マイケルとスパイク・リー( “ON THE LINE”)

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マイケル・ジャクソンの隠れた名曲(映画のサントラには収録されず、 “Ghost” のボックスセットと “The Ultimate Collection” に収録)として、人気の高い “ON THE LINE”。

この曲は、スパイク・リーの映画「ゲット・オン・ザ・バス」のオープニング曲でした。




◎『ON THE LINE』和訳

“ON THE LINE”は、コロンビアの女神映像から、奴隷や犯罪を思わせる鎖や手錠などのオープニングを経て、本編の手錠で繋がれた親子の登場まで流れているんですが...

なんだか違和感ないですか?

スパイク・リーの映画が、黒人や人種問題に絡んだ作品だということは、観客も十分に承知済みのはずなのに、奴隷制度を感じさせる映像に重なるのが、マイケルの声というのは....

オープニングに使用するには、歌詞にメッセージがありすぎで、エンディングまでの展開も想像がついてしまいそう...

どうしてこの曲を、エンディングではなく、オープニングに使ったんでしょう?

同様の疑問をもった人はいないのかな?と探してみましたが、スパイク・リーに興味のある人はMJに関心なく、MJファンは、イイ曲(うっとり♡)と思うものの、あまり映画は観ていない模様。

そんなわけで、どなたも疑問に思っていないようなんですが、わたしは気になってしかたないので、ざっくり考えてみました。

「ゲット・オン・ザ・バス」が公開された1996年、

MJとスパイク・リーは “They Don't Care About Us”(1996)のPVを制作し、作曲をしたベイビーフェイスは、同時期にMJとアルバム “HIStory” のために仕事をしています。

映画のオープニングでは、“ON THE LINE” が流れているだけではなく、メインキャストの紹介の後に、この歌のクレジットとして、MJとベイビーフェイスのクレジットが、キャストよりも、むしろ目立つ感じで入っていて、その後に、この映画の「音楽」担当である、テレンス・ブランチャード(Original Score : Terence Blanchard)のクレジットが続きます。

「ゲット・オン・ザ・バス」は、1995年のネイション・オブ・イスラムの指導者ルイス・ファラカン師の呼びかけにより、約150万人が首都ワシントンに集まりデモ行進(ミリオン・マン・マーチ)に参加するための長距離バスに乗り合わせた男たちのドラマで、

この後、乗客がバスに乗り込むと、ジェームズ・ブラウンの曲で盛り上がり、カーティス・メイフィールドとか、ステーヴィー・ワンダーとか、オープニング曲の違和感とは異なり、俄然、当時の運動にしっくり来る音楽によって、物語は進んでいきます。

裁判所命令により実の息子と手錠で繋がれたまま、バスに乗る親子。
ハリウッドでの成功を夢見る俳優。
破局を迎えつつあるゲイのカップル
車中の様子を撮影する、映画学校の学生。
白人の母をもち、黒人に父を殺された過去をもつ警察官。
イスラム教に改心した元ギャング。
乗客たちをうまくまとめあげる、ベテラン添乗員ジョージ。
一番後ろの席から、彼らを微笑みながら見守る最高齢のジェレマイ。

車内では、ゲイや、白人との混血、息子に手錠をかける親の教育方針など、様々な考え方の違いが浮き彫りとなり、

ハイウェイの休憩所でナンパしかけた女の子たちには、黒人男性しか参加できない運動は成功しないと言われたり、エンストにより、代わりに来たバスの運転手がユダヤ人だったことから、混迷の度合いは増していくのですが、、、

ストーリーの結末を言ってしまうと、

初老のジェレマイは心臓発作で倒れ、それが持病であったことから、命懸けの旅だったことがわかります。また彼を病院に運び、緊急手術の間、付き添ったりしているうちに、結局、乗客はデモ行進には間に合わなくなるものの、乗客の心はひとつに繋がる。

全体を通して、政治的な色合いは薄く、バスの中での小さな言い争いから、気持ちがまとまっていくエンディングまで、ほのぼの感のあるロードムービーという印象です。

MJは、“They Don't Care About Us”のPVをエッジの効いた監督という理由で、スパイク・リーに依頼しましたが、この映画は、彼の作品の中では丸い印象ではないかと。

