テロリズムの罠 右巻ー忍び寄るファシズムの魅力/佐藤優

テロリズムの罠 右巻 忍び寄るファシズムの魅力 (角川oneテーマ21)

佐藤 優/角川学芸出版




『テロリズムの罠 左巻』に続き、『テロリズムの罠 右巻ー忍び寄るファシズムの魅力』は、2008年のロシア・グルジア戦争は、国家間の懸案を武力で解決するという傾向を強め、リーマンブラザーズの破綻による世界不況で、各国政府は保護主義政策に傾いているなか、オバマ米大統領が国民を糾合し、国家体制を強化しようとしている姿勢に、危険な要素を感じるところから始まる。

イタリアのムッソリーニによるファシズムと、ナチズムを区別することが重要で、自由主義的な資本主義によって生じる格差拡大、貧困問題、失業問題などを国家の介入によって是正するというかなり知的に高度な操作を必要とするのが、「ファシズム」。

「ファシズムは、欧米の良質な知的伝統を継承した運動なのである。」

しかし結論を先取りしていうとファシズムの処方箋は好ましくない。

著者は、「はじめに」で、ファシズムの美点を紹介し、序章からは、その戦争への危険性を論じるという内容になっている。

序章では、「思想戦」、第1部「血と帝国の思想戦」では、ロシア、中国など社会主義国家の過去と現在を、著者の専門領域ともいえる分析力で読ませられるのですが、第2部「甦るファシズム」では、著者が強い影響を受けている宇野弘蔵のマルクス論を、さらに経済哲学的に考察した滝沢克己が引用されると、私には全くついていけなかった。ちなみに、滝沢克己氏の不安と恐慌の関係についての文章とは、

<じっさい、私のこれまで考えたところでは、右に述べた一点においては、「恐慌」は少しも「不安」と異ならない。相違は、「不安」が客体的主体としての人間の、絶対主体そのものに対する直接の関係のある特定の仕方に伴って避けがたく人間の世界に起こってくる現象であるのに反して、「恐慌」ないし一般に経済的・社会的な不安定は、同じ客体的主体としての限界の内部で、人間以外の個々の客体に対して関係せざるをえないその関係のある特定の仕方に伴って、必然的に人間の世界に起こってくる現象だという点だけなのである。>

この文章は、『「現代」への哲学的思惟ーマルクス哲学と経済学』という著書からの引用。上記でもたった7行の文章に、4回も「人間」とことわっているが、他の文章も、異常に「人間」率の高い文章で、滝沢氏が人間であることを疑わせるほど(笑)。

第2部は、第8章の雨宮処凛、あるいは「希望」の変奏まで、上記のような呑み込み難い文章が続きますが、その後は、厚生事務次官の殺傷事件や、田茂神論文などコンテンポラリーな話題から「あとがき」ー人種主義の足音へと順調にまとめられていますが、読了後は手を付けなければ良かったという印象。佐藤氏には、もうそろそろ、作家としてよりも、日本の優秀な外務省職員として職場復帰してもらいたいと思います。
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【BOOKデータベース】ロシア・グルジア戦争、リーマン・ブラザーズの破綻…。新自由主義イデオロギーが駆動するグローバル資本主義のもとで帝国主義化するアメリカ、ロシア、中国など、大国各国の政権と国体の変動を詳細に検証。資本主義の恐慌と過剰な搾取が生み出す社会不安と閉塞感が排外主義・ファシズムへと吸収される、現下の世界情勢の危機を警告する。 角川学芸出版 (2009/2/10)


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by yomodalite | 2009-04-28 15:24 | 政治・外交 | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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