特殊まんが家-前衛の-道/根本敬

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ブログに読書感想を書いている、1番の理由は、自分のための記録です。

万が一、totoで6億円当たっても、一生狭い家に住む!と決めているので、どうしても何度も読みたいとか、レファ本として、家に置いておきたいとか、本文ページに目一杯書き込みや、赤線引いて読みたいとかじゃない場合は、書物は、図書館で補完しておいてもらいたいんですよね。

2番目は、書くことで、より記憶しておきたいからだと思います。

で、3番目は、著者に少しは恩返しをしたいのと、いいなぁと思ったモノを人に薦めるが好きだからなんですけど、たま〜に「紹介により買いました!」って、言われると、すごく嬉しい反面、いつも「シマッタ!」って思うんです。

わたしが勝手にそう思ったことまで、本に書いてあるかのように、言ってしまったかも。とか、ちょっと、言い過ぎたかな?とか、で、そんな反省を出来るだけしなくても良いように、「アフィリエイト」も張ってないので、ホント期待どおりじゃなくても、どうか恨まないで欲しい。

と、ここまでが言い訳で、

ここから、タイトルの本についてなんですが、、、まず、本書は、もの凄い「傑作」ですが、著者は「特殊まんが家」という、本当に特殊な職業の方なので、お薦めしたい!って気持ちは、まったくありません。

もし、あなたが、根本敬という、名前を聞いたことさえないなら、ここから先は、どうかご遠慮くださいませ。根本敬氏との出会いが、わたしが書いた文章なんて、気が重過ぎるし、きっと良い出会いにはならないと思う。それと、たぶん、根本氏やタイトル本が出てくるのさえ、すごく時間がかかると思うし、とにかく無駄に長いと思う。

それと、ここからは、通常とは異なるチャンネルの「電波」を放出するので、
そこにも「周波数」を合わせないでほしい。


特に、わたしのブログをマイケル関係で読んでくれている方は読まないで欲しい。

ていうか、マイケル関係以外のひとも読まないで欲しい(笑)本当に死にそうなほど暇で、尚かつ、読んだ後にすっかり忘れてくれる人以外は、どうか遠慮していただきたいと思う。

本当に、本当に「ひとりごと」なので。。。(しかも、電波系の)(言い訳はここまでって言ってから、また言い訳しちゃった。。。だって、まさか、マイケルが、根本敬まで、わたしを導いてくれるなんて、、、思ってもみなかったし、この気持ちを、どうやって、記録していいのか、わかんないんだもんっ!)

とにかく、根本敬が、どうして「来た」のか、よく覚えてないけど、最近、いとうせいこう氏のことを考えていたせいかもしれない ー 最初に、氏のツイッターを見つけたときに、杉本博司の『曾根崎心中』のお知らせを発見して、すごくびっくりして、慌てふためいて、神奈川芸術劇場のメンバーになった。

舞台や芝居は苦手だし、文楽も好きでもないんだけど「杉本博司+近松」を、いとう氏で知って、腰の重いわたしでも、走らざるを得なかったのだ。来年行われる、そのチケットを入手して、あらためて、これまで、いとう氏から受けた「恩」をいっぱい思い出した。


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(右側のグルーチョに成りきっているのは大竹まことで、左側はチコ役のきたろう)



『マルクス・ラジオ』ー 今のヤング(笑)は、どうなのか知らないけど、私がヤング(笑)な頃は、ヌーベルバーグや、小津安二郎の映画と同様に『マルクス・ブラザース』の映画も、重要なサブカル教養ではあったのだけど、それでも、マルクス・ブラザーズを解散後の、グルーチョ・マルクスがやっていたラジオ番組の脚本を、番組終了後60年以上経ってから、完璧に笑える「翻訳」で、しかも、大手出版社から出版してくれるような、そんな、ステキな人が他にいるだろうか?(絶対いない!!!)

いとう氏が、浅草に住まいを移したと聞いたときは、私はまだ、全然「浅草」のことがわかっていなくて、とりあえず、その数年後に隅田川沿いに住むようになったので、少しだけ近づけた気がするけど、あと2年ぐらいしたら、あのとき「銀座」の近くを選んだのは、甘くて下衆な下心だったと完全に反省するかもしれない。それほど、かの地の男の“粋”と、この地の男(特にキモノ関係)のレベルの差は激しい。

日本のヒップホップが誕生した瞬間(いとう氏が作った)、わたしは、その場所(どこだったかは覚えていない)に居たし『ノーライフ・キング』(’88年)も『天才ビットくん』も『しりとり竜王戦』も見逃していなかったけど、もっともっと、深く出会っておけば良かったなぁと、今になって思う。。でも、重要な「出会い」は、ほんとうに、ある日、突然、まさかというタイミングで、やって来ることが多いのだ。

あの日もそうだった。

まだ、あの頃は、朝TVが流れていて、それで、あのニュースを知ったのだ。今だから、わかるけど、あのニュースには、驚くほど、多くの「電波」が、発せられていて、それは今でもずっと続いている。