もし、“ON THE LINE”が、エンディングに流れていたら、♪Gotta put your heart on the line If you wanna make it right♪は、ジェレマイと、彼への気持ちをビッグイベントに参加することよりも、優先した乗客たちへの歌と解釈することが妥当かもしれません。

でも、リーが、映画のオープニングにMJを使った理由は、そうじゃないと思うんです。
彼は、そこまで、エッジの甘い人間ではないし、MJはもっと深い男ですから。


スパイク・リーは、クリント・イーストウッドの「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」に、黒人兵士が出てこないと、イチャモンつけたり(←和解済み)、メディアでは、黒人のスポークスマンとしての印象が強いですが、映画では、出世作「ドゥ・ザ・ライト・シング」(1989)でも、人種間の様々な軋轢を、俯瞰的に描いていて、黒人の権利ばかりを主張している訳ではありません。

リーは、MJよりひとつ年上で、ミュージシャンの父と、教師であり作家でもある母という中流家庭に育ち、“ジャクソン5”の衝撃を、子供のときに直撃を受けた世代。

ベイビーフェイスもMJと同い年で、まだ少年時代にジャクソン5に会いたい一心で、自分を音楽教師と偽ってアポをとるなど、大胆な行動の末に実際に会うことが出来たらしい。

そんなふたりは、いずれも、大成功した後、30代後半で、MJと初めて仕事をしているのですが、

リーの「ドゥ・ザ・ライト・シング」(1989)の
翌年に発表されたのが「Black Or White」

◎“Black Or White”訳詞(マイケルの遺した言葉)

多人種間の軋轢を客観的に描き、皮肉をこめて、“DO THE RIGHT THING”(正しいことをしろ!)と言った、リーに対し、“Black Or White”は、導入部は、コメディっぽく、中間部は、楽しげに世界中で歌い踊ることで、人種共存をイメージさせたうえで、子供たちとのラップでは、実は問題は“人種”ではないことも、メッセージに織り込み、

そこから、更に、ショートヴァージョンではカットされている、パンサーシーンに入ると、今までの楽しげな雰囲気は一変し、ナチスや不法入国者など、黒人以外へのあらゆる差別への怒り、破壊行為などを通し、性と暴力をも表現しつくしている(現在のビデオに織り込まれているそれらの言葉は、最初に公開された時はなかったものですが。。)

黒人アーティストが発した“Black Or White”という意味を、誰がこれほど遠くまで解釈できたんだろうと、90年代は、まだ子供と変わらないほど若かった私は、今頃になって、このとんでもない完成度と、MJが見据えた地平の高さに、精々 “KING OF POP!” と何度も声をあげるしかないぐらい陶然としてしまうのですが、

子供のころに、ジャクソン5に憧れ、“Black Or White”で、度肝を抜かれたであろう、スパイク・リーは『マルコムX』の後、かなり悩んだはずです。

MJは、人種の垣根を超えたと称されましたが、一方で、それは、彼からすべての帰属を失わせることになり、彼の成功に伴う地獄の炎の激しさは、空前絶後の勢いとなっていきます。人種の垣根は、それを障害と感じていた人々にとって、防壁でもありました。

リーは、この歌をオープニングにすることで、自分たちを本当に縛っているものは何かを問い、バスの乗客にも、ネイション・オブ・イスラムにも、そして、ルイス・ファラカン師にも、

「てめえら、全員甘いんだよ!1996年なのに、未だに何やってんだ....キング(MJ)を思い出せ!」と言っているんだと思うんです。

リーは、今でも、まだめずらしい黒人の映画監督ですが、MJのように、人種の壁を取り払うことが出来たとして、果たしてクリエーターとしての立ち位置があったでしょうか。

エンディングの“MUSIC”クレジット、

ON THE LINE
Written by BabyFace
Performed by
The King Of Pop, Michael Jackson


こんな部分のクレジットにまで、“The King Of Pop”となっているのは、おそらく、MJの豪腕弁護士やマネージャーの指示によるものではなく、ひとつ年上のスパイク・リーによる、心からの称号で、それは「ポップミュージック界の王様」という意味だけではない。

