マイケルを拒絶していた時代[2]

マイケルを拒絶していた時代【1】の続き


少年に対する性的虐待で逮捕後、CBSによる保釈後初のインタビュー(2003年11月20日、少年に対する性的虐待で証拠不十分のまま逮捕される。12月25日、CBSによる保釈後初のインタビューを受ける。米国では12月28日の60ミニッツで放映、日本では翌2004年4月10日にTBSの深夜CBSドキュメントで紹介された。)

◎60minute(インタビュアー:Ed Bradley)

マイケルへの悪意に満ちたインタヴューは数多く残されているけど、これを最初に見たときは最悪だと思いました。インタヴュアーでなく、マイケルが。

“60minute”は、60年代から放送されている、格式も人気も高いドキュメンタリー番組。エド・ブラッドリーは、長年同番組で、様々なインタビューをしてきた非常に良識のあるベテラン記者。マイケルの言っていることは、正論なのだけど、はっきり言って、こんな風変わりな容姿の男と、同じベッドで、というのは、大抵の親なら危険信号を察知してしまうと思う。(←動画参照)

このメイクの上に、往年の女優にあてるような強い照明で顔を照らしているのも、マイケル側の要求のように見えるし、これでストレートな性意識だと思う方が不思議。せいぜい虐待はなかったかもしれないけど、やはりどこかおかしいと思われてもしかたがなく、疑惑の払拭にはまったくならないどころか、増大させてしまっていると思う。

その後、イエスの言葉を引用するのも最悪。アメリカの保守派のクリスチャンにとって、もっとも受入れ難い人物にしか見えない。ずっとナチュラルな容姿だった頃から、ホモセクシャル疑惑が絶えなかったのに、ホモ疑惑に加えて幼児性欲者というレッテルを貼られてもしかたがないようにしか見えない。

MJ)みんな何でもセックスに結びつけるでしょ。僕にはそんな気持ちは全然ないのにね。僕はこどもたちを愛し崇めている。それが真実なのに。。。

Ed)わたし自身の経験から言えば、40も半ばの男性で赤の他人の子供たちと同じ寝室で寝る男性に心当たりはありませんが。。。


最終的に、ナレーションで「今の彼にかつて世界トップスターとして君臨していた頃の面影はありません」の後、この事件がキャリアにどう影響したかと尋ねられ、アメリカでだけ売れていないことを彼は陰謀だと口にした後、もうこれ以上は言いたくない。体が痛くてガマンできないと、インタビューをストップさせるが、中止前にファンへのメッセージをと言われると、今度の歌を聴いてくれれば、僕のすべてがわかる。といって“childfood”紹介。。。。。

♪僕には幼児期がなかった。。辛い少年時代だった。色眼鏡で見ないで。僕のことを理解して愛して欲しい。。。♫

この頃のマイケルは、自分には幼児期がなく、辛い少年時代だったということを言い過ぎていたと思う。多分マイケルは、それが一般の人にとって、一番わかりやすく、感情移入しやすいと思っていたというか、とにかく感受性のスイッチの多さと感度の良さが最高レベルの人なので、大勢の人から、そういう問題を感じ取っての発言だったと思うのだけど、それがマイケル自身の幼児期にこだわり過ぎる人としてのイメージが固着したのは残念だったと思う。

子供時代にあれだけ大成功してみんなに愛されていたことを、否定することにもなっているし、もっと愛してって言われても、これだけ売れてるのに。。。と、白けた人も多かったでしょう。。。

どうして、あれだけ観客の心をとらえた人物が、ここまで、一般の人のきもちと、真逆な態度を取り続けたのか。

それは、ステージや、音楽作りも、ダンスも、人を喜ばすためにやっているから、お客が喜ぶことが大事だけど、インタビューで自分の主張は絶対に曲げたくなかったからだと思います。

わたしは、当時、このメイキャップをしなきゃイイのにと、何度も思ったけど、今は、この姿勢こそがマイケルだと、本当に思う。

あのメイキャップが、当時の彼にとって、絶対に必要だったんだということは、ミュージックエアチャンネルで『クイーン現象:The Queen Phenomenon』というドキュメントを見て、突然気がつきました。

影像でのフレディ・マーキュリーは、何歳の頃かはわからないのだけど(亡くなったのが45歳なので、40歳前後だと思うのですが)「10年たてば人は確実に成長するし、いまだに髪を伸ばし、女性用の下着を付けていたら、周囲の人間も呆れるはずだ。俺だって馬鹿げていると感じる」と、インタビューに答えているんですね。

フレディ・マーキュリーは、ジャクソンズ脱退間近だったマイケルも、心から憧れていたような、本物の天才です。そのフレディが40歳ぐらいにして、この発言。。。

これは、マイケル・ジャクソンというアーティストの人生を最後まで見てしまったから感じることであって、普通の伝説レベルの天才(変な言い方ですが)で、こんなものです。というかマイケルさえいなかったら生涯気づくことはありませんでした。

天才が天才である時期は意外と短いものです。たったひとりをのぞいては。。。

この番組では、ライブエイドのクイーンのライブ映像と、フレディが亡くなった後に行われた「フレディ・マーキュリー追悼コンサート:Freddie Mercury Tribute Concert」の模様が映し出されていました。

ライブエイドは、イギリスとアイルランドのロック/ポップス界のスーパースターが集まって結成されたチャリティー・プロジェクト「Band Aid」によるライブ。バンドエイドは、1984年、エチオピアで起こった飢餓を受け、発起人のボブ・ゲルドフとミッジ・ユーロにより書かれた「Do They Know It's Christmas?」をリリース。

「We are the would」は、これに影響を受けた翌年のプロジェクトでした。

マイケルを拒絶していた時代【3】に続く





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by yomodalite | 2010-01-22 14:28 | MJ考察系 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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