赤朽葉家の伝説 (創元推理文庫)/桜庭一樹

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赤朽葉万葉が空を飛ぶ男を見たのは、十歳になったある夏のことだった。万葉は私の祖母である。

そのころ祖母はまだ、山陰地方の旧家である赤朽葉家に輿入れする前で、山出しの野蛮な娘であったため、苗字というものがなかった。ただの、万葉、と村では呼ばれていた。

祖母は物心ついたころから、不思議なものを見た。骨組みのがっちりとした大女で、黒い、鴉の濡れ羽色をした髪を腰まで垂らし(それも晩年はさすがに、雪のような白銀色に変わったが)、おおきな瞳をよぅく細めて、ときどき、遠く、山の頂の方をみつめていた。

祖母は視力がとてもよく、そして目には見えないものを視た。赤朽葉家の千里眼奥様と呼ばれるのはまだ先の話だがーーわたしはいま、祖母の子供時代の話をしようとしているのでーー幼いころから、ときおり未来を視ていたのはまちがいない。


2006年の暮れに出版された、桜庭一樹氏が最初に「直木賞」の候補になった本。

通常このブログでは、他で目一杯感想が書かれているような「超人気本」は読んでも記録しておかないことが多いのですが、桜庭一樹さんには、今、特別な想いがあるので、、♡

とにかく、銀座のMJ(現在連載中の『傷跡』)で驚き、『桜庭一樹読書日記』ではその本への愛情だけでなく、直木賞受賞後に結婚されたのが売れない若手芸人であったり、もう出会うたびに「♡」マークが増えていく一方なんですが、本書でも、ますます好きになりました!

桜庭氏が超絶読書マニアなのは、よく知られていますが、通常の「プロが認めるプロ」という賞賛を受けるタイプの人とちがい、桜庭氏がスゴいのは、

読書マニアな作家でありながら、ありあまる知識やテクニックを駆使して、読書ビギナーをも「読書好き」にさせてしまうところだと思います。本書は単行本としては、通常の厚みですが「二段組み」の体裁は、しばらく読書をしていない方には、若干ハードルの高さを感じるかもしれませんが、第一部の神話の時代から、ぐいぐいと物語に惹き付けられていく力量は、流石としか言いようがありません。

氏は、特に影響を受けた作品として、ガルシア・マルケスの『百年の孤独』を挙げられているのですが、本書はまさに、それを彷彿とさせる神話的な歴史小説の要素をもちつつも、戦後〜高度成長期〜バブル〜平成から現代までを、赤朽葉家の三代の女たちの姿を通じて描いた一大叙事詩。

第一部(1953 - 1975)赤朽葉万葉(祖母)を中心に語る『最後の神話の時代』
第二部(1979 - 1998)万葉の娘の毛毬(万葉の長女)を中心に語る『巨と虚の時代』
第三部(2000 - )語り部である瞳子(毛毬の娘)が謎解きに挑む『殺人者』


架空の村である紅緑村に古くから続く製鉄業を営む名家、赤朽葉家の大奥様(タツ)は、長男の曜司に「山の人」であり、千里眼の力をもつ万葉を妻にするように薦め、また、万葉が生んだ子供たちにも「奇妙な名前」をつける。(長男=泪、長女=毛毬、次女=鞄、孤独=次男)

泪は、名家の長男として期待されているが、万葉は千里眼により未来を見てしまう。

毛毬は、美貌の不良少女で、レディースの総長となるが、親友の死を経験し、大人気少女マンガ家になる。

赤朽葉百夜(曜司の妾・真砂が生んだ子供)は、毛毬に複雑な感情を抱いており、毛毬の恋人を次々に寝盗って行くが、毛毬には百夜の姿が見えない。

物語の語り部でもある、毛毬の娘、瞳子は、伝説的な祖母、母と違い平凡な自分に悩みながら、ニートとして現代を生き、赤朽葉の「謎」を解くことになる。。。

歴史小説からミステリまで、幅広い要素が楽しめる希少な物語。

次は直木賞受賞作『私の男』を読む予定だったけど、『傷跡』発売までの間に、もっと多くの作品を楽しみたくなったので、次に何を読もうか迷ってます。桜庭一樹の原点を知るというきっかけで、初めての「ライトノベル」にも挑戦してみようかなぁ。。

