33個めの石 ー 傷ついた現代のための哲学/森岡正博

33個めの石 傷ついた現代のための哲学

森岡 正博/春秋社



こちらは、ダーリンが図書館で借りてきたもの。

私は、本に限らず、お代を払っていないものにあれこれ言うのはマナーに反することだと思っています。文句を言うのはお金を払ってから。図書館で借りた本というのは、間接的に税金を払っているかもしれませんが、お代を払ったとは言えませんし、しかも、この本は自分で選んでもいないのですが・・・

最初のお題は「赦すということ」。

著者は、死刑制度に反対で、日本では終身刑の制度がないので、終身刑の新設と引き替えに、死刑を廃止するのがいちばんよいという考えを述べています。

実は、死刑に関しては私も似たような考えをもっています。

7、8年前にあるきっかけから、死刑について色々考えたことがありました。ある死刑囚に興味を持ち、その支援者の人や、死刑囚自身と文面を通じて交流したり、死刑廃止議連や、アムネスティ等の関係者など、死刑囚支援の実態を、ほんの少しだけですが垣間見たという経験をしました。

私はその経験を通じて、死刑は廃止した方が良いという結論には達しましたが、多くの「死刑廃止論者」との間には、通じ合えない大きな溝を感じました。(「死刑存続論者」とも通じ合えない溝を感じましたが...)

森岡氏の文章に最初に感じたのは、それと同様の「匂い」でしょうか。

「赦すということ」は、4章あります。

この本は下記の写真のように、見開き2ページで1章になっていて、文字数にして大体800字未満。400字詰め原稿用紙2枚でしょうか。

以下、青文字は内容の要約。


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「1」 死刑制度に反対であることを述べ、犯罪者であろうとこの世にうけた命だけはまっとうしてほしい。死刑反対論は人間の感情をまったく理解しない頭でっかちの冷血人間ではないということを知って欲しい。

「2」 米ペンシルベニア州で、銃をもった男が小学校に侵入し女子児童を10人殺傷してみずからも自殺するという事件が起きた。被害者のアーミッシュは、後日、その犯罪者と家族とを「赦す」と宣言した。

「3」 英国BBCテレビの特別番組。犯罪者とその被害者家族をスタジオに呼んで対話してもらう番組。被害者家族が犯罪者を赦すことはできなかったように思われた。そこには容易には越えることのできない溝が厳然と存在していたのである。

「4」 犯罪者と被害者を対面させて、なぜそのような犯罪が起きたのかを話し合い、これからどうしていけばいいのかを集団で探っていくという試みが世界中で始まっている。これは「修復的司法」と呼ばれる。このような試みは、大切なものであるから、これからもっと進めていかなくてはならない。残された家族が殺人犯を赦すという可能性は、原理的には開かれている。そしてその場面こそが、宗教というものが発生する現場であるように私には思えてならない。日本に住む我々の多くは無信仰である。既成宗教の枠に入り得ない人々が、このような赦しを行なうことがほんとうにできるのか。その可能性をたんねんに探っていくことこそが、現代の哲学に問われている最大の課題のひとつであるように思われるのである。



私は、ここまで読む間に、奥付の著者紹介を何度も見直しました。

ここまでの問いかけに疑問があるのではなく、この問いに対しての著者の態度が「哲学」を学ばれた方には到底思えなかったので。

◎1958年生まれ(私よりだいぶ年上!!!)
◎哲学者???
◎大阪府立大学人間社会学部教授!!!
◎研究テーマは、生命学・哲学・科学論・従来の客観的な学問の枠組を超えて、自らを棚上げすることなく果敢かつオリジナルな思索を展開、人間学の領域を大きく押し広げる。

オリジナルな思索? 人間学の領域? 哲学を学んでいないという意味では???

「赦すということ」の次は「自殺について」。

これも1〜4章あって、現代の哲学者の恐るべき実体に更なる「衝撃」を受けたのですが、

「1」 学生の自殺。君たちには自殺して欲しくない。なぜなら私が悲しむから。

「2」 夜の住宅街で頭を抱えてうつむいていたスーツ姿の中年男性に何もできなかった。何かをするべきではなかったのか。。。。

「3」 若いときに一度だけ自殺をしたいと思った。それはどこか甘美な気分でもあった。死がそのように心地よいものであれば、死を選んだ人たちもそれほど苦しまなかったのかもしれない、と思おうとしている自分がいる。

「4」2006年に靖国神社に行った。日本の戦争責任に関心ある者としては、ぜひ一度は行っておかなくてはならない場所だと思ったからである。当時の郵便電信局に勤める17歳の女性の写真が飾ってあった。終戦直後に青酸カリを飲んで服毒自殺したのだ。彼女たちがみずから進んで服毒自殺するような状況を作り出したというまさにこの一点にこそ、戦争の悪のすべてが凝縮されているように、私には感じられたのである。


本書を書店で1ページでも立読みしていたら、私は絶対に買うことはないし、借りて読むことも絶対になかったでしょう。大阪府立大学の人間社会学部に学ぶような子供がいなくて運が良かったとすら思いました。

若いときにたった一度しか自殺を考えたことがなく、哲学の道へ?!日本の戦争責任に関心があるというのに、48歳になるまで靖国神社に行ったこともないという、驚くべき51歳で、哲学者と名乗る著者のこの軽さ、浅さは、一体何なんでしょうか...

読者を恐ろしく低レベルに設定して、自分だけは「良心」や「正義」があると無条件に信用しているところが、なんか「新聞ぽい」と思ったら、

1996-1998年まで『朝日新聞』書評委員で、2008年からは、朝日新聞「悩みのレッスン」の回答者なんですねww

☆(判定不能)
__________

【BOOKデータベース】自殺、死刑制度、脳科学、環境問題、宗教の功罪、ジェンダー。現代の「痛みと希望」について思索した、魂のしずくのようなエッセイ。春秋社 (2009/2/17)

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by yomodalite | 2009-05-21 14:13 | 宗教・哲学・思想 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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