CDを買う必要がないほど、街に彼が溢れていた時代以降の「INVINCIBLE」も「Blood On The Dance Floor」も持っていて「In The Closet」の3枚のリミックスCDなんかも狂ったように聴いていたはずのに、今から考えると、まったく聴いていないに等しいというか、まだ全然彼に出会ってなんかいなかった。

若い頃に出会ったアーティストや曲が今も一番という人は多いようだけど、わたしは自分の若い頃の感覚なんて、今はまったく信用できないので、あの頃もスゴいと思っていて、尚かつ、今もスゴくあり続けている人を発見すると、若い頃に感動した何倍も感動してしまう。

でも、根本敬氏は、若い頃から知ってはいたけど、本も1冊も持っていないし、1番、最近触れたものは、たぶん『神様の愛い奴』だと思うけど、『ゆきゆきて、神軍 』を観たひとは、セットで観た方がいいかもなぁと思った以上の感想はなかったし、その後の作品にはまったく触れていない。

そういえば、最近、3日連続でみうらじゅん氏の夢を見た。みうら氏は、根本氏やマイケルと同年齢で、根本氏は2008年に「みうらじゅん賞」を受賞しているのだけど、他の「みうらじゅん賞」受賞者だって、いとうせいこう氏以外は知っているとは言えないし、出会ってもいないし、そもそも、みうらじゅん氏にだって、あまり出会っていない。

だから、どうしてなのか、本当によくわからないのだけど、もしかしたら、勝新太郎なのかもしれない。

『天才 勝新太郎』 ー 著者の春日氏は、時代劇の現場を、相当取材されて、書かれているのは、間違いがないのだけど、でも、それだけでは、あれほど「勝新太郎」には出会うことは出来ない。この本に、根本氏の名前があったかどうか、覚えていないけど、春日氏は、勝新太郎自身だけでなく、根本敬の「ソウル電波」も、きっと受けたに違いないと思う。

仮に、著者に記憶がなくても、この世には、さまざまな「残留思念」というものがあるのだ。そうでなければ、今になって『影武者』を降りたときの、勝新太郎の気持ちがわかることもないし、あれが、何かを変えた瞬間で、また、何かが終わった瞬間だったことが、後になって、わかるということもないと思う。

わたしが、春日氏の驚異的な仕事により、勝新太郎に出会うことが出来たのは間違いないのだけど、でも、春日氏がどんなに良い仕事をしてくれていても、マイケルによって、わたしの「アンテナ」が開かれていなかったら、それを受け止めることは出来なかった。90年代以降のMJに周波数を合わせていたから、勝新太郎を感じることが出来たのだ。

本書を読むまで、根本氏が、これほど、勝新太郎の「ソウル電波」を受けていたことも知らなかったけど、わたしも、勝新太郎の「ソウル電波」を受けていたから、根本氏にも出会うことが出来たんじゃないかと思う。

とにかく、とうとう、根本敬が来た!という感じが突然して『特殊まんが家-前衛の-道』と『真理先生』の2冊を図書館で借りてきた。『真理先生』は決して得意とは言えない、根本氏の「まんが」なしで読むことができるので、そっちから読み始めたのだけど、なかなか読むことが出来なかった。かなり特色のある文体に、なかなか慣れることが出来なくて「根本敬が来た!」と思ったのは、勘違いだったのかと思い始めたころ、諦め半分で『特殊まんが家-前衛の-道』を読み始めた。

水木しげる氏と、根本氏の関わりというか、インドのカースト制の中には、バラモンの読書中に生涯ページを捲るだけの、只、それだけの役割のカーストがあるという話から、水木先生に、トイレがどこかを教える役割を与えられていたけど、遂にその役目から「解き放たれた」という根本氏のエピソードが語られている「はじめに」を読み終えると、目次があって、章扉には、

「真の夜の収穫者は水谷君(孝)ではなくこの僕だ」
− そういった夜に対する自負が森進一にはあった。


と書かれてあった。

水谷君とは、裸のラリーズのボーカルで、ギターの人なんだけど、わたしは、よく知らないし、森進一のことも知らない。

小見出しは「人の役に立つ」ー 根本氏が、はじめてドヤ街に足を運んだ時に、アル中のジジイから、浴びた言葉から始まってて、「ガロ」、『情熱のペンギンごはん』〜奥平イラ、ひさうちみちお、「JAM」「HEAVEN」「GOCOO」という、あの頃のサブカル必修雑誌などの名前が並んでいるのだけど、そのことが懐かしいわけではない。でも、湯村輝彦の、ある行為を「アート・ディレクション」と称した、根本氏に、はじめて「グッと」惹き込まれ、次の「没入」は、勝プロ倒産から始まっていた。

やっぱり、勝新太郎に呼ばれたんだということが、だんだん、わかって来た。

「永遠の素人」でいいと、勝新太郎は言っていた。ー 根本氏は、佐川一政の家の近所に住んでいて、深夜三時にセブンイレブンに行って、交通事故を目撃する。松田優作は「撮るのなら俺の《魂》を撮ってみろ!ただし簡単には撮らせないからな」と、写真集『スロー・ニュアンス』を出版したカメラマンの渡邊俊夫に言っていた。

舞台『不知火検校』ー 勝新太郎の車中での電話での会話。根本氏はそれを「宿題」として10年以上考え続けた。『天才 勝新太郎』ではブルース・リーとの共演話が語られていたけど、あのプリンスからも「座頭市」としてビデオ出演のオファーが来ていたのだ!!!!!

