マイケルとThree Stooges(3)

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マイケルとThree Stooges(2)のつづき

「Curly: An Illustrated Biography of the Superstooge」が出版されたのは1985年で「Vibe」誌のインタヴュー(2002年)より17年も前の話なんですが、その1年前の2001年「USA Today」のインタヴューで、MJは子供の教育について答えています。

彼は父親になり、5歳の長男と、4歳の長女、次男はこの雑誌が販売された頃はまだ生後1〜2ヵ月ぐらい。こどもたちの教育のことは、きっと彼の関心のかなりの部分を占めていたと思います。

◎USA Today Interview(スクリプト原文)
◎こちらのとてもとても素敵なブログに翻訳があります

(上記から抜粋して下記に引用)

歴史を振り返ってみると、素晴らしいことを成し遂げた人はいつも同じ目に遭ってきています。僕はディズニー家の人達と親しいんですが、ウォルトのお嬢さん達はいつも、学校時代は辛い思いをしたと話していました。同級生に「ウォルト・ディズニーって最悪だよな。つまんないもん。ディズニーなんか見ないよ」と言われ続けたそうです。

チャーリー・チャップリンの子供達とも親しいんですが、彼らも子供達を学校に行かせられなくなった。「おまえの爺ちゃん、アホか?全然面白くないよな!みんなあいつなんか嫌いだよね!」というふうにいじめられたせいです。チャップリンはあんな天才だったっていうのにです!(何かを達成した人の子孫は)みんなやっかみに対処していかなくてはならないんです。(引用終了)



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彼らとの交流は、父親として、自分のこどもを守るために、彼らの経験から学びたかったという理由も大きいのかもしれません。

このインタヴューでは、チャップリンやディズニーの娘とのエピソードが語られていますが、彼は、ジョン・レノンの息子や、また元妻のリサもそうですが、他にも多くの有名人の子供と交流しています。アメリカの象徴とも言える少女スターだった、シャーリー・テンプルと面会したとき、MJはひたすら泣いたという話もありました。

わたしは、リアルタイムで、この頃のMJの記事を目にしていたときは、彼が前人未到の成功を手にした後「チャイルド・スター」であった自分の辛かった思い出に、こだわり過ぎていて、自分のような、一般的なファンの気持ちから、どんどん離れていってしまっているような気がしていましたし、メディアの「マイケル・ジャクソン」のイメージもそうでした。

でも、2000年前後の彼の行動をよく見て行くと、彼が「チャイルド・スター」としての過去のトラウマや、得られなかった子供時代にやり遺した世界に、閉じこもっていたという見方は、違うのではないかと思うようになりました。



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彼が、多くの有名人の子供や子役スターと交流したのは「チャイルド・スター」であった自分のきもちをわかって欲しいという気持ちがなかったとは言えませんし、自分のこどもの教育を考えてという理由もあったと思います。

でも、MJには、彼らの心を癒したいという気持ちの方が強かったんじゃないかと、私には思えるんです。そして、彼が癒そうとしていたのは、チャイルド・スターや、芸能人の子供だけではありませんでした。

彼が「こどもの心」を癒そうとしていたのは、もうずっと前からですが、1993年にイギリス、リバプールでおこった2歳児誘拐殺害事件の加害者である、ふたりの10歳児にも会いに行こうとして、当時の妻だったリサ・マリーとも口論になったようです。

この事件は、当然のことながらイギリスで大問題になり、未成年としてはありえなかった実名報道や刑事罰があたえられるなど、メディアの過熱報道がなされた事件でした。

何もなくても、常にパパラッチにつきまとわれているMJが、こういった過熱状態のメディアから逃れることなど、まったく不可能にも関わらず、彼は、2人は愛のない家庭に育ったに違いないから、どうしても自分が会いに行かなくてはいけないんだと、強行に主張したようです。

◎オックスフォード・スピーチでも語られた「ジェームス・バルガー事件」
(=ジェイミ・バルジャー)


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MJはリサのことを、こどもたちの病院を一緒に訪問するのに、とてもふさわしい人だったと語っていますが、多くのこどもたちへの支援活動をしているような人であっても、幼いこどもの命を奪った「こども」に愛情をそそげる人は少ないでしょう。

オックスフォードでのスピーチも「USA Today」のインタヴューと同じ2001年です。

彼がそこで語ったのは「貧しさや病気から、こどもを救う」ことではなく、大人も含めて自らの内にある、こどものこころを「癒す」ことと「許す」ことでした。

◎オックスフォード大学での講演  

こどもの頃、大好きだったカーリーのモノマネや、コメディを人前で演じることを、彼は10代で一旦止めて(「ジャクソンズ・バラエティ・ショー」)、彼は代表作と言える傑作アルバムを何枚も創った後、彼らの素晴らしさと、自分が受けた影響を、何度も語るようになっていますが、それらは、未だに、真剣なメッセージとしては、捉えられていないように思えます。

☆2001年「USA Today」(再度上記のブログから引用させていただきます)

Q : 子供が教えてくれたことは?

MJ : 沢山あります。子供に接していると、聖書の教えを思い起こさせられます。 聖書によれば、弟子たちが、誰が一番すぐれているとイエスはお考えだろうかと言い争っていた時、イエスは「お前たちのうちの一人ではない」と言って一人の少年を呼び、「この子供のように謙虚になるまでは、、、」と述べられたということです。

このことは、私達は、親切で謙虚でなくてはならず、子供のように開かれた素直な目で驚きをもって世の中を見ることが大切だと教えてくれます。僕にはまだそういう面があると思います。今でも僕は雲の様子や日没の素晴らしさに我を忘れます。昨日も虹を見た時、願いを唱えました。流れ星も見て、その度に願いを唱えたんです。(引用終了)



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こどものように素直に世の中を見ることは、大人にとって、ときどき思い出して見た方がいいと思いますが、こどもの心を大事にして「許す」ことは、むつかしくないですか?

