中村俊輔 スコットランドからの喝采/マーティン・グレイグ

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中村俊輔の本はたくさん出版されていますが、本書は、08年に『THE ZEN OF NAKA The Journey of a Japanese Genius』というタイトルでイギリスで出版された翻訳本。

まずは、下記のyoutubeを見て下さい(絶叫放送の方は消去されてたので、少々落ちついた放送に差し替えましたが...)

◎Nakamura free-kick vs Manchester United

会場はセルティックパーク。アナウンサーのただならぬ絶叫は、チャンピオンズリーグ決勝トーナメント出場を決めた興奮を伝えている。本書の第1章、「世界中を駆け巡ったシュート」が、このゴールです。

◎Nakamura中村俊輔(celtic vs man utd) beautiful freekick

こちらは、会場はマンUのホームスタジアム「オールド・トラッドフォード」での第一戦。試合終了間際に同点に持ち込んだフリーキック。イングランドのアナウンサーは、アブソリュートリー・パーフェクト!と言ってしまった後、ショックのためか、しばらく言葉がでなくなっています。

チャンピオンズリーグという大舞台で、これほど鮮やかなフリーキックを2度も決められたら、相手チームにとっても、それは忘れられない選手になるのではないでしょうか。まして、相手は世界一ファンが多いと言われるマンチェスター・ユナイテッド(マンU)

日本人のプロスポーツ選手の功績で、これに匹敵するほど、世界中の人びとを興奮させたことがあったでしょうか。なぜならマンUのファンは、世界の人口の5%にあたる3億3,000万人以上であるとされていて、チャンピオンズリーグは、クラブファンにとって見逃すことの出来ない第1位のトーナメントだからです。

ドイツWCで、得点を上げながら褒められることなかった俊輔が、その数ヶ月後に、絶望から立ち上がってくれたことは、沈んでいた日本のサッカーファンにとっても、嬉しいニュースでした。


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この後、FIFAの公式サイトの「Who is the free-kick master?」という記事には4人のフリーキックの名手の写真が掲載されましたが、ベッカム、リケルメ、ジュニーニョと並んで俊輔が中央にいたことは驚きでした。

FIFAが全地域に気を使ったとはいえ、ピルロや、C・ロナウドなどのビッグスターを押さえてですから。でも、あの試合を見た大勢はきっと納得してくれるでしょう。本書は、この歴史に残るゴールに到るまで、中村俊輔が成し遂げたことのすべてを丹念に探っています。

著者は、スコットランド出身で、若手ジャーナリストに贈られる最高の賞であるジム・ロジャー記念賞も受賞した、The Herald紙の上級スポーツ記者。海外の一流記者による、日本のサッカー選手の伝記本というのは、これが初めてではないでしょうか。

俊輔が日本の宝であることは間違いのないことですが、外国でどのように評価されたのかという事実を知ることは、なかなか難しい。本著は外国人が見た俊輔の評価をめぐって様々な意見が取り上げられています。

日本では、スター選手の個人の記録ばかりを報道するところがあって、野球のイチローもそうですが、マリナーズがメジャーリーグでどの程度のチームだとか関係なく、WBCで2度も優勝しながら、メジャーのブランド力を未だに崇め奉ることにも、球場の観客数の少なさにも疑問を持たず、選手の年棒のみで、価値を決めるような報道は、野球界よりはマシなものの、サッカー界でも同様で、ブランド力のあるリーグなら、最下位のチームでも「底上げ」な報道になる。

日本のサッカーは、まだまだ海外の一流チームとの差は歴然とあるのだけど、英国プレミアリーグ、イタリアのセリエA、スペインのリーガ・エスパニョーラといった一流リーグでも、下位チームの実力となると、Jリーグの上位チームより上とは言えないどころか、明らかに下といっていい程のチームはゴマンとある。

中田が最初に移籍したペルージャや、俊輔が最初に移籍したレッジーナなどが正にそういったチームで、日本のサッカー選手は、どんな一流選手でも、日本での待遇を下回る条件で、言葉や文化の違いを乗り越え、世界中からチャンスを求めてそこに来た、ハングリーな選手たちとポジション争いをしなくてはいけない。

ただ、獲得するチームにとって、日本人選手は、ピッチ内での活躍のみが求められるわけではない。アーセナルに移籍した稲本は、試合にほとんど出ない期間も、CMなど日本のTVから消えることはなかったし、中田に至っては、ペルージャでチームの柱として活躍し、ASローマのサブメンバーとして優勝経験した後は、2001年に高額な移籍金で、パルマと契約したがレギュラー定着せず、ボローニャにレンタル移籍後はセリエA残留には貢献したものの、その後完全移籍したフィオレンティーナでは、全く出場機会はなく、2005年は英国プレミアリーグのボルトンへレンタル移籍したが、このチームでもめったに出場機会はなかった。