勝新太郎が語る《偶然完全》

ただ、パッと会ったときに、そっちが俺のことをよく知ってるから、俺も知ってたんだよ。そういう、この空気の中に電気菩薩みたいなのがいるんだよ。空気が俺に、そういう風にしてくれるんだよ。太陽がこうやって来て、ここへ来たら太陽もあたってる。これが雨だったときは雨がそうしてくれたと思うし。『宝島』って本がどうして俺のところへ来たのか知らないけれど、何かで、フッと俺のところへ来たんだから、俺はフッとこうなったんだよな。」

根本氏は、韓国の漢陽大学校での「講演」で、クレージーケンバンドやポンチャックの李博士(イ・パクサ)や電気グルーブや、内田裕也の政権放送を語り、勝新太郎の《偶然完全》を、J・レノン死後の「フリー・アズ・バード」レコーディングのエピソードにより説明する。

◎Traffic - John Barleycorn
トラフィックの「ジョン・バーレイコーン・マスト・ダイ」は、知らなかったけど、なんとなく聴いたことがある曲なのかと思ったら、今まで一度も聴いたことのない、まったく知らない曲だった。

◎Traffic - Dear Mr. Fantasy   
こっちの曲の方が、有名みたいだけど、やっぱり、全然知らない。

ロックに、白人の知性が感じられたのは、レッド・ツェッペリンが最後で、フレディ・マーキュリーという辺境の人をフロントに置いた、クイーンが、完全に、その幕を引いたんだと思う。

初めて見たTrafficのボーカルの人の鼻の高さがすごく気になったけど、70年代にはめずらしくなかった、こんな感じの白人は今どこに行ってしまったんだろう。白い肌に、すごく高い鼻、ストレートのロングヘア....どことなく2002年ぐらいからのマイケルに似ている気がするけど、同じ1958年生まれの、根本敬氏と、みうらじゅん氏にも似ている。

きっと、この3人は、「電気菩薩」(by 勝新太郎)で、繋がっていて、それは、70年代に関係があるんじゃないかと思う。でも、70年代は、すでに「精子」ではなかったけど、まだ、人間には、ほど遠かった、わたしにはよくわからない。

めったに役に立たないけど、10年以上、独自(=インチキ)に研究している占星術で「解った」と思った瞬間は、ほんの数回しかないのだけど、中でも、ものすごく自信をもって「解った!」のは、

山下達郎(1953年2月4日)と、フィル・コリンズ(1951年1月30日)が、ほぼ、同一人物(笑)だと言うことと、ペ・ヨンジュン(1972年8月29日)を見た瞬間に、ものすごくMJ(1958年8月29日)と近い人ということが解ったこと。ヨン様ファンと「TII」以降、増えたり、戻ったりした、MJファンの乙女心はかなり近いはずだ、ということ。

マイケルは『冬のソナタ』(2003年日本)より前から、すでにヨン様だったのだ(笑)

だから「WHY」(1996)で、共演した3Tまで、その磁場で、韓流スターっぽくなってしまったのだと思う(笑)

アメリカと、D通のおかげで、かの国のことは、いつもフィルターがかかるのだけど、四方田犬彦氏と根本氏に導かれたいと思う。

サヌリヌ(金昌完メンバー)や、申重鉉(シン・ジュンヒョン)が、わかるのは、いつになるかわからないけど。。。

また、平凡パンチ(わたしは知らない)からの、マガジンハウス系雑誌や「宝島」、前述した「ガロ」や「HEAVEN」などの伝説系の雑誌のことは、今でも、ときどき当時の話に登場するけど、この時代の『流行通信』を、柄でもない連中が、毎月購入すべき雑誌のひとつだった。というのも、むしろ、根本氏らしい証言だと思った。他とはまったく異なる紙質と、写真による、当時の『流行通信』は、確かに、そういう雑誌だった。

そして、勝新太郎に呼ばれて、韓国にまで飛びそうになった「電波」だけど、呼ばれたのは、勝氏だけではなかった。

吉田豪氏によって、引寄せられていたけど、未だ何もわからない、謎の人、内田裕也氏の「電波」も、すごく近づいて来ていたのだ。


◎『真理先生』につづく
____________

[内容紹介]第11回みうらじゅん賞受賞・根本敬による「特殊漫画家になるまでの道のり」を綴ったエッセイ。濃密な根本ワールドが展開。巻末には天久聖一とのロング対談も収録。東京キララ社 (2009/4/3)





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by yomodalite | 2010-11-30 20:50 | エッセイ | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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