わたしには、MJの優しげな歌い声から、その生き方の想像を絶する厳しさに、彼が本当に命をかけてしまうまで、気づくことができなかったけど、スパイク・リーは、この頃から、MJが、誰も近づけないほどの厳しいエッジに立っているのがよく見えていました。

エンディングクレジットでは、その後、大勢の“SPECIAL THANKS”があって、
更に、そのあと、下記が続きます。

SPECIAL SPECIAL THANKS
THE KING OF POP, MICHAEL JACKSON


“ON THE LINE”は、この映画のテーマソングではなく(本当は何に縛られていて、自分がすべきことは何かというメッセージはあるのだけど)人種の壁を越えたことで、今まで誰も経験したことのない“差別”を受け、手錠すらかけられようとしている「男」へ、

スパイク・リー自身と、黒人社会の現実への諦観とともに、捧げられているのだ。

(“コロンビアの女神”の部分から、MJの歌が重なっている点にも注目!)

絶望を込めて...(マドンナのMTVでの追悼スピーチの最後)

"Yes, yes Michael Jackson was a human being, but dammit,
he was a king. Long live the king."



感動的なMJトリビュートソング



◎[参考記事]ルイス・ファラカンとスパイク・リー 
あるいは“ミリオン・オン・マン・マーチ”と「ゲット・オン・ザ・バス」


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Commented by yumiko at 2010-03-19 10:06 x
はじめまして。「マイケルの遺したことば」からきました。
マイケルのタグ、読ませていただきました。

マイケルの曲のこと、容姿のこと深く考察されていて、ただただうなずきながら、拝見しました。

私なんて、マイケルの曲を聴いて、DVDをみて、ただ泣いてるだけなのに・・・。

でも、マイケルに、どうしてこんなにも惹きつけられてしまうのか知りたい。とくにハートにグッとくるあの歌声の秘密がしりたい。マイケルの歌唱に関する考察があれば、ぜひ教えてください。

また、他のページも読ませていただきますね。



Commented by yomodalite at 2010-03-19 11:52
コメントありがとうございます!わたしも、本当に泣いてばっかりだったんですけど。。。研究すればするほど、更に涙が止まらなくなってしまうんですよ。

でも歌声の秘密に関しては、私にはわかる気がしないんです。だって、子供の頃の歌ですら、泣けてしかたない歌があまりにも多くて。。。

「声」に関しては、そんな感じですけど、ただ生涯通して、彼の音楽に感動せずにいられないのは、やっぱり、一生懸命というレベルを遥かに超えた、命懸けの努力を、パフォーマンス以外の部分まで含めて追求し続けたからだと思います。

目指した山の数も、高さも、過去にも未来にも、まったくありえないので、様々な分野の人が、真剣に研究しないと「マイケル・ジャクソン」の本当の凄さはわからないでしょう。それでも、わたしが、何とか考えられるのは「パフォーマンス以外の部分」かな〜と。

プロの方による歌声の考察では“MJ関連商品レヴュー[2]”で紹介した、「マイケル・ジャクソン 栄光と悲劇のキング・オブ・ポップ(別冊宝島)」の「MJ独特の「ヒッ!」はどこから来た?/亀渕友香」ぐらいかな〜。

また、よろしくお願いします♡
Commented by yumiko at 2010-03-19 17:52 x
丁寧なお答えありがとうございます。
私も彼の美しい心、人の愛を信じそれを届けようとする真摯な姿勢がなければ、こんなに多くの人を感動させることはできないと思います。

「ヒィ!」はどこからきた?すごく気になります。本当にいろいろ研究されている方がいるのですね。

yomodaliteさんの「パフォーマンス以外の部分」の考察にも引き続き期待しています。

他にもいろいろなページがあるようですね。
読み進むのが楽しみです。
これからも、時々おじゃまさせてくださいね。
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by yomodalite | 2010-03-18 12:30 | MJ考察系 | Trackback | Comments(3)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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