日本辺境論/内田樹

日本辺境論 (新潮新書)

内田 樹/新潮社



去年出版されていて、2010年の新書大賞も受賞している本。

内田氏の、キャシャーンがやらねば、誰がやる!的な「まえがき」に、強く納得。氏が言われるように、本書の内容は、目新しくはないけど、さっぱり浸透していない、日本論の典型。

久しぶりに、最後まで、赤線を引っ張って、読了しました。本書には、有名ブロガーや、著名人による書評も多くあるのだけど、心から共感する書評は、まだ見当たらない。といっても自分で書くのは大変すぎる内容。ただ、本書が、意外と評判高くないのは、エセ愛国者のような方にとって、都合が悪いからだと思う。

「まえがき」より

……ですから、最初にお断りしておきますけど、本書のコンテンツにはあまり(というかほとんど)新味はありません

でも、新味があろうとなかろうと、繰り返し確認しておくことが必要な命題というのはあります。

私たちはどういう固有の文化をもち、どのような思考や公道上の「民族誌的奇習」をもち、それが私たちの眼に映じる世界像にどのようなバイアスをかけているのか。それを確認する仕事に「もう、これで十分」ということはありえません。

朝起きたら顔を洗って歯を磨くようなものです。一昨日洗ったからもういいよというわけにはゆきません。……

[内 容]

◎日本人は辺境人である
「大きな物語」が消えてしまった/日本人はきょろきょろする/オバマ演説を日本人ができない理由 /他国との比較でしか自国を語れない/「お前の気持ちがわかる」空気で戦争 /ロジックはいつも「被害者意識」/「辺境人」のメンタリティ /明治人にとって「日本は中華」だった/日本人が日本人でなくなるとき / とことん辺境で行こう

◎辺境人の「学び」は効率がいい
「アメリカの司馬遼太郎」/ 君が代と日の丸の根拠 / 虎の威を借る狐の意見/ 起源からの遅れ/『武士道』を読む/無防備に開放する日本人 /便所掃除がなぜ修業なのか/学びの極意/『水戸黄門』のドラマツルギー

◎「機」の思想
どこか遠くにあるはずの叡智/ 極楽でも地獄でもよい/「機」と「辺境人の時間」 /武道的な「天下無敵」の意味 /敵を作らない「私」とは / 肌理細かく身体を使う/「ありもの」の「使い回し」/「学ぶ力」の劣化 /わからないけれど、わかる/「世界の中心にいない」という前提

◎辺境人は日本語と共に
「ぼく」がなぜこの本を書けなかったのか/「もしもし」が伝わること/ 不自然なほどに態度の大きな人間/日本語の特殊性はどこにあるか/日本語がマンガ脳を育んだ /「真名」と「仮名」の使い分け /日本人の召命

◎終わりに
________

[BOOKデータベース]日本人とは辺境人である―「日本人とは何ものか」という大きな問いに、著者は正面から答える。常にどこかに「世界の中心」を必要とする辺境の民、それが日本人なのだ、と。日露戦争から太平洋戦争までは、辺境人が自らの特性を忘れた特異な時期だった。丸山眞男、澤庵、武士道から水戸黄門、養老孟司、マンガまで、多様なテーマを自在に扱いつつ日本を論じる。読み出したら止らない、日本論の金字塔、ここに誕生。「新書大賞2010」受賞。(中央公論新社主催)新潮社 (2009/11)



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by yomodalite | 2010-03-27 14:12 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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