一色一生/志村ふくみ

本書は1982年(29年前)に出版され、これまでに何度も再版を重ねている名著。

著者は、染や織の世界で第一人者といわれ1990年に人間国宝にもなられた方ですけど、そんな肩書きをまったく知らないで本書を手に取ったとしても、著者の凄さは、1ページ目から伝わると思います。

でも、去年の秋頃から、少しづつ読んでいたのですが、実はまだ読了してません。著者の文章は、その織物と同様か、それ以上とも言えるほど魅力的で、染色や織物についての専門的なことも「苦」に感じることはないのですけど、、

本当にタイトルどおり「色」に一生を賭けている生き様に圧倒されて、自分の中にどう取り込めばいいのか、わからないという感じでしょうか。

「心が洗われる」という体験が、ときに「ひりひり」と痛みを感じるように、何度も「無理」って叫びそうになるのを堪えていたのですが、やっぱり、一旦「リタイア」することにしました。

著者は61歳でルドルフ・シュタイナーの人智学に出会ってから、62歳でゲーテの『色彩学』シュタイナーの『色彩の本質』に関する研究を始め、66歳で人智学による染色研究所「都機工房」を作り、70歳で、もうひとつの名著『織と文』を刊行されています。

ゲーテの『色彩学』から、再チャレンジしてみようかなぁと思ってみるけど、やっぱり、当分「無理」かもしれない。。。

わたしが大学生の頃は、今よりは「教養」が重要視されていたけど、それが壊されて行った時代でもあって、わたしも、本が好きなわりには「教養」が嫌いだった。でも、このところ、結局、筋を通した生き方にも、信念にも「古典」が重要なんだなってことが身に沁みてばかり。。。

下記は本書の冒頭「色と糸と織と」から引用

花は紅、柳は緑といわれるほど色を代表する植物の緑と花の色が染まらないということは、色即是空をそのまま物語っているように思われます。

植物の命の先端は、もうこの世以外のものにふれつつあり、それ故に美しく、厳粛でさえあります。

ノヴァーリスは次のように語っています。

 すべてのみえるものは、みえないものにさわっている。
 きこえるものは、きこえないものにさわっている。
 感じられるものは感じられないものにさわっている。
 おそらく、考えられるものは、考えられないものにさわっているだろう。

本当のものは、みえるものの奥にあって、物や形にとどめておくことの出来ない領域のもの、海や空の青さもまたそういう聖域のものなのでしょう。この地球上に最も広大な領域を占める青と緑を直接に染め出すことが出来ないとしたら、自然のどこに、その色を染め出すことの出来るものがひそんでいるのでしょう。(引用終了)



美しいものに出会いたいひとに
☆☆☆☆☆

◎『一色一生』講談社文芸文庫
______________

[出版社/著者からの内容紹介]染織家志村ふくみ、数十年、さまざまな植物の花、実、葉、幹、根を染めてきた。それらの植物から染まる色は、単なる色ではなく、色の背後にある植物の生命が、色をとおして映し出されているのではないか。それは、人と言葉と表現行為と、根本的に共通する。芸術と人生と自然の原点に佇んで思いめぐらす。深い思索とわがいのちの焔を、詩的に細やかに語るエッセイ集。

[BOOK」データベース]
植物の花、樹皮、実、根等から染液を作り糸を染める植物染料。百の植物があれば百の色が生れ、季節や産地、媒染の方法が異なればもっと多くの色が生れる。自然界の恵みの色に惹かれ、望みの色を生みだすためには一生をかけても悔いはないという、染織作家の様様な人や色との出会いを語ったエッセイ集。大仏次郎賞受賞 講談社 (1993/12/24)、求龍堂; 新装改訂版版 (2005/01)






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by yomodalite | 2011-01-19 12:01 | きもの | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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