◎『赤朽葉家の伝説』 (創元推理文庫)

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【Amazon.co.jp特別企画/著者からのコメント】みなさん、鳥取県紅緑村から、こんにちは。桜庭一樹です。
この『赤朽葉家の伝説』は2006年の4月から5月にかけて、故郷の鳥取の実家にこもって一気に書き上げました。わたしは山奥の八墓村っぽいところで生まれ育って、十八歳で東京に出て、小説家になりました。昭和初期で時が止まったようにどこか古くて、ユーモラスで、でも土俗的ななにかの怖ろしい気配にも満ちていて。そんな故郷の空気を取り入れて、中国山脈のおくに隠れ住むサンカの娘が輿入れした、タタラで財を成した製鉄一族、赤朽葉家の盛衰を描いたのが本書です。不思議な千里眼を持ち一族の経済を助ける祖母、万葉。町で噂の不良少女となり、そののちレディースを描く少女漫画家となって一世を風靡する母、毛毬。何者にもなれず、偉大な祖母と母の存在に脅えるニートの娘、瞳子。三人の「かつての少女」の生き様から、わたしたちの「いま」を、読んでくれたあなたと一緒に、これから探していけたらいいなぁ、と思っております。
 実家での執筆中、気分転換にと庭に出たら、犬に噛まれました。(甘噛みではありません)屋内では猫に踏まれました。あと、小腹がすいたと台所で冷蔵庫の中を物色していたら、父に「こら、ゴン!」と、犬と呼び間違えられました。執筆のあいだ、いろいろなことがあり、いまではなつかしい思い出です。 桜庭一樹

[出版社 / 著者からの内容紹介]「山の民」に置き去られた赤ん坊。この子は村の若夫婦に引き取られ、のちには製鉄業で財を成した旧家赤朽葉家に望まれて輿入れし、赤朽葉家の「千里眼奥様」と呼ばれることになる。これが、わたしの祖母である赤朽葉万葉だ。――千里眼の祖母、漫画家の母、そしてニートのわたし。高度経済成長、バブル崩壊を経て平成の世に至る現代史を背景に、鳥取の旧家に生きる3代の女たち、そして彼女たちを取り巻く不思議な一族の血脈を比類ない筆致で鮮やかに描き上げた渾身の雄編。2006年を締め括る著者の新たなる代表作、桜庭一樹はここまで凄かった! 

単行本/東京創元社 (2006/12/28) 
文庫/東京創元社 (2010/9/18)





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Commented by pyt at 2011-03-05 11:03 x
私も桜庭ワールドにハマりつつあるひとりです。。
って、月刊誌3冊分の連載を読んだだけなんだけど、、『傷跡』一足お先に堪能しちゃってますから(笑)

傷跡が単行本で発売されるまでには、これと「砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない 」と、私も「私の男」を読みたいと思ってる。。
内容紹介ありがとうでした!ますます読むのが楽しみ。

ところで「赤朽葉家」ってなんと読ませるのでせうか?
Commented by yomodalite at 2011-03-05 16:14
「赤朽葉家」=「あかくちばけ」♪

奇妙な名前も、そのまんま「けまり」とか「かばん」とか「こどく」なの。。
Commented by pyt at 2011-03-06 10:02 x
奇妙な名前は、この作家の作品に「共通」してるのかな。

印象だけど、ファンタジー系の作品の時は、「奇妙な名前」を使う傾向とか。。って、どれがファンタジー系?っていわれると困るけど(笑)
Commented by yomodalite at 2011-03-06 21:41
>奇妙な名前は、この作家の作品に「共通」してるのかな。

わたしも、2作目なんで....

でも『少女には向かない〜』の、大西葵と宮ノ下静香はそんな変ってないよね。

『赤朽葉家〜』の奇妙な名前は、読めばわかると思うけど、ファンタジー系や、ライトノベル、少女マンガ系の変わった名前とは、ひと味違った「意味」があると思うよ。赤朽葉家の「赤朽葉色」は女たちの歴史と、製鉄所の溶鉱炉を意図していて、ちなみに、造船業を営む万葉の親友は「黒菱家」だし、名前の方はそれぞれの「時代」を汲んでいるんじゃないかな。
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by yomodalite | 2011-03-04 19:38 | 文学 | Trackback | Comments(4)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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