そんな状態の中田でも、ジーコジャパンの4年間、代表の地位だけは守り通した。中盤として決定的な仕事をすることはなくなり、味方を殺すキラーパスを連発し、ロストボールを大量生産したにも関わらず、ドイツWCでの惨敗後、なぜかマスコミは「中田だけは頑張った」という、考えられない偽装報道を行ない、2001年以降、ピッチ上での活躍が全くない中田は、引退後も未だにマスコミでは大スターのような扱いを受けている。

移籍金の高騰は中田のサッカー力にだけよるものではない。その大半はジャパンマネーによるもので、中田はそのブランド力は死守したが、サッカー選手としての輝きは失っていった。中田周辺のマネージング力の凄さには驚嘆しますが、そういった周辺にうごめく輩によって、他にも数多くの優秀なサッカー選手たちが潰れていった。。。

中田の話が長くなってしまったけど、彼が俊輔よりも遥かに素晴らしい業績を残していると思っている人は未だに多い。中田を中傷したいのではなく、本当に素晴らしいサッカー選手の話がしたいのだ。

俊輔は、デヴュー当時から、スタジアムを湧かせたスターだったけど、彼には賛否両論が常にあり、トルシエ・ジャパンでも最後に代表メンバーから外れた。それについてはここでは書きませんが、とにかく、俊輔の初めての海外移籍は代表から外れた時から始まった。同世代のスター選手が、WCでの活躍により海外移籍したのと異なり、俊輔は、静かな闘志を胸に秘め、イタリア南部の小さな町に旅立った。

本書は、セルティックの現監督であるストラカン監督の賛辞から始まる。

「選手時代、監督になってから現在に至るまで、純粋に能力という点から見れば、中村は私が出会った中でナンバーワンである。。」

ストラカンは、選手時代はスコットランド代表として(俊輔と同じMF)、監督としては、英国のサウサンプトンを経て、2005年からセルティックの監督をしている。出会った選手として挙げている選手には、下記の超有名選手も含まれる。

・ブライアン・ロブソン(マンU、イングランド代表キャプテンで、ベッカムの少年時代のアイドル)

・エリック・カントナ(フランス生まれ。マンUで3度優勝経験。その中心メンバー。スター選手の多いマンUの中でも絶大な人気を誇った。

因みに、ストラカンは、ロブソン、カントナと一緒にプレーをし、カントナが在籍していたチームのキャプテンも努めていた。

ストラカンは、2005年のコンフェデレーション杯で俊輔を発見し、セルティック加入を積極的に薦めた人物だが、今年俊輔がチームを去るときまで、その評価は年々上がり続けた。彼が俊輔をナンバーワンだと言った理由は、冒頭の賛辞だけでなく、本書の隅々にまで散りばめられている。

著名スポーツジャーナリストの金子達仁は、俊輔のスコットランドでの活躍を、あたかも世界のトップリーグで活躍しているかのように伝える日本のメディアのあり方を、わたしはいいとは思わない。なぜ多くの日本人は海外でプレーする選手を神格化するのか。など、俊輔の活躍を疑問視する発言を何度かしている。

スコットランドリーグの下位チームがいかにレベルが低く、J2以下とまで評していることには大きな間違いはない。しかし数年前、Jリーグの中〜下位チームと同程度だったペルージャに在籍した中田をあれほど持ち上げていたではないか。

もちろん腐ってもセリエAのチームなら、ユベントスや、ACミランといった強豪チームとの試合もあり、そこでの実力を測りやすいという面はある。しかし、下位チームゆえ、最初からポジションを用意され、残留と日本マネーが第一義のチームでの活躍と、超一流リーグではないとはいえ、そこでトップ争いをしなくてはいけないチームでスタメンを獲得し、チームの歴史に残るプレーをするのは、果たしてどちらが容易だろうか。

あのセリエAで優勝したASローマに中田は確かに存在したが、年間15試合に出場中フル出場は極わずかで得点数は2点。(ただし、そのうちの一点はシーズン終盤のユヴェントス戦でのもので、ローマが優勝を引き寄せるうえで非常に重要な得点だった)中田は、ASローマが18シーズンぶりの優勝に貢献したという点では、ファンに強い印象を与えている。

