ダンディズムの系譜 — 男が憧れた男たち (新潮選書)/中野香織

ダンディズムの系譜―男が憧れた男たち (新潮選書)

中野 香織/新潮社



目次には、ブランメル、オスカー・ワイルドなど... 澁澤龍彦、生田耕作氏らのダンディズムに関する著作で馴染み深い名前が並んでいて、一瞬既読感で一杯になるものの、序章で、NHK・BS「今夜決定?!世界のダンディー」(‘08)という討論番組への疑問に共感し、また著者が今ダンディズムを語ることにどんな意味があるのか?という問いを内包したうえでの著作をいうことがわかり、読んでみました。

ちなみに、NHKの番組で名前が挙がったメンバーは、マイルス・ディヴィス、ジョン・レノン、ダリ、ウォーホル、植木等、薩摩治郎八、後藤新平、周恩来、チェ・ゲバラ、エドワード・サイードで、最終的に「世界最高のダンディー」は、姜尚中が推薦したエドワード・サイードに決定。

この番組は、私も視聴者として非常に違和感と不満を感じたものだったのですけど、著者も、イングリッシュ・ダンディの系譜にありえない決定であるとし、また現代の日本のダンディと考えられている要素にも異議を唱えている。

例えば、現在の日本でダンディといえば思い浮かべる人の多い「白州次郎」も、著者はダンディとは異なるという。

白州のスマートに王道を行く感性は、本来の意味でのダンディではなく、世間からマイナス視されるような価値を、ことさら大声で論じ立てることなく、プラスに転じてみせるような皮肉なひねりというか複雑さが必要で、マイナス要素があまりない白州には、そういった屈折が感じられない。と。

序章からもう少し引用すると、

ダンディとは、元祖を生んだ英国においても、実は100%のほめ言葉ではない。
突出しない同調をよしとする世間の価値観にささやかに抵抗すべく、意識的に、偽悪的に、軽佻浮薄は表層で武装することもあるダンディは、見方によっては、愚かしくぶざまに見える存在である。

ダンディと呼ばれた男たちは、堂々と、演技的に、「空気を読めない」、いや「空気を読んだうえでぶちこわす」男たちだった。徹底して個を貫き、世間を支配する枠組とはまったく別の枠組をもちこむことで、その他大勢にすがすがしく優越した。(引用終了)

紹介されているダンディ達は16人。英国で廃れつつあったダンディズムがフランスで詩的哲学として結晶化され、現代に引き継がれたことなど、人物列伝だけでなく、歴史としてのダンディズムが描かれているところも興味深い。

終章は「日本におけるダンディズム」。粋とダンディを比較するのは、気の遠くなるような課題であるとは思うけど、本書の粋版ほど、読みたい本はないとも思えるほどなので、いつか出版されることを期待してます。

中野香織公式ウェブサイト
http://www.kaori-nakano.com/
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【出版社/著者からの内容紹介】華麗な装い、大胆な立ち居振る舞い、事に臨む態度で、氏素性に関係なく周囲をひれ伏させる男がいた。
「ナポレオン(英雄)になるより、ブランメル(ダンディの祖)になりたい」と詩人バイロンにいわしめた、絶対的な魅力の正体とは? 時代ごとのカリスマ、理想の男たちのまばゆい系譜と「愛され力」を、気鋭のファッションジャーナリストが徹底解剖する。 新潮社 (2009/02)


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by yomodalite | 2009-04-17 15:37 | 評論・インタヴュー | Trackback | Comments(0)

旧「読書日記と着物あれこれ」。歴史/文学/お笑いを好み、着物生活をしていたはずが、いつしかマイケルジャクソンのように本を読もうになってしまったブログ。永年暮らした東京を離れ、現在は大阪を満喫中。


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