではない。私たちはまわりの友人や敵に関しても神話を創りあげてしまう。どうしようもないのだ。マイケル・ジャクソンだろうが、リチャード・ニクソンだろうが、私たちは本能的に弁護にまわる。自分たちの神話を傷つけたくないからだ。

という記述があるのみでした。

若いころから、よりよい世界を創り上げる責任を感じ、愛と善意と前向きの行動には不正や偏見、侵略、虐殺を阻止する力があると信じ、行動してきたブランドは「終章」で、

私はもはや、自分が世界を救う使命をもっているとは思っていない。そんなことはできないと納得したのである(中略)私の考えが変わりはじめたのはインドで飢餓に関する映画を撮った頃からだ。(中略)

金の力も信仰心も政治革命も、いや知識の力をもってしても、人間の動物的本性を変えることはできない。これまでに、人間を改善できたものは何もないのだ。私は、何百万ドルという金を人々のために提供してきた。しかし結局、その金は私の思うようには役に立たなかったのだと、今になって痛感している。


とあるのですが、ブランドが、MJの「Heal the World財団」のスタートに寄付を行ったのは、この本が出版される少し前でした。34歳も年下の友人を、ブランドがどのように感じ、接していたのかには、ますます興味が募りますが、わたしには、ブランドが、その晩年の多くを、MJの住居「ネバーランド」で過ごしていたことなど、彼が、MJに「癒されていた」ように感じ、MJの2002年のスピーチ、

「わたしが子どもたちを本当にいやせると考えているとお思いですか? ー わたしはもちろん、そう思っています。そうでなければ、今晩ここに来ていないでしょう。すべては許すことからはじまるのです。世界をいやすためには、まず自分自身をいやさなくてはならないからです」

についても、若い頃から本当に先人に学んで、慎重に考えられてきたもので、むしろ、ブランドより、一貫して「リアリスト」であったことも、ますます確信してしまいました。


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by yomodalite | 2011-07-05 13:52 | 映画・マンガ・TV | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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