一方、俊輔のセルティックは常にスコットランドリーグの2強で、そのファンの多さと観客動員数は、世界の人気チームの中でも常に上位。1966-1967にはチャンピオンズカップ(現チャンピオンリーグ)でも優勝もしている。リーグ自体は英国プレミアリーグより地味とはいえ、俊輔が入る前の年は2位。俊輔加入後は3年連続優勝し、2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグで、クラブ史上初の決勝トーナメント進出も果たした。その決勝トーナメント出場を決めたのも、俊輔のフリーキック。(ちなみに、中田もローマ時代にチャンピオンズリーグに出場しているが最終予選で敗退。中田自身も目立った活躍はしていない)

日本人がチャンピオンズリーグで得点したのは、1970年代の奥寺康彦に続いて2人目。Jリーグ発足後初めての快挙で、決めた相手は世界一のクラブの称号をもつマンチェスター・ユナイデット(マンU)だった。

決して金子氏の批判をしたいのではない。金子氏の言うことはもっともで、俊輔がスペインではなく、セルティックに決まった時はファンとしても残念だった。セリエAの下位チームで結果を出した後の中田の決断と比べると、俊輔の判断は、キャリアとして遠回りのようにも感じた。

でもその決断が間違っていなかったことを、俊輔は常に非難されてきたその華奢な肉体で証明してみせた。そしてそれは彼の名誉だけでなく、チームを応援するファン、サッカービジネスに携わる人、日本のサッカーファン、そしてスコットランドと日本の外交使節としても、およそ考えつく限りのすべての人にとって、ハッピーな結果をもたらすことに成功したのだ。

ストラカン監督が「ナンバーワン」だと言った意味も、そして本書の原題『THE ZEN OF NAKA 〜』も決してナンチャッテ日本なタイトルではなく、それは、日本人が忘れかけている、日本精神を思い出させるほど、深く静かな精神性に基づいている。

本書は、サッカーをよく知っている人向けと思われているかもしれないけど、そんなことはありません。サッカーがわからない人にも、中村俊輔という生き方には心を揺さぶられるにちがいない。またサッカーを知っているという人にも、セルティックというチームの真実、スコットランド、海外で活躍するということの意味を深く知ることができます。

本物のサムライとは? その答えを知りたいすべての日本人に!
★★★★★

☆参考サイト
「ウエストコースト日日抄」

【同年代の選手の日本代表とチャンピオンズリーグでの成績】

中田英寿 (1977年1月22日 -)国際Aマッチ 77試合 11得点(1997-2006)2001-02UEFAチャンピオンズリーグ最終予選出場。

小野伸二(1979年9月27日 - )国際Aマッチ 56試合 6得点(1998-2008)2002-03UEFAチャンピオンズリーグ予備選で決勝ゴール。本戦出場。

中村俊輔(1978年6月24日 - )国際Aマッチ 87試合 23得点(2000年 - )2006-07シーズンのUEFAチャンピオンズリーグに出場。決勝トーナメント進出の「ベスト16」は日本人初。また欧州リーグ連覇を導いたことも日本人初の快挙。

________

【内容紹介】スコットランドのセルティックで大活躍する中村俊輔。その姿を、サッカーの母国・イギリスを代表する新聞「ザ・ヘラルド」の上級スポーツ記者であるマーティン・グレイグが描いた『中村俊輔 スコットランドからの喝采』(原題/THE ZEN OF NAKA)。俊輔に関する多くの記事を発表しているサッカーの本場の敏腕記者は、彼のことを「静かなる天才」と呼ぶ。その理由がここに。

<緒言>セルティック監督の俊輔賛辞
<世界中を駆け巡ったシュート>1967年のヨーロッパ杯以来のメモリアルゴール。
俊輔のこの一撃でマンUに勝利し、クラブは初めてチャンピオンズ・リーグの決勝トーナメントに進出
<中村俊輔とは何者なのか?>アジア市場を視野に入れてクラブは俊輔を獲得。
彼はあたりの強いリーグにもかかわらず即戦力で活躍する
<俊輔は天才か?>マラドーナやC・ロナウドと比べて
<グラスゴーの五人組>俊輔担当記者のユニークな前歴と俊輔評
<スコットランドと日本の架け橋になる>俊輔の子供好きな人柄と現地での人気
<セリエA下位チームでの苦難>下位チームで苦労したイタリア時代
<「ナカムラ」ブランドの威力>俊輔の経済効果
<エピローグ>07-08シーズンの戦評
集英社 (2009/3/26)


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by yomodalite | 2009-07-02 00:13 | スポーツ | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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