「許す」ことは、こどもには、なかなか出来ないし、こどもっぽさを大事にして、大人になるのも、むつかしいですよね。

Q : 父親になってどんなふうに変わった?

MJ : とても大きな変化を経験しました。時間の使い方を今までとはすっかり変えなくてはいけないでしょう。子供達の世話を行き届かせ、正しいマナーを教え、きちんと育てるのが僕の務め。とはいっても、それを自分の音楽やダンスやパフォーマンスの妨げにはさせない、とも心に決めている。

ですから、僕は二つの異なる役割を演じなくてはならないんです。

(引用終了)

わたしは、MJが旅立ってから、彼を拒絶し始めた時代のことを、何度も思い返してしまうのですが、あの頃から、世の中は、どんどん「不寛容」になっている気がします。

ジェームス・バルガー事件は、イギリス全土に警備カメラが設置されるという結果を招き、10歳の少年に終身刑を求める声も激しかった。

不寛容で、疑い深い世の中になると、なぜか世の中は「こどもっぽく」「単純」になり、画一化されましたが、人の「こどもっぽさ」は、許されなくなっているようです。



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MJがカーリーのことを好きなのは、映画『スリング・ブレイド』もそうでしたが、自分を犠牲にしてもというところに、親近感があるように思います。

でも、彼がキングになってから、メディアに「ストゥージズ」が好きだと、何度も語るようになったのは、芸能人の鏡としてのリスペクト以外に、2つの意味があるのではないでしょうか。

ひとつは、マイケル・ジャクソンの顔について(16)でも書きましたが、

90年代以降、世界が「笑えない」方向に進もうとしていたことを、
敏感に察知していたから。

もうひとつは、内田樹氏の『武道的思考』で、これは、MJのことではないかと思ったのですが。。。(グレー部分。再度省略して下記に引用)

「世界が私のような人間ばかりだったらいいな」というのが人間が自分自身に与えることのできる最大の祝福である。でも、これはむずかしい課題である。

ふつうの人は「世界が私のような人間ばかりだったら」気が狂ってしまうからである。他者のいない世界に人間は耐えられない。

だから、論理的に考えれば、「私のような人間ばかりでも平気な私」とは「一人の人間の中に多数の他者がごちゃごちゃと混在している人間」だということになる。

わたしが、内田氏の言葉を本当に理解しているかどうかわかりませんが、MJが「ストゥージズ」への愛を語ることが多くなっていったとき(ヒストリー〜インヴィンシブル期)、彼自身からスマイルが消えていったのは、あの頃の「逆風」からではないと思います。

なぜなら、彼は、あの「裁判」のときですら、笑うことが出来るほど「強く」、
それから何年も準備を怠らず「THIS IS IT」で復活することができたのだから。



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MJとThree Stooges(1)で紹介した「序文」は、追悼式が行われた日の
「The NEW YOKER」でも、記事になっていました。

元記事内の「message board」にリンクがあって、Three Stoogesのファンサイトに飛びます。Stoogesの熱心なファンが、MJのためにあたたかいメッセージをくれていると思って行くと、そうでないものもたくさんあるので、そんなにお薦めできませんが....

「The NEW YOKER」の記事の締めの言葉。。。
Curly, like Jackson, outperformed the pessimists.

著者のジョーンによる、娘たちへのインタビューのことなどは、また気が向いたら。。




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Commented by pyt at 2011-02-17 21:19 x
やっと動画も含めて、本日全部見終わりました(遅)で、今頃のコメントなんだけど、カーリーの娘とMJとのエピを絡めた「心情」の考察って、とても興味深かった。なんていうか、視点が新鮮!カーリーの娘を慮って、MJが序章を書いたかも、というところも共感です。

>僕は二つの異なる役割を演じなくてはならないんです。

この言葉、凄く深いね。子育ても仕事も実は「演じて」いたのね。。

>だって、彼は、あの「裁判」のときだって、笑うこと・・・それから何年も準備を怠らず「THIS IS IT」で復活・・・

顔シリーズのメインテーマに通じるところかな。。

実は三バカ大将の動画って初めて見たのだけれど、私はとても面白かった!言葉が分からないながらも、次の展開が読めてしまう!でも笑えるって、まさにこれは昔のドリフ(笑)でも今となっては哀愁漂うお笑いかも。。でも、これがMJが好きな「古典的お笑い」だったんだなって、、カーリーのマネをして変な音を出す、チビマイケルを想像しながら見ました。

素敵な考察&動画をありがとう!
Commented by yomodalite at 2011-02-17 21:56
長いの読んでくれて、ありがとう===!!!

カーリーの娘とMJの部分は、本書の中身をまだあんまり読んでないんだけど、、ただ、メンバーの中で、カーリーだけが早く亡くなってたり、離婚してたりで、いとこである、ジョーンもカーリーの娘たちにインタビューするのに、時間かかってるんだよね。

>顔シリーズのメインテーマに通じるところかな。。

う〜ん、裏テーマかな。。 (^^) 
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by yomodalite | 2011-02-13 21:42 | MJ考察系 | Trackback | Comments(2)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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