マイケルを拒絶していた時代[4]

マイケルを拒絶していた時代【3】の続き


「フレディ・マーキュリー追悼コンサート(Freddie Mercury Tribute Concert)」の出演者は、

メタリカ
デフレパード
ボブ・ゲルドフ
U2
ガンズ・アンド・ローゼス( アクセル・ローズ、スラッシュ)
ロバート・プラント
ポール・ヤング
フィル・コリンズ
アニー・レノックス
デヴィッド・ボウイ
ジョージ・マイケル
エルトン・ジョン
エリザベス・テイラー
ライザ・ミネリ


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アニー・レノックス



今考えると、1991年にフレディー・マーキュリーが45歳でエイズで亡くなったときが、本当に80年代の終焉だったのではないかと思う。

マイケルのソロ30周年を祝うコンサートで、マイケルとジャクソンズを紹介したエリザベス・テイラーは、ここではエイズ撲滅について語り、“You Are Not Alone” を歌ったライザ・ミネリは、フレディも大ファンだったようで、このときは “We Are The Champions” を歌っています。

現在エイズで亡くなる人は激減し、当時の衝撃や、それがいかに文化に影響を与えたか、80年代にセックスをする機会のなかった世代には、きっとわからないでしょう。

エイズは、発生当初「ゲイの病」と言われ、本当に数多くのアーティストの命を奪いました。それが “狙い撃ち” だったという説が真実だと思えるほどに。

貧しい地域にお金を届ける活動と、エイズのための活動は、その後も続けられましたが、90年代以降、なぜか、世界から“愛”はどんどん失われ“愛”はお金に換算できるもののようになっていき、マイケルを拒絶していくことになる90年代が始まりました。

マイケルが、この2つの大きなコンサートに参加していなかったことは、今考えると非常に意味があるように思えます。(ライオネル・リッチーはバンドエイドに参加していますし、 MJはフレディとも他のクイーンのメンバーとも関係が深かったのに...)

また、ライブエイドで、本来そういった精神の元であったフォーク音楽や、ジョーン・バエズ、ボブ・ディランが否定されていったのも象徴的でした。

なぜ、エチオピアに食糧を!というチャリティーが、“音楽の力”を奪っていったのか?このあと、その問いを誰よりも考え続けたのが、マイケル・ジャクソンだったんだと、今はそう思えてなりません。

“We are the would”をほとんど1人で作曲したマイケルは、参加メンバーの中でも、当時もっとも光り輝いていて、若者に影響力のあるスターでしたが、当時のPV映像を見ると彼は非常に控えめです。それは参加メンバーの中で一番若かったせいではないでしょう。

彼は、熱唱スタイルが多い他の出演者と違って、このとき、いつもより女性的な声で歌っています。彼が歌っているのは、2パートなんですが、最初は別撮りのような映像で、彼は当時ダイアナ・ロスによく似た顔なんですが、そこに後からダイアナ・ロスの映像が重なります。2回目は、ダリル・ホールのソウルフルな歌の後なんですが、このときは、マイケル、サングラスかけちゃってます!

マイケルの後は、ヒューイ・ルイス、シンディ・ローパー、キム・カーンズのこれまた白人熱唱系。で、そのあと、全員合唱スタイルになると、マイケルは、前列一番端の目立たないところで、ダイアナ・ロスとだけ、手を繋いでいるんですが、ここからはもうほとんど映っていないんですね。

ライブエイドのテーマソングだった“Do they know it's christmas”はイイ曲ですが、そのタイトルも歌詞も先進国の奢りが感じられなくもありません。その後にマイケルが創っていく、チャリティーソングや、メッセージソングのタイトルからは、お金集めより、音楽の力を大事に考えられたものだということが、よくわかると思います。

◎We are the World(アフリカの飢餓と貧困の解消)
◎Heal The World[SUPER BOWL Live](世界を癒そう)
◎What More Can I Give(9.11アメリカ同時多発テロ後)
◎I have this dream!(カトリーナハリケーン)(Unreleased)
◎We've Had Enough(イラク戦争に対する反戦歌)

☆ジャニーズ「Jフレンズ」のために、MJが書いた曲
◎Children's Holiday - [Concert Live!!!]
◎People Of The World - J-FRIENDS(阪神淡路大震災)

この時代から、貧富の差が激しくなったアメリカは「中流家庭」が激減し、急速に“愛”が失われていった90年代以降、その危機感を切実に感じていたアーティストはマイケル・ジャクソンだけでした。

「彼を見捨てた」発言が、マドンナにしか言えなかったのは、彼女がマイケルと同じように「80年代サヴァイヴァー」だったからですが、彼女だけでなく、誰も彼のように深くは考えられなかったし、行動も出来なかった。

マイケルを拒絶していた時代【5】に続く





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by yomodalite | 2010-01-22 17:10 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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